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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
26/58

25

「で、どないするん?」


 クロムの館。

 その二階に新しく用意した大広間。

 オレ達が会議に使うためだけに作られたシンプルな造りの会議室だ。

 まだそれほど大きくはないが、それでも人間なら軽く三十人程は入れる広さだ。


 そこに置かれた白い円卓のテーブル。

 明かりも他の部屋と違い、ぼんぼりではなく明るい照明を使っている。

 畳を用いず、完全な洋間だ。

 円卓を用いた理由は、この場では誰もが立場を気にせず、忌憚のない意見を述べれるようにしたかったからだ。

 それでも、オレの席を上座にしてみんな座ってしまうけれど……。


「じじいの研究の有用性はラウも……メアだって気付いているだろう?あれは使える。マジックアイテムも捨てがたいけど……一番は魔法陣だろうな」


「そうだね。あの研究は使えるね。昔ボクが一番に制限をかけたのもあの分野だったから」


 やはりメアの仕業だったか……。


 人間が……じじいがどこまで進んだ研究をしているのか分からないが、じじいの言葉が本当なら、相当不遇の扱いをされているに違いない。

 オレにしてみればマジックアイテムはまだしも、詠唱の研究なんて全くの無駄。そんなのオレ達には一切必要ないからな。


 ――オレが楽しんで使うくらいだ!


 正直クロムの街に飛ぶ森の魔法陣も、転移の術式を組み込むと言うよりは、転移に使う魔力を抑える役割のほうがデカい。

 森の魔物が、転移なんて高度な魔法を自前の魔力で捻出できる訳がない。その為の魔法陣だ。

 オレが魔法陣なしで街を出入り出来るのも、オレの魔力が桁外れに多いからだろう。


「それは、ボクも賛成や。けど、あのじーさんを使うメリットが分からんなー。研究やったら、ボクでもメアでもええやん。なんならキミがしてもええし……」


 ラウの言う事はもっともだ。

 オレの予想では、クロムの設置した魔法陣より高度な魔法陣をじじいは使えない。


「それでも……このまま人間側に付かれるには惜しい人材だ。第一ウチの人材は優秀だが、如何せん数が足りなさすぎる。みんな寝る間を惜しんで働いてくれているのに、それでもまだ足りないんだからな」


 みんな夜にオレの所に遊びに来る回数も減ってきている。

 それほどの激務にみんな追われているのだ。

 オレとしては寂しくもある。

 暇そうにしているのはオレとミケくらいだ。


「優秀な人材の確保は喜ばしいですが……本当に人間などを信用できるのでしょうか……?」


 ルナは疑問というより、不愉快さが勝っているようだ。

 言葉は普通でも、その表情は苦虫を噛み潰したように歪んでいる。


「ルナの気持ちもよく分かる。けど、この中に魔法陣に精通している人材が足りないのもまた事実だ」


 この中で魔法陣が知識がありそうなのは、ラウ。メア。クロム。の三人だ。

 しかも各々が専門的な知識は少ないだろう。

 おまけにもっとも忙しい三人でもある。

 この三人を今の仕事から外して、魔法陣の研究を専門にやらせるのはかなり厳しい。

 ならば新しい人材はやはり必要な事になってくる。


「レイ様が仰るのなら、それが全てなのです!」


「ありがとう。セシリー」


 シュピっと大きく手を上げてセシリーが発言してくれる。

 セシリーは人間だろうが、何だろうが全く気にしていない。

 それもそれでいいのか、甚だ疑問だが……。


「ヒマが増えれば、それだけレイ様と一緒にいれるのです!それに……」


 ニッコリとひまわりの花のような笑顔でセシリーが続けた。


「使えなかったら殺せばいいのです!」


「……」


「ああ……そうですね!さすがレイ様!人間の扱いを心得ていらっしゃいますね!」


 相変わらず……。セシリーは仲間以外は道端の小石程の価値も見出していないらしい。

 使えればラッキー、使えなければ殺せばいい。

 それだけの感覚なんだろう。


「これこれおぬし等。考えが短絡的すぎじゃ。こちらには性悪もルナもおる。使えなくとも操るなり、縛るなりして使えばよい。それだけの価値があれば――じゃがな……」


 クロムも二人の意見にはおおむね賛成みたいだ。一思いに殺さないだけ余計に質が悪い。


 オレもそう思うが……『オレ』がな……。


「……マスター。ミケが協力してもいい……」


 一斉にミケに視線が集まった。

 むしろオレの前以外で喋るなんていつ以来だ?

 鎧を脱ぎ、少女の姿のミケは変わらず眠そうな目をしているが、その瞳の色は水色だった。

 平常心での言葉なのがよく分かる。


「なんや?えらい珍しい助け船やな。そんなに人間が殺されるのが嫌なんか?」


 ラウはニヤニヤとミケを観察するように煽るが、ミケは表情を全く崩さない。

 二人の表情は全く読めないが、少なくともミケは気にした素振りを一切見せない。

 それどころか、その発言を最後に再びダンマリをきめてしまった。


「ラウ。せっかくミケが働くって言ってくれたんだ。変なチャチャを入れるな」


 ラウは肩をすぼめて、「ハイハイ」とにやけていた。

 ミケの表情はピクリとも動かなかったが、その目は緑に変わっていた。

 オレの言葉に喜んでくれてはいるみたいだ。


「それよりも……レイ様?本当に魔法陣での魔力消費の軽減はそこまで有用なのでしょうか?レイ様の言葉を疑っている訳ではありません!しかし……私にはその価値が分からないのです……」


 小さく「……申し訳ありません……」と最後に続いたが、ルナを責める気は全くない。

 この世界で、しかも魔物のルナがその考えに至らなくてもそれは仕方のない事だ。


「ルナ?オレ達が魔法やスキルを使った時、魔力を使うよな?」


 ルナに諭すように語り掛けると、セシリーやミケ、クロムもまたオレの言葉を聞き入っている。


「ルナはスキルや魔法を使い過ぎて、魔力が枯渇した時どれくらいで回復できる?」


「……私……ですか……?……そう……ですね……。大体十七時間もあれば、完全に回復できると思いますが……」


「うん。オレと大体同じくらいだね。これはなんでだろうね?オレとルナでは魔力保有量が全然違うのに。これは世界に漂う魔力をオレ達の魔力に還元しているからか?いいや――オレは違うと思う。オレは体内から魔力を生み出して回復しているからと考える。そうじゃないと割合で魔力が回復している理由が説明できない。それにもし魔力を外から取り込んでいたら、オレの場合世界中の魔力が枯渇してしまうだろうしね……」


 オレの予想では、外の魔力を全く取り込んでいないとは思っていないが、ほとんどの魔力は体内で練り上げられていると思っている。


「でもオレとルナが使う魔法の消費量は同じだね?同じ炎を生み出したとしてもルナが十発打てると仮定すると、オレは百発は打てるだろ?保有魔力が違うのに、回復する魔力は同じ%で回復していく。これはなんでだろうね?」


「……申し訳ありません……私には……荷が重すぎる質問……です……」


 ルナは沈痛な面持ちで俯いてしまった。

 ルナだけでなく他のみんなも顔を伏せている。

 ラウとメアだけは嬉しそうにみんなを眺めているが……。


「ルナ?責めていないんだよ。だって……オレにも分からないんだから」


 みんなが顔を上げてオレを見るが、オレは笑顔を崩さない。


 だって……分からないモノは分からないんだから。


「もし……オレ達の魔力回復量が消費魔力を上回ったとしたら……?オレ達の魔力は日々増えている。なのに回復する魔力は割合で回復していく。一時間で6%前後。一秒なら総量の0・017%。ならばもし、一度に使う魔法やスキルの魔力が激減して、使う魔力が0・017%を上回ったとしたら……?」


「……永遠に魔法やスキルを放っていられる……という事……ですか……!?」


 返事をせずに指でグッジョブを作る。


 正解だ。ルナ。


「……もし……そうなれば…………さらに強力な魔法やスキルの消費量が減ったなら……」


「戦闘中だろうとも永遠魔法を打ち続けられるだろうね。……それがどれだけ強力なスキルや魔法だろうとも……」


 ゴクリと息を飲む音だけが部屋に響いた。

 それほど部屋は静まり返っていた。

 それでもオレはなおも続ける。


「それだけじゃない。身体を回復する魔法の消費量が激減したなら、元々自然回復の強いオレ達だ。永遠に使えばダメージ量さえ上回るかもしれない。そうなると誰にもオレ達を傷付けられない。さらに……」


 大袈裟な身振り手振りで、まるで演説をする政治家のように話を続ける。


「それを身体の何処かに組み込めたとしたら……?所詮……魔法陣だ。別に難しい話じゃない。書き込めばいいだけだから……。そうなると……オレ達自身が魔法の無限発射台と変わらない――と、そう思わないか?」


 もし、魔力消費がゼロに近づいたら?もし魔法発動の伝達率がゼロの素材が見つかったなら?

 夢のような話だけれど、夢じゃない話。


「……レイ様……」


「どうだい?納得してくれたかい?」


 大きさの違うバケツを二つ並べて、同じコップで水を注いでいく。

 小さいバケツが満タンになっても大きいバケツは満タンにはならない。

 なら同じ時間でバケツが満タンになる理由は、バケツが大きさに見合っただけの水を自然と湧き出しているからだとオレは考える。

 そのバケツがオレ達は他の種族と比べてとてつもなく大きいのだ。

 なら自然と湧き出す水の量は、同じ時間でも人間や魔族と比べ物にならないくらい湧き出ていると確信している。


 これは魔力保有量の多いオレ達魔物にしかできない考え。

 元々の魔力の少ない人間では、全く意味のない話。

 魔法一つに保有魔力の一割以上使ってしまっては無駄な空論でしかない。

 それに、おそらく魔族でさえ、オレの眷族程の魔力は保有出来る存在は皆無だろう。

 要するに、オレ達はデカい発電機を体内に抱えているのと同じだと思っている。

 後はその発電された電気をいかに効率よく使用エネルギーに変換できるかって事だ。


「……あぁ……私の主様……。私の……愛しい人……」


 ルナに変なスイッチが入ったのか、目から涙をポロポロ零し両手を組んでオレを見つめて来る。


「……もう私達の家族は……誰にも怯えて暮らさなくてもいいのですね……」


「ああ!今でもそんな不安を感じさせるつもりはないが、それが完成したなら、強力な結界を無限に張り続ける事も回復魔法を無限にかける事も可能だろう。どうだ?喜んでくれるかい?」


 ルナは涙を拭き、改めてこちらを向くとニッコリと微笑んでくれた。


「それだとやっぱり、誰かサポートというか見張りが必要になってくるね?」


 誰かとは言いつつも、メアの視線はミケに向いていた。

 「どう?ちゃんとできる?」と問いかけるように見つめるメアに、ミケは視線も合わせようとしない。

 それでもミケは指で輪っかを作り、オッケーの意思をメアに示した。


「最悪、研究成果を持ち逃げなんて事になったら、目も当てられへんよ?」


「お前様よ……。それは不可能じゃ……。この森からワシ等に気付かれずに逃げ出すなど誰にも出来んよ。ルナの糸の結界をかいくぐり、セシリーの鼻から逃げ、ワシの結界は転移を阻害する。道中の森を魔物達に見つからず進み、気付かれればお前様や若様の追ってがかかる。ワシなら試そうとも思わんの」

 

 確かに気が遠くなりそうだな。想像するだけで眩暈がする。

 それでも警戒は必要だろう。


 そのために……


「でも……だからこそ、じじいを縛る鎖がいる」


「じーさんの願いってヤツやな?」


「そうだ。さらにここから逃げ出すメリットをなくせばいい」


 じじいがオレ達を利用して、逃げるつもりならケジメをつけて殺さなくちゃいけなくなる。

 しかし敵対する意思さえ持たなければ、アメを与えて利用すればいい。


「まずは――じじいの保護と研究するための資金と素材と環境を整えようと思う」


「それはボクが引き受けよか?金と物資はボクの専門分野やからな?」


「では、ワシが施設を用意するとするかの。なんならこの館の一角を貸し与えてもいいじゃろう」


 ラウとクロムが提案してくれるが、セシリーとルナは微妙な表情だ。

 この館に人間が住むこと自体納得しかねるのだろう。


「いや、これはオレが引き受けた仕事だからな。全てオレが用意しようと思っている」


「……しかしじゃな……若様」


「……なあ?レイ。前にも言ったんやけど、ボク等はキミの眷族や。キミはただ命令したらええんや。頼まんでもええし、責任も感じんでええ。これはボク等全体に係わる案件や。決定さえしてくれたら、後はボク等が動いてキミの願いを叶えたるわ。それじゃ不満か?」


 ラウなら……みんななら必ずそう言ってくれるのは分かっていた。

 現にこの場にいる全ての者が、肯定の意思を込めた強い眼差しをオレに向けてくれていた。


「その気持ちはありがたいと思っている。それでも、オレが引き受けた仕事はオレが責任を持ってやり遂げたいんだ……。どうか分かって欲しい……」


 これはただのワガママだとよく分かっている。

 それでも、みんなの上に立つのなら、オレもそれに見合うだけの価値を証明したい。


「……ほんなら、こうしよ?施設に関してはクロに頼むとしてや、その賃貸料はキミ持ちや。資金と素材はキミからボクが買い取った余りから提供するって事でええか?」


「……ああ!それで頼めるか?」


「ええよ。頼むんやなくて、命令すればそれでええのに……ホンマに……」


 呆れた様に笑っているが、ラウの表情は満足そうで……嬉しそうだった。


「……ん?オレがラウに売った素材の買い取り価格ってどのくらい余ってるんだ?」


「なんじゃ!?お前様!!若様に話しとらんかったのか!?」


 驚いたクロムが、ラウを見つめるが、ラウは素知らぬ顔でニヤニヤ笑っているだけだった。


「若様よ……。ここしばらく若様が食事の材料だと言って狩っていた魔獣達がどんなモノ達か理解しておらんかったのか……」


 結構デカい魔獣を狩っていた記憶はあるが、あんまり覚えていない。

 ラウの持ち込む国産のブランド和牛と比べて、引けを取らないモノもたくさんあって、なかなか美味かった記憶はある。

 みんなも大喜びで食べてくれたし……。


「……あれはの……。この辺の森ではありふれた魔獣達じゃがな……」


 ――うん。知ってる。探知をかけたら結構たくさんいたし、色んな種族がいたからいちいち気にもしていなかった……。


「……あれらはな……どれも高級品じゃ……。そもそもそんなに簡単に狩れるモノではない……。鱗の硬い者、逃げ足の速い者、仲間を大量に呼び寄せる者など、やっかいな魔獣達ばかりじゃ……。それを毎日毎日……食事の材料だと持ち帰ってくるなど……。ワシの眷族はともかく、この街の魔物じゃと一対一では殺されても誰も不思議に思わんほどの魔獣ばかりじゃよ……」


 首を横に大きく振って、ため息までつかれた……。


 ……ゴメン……なんか知らないけどゴメン……。


「で、それって高いのか……?」


「美味かったじゃろ?それはそれは美味かったじゃろ?」


「……ああ。中々美味かった……」


 余った切れ端の肉や骨はルナの妹のベビースパイダー達にあげたし、料理を大量に作ってクロムの眷族達におすそ分けもしていたから、みんな大喜びで食べてくれていた。


「……そうじゃの……。昨日食べた白い虎のような魔獣。あれはエンペラーロアという魔獣じゃ。この街の貨幣価格で……そうじゃの……およそ一頭、金貨五百枚くらいかの……。ワシの記憶が確かなら、人間や魔族の国じゃもっともっと、さらに値が付くはずじゃ……」


 ――ッッブッフォ!!


 息を吹き出してしまった。

 探知したらいっぱいいたけど……?

 つーかオレ、必要な肉だけ切り取ったら、後はラウに売り払っていたんだけど……?

 その時の報酬が確か金貨五枚だったけど……?


「……おい!どういう事だよ!?全然金額が合わねーぞ!!」


「だって、キミ聞かんかったやん。金貨五枚でも喜んで売ってくれたやん?」


 「あ~あ、言ってもうた」とラウが笑っていたが、その顔は心底嬉しそうだった。

 唖然とするオレに、なおもクロムは追い打ちのように続ける。


「……それを毎日じゃぞ?ワシだけじゃなく厨房の者達も毎日驚かされっぱなしじゃったわ……。みな毎日高級品が食えると喜んでいたが……。それをあんな……はした金で喜んでおる若様を見ると、心が痛んでのう……」


 驚きすぎて言葉もでない……。どうりでみんな大袈裟に喜んでくれた訳だ。


 というより、お前も討伐報酬払ってたよな……?

 それも確か金貨三枚とかだったよな……?

 テメ―の方が十分ボッタくってるじゃねーかよ!


「……コホン。という訳で、今若様は()()()()に金持ちじゃ。資金の心配はせんでええ」


 ――おい!それなりってなんだ。具体的な金額を出せよ。


「そうやで?あんまり大金持たすと心配やったから、こっちで勝手に積み立てておいただけやって」


 わざとらしい咳払いをして、言い訳めいた事を二人が言っているが、オレより周りのみんなのジト目がスゴイ……。

 とはいえ、実際ラウが稼いで来る金額からしたら、オレの稼ぐ金なんて本当に微々たるモノだろう。

 いい訳は本当だと信じてやってもいい。


 しかし!その子供扱いが気に入らない。


 確かにそんな大量の金貨を貰っても迷惑な話だけど、それとこれとは話が別だ!


「いやいや、どっちにしてもそんな金使わんやん?持ち運べるわけでも無し、キミにあげた巾着かって無駄に容量潰されたら使い勝手悪いやろ?どうせボクの無限収納に入れとくだけなんやから同じ事やん?」


「……ぐっ」


 反論出来ない。

 金額を知っていたとしても、ラウの言う通りになっていたに違いない。

 それは分かっているが……。


「よかったな~。ボクがしっかりしてて。金の事はボクに任しといたらええってぇ~」


 すげームカつく。

 謝るどころか、お礼まで言わせようとして来やがる……。


 そもそもクロムの街の物価は安い。

 なにせ魔物達はそれほど物を必要としないのだから。

 元は森の東西南北にあった街とだけ取引をスムーズに出来るよう、五百年前にラウが取り入れたシステムだ。その街も今や北のクロムの街しか残っていない。

 その名残で今も貨幣を使っているが、この街では物々交換も珍しくない。

 確かにそんな使い勝手の悪い金に、どれほど魅力があるのか疑問ではある。

 大量に持っていても不便さは否めないだろう。


「それよりも……。それだけの資金と素材を工面して、まだ何か願いがあるの?ちょっと虫が良すぎない?」


 メアはそんなやり取りに飽きたのか、話を強引に進めようとしてきた。

 魔法陣の有用性をよく理解しつつも、それでも待遇が良すぎると不満を漏らす。


 それは、じじい本人もよく分かっていた。

 なにせ、いまの条件だけでもこちら側に来てくれそうだったし。

 それでも、オレはさらに高い値段をじじいに付けたかった。


「だからこそだよ。人間の国で不遇だったじじいが魔物の街では好待遇を得る。ここは惜しみなく投資する所だとオレは思っている。理由は……分かるだろ……?」


「まぁ……レイがそう言うならいいんだけどさ……」


 メアなら理解してくれているはずだ。多少サービスし過ぎだとオレも思うけどな。


「で、その人間は一体何を望んでいるのでしょうか?」


「この森にある人間の村の保護だ」


「……あぁ。あの村の事じゃな?」


「知っているのか?クロム?」


「当たり前なのじゃ。ワシを誰だと思っとるんじゃ?」


 その村はここ百年くらいで出来た村らしい。

 森の北西。人間の国に近い場所から北に寄った所に出来た小さな村。

 ずっと臥せっていたクロムが知っていた事の方が驚いた。

 

「ワシが死にかけておるのに、森の新参者達を調べんわけがなかろう?しかもそれが人間共ならなおさらじゃ」


「なら、どうして今までその村を放置していたの?すぐに皆殺しにされていてもおかしくないと思ったんだけど……。というかよく今までそんな村が存在出来たね……」


 この森の魔物や魔獣は強い。メアの質問は納得できるモノだ。

 オレもじじいから聞かされた時はなんの冗談かと感じたのだから。

 それが今だに存在して、村として住民までいるというのだから驚きだ。


「あやつ等は分をわきまえておる。ワシ等の縄張りを荒らす事もないし、何かあればそこの魔物に伺いを立てておったそうじゃ。ワシ等も無用な争いは好む所ではなかったからのう。害がなければ、そこで暮らす事の許可くらいは許しておるよ」


「なら、そいつ等はセシリー達に何を望んでいるのです?クロム姉様が許可したなら別にセシリーは何もしないのです」


「そうですね。私も人間の村があるのは知っていましたが、あそこは放置と聞いていました。中々身の程をわきまえた者達だと。保護とは言えませんが、十分すぎる恩恵はあったはずです。それでもまだ不満があるというのは……少々不愉快ですね」


 セシリーとルナの言い分はもっともだ。

 弱っていたからとはいえ、クロムが譲歩して暮らす事を許し、魔物達は手出しをせず、魔獣達は縄張りを荒らさなければ襲って来ない。

 それなら保護の必要もないはず。

 なのに、じじいはそこに住む村人の保護を懇願してくる。

 さらなる森での権利を主張しているように取られても不思議じゃない。


「二人とも……その通りだ。しかし、じじいの言っている話はオレ達の事じゃない。保護の対象はその村の住民だが、襲ってくるであろう対象が別だ」


「ああ。そういう事ね。ボク達以外の()()がその村を襲う可能性があるから、それをボク達魔物が守って欲しいって事か」


「メアは理解が早くて助かるよ」


 メアを褒めると、嬉しそうに笑ってくれた。

 しかし、他のみんなの顔は渋いモノに変わっている。


「それは……また……随分と身の程知らずですね……。まだ何も成していないのに……私達に人間如きを助けろとは……」


 ルナの顔は他の誰よりも険しい。

 むしろ嫌悪感しか見て取れないくらいだ。


()()()()()価値があると思わないかい?ルナ?」


「……はい。レイ様の仰る事ですから……それが正しい事だと理解します」


「ルナ?その村はこの百年、分をわきまえて暮らして来た。それはそれで信用する価値があるとオレは評価している。それに……オレ達が人間なんかにどうこう出来る訳がないだろう?もし何かしてきたなら……その時は思い知らせればいい……」


「……はい!それでしたら私の妹達にも保護の名目で監視をさせましょう!」


 それはオレからもルナに頼もうと思っていた事だ。

 ベビースパイダー達とルナの糸の結界。その二つをもって監視する。

 あの村こそがじじいを縛る鎖の一つなのだから。

 いくら百年大人しくしてきたからと言って、これからの百年はどうなるか分からない。

 信用はしていても保険は絶対に外せない。


「で、一体何からそいつ等を守ればいいのです?セシリーがひとっ走り行って殺してきてもいいのです!」


「それならワシが行こうかの……。最近運動不足じゃったからのう。たまには運動せんとな……」


 自分の頬っぺたの肉を掴みながら、最近少し太った事を気にしていたクロムが、行ってくると提案してくる。

 まるで、ジョギングでも始めようとする主婦の気軽さだ。

 ミケは全く興味なさそうだし、メアはテーブルに頬杖をついて、あくびまでしている。


「いや、オレが行こうと思ってるんだ。それでいいんだろ。ラウ?」

 

「せやね」


 今回の仕事の依頼はじじいからだったが、元を正せばラウからの仕事の依頼でもある。

 何をすっとぼけてるのかは分からないが、何か目的があってオレに仕事を依頼してるは間違いない。

 なら直接ラウから依頼を受けたオレがいくのが正解だろう。


「それに……今回の相手は、おそらく人間だからな……」


 そう。今回のじじいの頼みは人間から人間を守る事になりそうだ。

 そこに魔物のみんなをなるだけ巻き込みたくない。

 人間同士が殺し合うというなら、勝手にすればいい。

 そこに介入するなんてオレだってまっぴらごめんだ。

 しかし、オレが引き受けた以上、オレが責任を持って何とかする義務がある。


「そんな……人間同士の殺し合いにレイ様が直接動かれるなんて……」


「そ、そうじゃ。若様が直接人間の相手をする事はないじゃろ?」


 予想通り、みんな反対だった。

 あのミケでさえ目が赤く染まっていた。


「いいんだよ。それに必要なら人間の街にも行く事になりそうだしな?」


 今回抑えても、永遠と対処するのは面倒この上ない。

 大元から何とかするとなれば、人間の国に行くのが一番だ。

 そうなると、出来るだけ人間に近いオレがうってつけだろう。

 オレの眷族ならぱっと見、人間と区別出来ないが、やはり所々普通の人間とは違う部分が多い。

 それを隠しての行動は不便だろう。

 おまけにウチの子達は外見が目立ちすぎる。 

 

 こんなキレイな人間見た事ないからな……。


 自然と笑みが沸き上がる。

 みんなの顔を見渡すと、みな一様に不思議そうにオレを見返してくるが、その仕草もまるで天使のように可愛い。


「という訳で、しばらく留守にする事になると思う。必要な連絡は念話を使うし、人手が必要になったら頼むと……思う……けど……」


 ――あれ?なんで……。


 ポロポロと涙を零すセシリーとルナ。驚きの余りそのままの姿勢で固まってしまったクロムとメア。表情が微かに驚きに変わったミケ。

 全員が驚きと戸惑いを見せる中ラウだけはいつものニヤケタ顔をオレに向けていた。



















 


 


 


   

 







 


 



 

 

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