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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
24/58

23

「またか……」


 それがオレの正直な感想だった。

 真っ暗な世界。上も下もないただ浮かんでいるような漆黒の空間。

 オレもいい加減気付く。


「何か用か……?」


 誰にともなく呟いたオレの言葉は暗闇によく響いた。


「久しぶり」


 ――ああ。来ると思っていたよ。じゃなきゃルナの毒にも耐えられるオレが倒れるなんてありえないからな……


「……少しは驚いてもいいんじゃないか?」


「お前は『オレ』だろ?ならお前の考えてる事もオレには解るさ」


 どこからともなく再び『オレ』が暗闇から出て来た。

 オレには解っていた。また『オレ』が呼び出したんだろうという事を……。


「そうか。なら『オレ』から話す事は特になくなってしまったな……」


 前回来た時より、『オレ』の声が鮮明に聞こえる。前のように、念話のような頭に響く言葉ではなく、ハッキリと音になって、耳に届いてくる。

 言葉遣いも、まんまオレそのものだ。


「……いいから言葉にしろよ。口に出して言わないと伝わらない事の方が多い……。オレなら……よく知っているだろう?」


 『オレ』は「そうだったな」と呟き、オレに小さく苦笑してみせる。


 『オレ』ならそんな事よく知っているだろうに……。そうやっていつも失敗してきたんだから……。


「それでは……まずは改めて、ありがとうと言わせてくれ。『オレ』の気持ちを汲み取ってくれたんだろう?本当に感謝している」


 おそらく、人間や魔族の事を言っているんだろう。

 コイナさんと街が襲われた時、あのまま放っておいたら、セシリーやルナがそれぞれの国に攻め込みかねなかったからな……。


「……別にいいさ。オレとお前は同じなんだからな。ならそれはオレの気持ちでもあるんだからな」


「……すまない」


 自分に頭を下げられるのはおかしな気分だ。少しむず痒い……。


「……しかし、だ。お前もオレなら分かるだろう?オレが譲歩するのはここまでだ。いくらお前が庇おうとも絶対に許せない相手もいる。それは理解しているよな?」


 オレの言葉に、『オレ』は小さく頷く。

 そこはキチンと理解しているらしい。


 ……いや。そこはもしかするとオレと同じ気持ちなのかもな――。


「オレもむやみに人や魔族を傷付けたくない。しかし、ケジメを付けさせなければいけない相手には手加減する気はサラサラない。今回の件にもし、人間や魔族が関わっていたなら……オレは容赦しない」


「……ああ。分かっている。それは……しょうがないのかもな……」


 訂正。やはり『オレ』はそれでも許してやって欲しいんだろう。

 お優しい事だ……。


「……分かった……。出来るだけ無関係なヤツは傷付けないようにする」


 オレの言葉に『オレ』は表情を明るくさせる。しかし……


「しかしだ。こちらから手を出していないにも関わらず、襲ってくる相手は無理だ。オレも自分を……みんなを守りたいからな」


「……ああ。でも……」


「でもも、だってもない。お前も死にたくはないだろう……?」


「オレなら……『オレ』なら傷付けずに何とか出来るだけの力があるだろう!?」


 『オレ』の言葉はもっともだ。オレ達の力なら出来るだけ被害を抑えて、相手を無力化できるだけの力はあるはずだ。

 しかし、それは()()()()()だ。

 相手に先制攻撃をされて、誰一人無傷で勝つなんて、一体いつまで出来る事か……。

 今回もコイナさんが無事でなかったなら、オレが先頭を切って相手を皆殺しに向かっている所だ。


「……お前は一体どうしたいんだ?誰も傷つけたくない。しかし、誰も傷ついて欲しくない。そんな事不可能だって分かっているだろう?なら、せめて大切なモノだけ守りたいと願うのはそんなに悪い事か?本当はお前だって分かっているんだろう?」


「なら!お前だって分かっているんだろう!?本当はただ穏やかに暮らしたいだけなんだろ!?誰とも争う必要なんてないんだ!!」


 頭が痛くなってきた……。オレはこんなにバカだったのか……?

 我ながら吐き気がする。


「そんな子供みたいな理屈が通じる世界なのか?ここは……。外から来た魔物達に殺されたルナの妹達を見ただろう?クロムを殺しに来た人間の勇者は最低な……クズみたいな性格をしていた。それでも、オレに何とかしろと?不可能だな。話にならない……」


「……」


「オレの中で何もせずに、見ているだけのお前が何を言ってもオレには届かない。出来るだけの譲歩はする。悪いがそれで我慢しろ。オレだって……誰も傷つけたくないんだから……」


「……そうだな……。わかった……。『オレ』は……『オレ』達は同じ気持ちなんだからな……」


 本当に面倒くさいヤツだ。まだ納得していないみたいだ……。

 こんなヤツがオレだなんて……。


「話はそれだけか?それだけなら、もう帰っていいか?…………ああ、それから。これからはこんな話をする為にいちいち呼び出さないでくれ。呼び出される度に倒れるんじゃみんなが心配するからな」


 コイツの気が向いた時に気絶させられるんじゃ堪った物じゃない。

 それくらいオレなら気を利かせろよ。


「……何を言ってるんだ?『オレ』がお前を気絶させたと思ってるのか?『オレ』は何もしていないぞ。お前がこっちに来たから、ついでに話をしに来ただけだ」


 

 ――――ッ!!

 

 ――オレがこっちに来ただって!?『オレ』が呼んだんじゃないのか!?


「よく思い出してみろよ。倒れる前、何をしていたんだ?誰といた?」


 ……倒れる前?何をしていただって?


 倒れる前、オレは……コイナさんと……一緒にいて……。

 スライムに……ミケと名前を付けて……みんなの所にミケを……連れていこうと……。


「なんだ。ハッキリ覚えてるんじゃないか。名前を付けて……、これからも面倒を見ようと思ったんだろう?」


 ――ああ。あのスライムを……これからも……。


「――だから、加護を与えたんだろう?」


 ――――ッ!!

 

 何を……!何を言ってるんだ!?コイツは!


「お、オレは……!加護なんて……」


「与えたさ。ラウはどうやってクロムに加護を与えたと言っていた?……本当は覚えているくせに」


 そうだ。ラウはクロム達に名前を与えて加護としたと言っていた。

 ならオレがした行為は……スライムに加護を与えたということか……?


「まぁ。言霊と一緒に魔力を取られ過ぎたんじゃないか。血液を、肉体を介さない分、魔力を大量に必要としたんだろう。……倒れるのも仕方ないさ」


 『オレ』は嬉しそうに笑っている。

 小さく「オレ達の神格は桁外れに強いみたいだしな……」と呟いたのが聞こえた。

 さっきまでの暗い表情はどこにもない。


「『オレ』は嬉しいよ。そうやってラウの一族以外からも眷族を増やしてくれて。……ああ。メアもそうだったな。心配しなくても彼は『オレ』も目をかけている。もちろんあのスライムの……ミケの事もな。あんな身体でよく『オレ』達の神格に耐えられたモノだな。本当に優秀だ」


「……お前……本当に何を言っているんだ?みんなに何をしているんだ!?」

 

 『オレ』は呆れたようにオレを見つめる。


「オレは何もしていない。何度も言っているだろう?『オレ』はお前だって。『オレ』達は同じ存在なんだ。全部お前が自分の意思でしている事だ」


「……」


「……さて、今回はここまでかな。最後に何度も言うが『オレ』は何もしていないし、お前に感謝もしている。日々変わっていくお前を好ましくも思っている。……そうだ!機会があったら人間や魔族の国にいってみないか?そこでお前が人間や魔族を見て、気に入らないと思うなら滅ぼすのもいいだろう。それなら『オレ』は何も言わない。お前の決定は『オレ』の決定でもあるからな。……まぁそうならない事を願っているけどな……」


 『オレ』は暗闇の中で肩をすぼめて、苦笑していた。


 ……そうだな。『オレ』の言う事ももっともだ。もし、万が一、納得できる理由があったなら、人間や魔族で今回の件に係わったヤツを許してやってもいい。

 もちろん、コイナさんとクロムが許すのが絶対条件だけどな。


「そうだな……。機会があったら見に行くよ。許すとは約束できないけどな……」


「ははは。お前も十分優しいな?本当は気付いてるんだろう?人間や魔族に対する嫌悪感が薄れてきているって。子供達との穏やかな生活がお前を変えていってるんだよ。そんなお前が、もし、そこに住む者を見に行ったなら、お前は絶対に傷つけたりしないさ」


「……買いかぶり過ぎだ。敵対してきたら迷わず殺すからな?」


「それでいいさ。反対はしても、『オレ』は何も出来ない。それにお前が『オレ』に気を使ってくれてくれているのは痛い程分かるからな。そんなお前が決めたなら……しょうがないさ」


 それだけ言うと『オレ』は再び暗闇の中に歩いていく。


 ……何とも言い表せない気分だ。多分『オレ』の感情がオレに流れてきているんだろう。

 自分の中の優しさや憎しみ、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、胸の中でドロドロに混ざっていくみたいだ……。

 しかし、人間なんて本来こんなモノかもしれない……。

 優しい善人も憎しみに囚われる事もあるだろう。悪人だって善行を行う事だってある。

 それすらもないのであれば善人だろうと悪人だろうと、それはもはや人じゃない。天使か悪魔のどっちかだろう。

 そもそもオレは人かどうかも分からないし、人でありたいとも思わないが……。


「……じゃあな」


 その言葉だけを『オレ』の後ろ姿にかけると、オレは『オレ』とは反対の方に向かって歩き出す。

 もう、暗闇を漂う感覚はない。ハッキリ足をついて歩いて行ける。

 こっちに光があるのが分かる。後は進むだけだ。


 ふと、『オレ』を思う。

 アイツはいつも真っ暗な暗闇に向かって歩いていく。


 ……いつかアイツも……


 そう思って振り返ろうとすると、身体が光りに包まれる。


 時間切れか……。


 まぁまた話す機会もあるだろう。

 次は明るい話題になるようだったらいいんだけどな……。

 

 そう思って光の身をゆだねると、相変わらず騒がしい声が聞こえてくる。

 いつもの声だ。

 どうやら目を覚ますみたいだな……。






「無事か!!レイ!?身体はなんともないんか!?」


「うわぁ~ん!レイ様が起きたのですぅ~~!!」


「……うぐっ。うぐっ。……レイじゃまぁぁぁ」


 今回はお通夜のような雰囲気の盛り上がりだった……。


 生きてますよ~。元気ですよ~。心配いらないですよ~。


 相変わらずのいつもの部屋。クロムの屋敷の二階だ。

 ラウも大急ぎで戻ってきているみたいだ。

 少し照れ臭い……。


 どれくらい気を失っていたのかな……。そんな心配しなくても……。 


「いや、平気だから……。そんな心配しなくても……」


「もう……離れないのですぅ~!」


「わだしもぉ……もう、はだればぜん~」


 セシリーとルナは顔を涙でグシャグシャにして……特にルナは何を言ってるのか。


 ……聞きづらい……。


「ホンマ心配したんやで。念話を受けて大急ぎで戻って来たんやからな……」


「スマン。心配かけたな。多分……ただ魔力を使い過ぎだけだろうから……」


「なんや!?自分で分かっとたんかいな?」


 あの世界の事は……言えないか……。『オレ』の事は、オレも夢じゃないかとさえ思うのだから……。


「ワシも心配したんじゃぞ。コイナから若様が急に倒れたと聞かされた時は心の臓が止まるかと思ったわ。まさか新婚そうそう未亡人になるとは……」


「……結婚してねぇ……」


「そう言うと思ってな――。ちゃんと拇印は抑えてあるのじゃ」


「……」


 自慢げに婚姻届をピラピラと振るクロムを踏みつけ、無理やり婚姻届を奪い取り破り捨てる。

 ご丁寧にも現代でオレが住んでいた所の婚姻届じゃねーか……。


 ――ラウも一緒に踏んでおこう。


「みんな心配かけて悪かったな……。…………あれ、メアは?」


「メアなら隣の部屋で倒れとるわ。キミに魔力を与えすぎて倒れてもうたんや」


 足の下からラウが説明してくれる。

 死ねばいいのに……。


「……そうか。悪い事をしたな……」


 後で見舞いに行かないと。知らなかったとはいえ、今回の事はオレが全面的に悪いからな。

 

 セシリーとルナはオレから離れようとしないし、バカ達は足の下だ。

 部屋をグルリと見渡すと、コイナさんも座ってこちらを見ていた。

 目が赤く染まり、少し腫れぼっく見える。

 ずいぶん泣いたみたいだ……。


 しかし……コイナさんより目を奪われる存在がコイナさんの背中にあった……。


 コイナさんの後ろに隠れるように――全く隠れきれていないが――デカい三メートルはありそうな、黒いフルプレートの鎧が座って?いた。

 この部屋の調度品としては全く似つかわしくない、西洋風の黒い鎧。

 それが、大きな身体を縮こまらせ、コイナさんの背中に隠れるように座っている……ように見えるのだ。


「……なあ。あんな鎧あったか?」


「なんや?キミが拾ったんやないんか?」


 ――オレが拾った?あんな鎧拾ってないぞ?


()()()がレイ様とコイナを屋敷まで担いできたのです」


 セシリーがぐずりながらも当時の状況を説明してくれた。


 オレからの念話が切れた為、全員が心配して、急いで館に集まった時、あの鎧がオレとコイナさんを担いでクロムの館に飛び込んできたらしい。

 コイナさんに話を聞くとオレが拾った新しい仲間だそうで、三人で帰ってくる途中でオレが倒れたと。

 気配を見るに新しい眷族なのが分かったので、とりあえず館にオレを運ばせたそうだ。

 クロムが診察した所、魔力枯渇症で倒れていた為、オレを寝かせて、魔力の一番大きいメアがオレに魔力を補充して倒れてしまったと。

 それからしばらくしてラウが館に戻って来たそうだ。

 

 ――まさか……あれ……


「……まさか……ミケ……なのか……?」


「レイさん!何を言ってるんです!どう見てもミケさんじゃないですか!」


 コイナさんに怒られてしまった。

 

 どう見てもミケに見えない……。なにより………………可愛くない……。


「……コイナさん?ミケはどうして鎧を着ているんでしょうか?」


「ミケさんが自分の身体から鎧を吐き出して、その中に入っているんです!それくらい見たら分かるでしょう?」


 ――はい。仰っている意味が全く分かりません。


「あれはスライムやけど……なんていうたらええか……。スライムつむりというたらええんか……。あの鎧が住処で、それを担ぎながら移動しとるんやろうな。なんかあったらあの鎧の中に閉じこもるというか……」


 ラウが丁寧に説明し直してくれた。その博識に免じて足の下からは解放してやろう。

 だが……クロム!テメ―はダメだ!

 クロムは何故か足の下で、はぁはぁ言っている。おまけにその顔は恍惚としている。


 ……ド変態か……。


「よくスライムって分かったな……?」


「いや、魔力感知を使いーや。よく見たら分かるやろ?魔力が出とるのは中からだけで、鎧自体はただの鉄やし……。ちゃんと見たらスライムが中に入っとるってわかるやろ?」


 ラウは、やれやれとオレの足の下からはい出しながら言葉を続ける。 

 

 確かによく見たらミケだった。

 鎧の下から見える淡い光は水色をしていた。

 鎧の関節部分や、兜の瞳からも同じく水色の光が漏れている。


 しかし……ゴツイな……。


「誰が話かけても返事をしませんし、鎧も脱いでくれないのです。コイナさんの傍からも離れようとしませんし……。どうしようか困っていたんです……」


 ようやく落ち着いたルナが、オレをのぞき込んでミケを指差す。

 しかしその足はしっかりとクロムを踏んでいる……。

 どうやら婚姻届は許せなかったらしい……。

 そういう所でルナは恐ろしいと思う……。


「ミケ。気付かなくてごめんな。オレを助けてくれたんだって?鎧をとって姿を見せてくれないか?ちゃんとお礼が言いたいんだ」


 オレの言葉に反応して、鎧がゆっくりと立ち上がる。

 ガシャン。ガシャン。と音を立て、目の前まで近づいて来る。

 その場にいた全員から、思わず感嘆の声が上がる。

 全く反応しないミケが、オレの言葉で動き出したのがよほどビックリしたらしい。


 ミケはオレの目の前で止まると、鎧がブラックホールの内側に吸い込まれるように飲み込まれていく。

 まるでラウの完全収納と同じようだ。


 鎧が消え去り、大きく開けた部屋の中央にはスライムの姿はなかった。

 代わりに、金色の髪を持つ美少女がそこに立っていた。


 長い金色の髪を揺らし、オレと似たようなサイバースーツを身に着けている。しかし、オレの黒のサイバースーツと違い、白銀に近い白いサイバースーツで、身体の至る所が同色の金属で守られている。頭部にも可愛らしく、カチューシャのような金属が髪留めのように付いている。

 身体に走っているラインも少なめだ。

 オレのモノより女の子らしいデザインだといえるだろう。

 少し露出が高めだが……。

 なにより特徴的なのがその瞳だ。

 眠そうな、けだるそうな瞳が青から緑に変化しているのだ。

 それなのに真っ白な顔は全く表情が変わらない。

 

 ――やっぱりミケだ!


 分かってはいたが、あの瞳を見ると改めてミケだと確信できる。

 感情によって、身体の色を変化させたスライム。

 それが今は瞳の色に反映されているのだろう。

 大きく三色に変化させるスライム。ミケ。

 それが今、オレの眷族として人型になって目の前に立っている。


「……マスター」


「……ミケ」


 思わず見つめ合うオレ達を、クロムが足の下からはい出して、間に割って入ってくる。


「そこまでじゃ!まずはみなに自己紹介が先じゃろう!」


「……マスターの安否が最優先」


 全く感情の籠らない声でミケが答えるが、その瞳は赤く変化し始めている。

 邪魔されたのが不愉快だったらしい。


「……マスター。平気?」


「ああ。助けてくれたんだってな?本当にありがとうな」


 ミケの表情が微かに……ほんの微かにだけ笑ったように変化する。その瞳は透き通るような緑色だ。

 間違いなく見るモノ全てが、心を奪われるような笑顔だった。

 

 新しい……オレの娘だ……。


「じゃぁからぁ!まずは自己紹介をせんかぁ!正妻に対して失礼じゃろうがぁ!」


 ――うるさい……。おまけに一体誰が正妻なんだ?


「そ、そうですね。私も()()に挨拶を聞きたいですわ」


「セシリーが最初なのです!」


 ほら。こうなった。

 バカのせいでややこしくなった。


 ミケは再び鎧を呼び出すと、また鎧にこもってしまった。


「……ミケ」


 誰に言うともなく小さく呟くと、ミケは鎧の姿のままオレの傍に座ってしまった。

 味気も素っ気もない挨拶だった。

 もはや誰の名前にも興味がないらしい。

 それが勘に触ったのか、三人はプルプルと震えている。必死に怒りを抑えているんだろう。

 クロムなんかは顔を真っ赤にしている。

 

「ミケさん!失礼ですよ!ちゃんとみなさんにご挨拶しないと!」


 コイナさんがミケに向かってプリプリ怒っている。

 小さな……小さなコイナさんが、三メートルを超える鎧に下から怒っている姿は中々スゴイと思う。

 しかも、ミケもコイナさんの言葉は素直に聞いているのだ。

 最初からしっかり挨拶していたコイナさんだ。その辺の礼儀は厳しいんだろう。

 

 アサギリの教育の賜物だろうな。それに比べて……親のアイツは……。


「そうじゃ!そうじゃ!コイナの言う通りなのじゃ!」


 どこのデモ隊だよ……。


 クロムは拳を振り上げて、コイナさんの言葉に賛同していた。

 さすがにあのフルプレートの鎧にゲンコツは落としたくないらしい。


 ……拳が痛いからな……。おまけに中のミケは痛くも痒くもないだろうし……。


「……コイナ。……ゴメン」


 素直に謝った……だと!?

 コイナさんにだけど……。


 ミケの言葉を聞き、コイナさんはご満悦だ。

 みんなも渋々といった表情で諦めている。


 コイナさん……。あんたスゲーよ……。


「……はぁ……全く……。それよりも……()()()()()()()?」


 突然のルナの言葉にオレの胸が跳ね上がる。

 正確にはオレの胸の中にいる()()の身体が跳ね上がったのだけれども……。


 オレの胸からベビースパイダーが、身体を震わせながら恐る恐るルナの下に戻っていった。

 ルナの顔は笑顔に包まれているが、その目は全く笑っていなかった。その瞳の奥には黒いモノが見え隠れし、殺気まで零れそうなほどだ。


「あなた……私が何故レイ様の傍にあなたを付けたか分かっていなかったようですね……?」


 手の甲にベビースパイダーを乗せながら笑顔で諭しているようにも見える。

 しかし、ベビースパイダーの身体は爪の先ほどしかないにも関わらず、小さく震えているのがハッキリと見て取れた。

 

 ――これは……ヤバい!


「る、ルナ!その子は何も悪くないんだ!オレが……。そ、そう!オレが!無理矢理その子に頼んでルナに知らせないようにしたのがいけなかったんだ!だからその子を叱らないでやってくれないか!?」


「そ、そうですか……。しかし……」


 オレ達のやり取りにセシリーは両手で口を押えて震えているし、コイナさんもミケの後ろの隠れてしまっている。

 他のみんなは……我関せずで興味もないらしい……。


「……ルナ。その子……悪くない……」


 鎧が……ミケが喋った!?

 興味なさそうにしていた他のみんなも驚いて、ミケを見ている。

 なによりオレが一番驚いた!


 一番興味がなさそうなミケがベビースパイダーを庇うなんて……。


「どういう風の吹き回しです……。あなたが口を出すなんて……」


「……別に……。その子は何も悪くない……。ただそれだけ……」


 それは無理があるだろ!と思ったが、ミケがそう言うんだ。ここはオレが何とかしなければ。

 なによりあのベビースパイダーはオレにとっても、他人とは言えないほどの付き合いがあるからな……。


「ルナ?ルナにオレの事を知らせないとその子に頼んだ代わりに、その子からも頼みを聞いていてさ……」


「あ、あなた!!レイ様に頼み事までしていたんですか!?な、なんて事を……」

 

 ルナはオレの方を見ずに、ベビースパイダーを凝視していた。

 もはや、殺気を隠してもいない。

 ベビースパイダーは顔を伏せて、今にも死にそうな表情だ。


「その子からルナと一緒に出掛けてやってくれってさ。前はコイナさんと街を見て回っただろ?だから今度はルナ達ともどこか出かけてくれないかってさ……」


 我ながら苦しい言い訳だと思う。

 おまけにみんなの好意を利用するような方法だなんて……。

 オレがこう言えば、絶対ルナは納得してくれると分かっていて、その手段を選んだんだから……。

 自分でも卑怯だと分かっている。

 しかし、このままあの子を放っておいたら確実にマズイ事になるのは分かっていた。

 だからオレはこの方法を選んだ。


「――――ッ!!あ、あなた!な、なんて……」


 ――ダメか?


「なんて姉想いなんですか!やはりレイ様にあなたを付けて正解でした!最っ高の妹です!」


 ――ルナさん……チョロいです……。オレならルナに怪しい壺も売れそうです……。


 ルナはベビースパイダーに頬ずりしそうな勢いだ。

 当の本人のベビースパイダーはオレに向かってペコペコと頭を下げていた。

 オレの数少ない友達が救われた瞬間だ。


 ルナはベビースパイダーを肩に乗せたまま、オレに抱き着いてくる。

 セシリーも、クロムでさえも、もう何も言わない。

 ただただ呆れていた。

 それでも、傍で座っていたミケの目だけは緑色に光ってこちらを見ていた。

 一緒にオレの頭の上に乗った仲だからなのか……それとも、一緒にサンドイッチを食べた仲だからなのか……。ともかく、ミケも喜んでくれたみたいだ。

 とりあえず、今回は丸く収まって良かったと思う事にしよう……。
















 


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