26
みんなでしていた会議の最中にセシリーとルナが大泣きし、それをなだめる為会議はお開きとなった。
ルナはまだしも珍しくセシリーが酷かった。
最近特に構ってあげていなかったのが災いしたらしい。
忙しいからと娘に構わず、仕事仕事の毎日……。ストレスが溜まるのも無理はない。実年齢はともかく見た目は幼い少女の姿なのだ。もっとセシリーの気持ちを考えるべきだったと猛省した。
しかし、この場合忙しいのは娘の方だった訳で……。
オレはフリーター。娘は正社員みたいな……。
労働基準監督署があったなら児童福祉法で確実に訴えられていたに違いない。
そんな大泣きするセシリーに、オレとラウから譲歩案が提出された。
ブラックな職場環境を是正するため、長期の休養とバカンスを提案したのだ。
簡単に言うと、仕事を休んでオレと一緒に人間の村に行こうという提案だ。
もはや譲歩どころか、完全に譲った形だ。
そこまでしなければ手に負えないとラウが判断したのも大きかった。
おかげでセシリーの機嫌は最高潮を迎えた。
尻尾をブンブンと大きく左右に振って、全力で抱き着いてくる始末だ。
そのタックルはクロムの館の部屋を三部屋ぶち抜き、尻尾の左右の振り回しは小さな竜巻をいくつも作って瓦礫を吹き飛ばした。
セシリーの機嫌が直ったのならそれでいいのかといったら、それはそれでまた違う問題を生み出した。
ルナが黙っていなかった。
セシリーだけずるいと、私も頑張って働いていたのに……と大泣きしてしまった。
これにはさすがのラウもお手上げだと言わんばかりにさっさと逃げ出してしまった。
そんな中、仕方がないとメアが助けてくれた。
「……はぁ~。後はボクが何とかしておくから、二人ともレイに付いていったら?ラウには上手く言っておくし、たまにはゆっくり遊んで来たらいいと思うよ……」
その顔はゲッソリとして、やつれて見えた。
どうしてこんないい子が苦労をしょい込んでいるのかと腹立たしく思ったが、その元凶が全て自分にあるのだと知っていたので、ありがたくお礼だけいっておくに留めた。
――スマン。メア。ちゃんとお土産を買ってくるからな。
それからオレ達は旅の準備を整え、仕事の引継ぎをし、じじいの研究施設を作りと慌ただしい日々を過ごした。
御飯の作り置きもしっかりしておいた。オレが長期でいなくなると知ったクロムの眷族達やベビースパイダー達がションボリしているのを見かねての行動だ。
ちなみに人間の村にはベビースパイダー達を先行して送ってある。
何かあればすぐに駆け付ける手はずだけは整えておいた。
そうして時が経ち、人間の村にバカンス……もとい、仕事に行く日が来た。
「まぁたまには休養も必要じゃからな。どれ、ワシも若様に付いてたまには人間見物にでも……」
バカが何かのたまっていたが、大慌ての眷族達に止められていた。
そりゃそうだろう。ラウもどうせすぐいなくなるだろうし、オレ達も出かけてしまう。
長期にわたってクロムがいなくなれば、街に混乱をきたす事は分かり切っている。
なので後ろで喚いている何かおかしな生き物を無視してオレ達はじじいの所へ三人で向かう事にした。
クロムの館の裏側。静かな庭園の離れにそれはひっそりと建っていた。
外観はまるで茶室のようにこじんまりとしているが、その佇まいはなかなかに趣きがある。
知らない者が見たなら、風流な建物ですねと褒めてくれる程には立派な建物だ。
その庵の扉を引き、中に入る。
間違っても茶室の様に小窓をくぐって入るような事はない。
中は建物と同じ様に、こじんまりとしてさっぱりとした作りになっていた。
特に豪華な調度品があるわけでもなく、家具といったモノも特に見当たらない。
静けさだけが響く室内で、オレは壁に掛かっている掛け軸を剥がす。
掛け軸の下からは、拳ほどの出っ張りが十センチほど飛び出しており、それを押し込むと音もなく、壁から扉が現れた。
魔法的な力が働いているのが見て取れた。
部屋に似つかわしくない、重々しい鉄の扉。
まるで地下牢に繋がっているかのような、厳めしい扉を片手で押すと、扉はギギギっと音を立てて開いていった。
扉の向こうから現れた、地下に続く石造りの階段をゆっくりと三人で下りていく。
ここは地下だというのに、いくつもの白い石塔が辺りをぼんやりと照らしている。
階段を下り切り、突き当りまでたどり着くと、再び入り口と同じ鉄の扉が姿を現す。
何かを封印しているかのような厳重な造り。まるで扉を開けたらいきなり怪物が襲い掛かってきそうな雰囲気だ。
その扉を開け、中を覗くとそこは眩しいばかりの光に包まれていた。
「おお!!なんじゃ!遊びに来てくれたのか!?」
広大な部屋の中、まるで図書館のような本の山に囲まれて、じじいは満面の笑みでオレ達を迎え入れてくれた。
「これはすごいモノじゃのう。ありとあらゆる資料が揃っておる!これなら研究が完成するのは時間の問題じゃよ!」
この部屋の資料となる本はラウが用意した物ばかりだった。
本人は五百年前、戦争で燃えるのが勿体ないと、取り急ぎ無限収納に突っ込んでいた物だと言っていたが、それはただの盗人の言い分だと言っておいた。
あの調子じゃ他にも色々盗んでいそうだったが、追及するのを止めておいた。
なにせいつ何の役に立つか分からなかったから……。
現にこうして役に立っているし。
「おおっ。これはこれはお嬢様方も。挨拶もせず、申し訳ありませぬ。つい興奮してしまい、つい若に聞いてもらいたく……」
「構わないのです。セシリーはレイ様の付き添いで来ただけなのです」
「ごきげんよう。じい。それで研究や生活に必要な物は大丈夫ですか?足りない物があったならすぐに言いなさい。私の妹達に言ってすぐに運び込ませます」
「感謝いたします。お嬢様方」
じじいにはこの部屋に来る前にオレの正体を告げていた。
初めは驚いていたが、じじいもオレがこの街で魔力を解放した出来事を見ていたらしく、指輪とお面を外したらあっさりと信じてくれた。
それからはオレを様付けで呼ぼうとしたが、オレが嫌だった為くだけた話し方をするよう頼んだ。
それで今はオレを若を呼び、子供達をお嬢様と呼ぶようになった。
メアはお坊ちゃんと呼ばれるのが嫌だったらしく、ラウやクロムと同じ様に様付けで呼ばれている。
セシリーやルナも、じじいがオレに跪いたのを見て、話をするくらいには気を許したらしい。
まだ完全には信用していないが、じいと呼び、当たり障りない言葉くらいは交わすようにはなった。
「不自由を感じさせていないならいいんだけど、何か困った事はないか?」
「まさか!この環境で不自由など。ありがたすぎて罰が当たりそうじゃ。なんならこの地下から引きずり出されでもしたらワシは必死で抵抗するじゃろうのう」
カラカラと笑うじじいは心底満足そうだった。
これなら今の所逃げ出す心配はなさそうだ。
じじいには街の魔物達が人間を見てトラブルを起こすと困るから、これだけの広さを確保出来るのが地下しかないから、と言ってここに連れて来た。
連れてきた時は、オレの話そっちのけで本にかじりついて説明も聞かなかったのを思い出す。
「いや、しかしここの蔵書は素晴らしい!失われた知識がこれほど残っておるなど、王国では信じられん話じゃよ。この本など、そのまま転用するだけで魔法の進歩が三十年は進むじゃろうのう」
そう言って一冊の本を見せてくるが、ここにある本はオレとラウがしっかりチェックして、問題ない物だけを選りすぐって置いてある。
より実用的な――危険な物は省いて置いてある。
それでこの反応だ。
どれだけ人間の国の知識が遅れているのかよく分かった。
それでもじじいを手放そうともは思わない。
じじいはかなりのスピードで知識を吸収していっているし、研究の進み具合も満足している。
何より人間の国の情報がとても役に立った。
これはこれからのオレ達の行動にも大きく役立つに違いない。
「おまけに研究素材まで一流と来ておる。これはサンダーキマイラの皮。グリーンカノープスの角。エンペラーロアの牙まで……。これほどの環境を与えられる研究者など……ワシは本当に幸せ者じゃ……。必ずや若の……御恩に……報いると……」
素材を抱き締めながら、じじいが何故か泣いている。
今あげた素材も、それ以外の部屋の隅に山の様に積まれている素材も、全部オレ達の食事の余り物だ。
可哀想だからそれはナイショにしといてやろう。
しかし、どれだけ酷い扱いを受けていたんだか……。
蔵書はともかくとして、百年以上も生きているじじいは、それだけでも相当の待遇を受けていてもおかしくないだろうに……。
「あ、ああ。期待してる。それより、今からじじいの言っていた村に行こうと思ってるんだ。何かあれば言伝なり何なりするけど、何かあるか?」
「おお!!本当にそこまで……。何から何まで……誠に……」
……話が進まない。
「ワシは本当に勘違いしておった……。まさか魔物が人間よりも信頼出来る日が来るとは……」
「それはお互い様だ。じじいが約束を守ってくれる限り、オレはじじいに最大限の援助を約束する。頼むから……オレを失望させないでくれ……」
「……うむ。若を裏切る事は無いと神に……いや、ワシ自身の存在にかけて誓おう……」
ちゃんとこちらの意図は理解しているみたいだ。
研究結果よりこちらの方がよっぽど重要だ。
オレも出来れば……殺したくはない……。
「じゃぁ行ってくる……」
「……何から何までスマン。本当に感謝しておる……」
「……」
そのまま振り返らず部屋を後にする。
今の所、村人に変化はないそうだ。
で、あればこれからは今いる村人を全員守らなくてはいけない。
これはじじいの為だけではなく、これからのオレやオレ達の街の為にも必要な事だ。
絶対に約束を守る。
そうして気合を入れ直すオレの両手には……バカンスを楽しみにしている二人の娘が、腕を絡ませて抱き着いているのであった。
森をのんびりと進み、オレにとっては初めての、二人にとっては懐かしい森の景色を楽しみながら目的地に向かっていく。
西に進む道中、魔獣や普通の獣が現れたりしたが、それはセシリーが嬉々として狩ってしまった。
元々フェンリルだったセシリーは、たまにはこうして狩りをしないと、とてもストレスが溜まるそうだ。
それを聞いてオレは心にズキリとした痛みを感じた。
この子をオレの傍に置いておいていいのだろうか……。
子供の頃――今も子供だけど、そう言うと怒る――からセシリーは窮屈な生活が嫌で、クロムの街を飛び出して一人で暮らしていたと聞いている。
オレと初めて会った時からセシリーはとても強かった。
あれなら一人でも森で自由に暮らしていく事は可能だっただろう。
しかし――それと孤独でいる寂しさはまた別の話だ。
自由に生きる。簡単なようで、とても難しく、誰にでも出来る事じゃない。強い心と身体が必要だ。
「寂しさを紛らわす仲間よりも、自由に暮らしている自分の方がセシリーには大切だったのです!」
爽やかな春風のような笑顔で、そう言ったセシリーはとても大人びて見えたのを思い出した。
実際森を駆けるセシリーは美しい。
誰にも媚びず、たった一人で森を駆けまわる。
まるで自由の象徴のような存在。
誇り高いフェンリル。
それを今オレは縛り付けようとしているのではないか……?
檻の中に閉じ込めているのではないか……?
森の中で、自由に過ごす姿が美しければ、美しい程胸の痛みが増していく。
「どうかされましたか?顔色が優れないように見えるのですが……」
「……なんでもないよ。ありがとう。ルナ」
二人にとっては大切な休暇だ。
オレが暗い顔をしていれば、台無しにしかねない。
セシリーの事は……よく考えておこう。
その答えが辛いモノだったとしても……。
森をはしゃぎまわるセシリーの周りには、太陽の光がプラチナの髪に反射してキラキラと輝いている。
血を分け与えたオレの大切な眷族。愛しい娘。
別れたくはない……。
けれど……それは本当に彼女の為になるのか……。
単なるオレのワガママなだけじゃないのか……。
あの子には……森での自由な生き方の方が似合っているのではないか?
オレは胸の痛みを押し殺し、笑顔を作り直して愛しい娘に駆け寄った。
「……もう着いてしまったのです!……でも!でも!きっと厄介な出来事が起こって、当分は帰れなくなるに違いないのです!なんなら人間や魔族の国に足を運ばなければいけなくなるのです!」
「そうですね。誠に遺憾ながらそうなるでしょうね」
たどり着いた人間の村は、はるか遠目に見てもいたって平和そうだった。
村の中を笑顔で子供達が走り回り、大人の女性達はワイワイと井戸端会議に夢中そうだ。
「……二人とも……不吉な事を言わない。本当になったらどうするんだい……」
「「うれしい(の)です!」」
ハモりながら二人が答えた。
実際人間達に不幸が起きるのを望んでいる訳じゃないのだろうけど、長く休暇は欲しいみたいだ。
帰ったら二人の仕事を抑えるようにしてあげよう。
セシリーはまだしも、ルナは本当に人間に何かしかねないからな。
三人ともラウに貰ったお面を着け、出来るだけ魔力を抑えるようにしておく。
村人くらいがオレ達の魔力を探知出来るとは思わないが、顔を見られるのも出来るだけ避けたい。
じじいはいいとして、この村の誰か一人からでもオレ達の情報が人間達に漏れる可能性があるのだから。
「まずは村に入って話をするとしようか?」
「「はい!!」」
元気一杯の二人を連れて、オレ達は崖の上から飛び降りていった。
村の目の前。そこには人の通れる道もなく、ただ雑草が生い茂り、高いが粗末な木の柵が村を囲むように張られたいるだけだった。
――こちら側から誰か来ることはないんだろうな――
さて、正面に回って入らないといけなさそうだと思っていると、おもむろに、セシリーが木の柵をまるで紙切れでも千切る様に壊してしまった。
ルナもそれが当たり前かのように、出来た柵の割れ目から村に入って行ってしまう。
「この木は何の為にあるのです?目隠し……なのです?」
「ああ。うん。そうかも……ね」
訝し気にセシリーがオレに尋ねてくるが、返答は曖昧なモノになってしまった。
すると村の中から大きな悲鳴と大人達の怒号のような声が聞こえて来た。
――ああ。ルナは先に行ってしまったんだった。
頭痛がするのを抑えて慌ててルナの後を追うと、そこにはルナを取り囲んで男達がクワやカマを構えて立っているのが見えた。
しかし、その全員が腰が引け、瞳には怯えの色が色濃く浮かんでいた。
唯一まともに相対しているのは、ルナの正面に立っている赤い刀身の剣を構えたナイスミドルな親父。
金のくすんだような髪。顔に刻まれた傷は大きく、片目を切り裂いている。
もう片方の瞳は青。無精髭を生やしてるが見た目は若く四十代くらいに見える。
体つきもよく鍛えられているし、何より剣を構える姿が様になっている。
剣を持つ両腕にもいくつかの刀傷、そして左手首には三本線の入れ墨が彫られている。
――明らかに戦い慣れしている。
そんな男の事など眼中にないかのように、お面をかぶったルナは両手を高く、天に向かって伸ばしていた。
「ルナ!先に行っちゃダメだろう!」
声を掛けるとルナは慌てたように、引き返してきた。
「申し訳ありません……。先に仕事だけでもと思いまして……」
「今は休暇中なんだから、そんなに頑張らなくてもいいんだよ。次からはちゃんとみんなで行動しような?」
「……はい。申し訳ありません……」
頭を撫でて優しく諫めると、ルナは素直に聞いてくれた。
取り囲んでいた男たちは、その光景をただただポカンと眺めているだけだった。
「すまないが、お前たちは何者だ?この村にゃ何の用で来た?」
先ほど剣を構えていたおっさんが、一人オレ達に歩み寄って来る。
態度はまるで山賊だ。
警戒は解いていないのか、剣は抜いたままだ。
「ああ。驚かせてすまない。森のヌシからの使いで来た。じじい……え~と。名前なんて言うんだっけ?」
セシリーとルナも首を横に振っている。知らないらしい。
オレも知らない。
おっさんの隻眼がギラリと光り、剣を持つ手に力がこもるのが見えた。
飛び掛かるスキを探している様にこちらをよく観察している。
「まあ、森からの使いだと思ってくれていい。一応敵対する意思はない」
「出来れば証明できるモンを出してもらえねぇか?」
これは失敗。何か証明するものを持って来るんだった。
ただ、これからは村の保護を約束すると言うだけだと思って、何も用意していない。
確かに言われてみれば胡散臭い話だ。
「森から来たってんならこの村の事情も知ってんだろ?その辺を理解して今日の所はお引き取りしちゃくれねぇか?」
さて、どうするか。
クロムを含め森のみんなはこの村の事情なんて知らない。
森が広いからと、スジを通すなら住まわせてやってもいいと思ってるだけで、みんな人間の事情なんて興味もなかっただろう。
野良猫が家の車庫に住み着いたみたいな?
追い出す程でもないし……飼ってやる程でもない。第一みんな人間なんて食べないしね。
事情を知っているのはじじいから直接話を聞いたオレだけ。
けれど、ここで馬鹿正直に話してもいい事なんてなさそうだし。
「……この村の事情なんて知らない。追い返すと言うなら帰るだけだが、そちらは本当にそれでいいのか?」
森からの使者を、無碍に追い返したとなればこの村の存続は難しいだろう。
それが分かっていて脅しているのだ。
おっさん以外の村人達はオレ達のやり取りを固唾を飲んで見守っている。
オレの対応次第では、今日でこの村は滅びるかもしれないんだ。
誰も口をはさめないのは仕方ない。
「……一応信用するぜ?もしこの村の事情を知っているとしたら……それは人間の使いって事だからな……」
ようやく男は赤い剣を鞘に納め、両手を頭の高さに上げて戦闘の意思がない事を示して見せた。
「分かってくれてありがたい。ついでに要件だけ先に伝えておく」
おっさんの目の前まで行くと、後ろに立っている連中にも聞こえるように少しだけ声を張って伝えてやる。
「今日からこの村には森のヌシからの保護を約束する!」
村人はあっけにとられたように動かなくなってしまうし、おっさんは口を半開きにして呆然と立ち尽くしていた。
何故か後ろの二人は嬉しそうに抱き着いてきて、キャッキャッと騒いでいる。
「レイ様かっこよかったのです!まさにヌシ様なのです!」
「はい!とっても素敵でした!さぁお仕事も終わりましたし、次はどこに出かけましょうか?」
ああ。それで喜んでいたのね。さっさと仕事終わらせて遊びに行きたかったのな……。
「ちょ、ちょっと待ってくれねぇか!訳がわからねぇ!何故そんな話になる?詳しく話を……」
「むぅ~!話はもう終わったのです!」
「そうです!私達は今バカンスを楽しんでいる最中なんです!邪魔しないで下さい!」
おかしなキツネのお面をかぶった少女に怒られ、おっさんもタジタジだ。
確かにさっきのピリピリとした雰囲気はどこにもない。
早く早くと二人にせがまれ、手を引かれるがさすがにこのまま放置という訳にもいかない。
多少説明くらいはしてやらないと。
「もう少しだけ話をしてやってもいいかい?このままじゃ村人も信用できないだろうしさ?」
「えぇ~!別にこいつ等が信用しようとしまいと変わらないのです!」
「ええ。レイ様の言葉を理解出来ないなど……残念な脳ミソしか持たないヤツ等に、レイ様が説明する事ないです。ただこの村が守られる。それが事実です」
手厳しい意見だ。
確かにこれからこの村が守られるという事実だけが真実だ。
村人がオレ達を疑おうが、信じまいがそれは変わらない。
オレ達の誰もが人間なんて信用していないし、感謝されたいとも思っていないだろう。
『オレ』以外は……。
「さっきの態度はすまねぇ。この通りだ。謝る。それに……あんたは話が通じそうだ。どうだ?すまねぇが話を聞かせてはもらえねぇか?」
「いや、こちらも柵を壊して無理矢理村に入って来たんだ。謝らないでくれ。むしろ村人を怖がらせた事をこちらが詫びよう。すまない」
オレが頭を下げた事で、セシリーとルナはアワアワとオレの頭を戻そうとしてくるし、何よりおっさんは驚きすぎて、カランカランと鞘に納めていた剣を地面に落としてしまった。
「あ、あんた……本当に魔物か……?」
「一応な……。ちゃんとした手順を踏めばよかったんだけど、本当にすまなかったな」
「あ、頭を上げてくれ。取り合えず家で話をさせてはくれねぇか?大したもてなしはできねぇがな」
「気にしないでくれ。これも約束だからな」
セシリーとルナは顔をおっさんに向けているが、そのお面の下の表情は想像したくない。
身体からは殺気が漏れまくっているし。
「こっちだ。付いてきてくれ」
おっさんに付いていく途中、おっさんは村人達に安心しろと言伝ていた。
おっさんがそう伝えると、村人達は一様に安心し、ホッとした表情を浮かべた。
想像するにおっさんが村の村長、もしくは顔役といった所なのだろう。
それも相当信頼の厚い……。
ぱっと見、村の中は割とキレイだった。
もっと閑散とした寂れたイメージを持っていたが、想像よりずっと豊かな暮らしをしているのがよく分かった。
何より村人達の表情が明るい。百人前後くらいの村だろうに誰もが幸せそうなのが印象に残った。
そうしておっさんに付いていくと、村の外れ。
わりかし木の柵に近い所に建っている小さな小屋の前にたどり着いた。
「ここだ。遠慮しねぇで入ってくれ」
「何もねぇけどよ」と獣の様に笑って、おっさんはオレ達を家に招き入れてくれた。
小屋の中はキレイに掃除されていて、それなりに清潔感があった。
しかし、家具などを見るに男の一人暮らしだというのが見て取れる。
必要最低限の物しかないのだ。
ベットが一つ。小さな炊事場が一つ。中央にテーブルが一つ。後は小さなタンスが一つだけ。
どこかしらコイナさんの部屋に似ている。
「まぁそこの掛けてくれ。あいにく椅子は一つしかねぇんだ。すまねぇな」
おっさんの正面にオレが座ると、セシリーとルナはオレの後ろで姿勢よく並んで立った。
二人を立たせるのは申し訳ないと思ったが、今回は遊びじゃなく仕事の体裁を取っているのだ。我慢してもらおう。
二人もそれを分かっているのか抱き着いてきたり、文句を言ったりする事はなかった。
「……それじゃ話を始めるか」
おっさんの頷きと共に、オレは今回の経緯をおっさんに聞かせてやった。
外からは走り回る子供の笑い声が遠くに聞こえ、窓からは太陽の光がサンサンと差し込んできていた。