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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
30/58

29

「で、お使いって何をしたらいいんだ?」


 クーロン商会の奥。立派な会議室。

 調度品も豪華で、まるでどこかのホテルのスイートルームのようだ。

 そこで、久し振りにみんなで集まって恒例の会議を開いている。

 今日はコイナさんも一緒に参加だ。


「まあまあ。それはいったん置いといてやな。順番にいこか?まずは森にあった人間の村はどうやった?」


「どうって……。特に何もないな。ただ要件を伝えて、そのままだな。しいていえば狩りが不猟だというから魔獣を三体ほど狩って置いて来たくらいか」


「……ふ~ん。おかしいと思わんかったか?」


 ラウの言葉の意味がよく分からない。

 特別強い人間がいたとも思えないし、あやしいヤツもいなかった……と思う。


「セシリーは――分からないのです!」


 うん。セシリーは今日も元気だなー。


「……私は妙だと思いました……」


「ほ~ルナはなんか気付いたんか?」


 まるで初めから答えを知っている教師のように、ラウはルナに続きを促す。


「あの村、聞くところによると人間の国から逃げて来た者達で作った村でしたよね?それならば何故あそこまで豊かだったのでしょう?生活に困っているようにも見えませんでしたし、それなりにクワやカマといったモノから新しい農工具まで揃っていました」


 確かにそうだ。ルナが人間達に取り囲まれていた時、確かにクワやカマを持ったヤツ等も大勢いた。

 それもそんなに古い、使い古されたモノじゃなかった。


「なんでやろな~?人間の国を捨てたもんばっかりやのに、どうにも人間の国が見え隠れしとるよな~?」


「……なにか知ってるのか?もったいぶらずに話せ。どうせオレを直接動かしている事にも関係しているんだろ?」


「せやな~」

 

 ニヤニヤとした笑みと共に、どこか邪悪さの漂う雰囲気に少しだけ威圧されてしまう。


「アイツ等の内どこまでかはわからんけど明らかに人間の国と繋がっとる連中がおるんは確かやな?そうじゃないと説明のつかん事が多すぎる。そうは思わんか?」


 当たり前の事すぎて、つい頭で言葉を整理するより早く口から言葉が出てしまう。


「あぁ。そんな事は分かり切っていた事だろう?百年以上も村が存続しているんだ。いつか村を出て人間の街に出たいと思うヤツはきっといただろう。それは当たり前の事じゃないのか?」


 ラウは僅かにニヤケヅラを引きつらせていたが、普通は分かるだろう。

 今時どんな田舎だろうとも、どんなに不自由のない生活をしていようとも、都会に憧れる若者は少なくない。

 なんの刺激もない平淡な生活。

 それがどれだけ恵まれていたとしても、そこにいる内には誰も気付かない。そして……気付けない。

 それがどれだけ幸福な生活だったかも……。

 まぁつまり百年も続けば、いつか誰かは村を出ていく。それが村にとって災いなのか、福音なのか、ただその違いなだけだ。


「そもそもあんな小さな村が森の助けを受けずに存続していた時点でおかしいだろ。誰かしらは必ず人間の街に行っている。それが誰か――は分からないが、間違いなく人間の街。つまり、オウミの街と何かしらの繋がりがあってしかるべきだろう」


「……わかってて保護したんか?」


「……?まあな。やる事は変わらないからな。なんか問題があるのか?」


「……もし……人間が裏切ったらどないするん?アイツ等全員がアルべリアと繋がっていて、クロの街を攻める事になったら……」


「……そうなったら……殺すだけだろう?出来るだけ避けるが――仕方ないだろう?クロムと人間。比べるまでもないだろう。最悪じじいも……殺さないとなぁ~。多少勿体ない気もするが、う~ん。しゃあないか」

 

 じじいは中々使える。

 でも……。

 迷うまでもないだろう。

 みんなの安全と比べるまでもない。

 

 必要ない!


「ボクが言うのもなんやけど……キミ冷たすぎんか?」


「はぁ!?アイツ等とクロムだぞ!?どう考えてもクロムの方が大切だろう!?」


「……若様や……」


「……まぁ。せやけど。キミがその決断をとっくにしとるとは思えへんかったわ……。キミにはそれが出来んと思とったわ……」


 涙ぐみながら見つめるクロムとは対照的に、オレを見つめるラウの目は微かに金の瞳を開き……驚きの感情を向けてきていた。

 今更何を……と思わない事もない。

 確かにクロムの扱いはひどくなった気はする。


 それでも、楽しいんだ……。

 みんなでワイワイやって、下らない事で言い争って、毎日毎日が積み重なっていく。

 それを壊すというなら、人間など滅びればいい。

 

「まぁ。それは最悪の結末であって、その為の対処方はもう済んでるんだろ?ならいいじゃないか。まず聞かせてくれないか?」


 ラウ、ルナ、クロムと順に視線を向けると、各々が一つ頭を下げた。


「ボクはこのクーロン商会を使ーてオウミ、キョウ、しいてはアルべリア王国に探り、または牽制をしとるとこや」


「はい。私は人間の村に糸の結界を、そしてベビースパイダー達による監視をしています」


「ワシはあの村の周り魔物達を呼び寄せ、村を包囲しておる。特にキュービ。あの連中は元からあの辺りを縄張りにしておったからのう。まず間違いは起こらん」


 三人の対処方を聞いて、大きく頷く。

 今出来る一番妥当な……そして的確な対処法だろう。


「さすがだ。それなら当分村の連中は動かないだろう。動いても筒抜けだ。なら、その間にオウミを片付けてしまおうか?そのためにオレをオウミまで呼んだんだろ?」


 人間同士が繋がっているのはラウならとっくに気が付いていただろう。

 対策も終わっている。

 なのに……この場で議題に上げて来た。

 それはつまり……オレがどう決断するか分からなかったから。

 

 そんな……まさか……人間が……。

 オレ達を裏切るなんて……そんなまさか……。


 とでも言って嘆き悲しんだらよかったのか?

 バカか。

 人間が裏切るなんて、元人間のオレ達が一番よく分かっているだろう。


「ラウ?あまり舐めるな……?」


「はは。スマンかったわ。せやな。ほんなら話を進めよか?とりあえず、村の方は今は放置や。村で話し合いをする言うんならしたらええ。その結果動く連中がいたら、そいつ等も放置や。今は泳がせとこか。ええな?ルナ、クロ。捕まえずに逃がすんや。その上で繋がっとる連中を割り出す。目的が何であれ、まずはそれを調べなあかんからな?」


 二人は無言で大きく頷く。

 しかし――その表情もどこか邪悪さが滲み出ていた。


「まっ。そんなとこだろうな。それでオウミではどうする?この……」


 グルリと部屋を一通り眺め、最後にラウに視線を投げかける。


「……商会みたいに、街も国も潰すか?」


「……それは連中次第や。今んとこ下ごしらえはしとるけど、あんまり大事にはしとーないな。まだ他にも国はあるし、魔族の方も……森にも赤鱗の事があるさかいな……」


 赤鱗……。最初のケンカを売ってきてコイナさんを傷付けた魔物。

 その名前を聞いてコイナさんの顔色もどこか青ざめて、優れないモノになっている。


「そうだな。こちらも多少情報を出す必要はあるかもな。最悪オレが直接動こうと思ってる」


 その場の全員の表情が硬く、こわばったモノに変わる。


「まぁ。それは追々とやな。まだそこまではせんでええ。今はまだその一歩手前くらいやな。教えたやろ?戦争で大事なんは情報や。最悪キミだけが生き残ったらそれでええんや。分かるな?」


 ラウの言い分に多少の不満を感じないでもないが、言いたい事はよく分かる。

 オレが表に出て、ケンカを売れば間違いなく森のみんなにも巻き添えで犠牲が出る。


「……分かった。……それじゃ……まずは情報を集められる立場になるか?ラウの商会とはまた別に、独自の情報網があるとより良いな。とりあえずは……」


「待ってください!それなら私の結界と眷族で賄えるかと……」

 

 ルナか。

 ルナの情報網は優秀だ。しかし、優秀過ぎるが故か、情報量が多過ぎて処理できていないの現実だ。

 森にある村を監視するならそれで、手一杯だろう。それでも百人以上の情報を的確に捉えられるのは素晴らしいのではあるが……。


「ルナや。そこまでじゃ。あまり――でしゃばるでない!」


 珍しくクロムが厳しい口調でルナを叱責する。

 オレが理解しているルナの欠点をクロムは勿論、ルナ自身もよく理解しているのだろう。

 もし、ルナに任せたとしたなら、それこそルナは一切の休憩も取らず、倒れるまで情報を集める作業にその身を捧げる事になっていただろう。

 その結果、情報の精度は下がり、さらにはルナは自身の結界にその身を食い殺されてもおかしくはない。

 かつて、結界にその身を捧げたクロムのように……。


「ルナ……?ありがとう。でもルナが一人でそんな無理をしなくていいんだよ。ルナが傷つくくらいならオレが代わりになるから。だから、あまり心配させないでくれないか……?」


「……レイ様……」


「まあまあ。心配せんでも、その辺はボクに任しときって。こっちはこっちで中々いい駒を手に入れたんや。上手くいけばこの国に風穴が空くで?」

 

 嬉しそうに話すラウに、心が騒めく。

 今のラウなら、アルべリアに風穴を空ける所か国自体を更地にするくらいの気持ちがあるだろう。

 自分の眷族を殺された恨み。

 それは一体どれほどの怒りなのか……。


 憤怒


 ズキリと頭が痛む。

 ラウの怒り。憤怒の感情。

 これでようやく一つ目……。

 一つ目……?何が……?


「ちょ、どないしたんや?急に?」


「……なんでも……ない……。本当になんでも……ないんだ……。続けてくれ」


 気持ち悪い。なんだ今の感情は。今のは本当にオレか?


「ホンマに大丈夫か!?エライ顔色やで!?」


「うるさい!!大丈夫だって言っているだろう!!」


 一瞬で部屋の空気が張りつめる。

 子供達は顔を真っ青にして、泣きそうになっている。

 怒鳴られたにも関わらず、ラウは心配そうに駆け寄って来るし、クロムは既に魔法陣を展開してオレに治癒を施そうとしている。

 それも……無理ないか。

 みんなの前で……いや、オレが怒鳴る事自体初めての事だったからな。

 何よりオレが一番ビックリした……。


「……すまない。どうかしてた。まるで…………いや、本当になんでもないんだ……ありがとう。クロム」


 クロムに肩を借りて立ち上がろうとするが、上手く立ち上がれない。

 そう、これは魔力を枯渇して倒れた時とよく似ている。

 しかし、気分はもう悪くない。

 むしろ、清々しく晴れ晴れとさえしている。

 これは……何度か経験している。

 加護の力を与えた時とそっくりだ。


「な、なんやこれ。どないしたんや?」


 今度はラウの身体が光りに包まれる。

 部屋中を包み込む光りは次第に小さくなっていき、それは何事もなかったように収まってしまった。


「い、今の、ミケさんの時と同じです。レイさんが倒れて……それで、その後ミケさんが生まれて……」


 コイナさんが泣きそうに、心配するように、オレとラウを交互に見やっている。


「心配ないですよ。コイナさん。オレは倒れないし、ラウも問題ないです」


 クロムに肩を借りながらではただの強がりにしか見えないが、それでもオレの笑顔でコイナさんの表情が和らぐのが分かった。


「そうや……。ボクは問題ない。心配いらんで。コイナ」


 飄々とラウがその場でクルリと一回りして、身体の無事をアピールする。


「けど、今日はこの辺にしとこか。あとはボクとレイで話を詰めとくさかい、みんなは仕事に戻ってや。セシリーとルナも休暇はしまいや。ええな?」


「で、でも……」


「ええな?」


 ラウの無言の迫力に二人も否応なく頷く。

 休暇がなくなった事が不満ではないのだろう。

 ただ単にオレがひどく心配なだけだろう。


「みんなも、もう行こう。ラウが大丈夫って言ってるんだ。後は任せてボク達は仕事に戻ろう」


「そうじゃな。ワシ達もそんなに暇な身体ではないからのう。それにほれ、転移を使えばいつでも若様に会えるんじゃ。心配はいらん」


 メアとクロムは気を使って、その場にいる全員に退室を促してくれた。

 クロムからラウに代わって肩を貸してもらい、全員に心配はいらないと笑顔を向けて見送るが、セシリーとルナは何度も振り返り、オレの身を心配そうに案じていた。

 ようやく全員が退室した後、ラウとオレはそのままその場に倒れこむように倒れてしまった。


「……なにが心配いらないだ……お前ボロボロじゃねーか」


「……そないな姿でよう言えるな?自分の姿を鏡で見るか?キミこそボロ雑巾みたいやで」


「……はっ!お前よりはマシだろ。強がって無理して、もう起き上がれないんじゃないのか?」


「……そのセリフそのまま返すわ……」


 二人ともその場で地面に倒れたまま、頭を横に向ける事もままならない。

 ただ息を荒く、絨毯に顔を埋める事しか出来なかった。


「……やめるか?そんな元気も出ねーわ」


「せやね……。それより、今のなんやったんや……?……死ぬかと思たわ」


「いや、オレも分かんねー。加護を与えた感じに似ていたけど……少し違うみたいだな」


「ほお?訳も分からんとボクは殺されかけた訳やな?」


「イヤミを言うな。余計に疲れる。本当にオレにも分かんねーんだから勘弁してくれ」


「……怒り……」


 小さくラウが呟く。


「頭に響いたわ。キミの声で……」


「……憤怒……か?」


 相変わらず絨毯にキスするおっさん二人だが、本人達はいたって真面目だ。


「ようやくキミのスキルが発動したんかもな……?」


「……どうしてスキルだと?」


「ボクは常にスキルで身を守っとる。それはさっきも例外やない。こないな死にかけるような目にはあう訳がないんや。考えられるんはキミから何かをされる以外考えられん。加護で何かしたつもりがないんなら、後はスキルしかないやん」


 オレが分からないと答えた以上、確かに答えはそれしかないか……。


「でも、死にかけた割に力は十分や。むしろ神格が変化しとるみたいで、前よりさらに魔力が溢れとる感じやな」


「ああ。そりゃ……よかったな……」


 もうラウの答えはどうでもよかった。

 今はもう……ただ眠りに着きたかった……。

 そのまま目を閉じれば、後は勝手に意識が彼方に飛んでいくだけだった。




 


 目を覚ますとそこは知らないベットの上だった。

 やたら豪華な、天幕付きのベッド。

 大人が何人寝れるんだってくらいの無駄に大きな広さだった。

 部屋も無駄に大きく、西洋風の家具がそこかしこと置かれていた。


 ようやく覚醒してきた頭をフル稼働させ、状況把握に努める。

 クーロン商会でみんなと話し合っている最中にオレとラウはそのまま倒れた。

 ならばここはクーロン商会の一室だと思われる。

 ベッドの横の花瓶には花が生けられ、それもよく見ればまだ新しい。

 にもかかわらず、この部屋に人のいた気配が全くない。

 匂いや魔力さえも感じられない。


「うっとうしいからサッサと出て来い。いるんだろ?」


「なんや気付いとったんか。最近は全く驚いてくれんようになってもうたな~」


 ベッドの上で上半身を起こしたオレの顔の横に、後ろからラウの顔がニュっと出てくる。

 悪趣味なヤツだ。


 ラウはそのままオレを通り過ぎ、ベッドの上を歩き正面の椅子に音もなく腰を落ち着かせる。

 なんで一緒に倒れたコイツはこんなに元気なんだ。納得がいかない。


「それで、みんな心配していないか?早く安心させてやりたいんだけど……」


「そりゃ心配しとるに決まっとるやん。でもまぁみんな慣れたもんや。キミ倒れるのこれで何回目や?そろそろ冬眠でも始まるんとちゃうか?」


「……」


 聞きたい事は聞けた。

 みんなが心配しているなら、早く顔を見せにいかないと。


「あぁ~。ハイハイ。ちょい待ちや?急がんでもすぐにみんな来るさかい、しばらく待っとたらええ。その間に少し話詰めとこか?」 


 ラウは人差し指でオレの肩をクルクルと指差しながら、椅子から乗り出すようにしてオレを諫めてくる。

 指の指す方を見ると、オレの肩にはよく見知ったルナの妹のベビースパイダーが、行儀よく座って頭を下げていた。


 ああ。懐かしいな。最近あまり一緒にいなかったからな。


「元気だったか?またオレの監視でも頼まれたのか?ふふ。ルナも心配症だからな。でもまたこうやって会えるのならそれも感謝しないとな」


 人差し指の腹で頭を優しく撫でると、オレの友達は嬉しそうにオレの指にしがみついて来た。

 どうやら向こうも懐かしがって、喜んでくれているみたいだ。


「いちゃつくのは二人ん時だけにしてや?それよりもや……」


 お前だっていつもクロムといちゃついてるじゃねーかよ。

 人目もはばからず。


「オウミでの仕事の話や。キミにはお使いを頼んどったな?それで、先方さんがどうしてもキミに話がしたいそうや。どうや?頼まれてくれるか?」


「い・や・だ!」


「……なんでや!?」


 オレがオウミに来たのはあくまで休暇を利用した観光でだ。

 そもそもじじいの頼みを聞くために、人間の村に行き、交渉していた訳で、何のメリットもない話は聞きたくない。

 森の守りについての話ならともかく、ラウのお使いだと言うなら本人がいるんだ。自分ですればいい。

 それに……あまりに隠し事が多すぎる。


「キミ、仕事したいんとちゃうんか?」


「ああ。だから早く森に帰って、仕事するんだよ」


「ああ~。スマンかった。堪忍や。これは正式な仕事や。報酬も用意するし、ちゃんと……説明もする」


 最初からそう言えばいいんだよ。

 じじいの事といい、オウミのこの商会といい、何を企んでるのか知らないが、余りに説明がなさすぎる。

 どうせ引き受けるにしろ、説明くらいはちゃんと聞かせてもらわないとやってられない。


「で、それはオレ達の……森の利益にキチンと繋がるんだろうな?」


「当たり前や」


 そう、当たり前だ。しかしオレの倒れる前――感じたラウの感情。

 

 憤怒


 まさかラウが私怨で動くとも思えないが、念押しはしておきたい。

 もし、私怨だとしてもオレは協力するだろうけどさ……。

 やっぱり気持ちはキチンと聞いておきたい。


「まさか心配しとるんか?」


「別の意味でな」


 小さく「かなわんなぁ」と呟いた後、頬を指でポリポリと掻き、にやけた笑みを微かに消した。


「まぁ個人的な恨みが全くないといったらウソになるけど、ちゃんとみんなの為の仕事や。信じてくれるか?」


「オレがお前を信じなかった事が一度でもあったか?」


「……せやね」


 表情は読めないが反省はしているらしい。

 かなり長い付き合いだと思っていたが、隠し事をされると信用されていないように感じてしまう。

 一応オレの事を気遣っての行動だとは思うが、それでもやはりムカつくモノはムカつく。


「じゃ説明頼むわ」


 手で「どうぞ?」とラウに促すと、バツが悪そうに順に説明を始めた。


「まぁボクが今回キミに仕事を頼むんは、キミを試してみたかったからや。キミは人間をどないに思っとるんか。それが知りたかったんや。キミはちゃんとキミか?キミが優しいんはよう知っとる。でも……キミの答え次第ではボクは……」


 薄々ラウは『オレ』に気付いていたんだろう。

 アイツは人間も魔族も好きだからな。

 それはラウの希望とはかけ離れた思考だからな。

 けれど、それも含めてオレだからな。

 『オレ』とは一応話は付いている。

 それをみんなに伝えなかったオレにも責任はあるだろう。

 いや、オレが全ての元凶か。言葉にしなければ伝わらないと知っていたはずだったのにな。


「ああ。すまない。オレの説明不足が悪かったわ。確かにオレの中には『オレ』がいる。けど、そいつとはもう話はついている。伝えなくて悪かった」


「……キミ。自分で認識しとったんか?」


「そりゃまぁな。倒れる度に何度も出て来たわ。でもまぁ理解はしていたぞ。納得はしていなかったけどな」


「……ええんか、それで?」


「さっき言ったろ?人間よりもクロムが大事だって。もちろんみんなもな?その為なら人間を切り捨てるさ。ああ。でも、無差別に殺したり、苦しめたりはナシな?『オレ』が嫌がる。まぁクズに関してはその例外として考えていいと思うぞ?」


 それを聞いてラウの表情がパッと明るくなった……ような気がした。

 キツネ顔じゃ変化が分かりずらいんだよ。


「そんなら、この国は大丈夫やな。色々調べたけど、この国の貴族様は中々のクズ揃いやったわ」


「そんならいいんじゃねーの?なるべく一般人には手を出さない方向でなら、オレは止めないぞ」


 そういえば、今回倒れた時に『オレ』は顔を出さなかったな。

 今の所不満はないって解釈でいいんだろうな。

 森の村を守っただけだしな。


「で、この国をどうしたいんだ?潰したいのか?乗っ取りたいのか?」


「ボクは敵を討ちたいだけや。ボクや……コイナの……」


 そうだったな。ラウの眷族の一人は人間の勇者に殺されたんだったな。

 後はコイナさんの両親も人間に……。


「それなら問題ないな。後は森を守る為には隣接するこの街が邪魔だな。多少は森にある村と同じ様に保護を与えてもいいと思うけど……。共存出来ないなら消したいとこなんだけど……『オレ』が嫌がるからなぁ~」


 自分の事ながら面倒くさいからな。アイツ。


「それなら良かったわ。その為のお使いや。どう転ぶか分からんけど、そのどれもの鍵を握っとる相手からの御指名やからな」


 ラウが何を言ったのかオレにはよく分からなかった。

 その全ての鍵を握る人間がいる。

 オレ達の敵を知り、人間と森との間を取り持てる人間。そんなヤツがいるなんて信じられなかった。

 ラウならとっくに交渉を終わらせてしまえるのではと思ってしまうが……。


「オレを指名して、お前がそれを許す程の相手か?」


「そうや。下手に手出しして無茶をしたら、こっちにも被害が出かねん相手や。たかが人間やと思っとると痛い目を見かねん」


 珍しいな。ラウが人間をそこまで認めるなんて。


「それで、相手の要求は?」


「それもキミと直接話した時にしか言わへんのやと。どないする?」


「会うさ。ただその結果、もし人間との共存になったらみんな納得できるか?」


「条件次第やな」


「……だろうな」


 一方的な食い物にされるのはゴメンだし、対等な条件でさえこちらは納得できない。

 現に今いるこの館の場所でさえ、元はエルロワーズの森が在った所なんだから。

 本来なら返還さえ要求する所だ。


「とにかく一度会ってみるか。そいつの名前は?」


「ジークフリート・ザクセン辺境伯。アルべリアの怪物って呼ばれとるじーさんや」


 またじじいかよ。最近はおっさんとかじじいにやたらと縁がある気がしてきた。


「まっ。強気に交渉するさ。最悪みんなの避難指示だけは頼むな?戦争になったらオレが最前線に出るからそのつもりでな」


「そう言うのが分かっとったから、ボクは交渉の道を選んだんや。頼むからその血の気が多いんを何とかしてや?」


 片手で頭を抱えるラウに、オレは満面の笑みを返してやった。


 ほら、またバタバタと足音が聞こえて来た。

 ウチの王子様やお姫様がおいでらしい。

 心配を掛けさせてしまった代わりに今日は目一杯甘やかしてあげようと心に決める。

 肩の上ではオレの友達も嬉しそうに、扉の向こうを眺めていた。

















 


 


 

     

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