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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
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28

 大陸北部にあるアルべリア王国、その東に位置するザクセン辺境伯領。

 東に隣接する眠りの森の恩恵を十分に受け、発展してきたその中心都市キョウ。

 そしてそのさらに東。かつて五百年前にこの土地の魔物を討ち果たした勇者が名付けた都市オウミ。

 ザクセン辺境伯領の中にあってその二つの都市は、眠りの森からの恩恵を直接受け、商人や冒険者で賑わう大都市として発展してきた。


 眠りの森からオウミへの恩恵は魔物や魔獣の素材のみならず、その資源は木材、鉱物資源と多岐にわたる。

 かつて五百年前の戦争から徐々に森を切り取り、今ではアルべリア王国の経済にとってまさに血肉。切っても切り離せないモノとまでなっていた。

 ゆえにこの街の暮らしは他の領地に比べはるかに豊かなモノとなり、その領主の影響力は計り知れず、密かに王よりも発言力があるのでは、と噂されるほど。

 キョウにいたっては人口こそ王都に比べ劣るものの、規模という点では王都に勝るとも劣らないだろう。

 さらにそこを治める領主、ジークフリートは齢八十を超えるというのに、今だその権勢をふるう化け物として王国のみならず、諸外国にまでその名を轟かせていた。


 『アルべリアの怪物』


 それがジークフリートの二つ名だった。

 その政治手腕は見事で、豊かであった領地をさらに発展させ、新たな政策や改革をいくつも行った事で王国では知らぬ者がいなかった。

 しかし、そのジークフリートも四十数年前にたった一人の嫡男を森でなくして以来、領地にはあまり戻らず王都でその手腕をふるっていた。

 初めの数年は森に探索隊を送り込んだりもしていたが、ジークフリートとの折り合いが悪かったのも影響して、街では嫡男はただ家を捨てて出て行っただけなのでは、と噂されるようになっていた。

 

 そのジークフリートが数年ぶりにキョウではなくオウミにやって来るらしい。

 その噂は街中を駆け巡った。

 一体どんな心境の変化なのか?

 しかもその名を使い、腕利きの冒険者や狩人達を密かに雇っているという。

 それはオウミの街を拠点として活動している冒険者達の耳に入るのに時間はさしてかからなかった。

 再び森に探索隊でも送ろうというのか。

 それとも別の何か思惑があっての事だろうか。

 冒険者達にとってジークフリートの目的など大した問題ではない。

 大切なのは大貴族のお抱え冒険者となるチャンスが舞い込んできたという事。多額の報酬が期待できるという事だけだった。

 それがどんなに危険でリスキーな仕事であったとしても……。






 オウミの街。

 この街の治安はよく、その検問もまた厳重であった。

 しかるべき身分証明書を必要とし、なければ街に入るのに多額の入街料を必要とした。

 十五メートルを越そうかという石造りの城壁に、東と西に設置されている巨大な鉄製の門。そこには常に多数の聖騎士が駐屯し、厳重な検問を行っていた。

 

 西側に長く続く長蛇の列と違い、東側の門には厳重な警備の割にさして人の姿が見受けられない。むしろ閑散とし、誰一人姿が見えない時間帯さえあるほど。

 西側の門は王都へ続く街道。そこは商人達や王都からの移民が集う一番混雑する検問所。

 かたや東側の門は眠りの森へと続く道。いかに混雑していないからといって迂回してまで東の検問所を使う商人はいない。

 元々眠りの森のあったこの土地は、今だに魔物や魔獣が多数出現する。それは王都近辺に出る魔物や魔獣などとは比べ物にならない強さで、襲われれば一たまりもない。

 そんな命の危険を冒してまで、迂回するメリットが普通の人間にはない。


 この東門を利用するのは決まって冒険者達だ。

 眠りの森へ素材や資源を集めに行く命知らず達。

 数多の冒険者達が森に行き、帰って来なかった。帰れたとしても装備を失い、四肢を失い、仲間を失い、心を失い。そうやって命からがらで何とか帰ってくる者も多い。

 そんな中無事帰れた者の中には貴重な魔獣の素材を手にし、一躍大金持ちになる者も少なからずいる。

 それが噂を呼び、また命知らずを呼び寄せる。

 その繰り返し。 


 そんな中、東の検問所に奇妙な三人組が訪れる。

 キツネの面をかぶり、さした荷物も装備も持たない軽装でだ。

 荷物を持たずに帰ってくる冒険者は珍しくない。

 魔物や魔獣に襲われた時、荷物や装備を投げ出して逃げるのだからそれも納得ができる。

 しかし、三人ともが仕立ての良い衣服を一切汚す事無く、ケガをした様子も全くない。

 存在感も薄く、声を掛けられるまで聖騎士の誰もがその存在に気付けない不気味さ。

 明らかに不自然な様子だった。

 それでも、聖騎士達は納得する。

 この東門にはもう一種類出入りする人間がいるのだ。

 それは、何らかの理由で身分を隠して街に入りたい人間。

 目立つ西門を避け、お忍びで来ている貴族などがその最たるものだ。

 どれだけ誤魔化そうとも、西門で身分証明書または家紋などを使えば目ざとい商人達に見つかってしまう。

 ならばあの面も軽装も納得が出来る。

 おそらく後ろの獣人と蟲人は奴隷で、真ん中の少年の護衛なのだろう。

 奴隷に見た事もないような仕立てのよい服装をさせている事からも、相応の身分の者だと考えられる。

 少年の衣服も目立たず地味だが、それなり素晴らしい。

 おそらく目立たないように質素な格好をしているのだろうが、それならば後ろの奴隷達にもそれ相応の格好をさせなければ意味がない。

 見た目通り少年の浅知恵といった所か。

 ならば、家にナイショで飛び出して来た放蕩息子が妥当な線だろうと門を守る新人騎士は考える。


「すまない。あいにく身分証明書は持っていないんだが……。ただ紹介状は持っているんだが……」


 配属されたばかりの新人騎士は、少年の言葉で確信する。

 

(ああ。やはりお忍びでこられた貴族様に違いない)


「はい。存じ上げております。それも仕方のない事かと。大変失礼とは存じ上げますが詰め所までご同行願えますか?」


 自分の態度は問題なかっただろうか?

 まさか貴族の御子息かもしれない人間を、冒険者のように扱うのはマズイ。

 万が一無礼を働いたなら、新米の自分など簡単に処罰されてしまうだろう。

 出来るだけ冷静に、機嫌を損なわないように……。


「ではこちらでお待ちください。すぐに手続きを行わせていただきますので……」


「手続き……?それはどういった……?」


 しまった!


 新米騎士はついいつものクセで出た言葉に頭を抱えそうになる。

 西門で働く時にいつも使う、慣れ親しんだフレーズ。

 身分を隠して、顔に面まで着けて隠されている方の書類にどのように記述すると言うのだ。

 書類に本当の名を書くわけにもいかず、偽名で書類を作る訳にもいかない。そんな事をすれば自分がタダではすまない。かと言って街に来た目的を話せとも言えない。

 書面に残せばどこかから漏れる可能性があるし、それをしたくないから東門に来ているのであって……。


「いえ!申し訳ありません!こちらの手違いでございます!手続きは不要でございました!」


 新米騎士はパニックになる頭をフル稼働させて、何とか言葉を絞り出そうとする。

 しかし、あまりの混乱に上手く言葉が出て来ない。

 少年はこちらを窺うようにジッと見ている。

 

 マズイ!このままでは……せっかく聖騎士に取り立てられたというのに……。ごめんな……田舎の母ちゃん。私このままクビかもしれん……。


「おい!!何をしてるんだ!!一体いつまでやっている!!」


 部屋に怒鳴り込んできたのは教育係のベテラン聖騎士。

 何かと小言が多いが、自分を可愛がってくれるよき先輩だ。


「お、っとこれは大変失礼しました」


 すぐに少年の身元に当たりをつけたのか、ベテラン騎士も仰々しくお辞儀をする。


「おい!何をしている?さっさとお通ししないか!」


 小声で叱責をしてくるが、何分貴族様と接する機会の少ない新人騎士だ。どう手続きをしていいのかが分からない。

 おまけに頭は自分の身を案じるのに精いっぱいだ。


「せんぱ~い……。変わってくださいよ~。このままじゃ私クビになっちゃいますよ~」


「……全くお前は……」


 よく見れば何事かと、大勢の先輩騎士が集まってきている。

 これだけの人目の中、もし、貴族様に粗相でもしたら……。

 新米騎士の身体がブルリと震えた。


「大変お待たせして申し訳ありません。コイツに代わり私が手続きをさせていただきます。申し訳ありませんが……その面を外してはお顔の確認だけでもさせていただけませんか?あと紹介状の方も確認させていただければ……」


 ベテラン騎士がそう言うと明らかに後ろの奴隷達の気配が変わる。

 身体は全く動いていないのに、部屋の空気が数度下がったと感じられる程緊張感が張りつめ出したのだ。

 集まった騎士達もそれを見て、身体をこわばらせている。

 本当なら今すぐ逃げ出したいのだろうが、ここで変に目立って咎められたりしたら堪った物ではない。

 少年はそれを察知したのか、無言で片手を振り、奴隷達を諫める。

 奴隷達は少年の動きをすぐさま察して再び気配を引っ込める。

 その仕草はまさに貴族様のそれだった。

 平民や騎士、商人では絶対に出来ない支配者だけが出来る動き。

 その仕草だけでも、この少年の身分の高さがどれほど高いか分かるくらいだ。

 その場に集まった者全てが安堵したのも束の間。

 少年が面を外したのだ。


「「ぉぉ~」」


 誰ともなく、そこかしこから声が漏れる。

 それもそうだ。

 面を外した少年の顔はまさに貴族そのもの。

 整った顔立ちに、珍しい黒髪黒目のエキゾチックな雰囲気。

 切れ長の目は冷たい印象だが、見つめられるだけで魂が奪われそうな程の深い瞳がとても印象的だ。

 どこか冷たい印象を感じるが、それも貴族の御子息ならば当然の事。

 その姿を例えるなら漆黒の闇夜に舞う一匹の黒い鳥。

 貴族を知らない新米騎士でも、これほど美しい貴族は王族にもいないと思える程の美しさだった。

 そのあまりの存在感に誰もが目を奪われ、身体を硬直させて見惚れている。


「これでいいか?」


 少年の言葉にベテラン騎士が我に返り、慌てて言葉を出そうとするが、それもままならない。

 差し出された紹介状を落とさなかっただけさすがと言わざるを得ない。


「は、はい。も、もうしわっけ……」


 それを見た少年は再び面を顔にかぶせる。

 一気に部屋の空気が弛緩したのが分かったが、新米騎士の心は落ち着かない。


 もう少しだけでもお顔を見ていたかった……。


 不遜な考えかとも思ったが、集まった騎士の中には自分と同じように、ガッカリとした表情をしている者も多く見受けられた事に安堵する。


「じゃぁすまないがもう行かせてもらっていいかな?」


「は、はい!!お気をつけて!!」


 それだけ伝えるのがやっとだった。


「ありがとう」


 すれ違い様、少年が新米騎士に小さく声を掛けたのだった。

 新米騎士の心臓が一気に跳ね上がる。


 自分にお礼を……?まさか……?


 あり得ない。お忍びとは言え、貴族様が礼を言うなど。少なくとも新米騎士が育った街を治める領主の貴族はお礼を言った事など一度もなかった。

 

(よろしければ、私めが護衛に……)


 言いかけたセリフを押し殺し、少年の後ろ姿がオウミの街に消えていくのをただ黙って見送る。


「おい!ミーア!変な気は起こすなよ。あれはイカン。身分違い所の話じゃない。オレは王族でさえあれ程の器量を見た事がない。変にかかわるとお前どころかこの検問所全員のクビが飛びかねん」


 ああ。やっぱり……。


 新米騎士ことミーアは兜をとり、改めてオウミの街を眺める。現れたミーアの頭には獣人特有の獣の耳が付いていた。

 そこにはもうあの少年の姿はどこにもない。


「おまけに紹介状を見たか?」


「……いえ。誰からの紹介状だったんですか?」


 紹介状などこの仕事をしていればイヤと言う程見飽きている。ベテラン騎士ならさらにだろう。

 まさか王族の紹介状だった訳でもあるまいし。


「ジークフリート様だ。何度も確認したが間違いない」


「じ、ジークフリート様の!?」


 あり得ない!

 まだ王族の紹介状の方が納得できる。

 現にジークフリート様の紹介状などこの街の聖騎士は誰一人見た事がない。

 それはどれだけベテランの騎士であったとしても。


「一体何者だったんですか……?」


「それは……分からん……。しかし……」


 ベテラン騎士は一呼吸置いて、ゆっくりミーアに言い聞かせる。


「今日の事はすぐに忘れろ。下手に首を突っ込むな。今日この検問所には誰も来ていない。いいな?」


 それだけ言うとベテラン騎士は持ち場に戻ってしまった。


 あの少年を忘れる……。


 ミーアの心に言いようのない寂しさが沸き上がるのが分かった。


 そんなの……無理だ。


 あの魂が引き寄せられる感覚。その場に跪いて自分の剣を捧げたい。もしお声でもかけてもらえたならば……自分は……。


 ミーアはただ自分の顔が熱く、胸の奥が高鳴っているのだけが感じられた。






「やばかった~!」


 よくあれでオレ達が魔物だとバレないモノだと、ずっと冷や汗が止まらなかった。


 村でおっさんに話をした後、ラウから念話が入ったのだ。


『ハロハロ~♪バカンスはどないや?なんやこっちはええ感じやから、もう少し遊んできてええよ~』


『いいのか?メアやミケは!?身体を壊したりしていないか!?』


『心配せんでも大丈夫やって。それから遊びついでにお使いも頼みたいんや。ええかな?』


『おお。いいぞ。どこに行けばいい?』


『オウミいう人間の街が西にあるんやけど、そこにあるボクの店に行って欲しいんや』


『ラウの店……?』


『そっ。クーロン商会いう小さな小さなボクのお城や。要件は店に伝えてあるし、街に入るのに必要な紹介状はキミの巾着に入れてあるさかい。観光や思って頼むわ?』


『……まぁ。そっちが問題ないんなら……』


『おお!引き受けてくれるか?いや~助かったわ~!ほな頼んだで?』


 それだけ喋るとラウは一方的に念話を切ってしまった。

 どうも怪しい。ラウがあんな態度を取る時は大抵ロクな事がない。

 それでも、初めての人間の街。そこに観光名目で行けるなら断る理由もない。

 セシリーとルナも期待した目をオレに向けてきている。 

 

「たまには羽を伸ばして遠出でもしようか?」


「「はい!!」」  

 

 そうしてオレ達はさらに西に向かう事にしたのだった。






 じじいの話をおっさんにしてなんとか納得してもらい、村人全員で協議してみるとの返事を貰った後、そのまますぐにオレ達は村を出てオウミへ向かう。

 協議も何も、オレ達は勝手に守るだけ。例え断られようが何をしようがそれは変わらない。話し合うと言うなら勝手にすればいい。

 それに関しては村の交渉をしていた魔物に任せる事にする。なんならクロムも直属の眷族を貸し出してくれるという。よほど村人がバカな事をしないかわり、当面の危険はないと判断した。

 しかし、村では最近森の様子がおかしく、狩りの獲物も取れないとの事だったので、魔獣を数体狩って食料として置いて来た。

 村人達の餓死もまた保護という観点から避けたかったからだ。


 ちなみに村の傍を縄張りにしている魔物というのはキュービという種類のキツネの魔物らしい。

 なんとオレのお気に入りの茶屋の魔物の一族だそうだ。

 どうりでじじいの事を毛嫌いしていた訳だ。

 それでもまあ、あの店員さん達なら安心して村を任せられるだろう。


 そうして西へ、人間の街オウミへ旅を続ける。

 道中セシリーと魔獣を狩り、存分に森を探索していく。

 ルナはそれほど狩りに興味がないらしく、いたってのんびりしたものだった。

 勿論魔物達は襲って来ないし、休暇中だと言うと、気を使ってくれたのかそれきり魔物は誰も接触してこなかった。

 そうこうして森を進んでいくと、だんだん人間の匂いが濃くなっていく。

 出会う事こそなかったが、明らかに人間がいたであろう痕跡が目立つようになってきた。

 野営をした跡や、戦闘をした跡。

 街が近い証拠だ。

 いくつか装備品なども見つけたが、どれもガラクタ同然だったのでそのまま放置しておいた。

 

 こんなモノでこの森の魔獣を相手に出来るはずがないだろうに。


 そしてようやくオウミの街へ辿り着いた。


 




 検問所はラウが紹介状を見せれば一発だと言っていたが、何だかんだと揉める事になるし、結局お面までとる羽目になってしまった。

 まあラウが絡む時点である程度のトラブルは想定の内だ。

 あの紹介状だってどこの誰の物かも分からない胡散臭いモノだろう。

 とにかく街には入れたのだから、それもまた旅のいい思い出としてとっておくとしよう。

 

 始めて来た人間の街は思いのほか大きかった。

 どれほどの人間がいるのかも分からないくらい賑わっていて、文明のレベルもそれなりに発展していた。

 道路は舗装されているし、建物にはガラスなども使われている。

 服装もそれなりだし、街中には馬車なども走っていた。

 さすがに車や鉄道などは見当たらないが、十分近代的といってもいいレベルの文明だ。

 多少ズレはあるが、中世ヨーロッパくらいの文明レベルか。


「先にラウの言っていた店に顔を出してしまおうか?その後でゆっくり街を見て回ろう」


「「はい!!」」


 大きな街の中で一軒の店を探すのはかなり大変な作業かと思い、相当な時間と聞き込みを覚悟したのだが、それはすぐに見つかってしまった。

 歩いていた女性に聞いたところ、街の中心地、指をさされた一際大きな建物。

 それがクーロン商会の建物だった。

 もとは他の商会が使っていた建物だったそうだが、その商会もここ数か月で潰れ、代わりに最近売り出し中の商会、クーロンが代わりに買い取ったのだそうだ。


 すぐにラウがその商会を潰して乗っ取ったのだと思い至ったが、それはさすがとしか言いようがなかった。可哀想とも思わないし、ひどいとも思わない。

 あのラウならそれくらいの事は平気でするだろう。

 おそらくこの大きな街で一番の商会に目を付け、それを数か月で潰す。

 一体どんな手を使ったのか想像もつかない。

 金で溶かしたのか、力で無茶をしたのか、はたまた権力に取り入ったのか。あるいはそれら全てかもしれない。

 なにより数か月というと、オレ達がクロムの街に着いてすぐに行動していたという事になる。

 それこそが何よりもラウの強みだろう。

 つまり今もラウがあちこち飛び回っているのも、それに近い事をそこら中でしているという事。

 セシリーとルナは一緒に街を歩けてご機嫌のようだが、オレはそんなラウに感心させられっぱなしだった。

 いっそラウがトップに立ってくれないかと本気で思案する。

 別にオレはみんなとのんびり過ごしたいだけなのだから。






 クーロン商会の正面入り口。

 大勢の商人が店に出入りし、建物の正面には一際大きな馬車の荷の積み下ろし場が設置されていた。

 細かく細分化され、どこにどの商品が搬入されるのかが決まっているようだった。

 その大きさは数十メートルに及び、それだけでまるで市場の様相を呈していた。

 近くにいた若い男の従業員に声をかけると、丁寧な物腰で奥の建物に案内をしてくれた。

 その接客態度は現代日本の営業のサラリーマンにも引けを取らないくらい立派だった。

 もしかしたこれもラウの教育の賜物かもしれない。

 

「お客様は神様やぁ~!」


 どこかでおかしな幻聴が聞こえてくる。

 きっと気のせいだろう。


 店の奥にある応接室に案内されると、そこでは思いもよらない人物がオレ達を迎え入れてくれた。


「なんじゃ?ずいぶん遅い到着じゃったな。余りに遅いんで待ちくたびれてしまったわい」


「クロム!!」


「なんじゃ!?ワシに会えんで愛おしさ爆発といった所かの?」


 なんでコイツなここにいるんだ?


 しかし驚かされたのはそれだけではなかった。

 奥の扉からはメアやミケ、コイナさんまで出て来たのだ。


「みんな!!どうしてここに?」


「聞いてよ!レイ!このババァ、ひどいんだよ!毎日毎日こき使ってさ!休みもなく二十四時間働きづめだったんだよ!!」


「……マスター。……会えてうれしい」


「私も来ちゃいました!ずいぶん働いたので、これからは私も休暇を取ろうかと思いまして」

 

 思わず駆け寄り、みんなを思い切り抱きしめる。


 ああ。たった数日しか離れていないのに、まるで何年も会っていないみたいだ。


「若様!?ワシは?ワシだけ扱いがひどいのじゃ!」


 足元で何か喚いている物体があるが、今はそれどころではない。

 みんなも駆け寄ってきてくれた時に、何かを押しのけて張り倒していた気がするが何かの見間違いだろう。

 ああ、間違いない。きっと見間違いだ。


「どうや?どこまで発展したんや?Aか?Bか?少しはあの唐変木と楽しめたんか?」


 後ろではいつの間にかラウが、セシリーとルナに卑猥な質問までしていやがる。

 それをなぜか身体をくねらせ、モジモジと言葉を濁す二人。ピンクに染まった頬に両手を当て何故かテレテレとしている。


 何もなかったよ!?普通に旅してただけだからね?そんな態度を取るとみんな勘違いしちゃうから!


「おい!お前はなにしてんだよ!セクハラしてんじゃねぇ!」


「いややわ~昔から息子の童貞は親がチェックするのが決まりやって、エライ人も言うてたやんかぁ~」


「誰も言ってねぇ!どこの偉い人だ!言ってみろ!」


「……四点」


 ぼそりと胸元から採点が付いた。

 チラリと目をやると、コイナさんがバッと顔ごと目を逸らしてしまう。

 こちらも条件反射的に呟いたのか、首まで真っ赤だ。


「それよりみんなどうやってここまで来たんだ?オレ達もそこまでのんびり来た訳じゃないのに」


「いや~そこはほら、ボク等転移の魔法陣を使えるやんか~?それでビュビュと飛べる訳やん?」


「……」

 

 忘れていたけど、クロムの街に飛ぶ魔法陣をオレだけ使えないんだった。

 魔法陣さえ設置しておけば、みんな自由に外へ転移して移動できる。

 この街のクーロン商会の中にはどうせラウがあらかじめ魔法陣を設置していたんだろう。

 転移出来ないのは魔力の強すぎるオレだけ……。


「まあいいじゃない。それも含めて休暇とバカンスって事で、ね?」


「……バカンス……羨ましい。……ミケもがんばって働いた」


 メアは相変わらず物分かりがいい。そして、オレの気持ちを常に一番に考えてくれている。

 オレを困らせたり、ワガママを言ったりしてこない。


 それが逆に心配だよ。お父さんは……。


「そうか~。ミケも頑張って働いていたのか~。何をしてい頑張っていたのか教えてくれないかい?」


「……ずっとじじいを見ていた」


 ……うん。動かない場所がじじいの部屋に変わっただけだね。


「そ、そうかぁ~。ミケは頑張っていたんだねぇ~」


 微かに声が上ずってしまった気もするが、それでもミケは眠そうな目を緑に染めて無表情で喜んでいた。


「若様はみなに甘すぎるのじゃ!もっとワシにもラブをプリーズなのじゃ!」


 どこからかクロムの声が聞こえる気がするがきっと空耳だろう。

 何やら足元に気持ちの悪い感触がするが……それもきっと気のせいだろう。


「まあまあ。その辺で堪忍したってや。ほらクロもはよ起き?」


「ん?なんだ?そんな所でなにしてるんだ。クロム?足元が好きなのか?相変わらず変態だなぁ~」


「わ、ワシも必死で働いておったというのに……。ヒドイ!あまりにひどすぎる扱いなのじゃ~!」


 足元から抜け出したクロムは、そのまま座り込んで顔を両手で覆って、泣き伏せてしまった。

 少しやり過ぎたかと思い仕方なくクロムの肩に両手を当てて、顔をクロムの頬に近づける。

 クロムの肩がピクリと反応したが、クロムは顔を伏せたまま大泣きは止まらない。

 その場のみんなも心配そうにこちらの様子を窺っている。

 仕方がないのでオレはクロムに声をかけてやる事にした。


「おい。クロム……」


 クロムの耳元でそっと囁くように呟く。

 

「……全然涙が流れてないぞ?」


 今度は大きく肩がビクリと跳ね上がった。

















 

   

 


 



 

 

 

 


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