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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
21/58

20

 まだ午前中だというのにこの街には、暗闇を晴らす太陽の光は差し込まない。

 それは朝だろうと昼だろうと変わることはない。かと言って、優しく包み込む青い月光が差し込む訳でもない。

 人口的に作られた魔力の明かりが、ぼんぼりを通して空中のそこかしこから星のように街をほんのりライトアップしているだけだ。普通に考えれば、とても不自然な街並みだろう。

 街の通りに沿って並ぶ提灯や灯篭。

 建物の二階の障子から零れる明かり。

 魔物達の賑わい。

 幻想的な光景の中、それはまさに覚めない夢を具現化しているようだった。

 街に出かける為オレとコイナさんは館の正面の出入り口に向かっていく中、通路の窓からその光景に目を奪われる。

 コイナさんは初めて館の中から街を見たんだろう。頭の上で大はしゃぎしている。

 中から見るのと、外から見るのでは街の印象は違うのだろうか。それともコイナさんの心持ちが変わったからこそ、この街を見る景色が変わったのだろうか。


 ――もしそうならいいんだけどな……


 正面玄関に向かう途中の二階で、クロムの眷族達とすれ違ったが、みなオレ達を見ると通路の横に逸れ、頭を下げてオレ達が通り過ぎるのを静かに待っていた。まるでメイドや女中のような態度だ。

 コイナさんはその全ての眷族に、アタフタしながら頭を下げていた。しかし、残念ながらオレの頭の上で肩車をされているので、説得力は全くなかった。

 それでも眷族達の態度は好意的で、みんな笑顔を浮かべて微笑ましい物を見るようにコイナさんを見ていた。

 コイナさんは恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、頭の上から降りる気はないらしい。

 そんなやり取りを数回繰り返して、ようやく階段までたどり着く。


 ――それにしても、デカい屋敷だ。


 ほぼ、二階でしか生活していなかったオレは、初めて館の一階部分に降りていく。

 階段を下りてすぐの所にクロムの眷族が一人で立っており、この眷族もまた丁寧に頭を下げてオレ達に挨拶をしてくれた。案内を申し出られたが、仕事もあるだろうからと思い、丁寧に断りをいれさせてもらった。

 少し通路を歩き、魔物達の喧騒が聞こえ始めると、ようやく玄関についたのだと分かった。

 オレが想像していたより、クロムの館の玄関ははるかに大きく、出入り口にあたる正面玄関の広間はあらゆる種類の大勢の魔物達でごった返していた。まるでホテルや旅館の玄関ホールのようだ。その大きさは桁違いだが。奥行を考えると相当の大きさだろう。静かな館の二階とは大違いだ。

 その魔物達を、クロムの眷族達が慌ただしくも丁寧に案内している。

 どうやらクロムに挨拶に来ている魔物達の順番を受け付けているようだった。

 一階で働くクロムの眷族達は、オレが紹介された眷族達よりももっと魔物らしい姿をしており、どちらかと言えば、人より魔物により近い姿だった。

 着ている物も、遊女達が着ている煌びやかな着物と違い、割と落ちついた動きやすそうな浴衣に近い物が多かった。

 それはクロムの、そしてその親であるラウの神格を、あまり強く受けなかった為だろう。それでも力を取り戻したクロムの影響か、それぞれが大きな力を持っているのが分かった。

 完全に人型を模した、序列の高いであろう眷族は一階には三人しかいなかった。二階に上がる階段の前にいた一人。向こうの正面玄関の左右に一人ずつ。玄関に立っている二人はそれぞれが目を閉じ、その場に静か佇んでいた。ピンクと水色の色違いの髪の二人は双子のようにそっくりな顔をしていた。そして、遊女の格好をしているが、その姿はまさに門番といった感じだった。凍り付いたように表情がなく、おまけにその魔力は、この場で二人だけが飛びぬけて高かった。

 数多の魔物が声を掛け、丁寧に挨拶をしているが、玄関の横に立つ二人の眷族達は何も反応しない。頭も下げず、言葉も返さない。目を閉じて静かに立っているだけ。まるでそこだけ時間が止まっているかのようだった。

 コイナさんを肩車しながら、魔物達の行く手と反対の方に、間を縫ってすれ違うように正面玄関に向かうが、魔物達はオレとコイナさんに気付く者はいなかった。何人かはコイナさんを見て、驚くような顔をする者もいたが、特に何も言って来なかった。

 完全に人型のオレとコイナさんだが、一階の魔物達の中にはエルフや獣人達も多く混ざっていた為、それほど目立つ事もなかったようだ。何より今のオレの魔力は、この場にいる誰よりも小さいし。

 そのまま何事もなく玄関から出られると思っていたら、玄関のホールが一瞬で静まり返ってしまった。

 この広い空間の中で、これだけの魔物がいるにもかかわらず、呼吸する音さえ聞こえない静寂。

 突然、玄関で佇んでいた双子のような遊女が、揃ってオレ達に向け丁寧に頭を下げたからだ。

 まるで、石像のように動かなかった二人が、丁寧に頭を下げ、柔らかな笑みを浮かべてオレ達を見つめているのだ。

 静寂は次第に、ザワザワとした騒めきに変わり、全ての魔物達の視線がオレとコイナさんに向けられる。

 頭の上のコイナさんでさえ、オロオロとうろたえ出してしまった。

 やむにやまれず、オレは慌ててキツネの面を顔にかけ、その場をから玄関の外に向け、勢いよく駆け抜ける。

 二人はオレ達が玄関から飛び出す瞬間でさえ、再び頭を下げていた。


 ――勘弁してくれよ!


 飛び出した後もコイナさんは、玄関に立つ二人に向かって振り返りながら、ペコペコと何度も頭を下げている。

 

 全く、あの融通の利かなさはクロムというより――コイナさんの母親のアサギリの教育なのかな……。

 

 ここで正体がバレたら、間違いなくラウに連れ帰されて、館から出させてもらえなくなっただろう。

 今のは何とか間に合っていたと思うけど……際どいタイミングだったからな……。何とも言えないか……。

 しばらくはお面をつけたまま行動するしかなさそうだ。

 館から飛び出して来たオレ達を、街の魔物達はしばらく訝し気に眺めていたが、それも次第に落ち着いていった。

 今日のお祭りのような空気が大きく影響しているのだろう。

 館の外はあちこちで笑い声と、三味線や色々な楽器のお囃子のような音が溢れ返り、屋台の呼子の声が大きく響いていた。






「三代目様!こんなの生まれて初めてです!」


 街を見て回るコイナさんは、目を輝かせて大喜びだ。


「……コイナさん?その呼び方はちょっと……」


「あぁ。そうですね。ついお屋敷で見たレイ様の魔力が凄すぎて……」


 うっかりといった表情で、てへへとコイナさんが自分の頭をコツンと叩く。

 出かける間際に言われていた、ラウの小言を覚えてくれていたみたいだ。


「……様付けもあんまり好きではないんですけどね……」


「……ん~。そうですか?では何と呼びますかね……。取り合えず『ご主人様』なんてどうでしょう?」


「いや、それはちょっと……勘弁してください」


「わがままですね……。こんな美少女から『ご主人様』と呼ばれるなんて、男の夢でしょうに」


「……ソウデスネ。アリガタイデス」


 なんだかウチの娘達の時を思い出すな……。あの子達の様付け呼びも何とかしたいんだけど……。


「……不満そうですね……。では、違う呼び方にしますか」


「もっと、気軽に……親しい感じでお願いできますか?」


「分かりました!しかし、呼び捨てはさすがにマズいですし……」


 コイナさんは頭の上でウンウンと唸りながら考え込んでしまった。そんな難しく考えなくていいのに……。

 オレは別に呼び捨てでもいいんだけどなー。


「『お兄ちゃん』!!」


「ブッッフォ!!」

 

 ――思わず吹き出してしまった!

 危うくコイナさんを頭の上から落とす所だった。 


「我ながらバッチリの呼び方ですね!身内という近い間柄を出しつつも、男の夢を掻き立てる最高の呼び方ではないでしょうか?『お兄様』と迷いましたが、様付けは好みではないと言っていたので、こちらにしました!」


 コイナさんは自慢げに、ペッタンコな胸を張ってドヤ顔をしている。

 どうしてそんな呼び方が出て来たのか……。


「なんですか?これもお気に召さないのですか?私がこう呼べば必ずオスは喜ぶと言われていましたけど」


「……へ、へぇ~ちなみに誰が言っていたんですか?」


「クロム姉様です!ちなみに他にも色々と教えて頂きました!」


 アイツの仕業か!!


「他にはなんと……?」


「ん~。そうですね。例えば『ピーー』とか?『ピーー』とか?後『ピーー』なんて仰っていましたね。何の事かよく分かりませんでしたが、とにかくオスが喜ぶから覚えておけと。後、二代目様も『お兄ちゃん』はロリコンだから、きっと『お兄ちゃん』と呼べば喜ぶだろうと仰っていました!」


 ……今後アイツ等はコイナさんに近づくのは絶対に禁止だな。いつの間にそんな事を教えていたんだか……。どうりで『男の夢』がどうのこうのと、コイナさんが言うわけだ。


「ああ。後、クロム姉様から『お兄ちゃん』は天然のジゴロだから気を付けるように言いつけられました!『お兄ちゃん』。ジゴロとは、ロリコンとは何の事ですか?」


「……」


 ダメだ……。もう手遅れかもしれない……。やはりアイツにコイナさんの事を任せたのは失敗だった。

 コイナさんの背後で、ニヤニヤと嬉しそうに笑うラウとクロムを幻視しているような気がしてきた。


「後、それから……」


「分かりました!分かりましたから!取り合えず『お兄ちゃん』呼びは止めましょう。それから、あの二人から何を聞いたか分かりませんが、それは忘れて下さい!そんな事をしても男は喜びません!」


 ……いや、ある特殊な人種?には大喜びなのかもしれないが……。

 何故かメアの顔が頭の中に浮かんできた。


 ――違う!!オレは断じて変態じゃない!!ロリコンでもショタコンでもジゴロでもねーーー!!


「何を興奮しているんですか?それに『お兄ちゃん』と呼ばなければ何と呼べばいいんです?」 


「興奮していませんから……。それから普通にさん付けで呼んで下さい……」


「つまらないですね……。せっかく面白くなっていたのに……」


 ……まさか、理解して言っていたはずないよな……。


 頭の上からニヤニヤとオレの顔を覗き込むコイナさんは、とてもラウとクロムによく似ていた……。

 こんなに小さくて可愛いのに……。このままじゃ中身がアイツ等とそっくりに染まってしまう……。それだけは断固として阻止しなければ!

 決意を新たに、ラウとクロム、二人の処遇を考えていると、コイナさんが屋台を指差してオレに指示を出してくる。


「では、『レイさん』。あっちに向かって下さい。何か焼いているみたいですよ」


「……はぁ~。分かりました。それでは向かいますね」


「ちょっと!こんな可愛い『レディ』と一緒に『デート』しているんですよ!『エスコート』の最中にため息なんてつかないで下さい!」


「……」

 

 やっぱり分かっていて喋ってそうだな……。その上でオレをからかって楽しんでいるのか……。一体どこまで理解して言っているのやら……。先が思いやられるな……。


「申し訳ありません。それでは姫様?あちらに向かいましょうか?」


「うむ。苦しゅうない」


 オレの髪にしがみつきながら、お姫様はご満悦のご様子だ。






「へい!らっしゃい!――っと何だい!?同族の方かい?」


 串焼きの肉を焼いている屋台の店長は、恰幅のいいカエルの女主人だった。頭にねじり鉢巻きを巻いて、ハッピまで着込んでいる。声のかけ方からしても、威勢のいい豪快そうな、女将さんといった風情の魔物のようだ。

 屋台では拳ほどの大きさの肉を、デカい金属のような串にさして、炭火……なのか?大量の赤い魔石で焼き鳥のように焼いていた。肉がジュージューと音を立てて、肉汁が魔石の上に落ちる度、微かな煙と、食欲をそそる肉の焼ける香ばしい香りが辺りに広がっていく。

 ヤバい……。肉をのぞき込むコイナさんのヨダレが、頭の上に落ちそうだ……。

 カエルの女主人は四本の指しかない手で、器用に串を裏返して、肉を焼いている。


 ゲコゲコとは言わないのな……。 


 そこで、オレは気付いてしまった。


 ――一文無しだという事に……。


「あの……コイナさん……?申し訳ないのですが……お金が全くなくて……」


「なんだい!?そんな事、心配してんのかい!今日は二代目様のおごりさ!今日はどの屋台もぜーんぶ無料さ!材料から手間賃も二代目様からもう頂いてるからね!だからあんた等はなんも心配もしなくても…………ってあんた等?よく見たらエライ神格だねー!お屋敷のどなたかの眷族様か何かかい!?」


 カエルは屋台から身を乗り出して、オレとコイナさんを繁々と驚いたように見つめていた。


「似たようなモノ……です……」


 そうとしかオレは答えられなかった。

 コイナさんはヨダレを垂らして肉に夢中だし……。カエルの手が肉をひっくり返す為に串に手を伸ばす度、手の動きを追って頭ごと左右にキョロキョロと動いている。


「そりゃ凄いねー!お姉ちゃんはエライベッピンさんだし、弟ちゃんもいい男だからねー!お屋敷のどなたかに気に入られるのも、こりゃ頷けるねー!でも坊ちゃんの方はまだ小さいのかい?早く大きくなって、もうちょっと魔力を付けないとねー!そんなヒョロヒョロじゃババ様を守れないよ!ほら!これ食って早く大きくなりな!」


 カエルは有無を言わさず、串焼きを二本オレに手渡して来た。


 かなり強引な魔物だな。悪い気はしないけど……。 

 思えばこんな風に接してくれたのは、現代ではラウだけだったな……。大人達はみんな、オレに声を掛けるどころか近寄りもしなかったからな。


 実の両親でさえ……。


 というか、オレが弟に見えるのか?コイナさんが姉で?


「坊ちゃんは三十歳くらいかい?お姉ちゃんの方はもうちょっと上くらいかい?」


「……ゥグ……。そう……です……。私は……ァグ。……ウグ……ゥグ……ゴクン!ちょうど四十歳になりました!」


 オレが手に持ったままの串焼きを、頭の上から両手で手繰り寄せ、そのまま肉をコイナさんが頬張っている。 

 というか、コイナさんがオレよりも年上だったとは……!

 驚いて、オレの手にしがみつきながら肉を頬張るコイナさんを見ると、何故か満面の笑顔でピースサインをオレに向けて来た。


 ――マジか!?


「そうかい!そうかい!二人ともまだ子供なのにエライねー!その年でババ様に直接お仕えできるなんて、セシリーお嬢様やルナルナお嬢様以来じゃないのかい?わたしゃ長い事この街にいるけど、一族に加えられただけで満足だからねー!しっかりおやりよ!」


 そう言うとカエルの魔物は、豪快に笑いながらさらに二本の串焼きを渡して来た。

 キップの良い魔物だ。話しているこっちも清々しくなってくる。

 カエルの魔物に手を振って店を去ると、向こうも大きく手を振り返してくれた。

 この森の魔物達は、みんなオレ達に好意を持って接してくれるのがよく分かった。特に今のカエルの魔物の様に、末端であってもクロム、しいてはオレの眷族の一族はまさに親戚のおじちゃんおばちゃんといった感じだ。


「これは……中々に……美味ですね……」


 コイナさんは両手に串焼きを持ったまま、まだ食べていた。


 おっと、肉汁が浴衣に付きますよっと……。


 コイナさんを頭の上から降ろして、ハンカチで口の周りを拭ってあげる。

 顔を差し出して、早く拭けと言わんばかりにハンカチに顔を埋めて来る。両手の串焼きは離すつもりはないらしい。

 ちなみにハンカチは、ラウから渡された小さな腰巾着に入っていた。ラウの能力を閉じ込めた物らしく、結構な容量を入れられる巾着らしい。オレなら――というかオレにしか使えないそうだけど。


 どうせなら多少の金も入れておいてくれたらいいのに……。

 使う事もないし、オレの金でもないけどな……。


 コイナさんの食べた串を巾着の中にしまいこんで、今度は手をつないで歩きながら街を見て回る。

 どこの屋台に行ってもみんな同じような反応で、気前よくたくさんの品物を無理矢理渡されてしまった。改めてラウとクロムの凄さを実感させられる街巡りになってしまった。

 





 街を一回りし、クロムの館に続く大通りに戻ってくると、他の通りとは比べ物にならない数の魔物達で埋め尽くされていた。喧騒も凄まじく、みんな大騒ぎしている。中にはエルフやドワーフ、獣人達も魔物達に紛れて多く混ざっていた。

 さらに、大通りの真ん中だけがモーゼの十戒のように、キレイに人混みを掻き分けてを一本の道が出来上がっているのだ。

 集まる全ての魔物がその道の向こうを見つめ、大通りの両脇に立っている妓楼の二階からも、大勢の魔物達が身を乗り出し、視線を送っている。


 ――何が始まるんだ?


 不思議に思ったオレは、オレ達の横を走り抜けようとしているタヌキの魔物に声を掛け呼び止める。


「あの!……すいません。今から何が始まるんですか?」


「あら、何だい!お兄ちゃん!知らないのかい?今からババ様が街に降りて来るんだよ!お兄ちゃん達も急ぎな?早くしないと見れなくなっちまうよ!」


 魔物はそう言うと、急いで大通りに向かって走っていってしまった。

 それでこの大騒ぎな訳か。


 ――別にアイツを見るのに人混みにもみくちゃにされるのもイヤだな~。


「レイさん!急いでいきましょう!早くしないといい場所が取れませんよ!」


 コイナさんは乗り気のようだ。別に朝も会っていたのに……。


 ――アレと街で会いたいんですか?うるさいだけですよ?


 コイナさんは再びオレの頭の上を陣取ると、頭を叩いて「早く!早く!」と急かしてくる。

 仕方なくコイナさんを肩車しながら、魔物達の間を縫うようにすり抜けて、最前列までたどり着く。

 館からはちょっと遠いが、十分特等席といえる場所だろう。

 周りの魔物達も興奮しているようで、「楽しみだ」とか「早くお顔を見たい」と至る所から聞こえてくる。中には「二代目様も降りて来られるのか?」とか「三代目様を見てみたいわ~」という声まで聞こえてきた。


 ――三代目ならここにいますよー。


 なんてバカな事を考えていると、突然館の方から割れんばかりの歓声が聞こえて来た。

 それは次第に大きくなり、歓声は徐々にこちらに近づいてくる。

 クロムの登場だ。

 

 まさに、花魁道中といった感じでモンローウォークのようにゆっくりとクロムが歩いてくる。

 普段の着物より、より一層艶やかな着物を身に纏い、緑の長い髪を束ねて、豪華な長い(かんざし)や櫛などの髪飾りをたくさんつけて華やかに飾り立てている。足元は、三枚歯の黒塗りの高下駄を履き、三十センチ以上もある黒い高下駄は、足を目立たせ、肌の白さを際立たせていた。

 クロムの横には眷族の一人が、大きな赤い蛇の目傘をクロムに差し、クロムの後ろには館で見たクロムの上位の眷族達が勢ぞろいし、こちらも全員が豪華な着物を着て、厳かにクロムに付き従っている。

 まさにクロムの一族総出だ。

 その花魁道中の豪華さは、確かに街の魔物達が大騒ぎするだけの事はあった。そして、何よりその豪華さに見合うだけの魔力と神格を、全員が隠す事なく全力で見せ付けていたのだ。


 ――これがクロムの一族の力だぞと言わんばかりだな……まるで艶やかな軍事行進だ。


 クロムはオレの目の前を通り過ぎる瞬間、クルリとこちらを振り返り、小さくウインクしてきた。

 オレの周りだけがさらに大きな歓声に包まれる。コイナさんも頭の上で、両手で自分の頬を押さえて、顔をポッポと蒸気させている。


 ――確かに妖艶で魅力的な姿だな……。これだけの魔物が魅了されるのも理解できる……。普段の姿を知らなければ、だが……。


 クロムが通り過ぎた後、しばらく歓声が響き渡り、遠くでクロムが立ち止まったのが見えた。花魁道中の終わりなのだろう。

 クロムはその場で立ち止まると、しばらくその場で佇んでいた。

 それを見ていた魔物達の歓声が、次第にザワザワとしたモノに変わっていく。周りからも何が起こったのかと不安と疑問の入り混じった声が聞こえ始める。


『どうや?ええ女やろ?』


『ラウか?どうしたんだ?急に』


 ラウから念話が入る。クロムはその場から動かないままだ。


『いや~、最後の仕上げをするのにな、レイにも協力してもらおうと思って』


『仕上げ?まだ何かあるのか?』


『一緒に空の散歩に付き合ってもらお思てな?』


 ……また怯えられるのは気が進まないな……。


『頼むわ。ボクも頑張るんやから』


『……』


 今まで人前で何かをした事のないオレが、こんな大勢の魔物の前で何かするのは無理があるだろう……。


『……キミ今日屋台で色んなモン食べたやろ?大変やったな~。あんだけ段取りするの。ポケットマネーからも大分出したし?』


『……』


『コイナだけやのーて他の子にもロリコンとかショタコンの意味を教えとったほうがええんかな~。みんなの身の危険もあるやろうからな~』


『……分かったよ。やればいいんだろ?』


『なんや?やけに物分かりがええな~。ボク嬉しいわ~』


 ――くそっ。白々しいセリフを。


『ほな、悪いんやけど人目に付かんように移動しとってや』


『この魔物の中でどうやって人目を避けるんだよ!』


『……そのためにお面渡してるやん。しっかりしてや』


 オレの脳裏にヤレヤレといったラウの表情が浮かぶ。

 コイナさんもオレの異変に気付いたのか、心配そうにしている。


『ほなコイナには悪いけど少し待たせとってや。今のこの街なら安全は保障出来とるから』


 オレはお面をかぶり、人込みから外れコイナさんと共にわりかし人通りの少ない小道に入る。


「すいません。コイナさん。少し用事ができました。少しだけ待っていてもらえますか?」


「……分かりました。……危険な用事ではないんですよね?」


 コイナさんはまだ前日のトラウマがあるのだろうか、心配そうにオレを見つめる。


「当たり前です!少しラウとクロムの手伝いをしてくるだけですよ」


「そ、そうですか!それは頑張ってください!」


 両手の拳を握りしめ、一転して興奮した様子で、コイナさんがオレを励ましてくれた。

 

 ――これは空を飛ぶだけだと知ったら、コイナさんをガッカリさせてしまうだろうな……


『そっちの準備はええか?そろそろ始めるで?』


『ああ。いいぞ。コイナさんには待ってもらっているから。それより、本当に空を飛ぶだけなんだな?』


『そうや。ボクがウソついた事が一度でもあるか?』


 いつもくだらないウソをついてるじゃねーか……。

 とはいえ、これだけしてもらったんだ。恩返しの一つもしとかないとな。


『巾着の中にもう一つお面があるやろ?今の内にそれに取り換えとってな?』


『今付けてるお面じゃダメなのか?』


『それは魔力を隠してしまうからな。もう一つはホンマにただ顔を隠すだけのお面やから』


 あぁ~読めて来た。オレにクロムの花魁道中の真似事をさせたいのか。要はオレがこの軍事行進のシメって訳か。

 

『気付いたようやな。ほな、始めるで?』


 ラウがそういうと大通りから一斉に歓声が上がった。

 オレは巾着からもう一つのお面を取り出すと、そちらのお面にかぶり直したが、こちらも同じくキツネのお面だった。


 どんだけキツネ好きなんだよ……。


 そのまま近くの建物の屋根に飛び上がり、大通りの方を見ると、クロムがいたであろう場所には巨大な黒い亀蛇の姿があった。

 黒い身体は優に十メートルは超えているだろう。その身体の色と同じ様に黒い魔力を身に纏い、亀蛇は空に飛び上がる。その力は、抑え込んでいても恐ろしい程の力だと、見るモノ全てが感じ取れるだろう。

 魔物達はその姿を大きな歓声で讃えている。もはや、全ての視線はそちらに向いている。誰もオレの存在には気付いていない。


「あれは……クロム……か?」


 クロム……?あぁ。玄武(クロム)って訳か……。


「……なるほどな」


 やがてクロムは空に飛び上がると、さらに上空を見上げている。

 そう、クロムのさらにその上には、いつの間にか雷雲が……いや、まさに稲妻がそのまま形を成したような存在があったのだ。

 クロムが玄武であったなら、その……四神の長。黄龍――ラウ・ファンロンの姿がそこにあった。

 いつもの人の姿ではなく、黄金に輝く黄色の龍として漆黒の空から姿を現したのだ。

 玄武の姿をしたクロムは黄龍のラウに向かって首を垂れる。まさに臣下の礼だ。

 魔物達の歓声はもはや大通りだけではなく、街中の至る所から聞こえている。この街全体が叫んでいるかのように、地面が震えている。


 ――これは……マズイ!こんな中ノコノコと出て行ける訳ないだろ!


『出番やで!レイ!』


『ちょ、ちょっと待て!ラウ!これはさすがに……』


『今更何怖気づいとるんや。はよ出て来んかい』


 ――無理!無理!無理!


 諦めて、屋根から降りようと下を覗くと、そこにはコイナさんが両手を握りしめキラキラした瞳でオレを見ていた。おそらくこの街でただ一人だけ、上空のクロムとラウではなく、オレを見つめる一人の少女……。

 期待に満ちた視線をオレに送り、一生懸命オレに両手を振っている……。


 ――ごめんな。コイナさん。オレは……。


 そう思った瞬間、轟音と共にすさまじい突風に襲われた。

 それはオレの身体の自由を奪い、一切の身動きを全て封じてしまうほど。

 上空に飛ばされ、ぶつかる大気の圧力で呼吸も出来ず、目も開けられない。

 飛行機にでも空を引きずられているような感覚だ。


 微かに目を開けると、そこには黄龍の姿に変化したラウの姿があった。

 どうにもごねるオレを見かねて、無理矢理オレを掴んで拉致したらしい。

 高速で移動する黄龍に捕まれ、無理矢理大勢の前に引きずり出される。

 ボッチで人見知りのオレには、それは死刑と同意であった。


「止め……ッ!放せって!」


 空を駆け抜けるラウはオレの言葉なんて全く聞いちゃいない。

 ギラついたラウの爪を離して、どうにか黄龍の手から逃れようともがくが、さすがにラウだ。

 上手くいかない。


 しかし、ようやくその手から逃れ、どうにか身体の自由を取り戻すと、そこはもうすでに大観衆が見詰める上空の特等席だった。

 さしずめステージのセンターポジションだ。

 今更地上にも帰れず、かと言って上空に留まる事も出来ない。

 下を覗くと、眩暈がする。

 高所だからじゃない。

 どこを見ても、オレと魔物達の視線がぶつかるからだ。

 ただただオロオロするオレを見て、にやけながらもラウが念話を飛ばしてくる。


『いつまでそない素敵な格好でおるん?』


 何を言っているのか分からなかった。


 恰好……?


 出かける前に着替えてきたはずだったけど……?


 『――ッ!!!!』


 声にならない叫びが口から飛び出した!

 

 あ、あいつ……オレの……オレの浴衣を……!!!


 多分ラウの無限収納のスキルなんだろう。

 オレを上空に運ぶ途中で……服はおろか、指輪も全て剥ぎ取りやがった!


 『コスプレより素敵やん?』


 見られた!見られた!見られた!見られた!


 人として絶対に見られてはいけないモノとか、色んなモノが大勢の前で晒された!

 セシリーやルナに見られたのとは訳が違う!

 これだけの大観衆の前で、オレの裸が晒された!

 パニックになる頭を鎮めようとするが、羞恥心の方が先だってそれも出来ない。

 何とか必死にサイバースーツを身に包み、お面の有無だけ確かめる。

 最後の情けか何なのか、ラウも唯一お面だけは残してくれていたらしい。


 裸にキツネのお面って……。


 羞恥心が納まり始めると、今度はそれと同じくらいの怒りが湧いてくる。

 最早言葉にならないほどの怒り。

 上空に立つオレの目の前には、黄龍と玄武の姿にも関わらず、ニヤニヤとイヤらしい笑顔を向けてくるラウとクロム。

 恥ずかしさと怒りで、地上なんて絶対に見れない。

 頭の中にあるのは、目の前のムカつく笑顔を向ける二匹をどう始末してやろうかという思いだけ。


「……覚悟は出来てるんだろうな……?」


 身体中から殺気が溢れ出るのが分かる。

 それと同時に、初めて全力の魔力も……。


 クロムの聖域がうねりを上げて軋み出す。

 ゴゴゴ……と大気を震わせ、地面を揺らす。

 下からは悲鳴や叫び声が聞こえてくる。


 けど、今はそんな事はどうでもいい。

 とりあえず……今は目の前の二匹をぶっ飛ばしたい!


「誰がこんな大勢の前で裸にしろって言ったんだぁーーー!!!!」


 怒りのままに振るわれたオレの拳は、見事にラウの横っ面にクリーンヒットした。

 弾け飛ぶと同時に……ラウはそのまま、ありもしないこの空間の空の星になった。

 どうやら壁にぶつかる前に、転移で外へ逃げたらしい。

 今度は……


「ま、待て!待つのじゃッ!ワシは何もしておらん!やったのはラウ様だけじゃ!ワシは関係ないはずじゃ!」


「……それが遺言か?」


 止めなかっただけならまだしも、一緒に笑ってた時点で同罪だ。

 しかも言い訳をしながらも、コイツ……ガンガン結界を張って自分の身を守ってやがる。


 一体何枚張ってんだよ……コイツ……。 

 

 よほど死にたくないらしい。

 なのでクロムは手加減して平手にしてやった。


 バキバキと強化ガラスが割れるような嫌な音と一緒に、全ての結界ごとクロムの甲羅を引っ叩いてやった。

 甲羅なら痛くないだろうと思っての行動だったが……どうやら相当痛かったらしい。

 身を悶えながらそのまま下に落ちて行ってしまった。

 ラウのように空の彼方に殴り飛ばさなかっただけ感謝してもらいたい。 

 

「ふぅ~。スッキリした……」


 バカ二人にお仕置きした事で多少怒りが収まったが、改めて地上に落ちていくクロムを見ていると、同時に大勢の魔物と視線が合った。




 顔が熱を持ち、一気に沸騰するのが分かる。

 

 オレ……裸……見られた……。


 片言の言葉が頭に浮かぶ。

 静まり返った観衆を前に、ただ一人空中でドヤ顔する半裸の少年。

 それがオレな訳がない!断じて違うはずだ!


 しかし現実にここにはもうラウもクロムもいない訳で……。

 

 慌てて地上に飛び降りる。

 同時にオレから距離を大きく開けるように、大勢の魔物が円を描くように距離を取る。

 よほどラウとクロムをぶっ飛ばしたのが怖かったらしい。

 その円の中央で、ポカーンと口を大きく開け、その場で呆けていたコイナさんの目の前に飛び降り、そのまま攫って行く。

 決して後ろは振り返らない。

 いや、恥ずかしすぎて振り返る事も出来ない。

 どうかこのまま何事もなかったようにみんなが忘れてくれる事を祈りながら、高速でクロムの屋敷に飛び込んだのだった。





 しかし……オレがその場を後にした後、全ての魔物が音もなく地面に膝を付き、オレの立ち去った方向に向かって傅いたのをオレは知らない。

 力が全ての魔物にとって、強者とは絶対で、黄龍である二代目のラウと、玄武である北の守護者のクロムを絶対的な力で叩きのめしたオレは、もう森のヌシではなく魔物の神のような存在になっていた……。

 涙を流し、祈りを捧げ、自分達の守護を祈る魔物達。

 

 恥ずかしさのあまりその場から逃げ出したオレは、そんな事になっているなんて露とも思わなかったのだ……。

 こうしてエルロワーズの森に新しい森の主がお披露目された日が終わったのであった……。




































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