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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
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 北へ移動中、走りながらセシリーから聞いた話は大体こんな感じだ。


 この巨大な森はエルロワーズの森と言うらしい。

 これはこの森の初代のヌシであったドラゴンの名前からきているそうだ。

 その初代のヌシのエルロワーズも、二代目の森のヌシも今は不在で、ようやく二代目のヌシであるオレが帰ってきてくれたとセシリーは喜んでいるらしい。

 とんでもない勘違いだと思ったが、そこはオレが何度訂正してもセシリーは一向に聞き入れてくれなかった。


 そして更に、このエルロワーズの森はとんでもない大きさをしており、その大きさはセシリーにもどれくらい大きいのか分からないらしい。

 故に、セシリーにしてもエルロワーズの森の南部と西部には行った事がないらしく、セシリーは主に、自分の生まれ育ったババ様がいる北部に住んでいることが多いらしい。

 そしてオレとセシリーが出会った海は、森の北東部にあたる場所らしくセシリーが森で遊んでいたらたまたまオレを見つけたそうだ。


 ちなみにエルロワーズの森を東西南北に分けると北部と東部には、人間や魔族といった魔物と敵対する種族は住んでいないそうだ。

 魔族もいるのかと思ったが、セシリーもほとんど見た事がない上、近づかないので魔族がどの様な存在かは分からないらしい。

 ちなみにこの森の南には魔族の領土が広がっており、西には人間の領土が広がっているそうで、そのためセシリーは南部と西部には危険なので行かないそうだ。


 どうやら人間と魔族。そのどちらの種族からも、魔物や魔獣は自分達を害する者として、討伐の対象にされているため、捕らえられると生きたまま売り飛ばされるか、殺されてバラバラに解体され、素材として売られるらしい。

 エルロワーズの森にヌシがいた昔は、森の外側の浅い場所にしか人間も魔族も来なかったそうだが、ヌシがいなくなった最近は、人間が森の中層にも少しずつ現れてエルロワーズの森を荒らしているそうだ。

 仲間を狩ったり、木々を切ったり、土地を掘り返したり、森の中で好き放題しているそうだ。


 逆に魔族は、昔と変わらず余り森には踏み込んでこないが、それでも出会うと殺されるかもしれないのでなるべく魔族の国のある南部には近づかないらしい。

 魔族はそれほどエルロワーズの森に害をなしている訳ではないらしいが、セシリーからすると仲間を殺す時点で人間も魔族も同じ、憎い敵だそうだ。

 どちらも殺したいほど恨んでいるが、森のヌシが不在である今は、それも出来ずに歯噛みしていたと言う。

 気持ちは分かるが、それをオレに言うという事は、やっぱりそういう事をオレに期待しているって事なんだろう……。


 けっこう勘弁してもらいたい……。

 そんな期待をオレにしても、オレは二代目のヌシではないし、殺し合いとか出来る自信がない……。

 



 さらにセシリーが言うには、魔物にしても元々この森に住んでいた者と、森の外から来た者とでは全くの別物だそうだ。

 元々この森に住んでいる魔物達は、かつて初代のヌシであるエルロワーズから加護を受けていた者達の末裔だそうで、互いに傷付け合わず共存共栄をしていたらしい。セシリーの言う所の仲間ってヤツだ。

 だが外から来た魔物達は森を荒らし、元々住んでいた魔物を食い殺し、その住処を奪っていったそうだ。

 さらに――おそらく――外から来た魔物達が森の外に出て人間や魔族の街を襲うため、その魔物を討伐しに人間や魔族が森に入ってくる。

 連中にしてみれば大人しく暮らしている魔物も、街を襲う魔物も違いがない。

 どちらも討伐対象だ。

 故にセシリー達も間違いで殺されないよう自衛の為に戦う時もあるそうだ。

 しかしそれをすると、更に大量の人間が森に攻め込んでくる。

 その悪循環。

 それに巻き込まれる元々住んでいる魔物達は堪った物ではないそうで、そうでなくとも仲間を殺した魔物達は許せないらしく、外から入り込んできた魔物も、人間や魔族と同じくらい殺したい程憎んでいるとセシリーは言っていた。


 なので例えば同じ種族のゴブリンにしても、この森に元々住んでいるゴブリンと、外から来たゴブリンでは常に住処を奪い合って殺しあっているそうだ。

 住処だけでなく、食料やメスのゴブリン、奪い合うモノは数多くあるのだろうが、基本的に憎みあって殺し合う。

 それはもうどうしようもない事だとセシリーは言う。


 見た目は全く同じゴブリンなのに、どうやってその元から住んでいるゴブリンと、外から来たゴブリンを区別しているのかをセシリーに聞いてみたら、


「全く違のです!!ヌシ様!!」


 と怒られた。

 そのセシリーの余りの口調に、同列に語るのは余程失礼な事だと思ったし、何よりもセシリーの憎しみの深さが恐ろしいほど感じとれた。


 オレはゴブリン自体見た事がないのに、初めて会った時どちらの魔物なのか、間違えたらどうしようかと考えてしまう。

 しかしセシリーはそんなオレの不安な心を無視するように、朗らかに笑っている。


「ヌシ様なら見たら必ずわかるのです!」


 そう言われても……ヌシではないオレにはやはり不安しかない。

 何ならオレが勘違いされて襲われても全くおかしくない。

 しかも両方の魔物からだ。

 その可能性を失念していた。

 何ならセシリー自身が襲い掛かってきてもおかしくない。


「……オレはどう見えるのかな……?セシリーは……オレの事……人間とか思わないのかい……?」


 恐る恐るその心配をセシリーに尋ねると……。


「みんながヌシを人間だと勘違いするなんてあり得ないのです!セシリーも絶対にあり得ないのです!心外なのです!傷付くのです!と言うよりセシリーはもう……ヌシ様のモノなのです!!」


 どうしてセシリーがそう言い切れるのか不安でしかないが、あの頬をピンクに染めたセシリーがウソを言っているとはどうしても思えない。

 多少セシリーの言葉におかしな表現が含まれていた気がしたけれど、それはただの言い間違いだろう。

 中身は少女のセシリーだ。まだ子供だから言葉を知らないのだろう。

 それにこれだけ懐いてくれているなら、セシリーに襲われる心配はないと言い切れる。

 セシリーの仲間にも……セシリーが一緒ならば問題ないに違いない。

 やはり最初にセシリーと出会えたのは幸運だった。





 

 ちなみにセシリーには、二代目様と呼ぶのは止めてくれと名前で呼ぶ事を頼んだのだが、名前で呼ぶ事を渋ったため中間を取ってヌシ様と呼ぶ事にしたらしい。

 全く中間を取れていないと思ったが、余り言うと泣きそうな顔になるので我慢している。


 それよりも会話の節々から、セシリーの中でオレを異常に尊敬しているのが見え隠れした。

 ババ様がオレを見て、二代目様ではないと言ってくれれば何とかなるだろうが、その時は逆にセシリーの評価がマイナスまで下がらないか心配だ……。

 せっかくこれだけ仲良くなれたんだ。

 出来ればずっといい関係でいたい。

 オレが二代目様とかヌシとか関係なく、オレとセシリー。

 友達として……。 






 セシリーの後をついて走りながら感じたのは、エルロワーズの森の北部は、まるで写真でみたカナダの森の中のようだった。

 美しくも大きな木々が立ち並び、鏡のように透き通った湖や小川、苔の生い茂った岩肌は汚さなど微塵もなく、アニメでしか見た事ないような神秘的な美しさを醸し出している。開けた場所から見える遠くの山脈は、雪化粧を施し雄大な自然を感じさせる。


 そして、そこを走るセシリーの足はとてつもなく速い。

 足場の悪い森の中をまるで風のように走る。障害物があると華麗に跳躍し飛び越え、時には木々を壁のように使い加速し、空中を飛ぶように走るのだ。

 無駄のない完璧な動きはただ『走る』という動作だけでも非常に美しい――。

 そして、この森の中を走るフェンリルのセシリーはまさにこの美しい自然そのものであった。

 ちなみにオレも後ろを走るという事は当然同じスピードで走っているということだ。

 ぶっちゃけ全然余裕である。

 もしオレが本気で走ったら、セシリーを置き去りにしてしまうだろう。

 どうしてオレはこんな身体になってしまったのか……。オレを食った『オレ』の影響なのか、それとも何か別の理由なのか。

 オレも詳しい事は分からない。

 分かるのはオレの身体能力がべらぼうに上がったという事だけだ。


 なので、走りながらでもセシリーとの会話は全然余裕だった。

 気分的にはドッグランで飼い犬と遊んでいる気分だ。


「……ペットに犬を飼うのもいいかもしれない……」


 思わず口からでた言葉にセシリーが食い付いてくる。

 急にスピードを落としてオレの横に並ぶ。


「ヌシ様。ペットとは何なのです?犬は分かるのですが――」


 セシリーの質問に何と答えたものか……。特に意味なく呟いただけなんだけど……。


「んー。ペットっていうのは大切で可愛がる動物の事で……なんていうか……主従関係を結んだ……家族と言うか……」


 答えた瞬間セシリーが目を見開き、急にブレーキを掛け立ち止まる。


「ヌシ様!その『ペット』という役職に犬を就けられるのですか!?」


 いや、役職じゃないんだけど……。なんか勘違いをしているような……。間違った事は言ってないはずなんだけど……。


「あーセシリーを見ていたら犬を飼うのも悪くないかなって……」


 セシリーは愕然とした表情をしている。フェンリルを見て犬を連想したのはかなり失礼だったかもしれない。


「……セシリーは……犬よりも劣るのです……?」


 あーそっちに勘違いしてたかー。


 セシリーは涙声で下を向いたまま顔を伏せている。


「いや、そうじゃなくて、あんまりセシリーが可愛かったモノだから、つい、ほら散歩してるみたいに感じちゃって」


「……散歩とは……なんなのです……?」


 セシリーは項垂れたまま一歩も動かない。


「散歩っていうのはペットと二人で外を走ったり、遊んだりする事かな……」


 ガバッと顔を上げたセシリーはこちらに詰め寄ってくる。

 ちょっと怖い。

 そんなつもりはないんだろうけど、歯が剥き出しになって、威嚇されているみたいだ。


「では、これも散歩ではないのですか!?」


「いや、これは散歩とは言わ……」


 否定しようとすると、目の前で急激に泣きそうな顔に変わるセシリーに言葉を止める。

 セシリーの後ろにはガーンといったオノマトペが浮いて見えそうだ。


 ここで言葉を間違うと機嫌を直すのに苦労するだろう。

 本当にこの子は子供なんだと実感する。


「あ、あぁ。そうかもね。散歩……かな……?」


「で、で、で、では、セシリーも『ペット』という事なのです!?」 


 期待を込めた目で、キラキラとこちらを見るセシリーは尻尾までブンブンと振っている。

 その熱い視線に火傷までしそうだ。 


「セシリーをペットにするのはちょと……可哀そうかなって……」


 人語を解する――オレでも知ってる幻の魔獣をペットとか……。

 しかも中身と声が少女な時点で、ペットにしたら何か犯罪の匂いが……。


「いえ!とんでもないのです!ヌシ様さえ良ければセシリーは立派に『ペット』の役目を務めてみせるのです!」


 なんだろう……。言っている事は普通?なんだけどこの声で言われるとますます犯罪の匂いが……。

 少女がペットになるって、オレ捕まるんじゃないのか……?


「そんな堅苦しく考えなくても……けど、まぁ、一緒にいれたら嬉しい……かな……」


 セシリーは一瞬全身の毛をザワザワっと逆立てると、身震いをして尻尾を大きく振った。

 よほど嬉しかったみたいだ。


「は、はいなのです!このセシリー『ペット』としてヌシ様に生涯、誠心誠意お仕えする事を誓うのです!!」


「……うん。まあよろしく……」


 ペットができてしまった。

 だが確かによく見れば――よく見なくても、可愛らしい顔立ちをしている。

 これはかなり、いや相当な美人さんではないだろうか。毛並みもよく、全身銀色というよりは、キラキラと輝いて薄い青みを帯びたプラチナの糸のような毛をしている。目もつぶらな紅い瞳でまるでルビーのようだ。

 そう考えるとこんな可愛いペットが出来て、オレは幸せ者なんじゃないのか。


 んん~?


「『大切』……『可愛がる』……『家族』……これはババ様が言っていたツガイと同じなのでは……」


 何やらブツブツと不穏な単語が聞こえてくる。

 本当に――本当にこれでよかったのだろうか。

 いや、どうせ意味も分からず、呟いているだけだろう。

 セシリーはまだ子供だしな……。


 そうだ!これも言っておくなくては。


「セシリー。オレ達は家族になったのだから敬語でもかまわないから堅苦しいのはやめないか?」


「は、はい!そうなのです!セシリー達はもう家族なのです。よろしくなのです。」


 いつも気を張って堅苦しい態度を取られるとこちらも疲れちゃうしな。

 口調が急に幼くなった。かなり無理をしてしゃべっていたのだろう。

 やっぱりセシリーはまだ子供なんだな。


「――じゃあそろそろ行こうか?」


「はいなのです!」


 ――?


 返事をしたセシリーは尻尾を振ってお座りをしているが動こうとしない。


「……どうしたの?」


「はいなのです!遠慮なくどうぞなのです」


 セシリーは立ち上がりオレに近づくと背中を差し出してくる。


 これは乗れという事か。


「いや自分で走れるから大丈夫だよ?」


 セシリーは再びショックを受けている。中々感情豊かなフェンリルだ。

 事情を聴くとオレは人型なので背中に乗せる事と尻尾を触らせる事は最大限の信頼の証明なんだと言う。

 おいそれと誰にでも取る行動ではないのだそうだ。

 だから尻尾は触らせてくれなかったのか。


「……セシリーの初めてはヌシ様のモノなのです」


 頬を赤らめチラチラとこちらを見るセシリーに思わず後ろに後ずさる。

 まるでいかがわしい事をしている気になる。

 全く問題はないはずなのに……。

 まだ子供なのに……。

 いや、子供だからこんなマズイ気になるのか……。


「……今は……まだ散歩を一緒にしたいかな……」 

 

「そ、それもそうなのです!最初から背中に乗せるなんて淑女としてはしたないのです!」


 背中に乗せるというのは、信頼の証明以外にどういうポジションなんだろう。

 なんとなくだが、してしまうと後に引けない気がするので今はやめておこう。

 尻尾を触るなんてもってのほかだ。

 

 あの時触らなくてよかったぁ……。


「――じゃぁ改めて先を……」 


 言いかけて言葉を止める。


 血の匂い――大気の震え――誰かが争っている。距離は――ここから西に二キロくらいか……。


「セシリー!」


 強い口調でセシリーに呼びかける。

 セシリーもオレの言葉で気付いたのか、西の方を見ている。


「はいなのです。ヌシ様。これは――多分、仲間が魔物に襲われているのです」


「すぐに助けにいこう!」


 ――助けに行く?どうしてそう思ったのかは分からない。そうしなければいけない気がしたのだ。

 考えるより先に言葉が出ていた。


「はいなのです!」


 セシリーは険しい顔をしながらも満面の笑顔で返事を返す。

 オレは既に走り出していた。






 森の中の二キロの距離とはいえオレ達にとってはなんの障害にもならない。あっという間にたどり着く。

 そこには人間ほどの大きさの傷ついたクモがいた。

 そのクモは深紅の目を持ち、複数の足は女性の腰ほどの太さで、身体は黒い体毛で覆われている。

 そして、大木を背後に身を庇うように倒れているクモに対して、十数匹の赤いキャップを被ったゴブリンが鉈のような武器を持ち、クモを取り囲んでいる。

 大きなクモの周りには、ゴブリンに殺されたと思われる一回り小さなクモの死体が三体横たわっていた。

 対してゴブリン達は傷付いた者もいるが、大した傷ではなく全体的に余裕があり士気も高そうだ。

 ゴブリン達はニヤニヤとした笑みを浮かべ「ギャギャギャ」っと何やら喋っている。

 たまに聞き取れる言葉には、日本語も混ざっているように聞こえたが、どうして日本語を喋れるのかは分からない。セシリーも日本語で喋っていたので気にしなかったが、おかしな事だとも思った。


 そんな事を考えていると、ゴブリン達の後ろにある大木を、まるで小枝を払うように薙ぎ倒しながら、大きな音をたて一つ目の巨人が現れた。

 汚れたオレンジのような皮膚で所々に赤い鱗色をを持つ、十メートルを越そうかという巨人はズシン、ズシンと地鳴りのような足音を立てながら生き残っているクモに近づく。巨人は素手ながらその力はクモを一握りで潰せそうだ。


「ルナ!」


 追い付いてきたセシリーが叫ぶ。


 ――ハッキリ分かる。


 ゴブリンと巨人が敵で――クモが味方なのだと。どうしてそう思ったのかは分からない。ただあいつらは敵なのだと、クモを助けなければと、本能が叫ぶ。


 ならセシリーが呼んだクモが『ルナ』なのだろう。


 セシリーが叫んだ事でゴブリン達は気付いて、一斉にこちらを向く。

 巨人はクモから標的をオレ達に変え、真っ直ぐ向かってくる。

 明らかに攻撃態勢だ。対話する気はないらしい。


 そもそも話が通じるかすらわからない――。


 オレは傷付いたクモとその周りで死んでいるクモを一瞥する。


 次の瞬間、グラリと眩暈がした。

 目の前の世界が歪んで見えるようだ。


 胸が痛い――熱い――苦しい。まるで焼けた鉛を飲み込んだようだ!

 心を引きちぎるような痛みと身体を焼き尽くすような灼熱。


 ――憎い――憎い――憎い――憎い――憎い――


 ――知っている――これは憎しみ、怒りだ――。


「セシリー……さがってて――」


 なるべく優しく、感情を抑えてセシリーに促す。

 それでも胸の痛みは増していく一方だ。

 

「ヌシ様。セシリーも戦えるのです。いくらヌシ様でもあの数のレッドキャップとサイクロプスが相手じゃ一人じゃ無理なのです」


「でも――」


「セシリーはヌシ様の『ペット』なのです!」


 セシリーも引く気はないようだ。

 強い意志を感じる。


「分かった。一つ目はオレがやる。赤帽子は頼めるか?」


「了解なのです!」


 言うや否や、すぐさまオレは地鳴りを立てながら向かってくる一つ目に、空中を駆けながら向かっていく。

 恐怖はない。むしろ怒りで我を忘れそうだ。


 ――ダメだ。――冷静に。


 ――これは戦闘だ。頭を冷やせ!散々ラウに教えられていた事だ……。


 一つ目は、空中を駆け向かってくるオレを両手で捕まえようと手を伸ばしてくる。


 ――だが――――――遅い!


 オレは空中を駆けながら、左足を空中に強めに踏み込む。

 そのまま勢いを殺さず、身体を後ろに回転させ、右足を後ろから蹴り上げる!


 ――なるべくモーションは小さくコンパクトに――。


 相手の頭――特に目立つ一つ目に狙いを定め右足を打ち抜く!

 あまりの蹴り足の勢いで、軸足ごと身体が持っていかれる!


 ――飛び後ろ回し蹴り――


 最高のタイミングで打ち抜かれた蹴りは、必殺の威力を誇り、確実に来るはずの感触を待つ。

 だがその当たった感触がない。

 すれ違い様に放たれた蹴りは確実に当たったはず!


「まさか――外した!?」


 地面に降り立つと、一つ目から来るであろう反撃に備え、振り返りながら構えを取る。


 だが……反撃は来なかった。


 振り返り、オレが目にしたのは首から上を吹き飛ばされ、その場に立ち尽くす()一つ目の姿だった。

 あまりの威力に、頭を吹き飛ばした手応えさえ感じなかった。

 首から上を失った一つ目は、まるで魚の生き作りの様に身体を二、三度動かすと、自分が死んだ事にようやく気付いたかのように前から倒れこんだ。

 それを見ていたセシリーは、今だ最初の場所から動いてもいない。

 時間にしてコンマ何秒もかかっていなかったみたいだった。


 赤帽子達は一つ目が死んだ事にようやく気付いたのか唖然としながら互いを見合っている。

 赤帽子達の顔から焦りが浮かび、それが徐々に恐怖に変わっていく。


 その頃にはもうオレは赤帽子の後ろに立っているが……。


 オレは目一杯の威圧を放とうと身体に力を込める。


 ――分かる。これがセシリーの言っていたオレの魔力か――。


 最大限魔力を解放し息を吸い込む。

 イメージするのは『オレ』。

 

「ギャオォォオオオーーーーー!」


 空に向かって放たれた咆哮は、大気に衝撃波を生み、地面にはクモの巣状の地割れを作り、まさに聞く者全てに恐怖をまき散らす咆哮だった。


 赤帽子達はその場に崩れ落ち――全員が気絶した――。







「ヌシ様。本当によかったのです?」


 横に立っているセシリーが聞いてくる。


「いいんだよ。むやみに皆殺しにするのは余り好きじゃない」


 赤帽子達は逃がしてやった。どうやら一つ目に脅されていたらしい。クモを襲っている時の顔を見る限りそれも怪しいが……。

 確かに殺したい程憎んでいたが、どうも日本人だったオレには生き物の命をいたずらに奪うのは気が引けるようだ。特に命乞いをする相手となればなおさらだ。


 それもこの先どうなるかは分からないが……。


 次はない……。


「それにあれだけ力を見せ付ければ二度と襲って来ないだろう?」


「ヌシ様は優しいのです」


 セシリーは鼻を擦り付け甘えて来る。

 戦闘の後からさらに分かりやすく甘えるようになった。まさにペットと飼い主だ。それでいいのか――フェンリル?


「それよりも……『ルナ』でいいのかな?ケガは大丈夫か?」


「…………」


 赤帽子を逃がしてやった時も、今もルナは口を聞いてくれない。


 なぜだ?喋れないのか?

 それとも、やはりオレの事も敵だと思ってるとか?


「ヌシ様。それじゃルナが怖がるのです」


 怖がる?

 あぁそうか。魔力を全開にしていたんだった。


 さっき赤帽子を威圧した時の要領で、逆に魔力を引っ込める。


 ――上手くできたみたいだ。


「これでいいかな?ルナ?」


「そうじゃないのです!ヌシ様!」


 何故だ?上手く魔力を消していると思うが……?

 

「ヌシ様!ヌシ様の格好なのです!」


 おれの格好……?

 オレの格好がどうしたというんだ……。


 ――忘れていた……。


 ――オレは今――裸――なんだった……!





















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