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さっきのはさすがに大人気なかったと反省した。
別に受付の彼女が悪かった訳じゃないし……しかも彼女はオレ達どころかヤタガラス達の気持ちも気遣ってくれていたというのに……。
あの場では頭に血が上り過ぎて……あのままいたら何をしたか分からない。
だからこそ何も言わずにあのまま冒険者ギルドを去ったのだった。
思い出しても彼女の話を想像するだけで目の前が真っ赤に染まる。
出来ればヤタガラス達を狩ったという三つのパーティーの名前を聞き出したかったが、あれ以上メアに任せたら彼女を壊してしまいかねない。
そんな事はオレも『オレ』も望んではいない。
彼女はただ自分の仕事をこなしているだけ。そこにほんの僅かにでも、オレ達の想いに寄り添ってくれた彼女を傷付ける事はしたくない。
そうだな。彼女は日本で暮らしていた時のオレと似ているのかもな。
子供というだけでヤタガラスの事もオレ達の事も思いやった。
それは……死んで彷徨う子供の魂を気遣ったオレと少し似ているのかもしれない……。
それでもあの後は大変だった。
セシリーとルナの荒れる事。荒れる事。
すぐさま受付嬢を殺して、羽を奪い返すと息巻いていた。
もちろんその気持ちはオレにはよく分かった。
けれど――それはオレが止めさせた。
彼女があの羽を自分の罪の証だと言うなら、それは彼女が持っているべきだと判断したからだ。
オレ達も魔獣を狩り、肉を食べ、その素材を活用する。
魔獣にしたらオレ達も人間も変わらないだろう。
けれど、これは人間独特の考え方というか、言葉が通じるというのが大きいのだろうか。
賢いモノ。可愛いモノ。意思の疎通が取れるモノ。そういったモノは保護の対象になるんだろうな。
かたや、見た目が気持ち悪いモノ。人間に害を与えるモノ。不利益を与えるモノ。牛や豚のような家畜として育てられているモノ。これらに対しては殺しても罪悪感を感じる人間はいないだろう。
なのでオレはその考え方を割り切って処理している。
人間風に言うと、人間を殺したクマやイノシシは討伐駆除の対象になるだろう。
それと同じで、今回の件でオレの中では、人間の事は駆除の対象として位置付けされた。
けれど逆にあの受付嬢のような変わり者は、保護してやってもいいと強く思ったのも事実だ。
なんかのマンガで言っていた気がする。殺す覚悟がある奴は、殺される覚悟もするべきだってな。
それを実践するだけだ。
これからは駆除するヤツと保護するヤツの選別も始めていかなければいけない。
むやみやたらに殺すのは――やはり気が乗らない。
それから、アステアというヤタガラスはどうやら二人の友達で、クロムの所で暮らしていた姉妹のよう関係だったそうだ。
すぐさまセシリーとルナの二人と、クロムに言ってアステアの捜索を始めさせた。
ラウにはそのヤタガラスの素材を依頼したという第二王子と、その依頼を受けた三つの冒険者のパーティーを突き止めさせた。こいつ等はその内借りを返させてもらう。
しかし、今最優先に考えるべき事は、アステアの行方だ。
アステアの元の住処がエルロワーズの森の南側だというのが殊更にマズイ。
現在オレ達が実質支配出来ているのは、森の北側だけ。
それ以外の西は人間。南は魔族。東は赤鱗と、四分割されている状態だ。
いっそ北に逃げてくれたなら話が早かったのだが、おそらく、ラウとクロムの復活をまだ知らないのだろう。
北の森に迷惑を掛けたくないというのと……間違いなく死ぬつもりだからだろうとクロムが言っていた。
セシリーやルナを死んでいく自分の巻き添えにしたくないから……だから助けを求めなかったのだろうと……。
それを聞いたセシリーとルナはひどく怒っていたが、どこか寂しそうでもあった。
なので、探索にはオレも加わり、セシリー、ルナ、オレの三人で探索する事になった。
人員を大幅に動員出来ないのは、北の街造りの人員が足りないのもあるが、何より南は敵が多すぎるからだ。
下手に人員を差し向けて、捕らえられでもしたらアステアの二の舞になってしまう。
南には人間も魔族も赤鱗に組みする魔物も多く存在している。単独で勝てるのはオレ達くらいのモノだろう。
ラウにはアステアが森を出て、オウミの街に攻め込んできた時の為に、オウミで情報収集と兼用して、森の動向に注意を払うよう頼んでおいた。
そうして南の森の探索が開始される。
受付嬢の話が確かなら、ずいぶんと時間が経っている。
最悪、アステアも死んでいる可能性さえある。
セシリーとルナには先行して探索に向かってもらい、オレは一度冒険者ギルドによって改めて受付嬢に詳しい話を聞く事にした。
計画を立て、全員に指示を出した後さすがに夜も更けていたので、おそらくあの受付嬢はもういないと判断して、次の日の早朝、つまり今日の早朝に冒険者ギルドにオレ一人で向かった。
他のみんなはすでに各々の役目に付いていたからだ。
セシリーとルナは夜の内に森の南へ探索に。クロムとメアは森の北で政務に庶務雑務。ラウは情報収集と森の動向を探らせ、それ以外にも色々と。コイナさんとミケは……頑張っている。何かは分からないが、頑張っている。
冒険者ギルドは早朝にも関わらずずいぶんと混雑していて、昨日とは全く状況が違っていた。
まるで戦争のような喧騒。
ロビーの至る所から、怒鳴り声や悲鳴が聞こえる。人混みの向こうでケンカでもしているのだろうか。
あまりにもガラが悪すぎる。
ここは盗賊の住処か何かなのか……。
昨日受付嬢が言っていた愚痴も、これならと理解できた。
お目当ての受付嬢を発見する事が出来たが、そのカウンターの前には長蛇の列が出来ており、さすがに声が掛けれなかった。
昨日オレ達に見せた営業スマイルを作り、黙々と冒険者の列を捌いている。
それでもあの列を捌くのには相当の時間がかかる事だろう。
さてどうするか。列の後ろに並んでもいいが、ヤタガラスの話を聞く時間は作れないだろう。
そもそも素直に話してくれるのだろうか。
うぅ~ん。考えなしに来てしまったが、これは予想が外れたな。
昨日と同じ状況なら、それとなく話を聞きだす事にしたんだけれど。今からでもメアを念話で呼び出そうか。
なんて事を考えてると、背中に、ドンッと衝撃が走った。
もちろんオレはそんなモノ痛くも痒くもないし、ビクともしないので、相手の方が勝手に転んで尻餅をついてしまった。
「いってぇ~な!てめぇー!どこに目ー付けてやがる!!」
何事かと他の冒険者やギルドの職員達も一斉にオレと倒れた男に視線を向けて来た。
さすがにこれだけ目立つとお面で消している気配も分かるみたいで、全員がオレを認識出来ていた。
ああーそれでぶつかったのか。オレの気配が分からないから、気付かずぶつかった訳だ。
「すいません。立ち止まっていたモノで、ケガはないですか?」
転んだ男に手を差し出すと、男はそれが気に入らなかったのか、思い切りオレの手を振り払いおうとする……が、それもオレの手はそんな事では動く訳もなく……。
逆に男が手を痛めてしまったみたいだ。
「い、いてぇ!何なんだ!てめー!」
手を抑えて、尻餅をついたまま男が後ずさりしていくが、オレは屈んだままだった。
いつの間にかオレ達を中心に冒険者が距離をとり、円形の空間が出来上がっていた。
まるで土俵だな。イヤな予感しかしない……。
やがて輪の外から男が三人土俵の中に入ってくる。
あの男の仲間なのだろう。
どうやら仲間が恥をかかされた。どう落とし前付けるんだ。おかしなお面を着けやがってと、罵詈雑言の嵐だ。
おかしなお面に関してはオレも同意見だ。
「すいませんが、ぶつかって来たのはそちらの方で、さらにこちらは謝罪まで済ませています。これ以上何をしろと……?」
「ふざけんな!こっちはケガまでしてんだ!謝ってすむと思うなよ!オレらはCランクの冒険者だぞ!誠意だ!誠意を見せろ!」
すげー。こっちの世界にもヤ〇ザっているんだー。
なんて思っていると、それが余計気に入らなかったらしい。
連中は顔を真っ赤にして怒っている。
そんな元気があるんなら、別の事にエネルギーを向ければいいだろうに。ボランティアとか?
「冒険者ランクを盾にして、誠意を見せろと恫喝してくる。この国の法律がどうなっているのか分かりませんが、それは恐喝と言うのでは?」
昨日の受付嬢の話を思い出すと、冒険者同士のいざこざは基本的に勝手にしていいんだったな。
だからギルド職員も他の冒険者も止めにこないのだろう。
この調子じゃ警察?――あればだが――も期待できない。
男達は喚き散らしながら、オレを取り囲むように陣取り始めた。
その内の二人は腰の剣の柄に手まで添えている。
ここまでされたらさすがに黙っていられない。
「剣。抜かない方がいいですよ。抜いたら……殺す口実が出来ますから」
その一言が決定打になったらしい。
四人は一斉に叫びながら襲い掛かって来た。
転んでたヤツはケガしてねーじゃねーかよ。
今からケガするけどさ……。
遅い。まるでスローモーションだ。
何の工夫もなく、ただ上段から殴りかかるだけ。それも声を上げて、今から殴りますよと宣誓までしてくれる。
思わずため息が漏れる。
仕方ないので、殴ったり蹴ったりはせずに全員の関節を狙うようにする。
手加減を間違って殺すのもイヤだし、そもそも手加減がめんどくさい。
剣を抜こうとしていた一人の柄を抑え込み、剣を抜く前に抜刀を止める。そのまま抜き手の肘を下から押して肩の関節を外す。
身をひるがえして残り三人の内の二人の間の割って入り、そのまま首を掴む。狙うは頸動脈。ここを指で的確に押さえれば一瞬で相手は気絶する。
狙い通り二人が膝から崩れ落ちる。あれはしばらく起き上がれないだろうな。
残るは一人。まだ剣を抜いてもいない。そのまま腕を取り関節を決めて、下に押し倒す。
倒れこむと同時に肩の関節が外れただろう。もしかしたら腕が折れてるかもしれない。が、自業自得だ。受け身も知らなければ、被害は甚大だろう。
やれやれと辺りを見渡すと冒険者達は静まり返っていた。さっきまでの喧騒がウソのようだ。
相手にもしていられないので、そのまま壁に向かい、適当な依頼書を持って目当ての受付嬢のカウンターへ歩いていく。
冒険者達はそのどれも道を譲ってくれ、順番を飛ばして入ったにも関わらず誰も文句を言って来なかった。
いい人達ばかりで助かったよ。
全員怯えていたけど……。
「依頼を受けたいのですが……」
「は、はい。かしこまりました。こちらの依頼ですと……」
相変わらずプロだな。多少顔が引きつっているけれど、営業スマイルは崩れていない。
「昨日は申し訳ありませんでした。失礼な態度を取ってしまって……」
その頃にはもう周りは再び騒がしくなり始めていた。他のカウンターも先ほどのように業務を続けている。
ただオレのいるカウンターだけは誰も並びに来なかった……。
さっきのヤツ等は外の運び出されたのだろう。横に病院も併設されている事だし、なんとかなると思っている。
キチンと関節を戻せるヤツがいるといいな。キレイに外したから大丈夫だと思うが、下手なヤツが処置すると地獄の痛みを味わう事になるぞ。
「……昨日?失礼ですが昨日お会いしましたか?」
「ええ。冒険者手続きを。……いえ……覚えていないなら大丈夫です」
覚えていないらしい。これじゃナンパみたいじゃないか。
「……レイ……レイ・アマミヤさん……?」
依頼書とオレの冒険者プレートを眺め見て、ようやく思い出したのか受付嬢はゆっくりとオレに向き直った。
「いえ、こちらこそ。大変失礼な話なのですが……その……昨日の記憶があやふやなモノで……。申し訳ありません」
メアの能力の影響だろうな。やはりあれ以上は危険だったのだろう。
「ええ。構いません。こちらも悪かったですから。それより少し聞きたい事があるのですが……?」
「大丈夫ですよ。今日はもう……仕事になりそうにありませんから」
そう言ってオレの後ろを指差すと、オレ達の周りには誰もいなかった。
それを見て受付嬢は微笑むと、明らかに態度と口調を崩して、柔らかくなったように感じた。
「それより……その……スゴイですね」
スゴイ?さっきの立ち回りを言ってるのか?
「私には何が起きたのかさえ分かりませんでした。あれ程の力があるなら……こちらもお願いしたい依頼があるのですけど……?」
「なんでしょう?内容にもよりますが……」
「実は……最近眠りの森の奥地に探索に向かった冒険者が一人も戻らないのです。森でなにか異変があったらしく、ギルドと領主ジークフリート様の依頼でいくつかの信用の出来るパーティーに依頼をしたのですが……」
「誰も戻って来なかったと……」
「……はい。昨日登録を済まされた方にお願いするような依頼ではないのでしょうけど……」
「具体的には何をしたらいいんでしょう?戻らない冒険者の捜索でしょうか?それとも、森の異変を調べてくる事でしょうか?報酬はどれくらいでしょう?……そこがハッキリしない事にはちょっと受けかねますが……」
「……そうですね。言う通りだと思います。しかし、今この街に信用できる冒険者がいないのも事実なんです。そのせいで先ほどのような冒険者ばかりが増えてしまって、ギルドも頭を悩ませているんです」
荒くれものの冒険者の抑え役をしていた信用できる冒険者がいなくなって、次第に冒険者の質が落ちてきているのだろう。
森からの恩恵で成り立っているこの街にとっては死活問題につながりかねない事態って訳だ。
「では、こうしましょう。依頼は森に関するモノを優先的に受けるので、その最中に異変を調べるという事で。もし可能なら探索に出ている冒険者も探してみます。これでいいでしょうか?」
「はい!とても助かります!しかし、報酬の方が……」
「それは何かしらの成果が出た場合だけで結構ですよ。個人的にあなたから頼まれたって事で引き受けましょう」
これはヤタガラスの形見を売らずに取っておいてくれた事に対するオレからの礼だ。
それに、そんな依頼くらいオレにはあってないようなモノだし。
「ありがとうございます。このお礼は必ずさせていただきます」
そんなかしこまらなくても構わないんだが。
それにおそらく、その冒険者達はみんな死んでいるだろう。
遺品はラウに言えば出てくると思う。アイツは何でもため込むからな。じじいの所の魔法陣に関する本がいい例だ。
「それで、この依頼を受けられるのでしょうか?これはその……あまりアマミヤさんには向いていないかと……」
受付嬢もオレが無造作に依頼書を取ったのを見ていたんだろう。
その内容は…………迷い猫の捜索。
難易度E。報酬銅貨二枚。
「……いえ、違うモノを……」
「はい。かしこまりました」
うふふ。と笑って受付嬢は手元の引き出しから何枚かの依頼書を取り出して来た。
別に依頼を受けに来た訳じゃないんだけどな……。
「そういえば、魔物の討伐依頼は極端に少ないですね?どうしてですか?」
受付嬢の笑顔が僅かに曇った気がした。
「……はい。魔物は余り被害を出しませんから……。よほど人的被害が出ない限り、その討伐命令はでません。どちらかといえば、盗賊や魔獣の方が被害が多いのが現状ですから……」
確かに、出された依頼書に目を通すと採取や、盗賊、魔獣の討伐ばかりだ。
しかし、昨日の話では魔物の素材を欲しがっている金持ちは大勢いそうな気がする。
「……わざと魔物の討伐依頼書を出していませんね……?」
「……」
張り付けたような営業スマイルを崩してはいないが、無言なのが答えを言っているのと同じだ。
「実は聞きたい事と言うのは、あなたが見たというヤタガラスの行方についてなんです」
「……」
先ほどまでのフレンドリーな態度が一変して、明らかに営業モードに変わったのが分かった。
心の壁を張ったというか、警戒心丸出しというか。
「何を仰られているのか分かりませんが、依頼を受けないのであればお引き取りを」
とうとう帰れとまで言われてしまった。
やはりこの人の魔物に対する考え方は他の人間とは違うようだ。
「……信じてもらえないと思いますが……実はそのヤタガラスを保護したいのです……」
「……」
受付嬢のオレを見る目が猜疑心で色濃くなっている。
「そう言って魔物の情報を欲しがる冒険者はたくさんいます。この国でも魔物と共存するべきだって考えている人間は大勢います。私もその一人です。その私があなたを信用する為にあなたは何が出来ます?」
彼女を信用させるのに必要なモノ。
金?違う。
冒険者の地位?違う。
何を出せば彼女はオレを信用する?
あまりやりたくなかったが、指輪もしている事だし、こちらもある程度誠意を見せないといけないだろう。
オレはお面をとって素顔を彼女に見せた。
「オレからあなたに出来る誠意は、オレの素顔と、これです」
オレの素顔を見て、受付嬢は何故か驚いていたが、これはオレからの誠意であって本当に見せたいのはこっちの方だ。
オレは胸元から友達をそっと取り出して見せた。
「べ、ベビースパイダー!?」
「しっ!!声が大きいです」
そう。ルナからの護衛という名目の監視で今もオレに付けられているオレの友達だ。
「……そんな災害レベルの魔物を隠し持っているなんて……何を考えているんですか!!」
ベビースパイダーはオレの頬にすり寄るように親愛の証を示してくれている……けれど……
「災害レベル?この子が?」
「そうです。知らないんですか?その魔物は一体一体は弱いですが、仲間を無限に呼ぶんです。食欲も旺盛で、この街くらいだと跡形もなく食い散らかされるでしょうね……」
ああ。その光景昔見た気がする。
まだセシリーとルナが魔物の姿だった頃、魔獣を狩って、その余りをこの子達にあげたっけ。
あれはグロかったな~。
今度はちゃんと声を落として答えてくれたが、さすがに怯えているようだ。
その間にベビースパイダーはオレの頭の上に移動して、髪の毛の中に隠れてしまった。
コイナさんといい、ミケといい、この子といい、オレの頭はそんなに居心地がいいんだろうか?
「心配いりませんよ。この子はオレの友達ですから」
「……本当……みたいですね。ベビースパイダーが人間に懐くなんて……聞いた事ありません。その子、仲間意識が強くて、絶対に人間に懐かないんですよ?」
ベビースパイダーは髪の間から出たり入ったりしては、オレの額や耳の上を行ったり来たりしている。
お面をかぶり直し、改めて受付嬢に話を振る。
「これで、少しは信用してもらえましたか?」
「……はい。アマミヤさんの言う事はきっと本当なんでしょう。でも、魔物といっても全員が友好的ではありませんよ?ほとんどの魔物は人間を嫌っていますし、森の南や東にいる魔物は特に危険です。あのヤタガラスだって間違いなく人間を恨んでいるはずです。それでもあのヤタガラスを保護しにいくと言うんですか?」
「……はい。必ず」
「アマミヤさんも相当変わっていますね。私が言うのもおかしな話ですけど」
そこにはさっきまで心に壁を作っていた受付嬢はいなかった。
ただ優しく微笑む一人の女性が座っているだけだった。
「ヤタガラスは森に逃げていません。ここから南。かつて眠りの森があった湿地帯の方に逃げていきました。そこも今は毒の沼地に変わってしまっていますけど……」
なっ!!森の方に逃げていないのか?
「どうして!?」
「それは私にも分かりません。でも、確かにあのヤタガラスは南に向かって飛んでいきました。それに……あの羽ではそんなに遠くまで飛べないでしょう。おそらくというのであれば、逃げて行った方向に冒険者は立ち入りません。あの辺の毒は人間ではすぐに死んでしまいますから……」
追手を撒くためにあえて、毒の沼地を選んだって事か。
セシリーとルナが夜通し探して見つからない訳だ。
毒じゃセシリーの鼻も利かないだろうし、ルナの糸もそこまでは展開していない。
くそ!!なら、なおさら時間がないじゃないか!
「ヤタガラスのケガは!?どれくらい酷かったですか!?」
「……多分致命傷に近いかと……羽も片方ちぎれかかっていましたから、もう飛べないと思います……」
「ありがとうございます!!時間がないのでこれで!」
「あっ!待ってください!必ず!必ず助けて下さいね!!」
オレは振り返らずに、片手を上げてその声に答えた。
ギルドを飛び出す時、幾人かの冒険者がオレを見ていた気がしたが気にしていられない。
『セシリー!ルナ!聞こえるか!アステアの居場所が分かった!』
『はい!聞こえています!それでアステアはどこに!?』
『オウミの南だ!かつて森が在った場所!今は毒の沼地に変わっている場所だ!』
『あんな所に!?……分かりました!私達もすぐに向かいます!』
『ああ!オレもこのまますぐに向かう!』
そのままオレはオウミの街を検問所も通らず、空を駆け抜けて出て行った。
ジークフリートとの会談も控えているというのに、うかつな行動だったかもしれない。
指輪とお面の能力があれば誰にも気づかれてはいないだろうとオレは思っていた。
しかし、そこには空を駆けるオレを見つめる二人の人影があった事にオレは気付かなかった。