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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
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 静かだ……。

 何も聞こえない……。


 心地良い波のリズムは、例えるなら胎児が母体の中で漂っている時はこんな感じなのかと錯覚するようだ。

 遠くに光が見える。こちらを誘う(いざな)ような光は真っ直ぐ道を照らしている。


 眩しい……。


 訳もなく本能のままにとりあえず光に向かい真っ直ぐに泳ぎだす。

 手を伸ばせば届きそうな光は近づけど近づけど中々たどり着かない。だがオレは何故か諦めようとは思わない。


「お前はどうしたい?」


 どこから声が聞こえる。

 

「オレは生きたい」


 そう願った。

 気持ちを認識した時、光がこちらに近づくのが分かった。


「そうか。なら行くといい……」


 声はオレに行けと促す。


「『認識』する」


 そうだ。『認識』する事が願いへと近づく。


 じゃあオレの願いは……。


 光がとうとうオレを飲み込み、視界の全てが真っ白に染まる。


「オレは※※がほしい!」






 そう願った瞬間、オレは水面から顔を飛び上がらせた。

 ザッパーンっと音を立てて、オレは上半身を水面から浮き上がらる。

 そこは太陽が身体を照り付け、水面から反射する光が海面をキラキラと輝かせる大海原だった。


 雲一つない晴天だ。

 正面には真っ白な砂浜が見え、後ろには永遠と青い海が広がっている。


 そう言えばさっきまで夜だったような……。いつの間にか昼間になっている。あれから大分時間がたってしまったのだろうか……。


 あの時出会ったもう一人の『オレ』。あいつはどこか寂しそうで……、どこか悲しそうだった……。


 体を倒し、海に浮かぶように漂いながら、ふとあの時の事に思いをよせる。

 あの時確かに『オレ』と気持ちが同じだった。

 いや、間違いなくあれはオレだった。確かにあの行動は『オレ』がした事であり、オレが望んだことだった。


 子供達の魂を食らい尽くし……そしてオレを食う。


 あのままどのような形であれ、オレがいなくなったとする。

 もしそうなれば、あそこにいた子供達の魂は輪廻の輪に帰れず、永遠に彷徨う事になるだろう。

 それはオレが居ても居なくても変わらないのは知っている。

 けれどオレがいる事で、あの子達の魂が穏やかにいられたのもまた事実でもあった。


 現にあそこにいた子の中で、最も長く居た子は何百年とあそこに縛られている。

 オレはあの子達とも共に生きたかった。そしてあの子達も次の輪廻までゆっくり眠りたかった。少なくともオレは、あの子達に少しでも安らかな時間を与えてあげたかった。


 例えオレのその行いがオレのエゴだったとしても……。






 あぁそういえば――あの場に残っていたラウは無事だろうか――。


 ………………まぁアイツはどうでもいいか……。何とかしてるだろう……。


 それよりもとりあえず海岸へ向かう事にする。

 ゆっくり体を起こして初めて気付く。


「裸じゃねぇーかぁー!!」


 なにも身に着けていない。生まれたままの人間の姿だ。このまま街に行けば病気が治っても別の意味で人生が終了する。


 ヤバい。ヤバい。


 太陽は高いことからそれなりにいい時間だろう。家まで人に会わずに帰るのは間違いなく不可能。

 いや、太陽が沈むまで待って、日が暮れてから帰ったとしても、途中で人に会えば結果は同じ。むしろそれはそれで、昼間裸で出歩くより夜裸で見つかる方が罪は重いだろう。

 出会った相手が女性や子供ならもはや言い訳は通じまい……。


 人生が詰んでしまう……。


 クッ。なぜラウは今ここにいない。オレがこれほどヤツの身を心配しているというのに。


 いやいや待て。焦るなオレ。まだ慌てる時間じゃない。

 もしヤツがここにいれば、間違いなくアイツが一番に警察に通報しただろう。それは警察だけに留まらず、ありとあらゆる場所に連絡し砂浜を人で埋め尽くしたに違いない。

 しかし今ここにヤツはいない。これはある意味幸運な事かもしれない。

 この幸運を最大限生かすんだ。

 





 まず状況の確認だ。海岸を見渡す。明らかにオレの知っている海岸ではない。

 テトラポットも無ければ、防波堤も見えない。人の気配も家さえもない。見えるのは広い砂浜からすぐに続いている巨大な木々。

 左右どちらを見ても永遠と続く海と木々。

 さすがにこれは嫌でも気付く。


 『オレ』と一緒に異世界に飛ばされたのだろう。


 それよりオレは『オレ』に食われたはずだったのだが……生きている。

 いや、そもそもオレは『オレ』でオレが『オレ』に食われたとしても元々同じオレなのであって……。


 頭が混乱してくる。


 まぁ見た所ケガもしていないし、以前と違い体になんの不調も感じない。病気だけでいうなら完治したという結論でいいだろう。

 ただ体が一回り小さくなっている気がする。以前の感覚からしてオレが十五、六歳くらい時の体に近い。

 とりあえず現状最も差し迫った問題は、この世界の情報と衣服の事だろう。

 





 海岸に人の気配は感じない。色々な種類の生き物の気配は感じるが、特に悪意は感じないので問題はなさそうだ。

 以前から人の悪意や気配は敏感に感じ取れたが、この体はさらに感覚が鋭くなっているのが分かった。

 おそらくそうとうな距離まで人の気配を感じる事ができるだろう。

 目も耳も五感が圧倒的に鋭くなっている。それだけでなく第六感というのか……。五感とはまた違った感覚。

 何か別の感覚が全ての五感を補完しているのが分かる。

 中々便利な体になったものだ。オレが『オレ』になったからなのか、異世界に飛ばされた影響からなのか、ボッチで裸のオレにはすさまじくありがたい能力だ。


 とりあえず砂浜に危険はなさそうなので上陸してみる事にした。

 ふと気付いた事がある。オレを食った『オレ』はオレを食う直前、空中を歩いて近づいてきていた。


 なら今のオレも同じ事が出来るのではないか?いや、出来る気がする!


 意味のない自信と根拠で、海面をよじ登るように這い出ると、そのまま空中に両足で踏み立つ事が出来た――出来てしまった。


「なんでもありだな……」


 自分でした事とはいえデタラメな能力だった。

 空中に全裸で立つ少年。人には絶対見せれない姿だ。

 オレに新しい黒歴史が出来た瞬間でもあった。 

 

「歩くのも支障はなさそうだな」


 今更恥ずかしがって隠すのもおかしいので、堂々と、だがやや早足で空中を砂浜に向けて歩き出す。

 中々に距離はあったが、泳ぐより歩いたことで割と直ぐに砂浜に辿り着けた。

 海中を歩くというアトラクションが海外にはあったけれど、空中を歩くという行為もとても気持ちがいい。潮風をダイレクトに受けて清々しいし、耳に届く波の音も心地いい。

 以前から海はずっと好きだった事を今更ながらに思い出した。

 

 



 



 砂浜に着くと改めて海と砂浜を観察する。

 歩いていると気付かなかったがどちらも素晴らしく美しかった。ゴミ一つない砂浜に透き通る海。泳いでいる魚まで見える程の透明度だ。

 コンクリートやアスファルトといった人の手が入っていない自然に自分一人で立っていると、自然と一体化している気がする。


「んんー」


 大きく息を吸い込み両手を広げて全身に太陽の光を浴びる。

 全裸なのもよかったのだろう。圧倒的な解放感。わずかな羞恥心と背徳感が拍車をかける。

 興奮を抑えきれず思わず砂浜を走り出す。


「んーーマァーベラス!!」


 世界の中心で走りながら叫ぶ。初めて外国にヌーディストビーチができる訳が分かった気がした。






 砂浜で目一杯はしゃいだ後、いい加減なにか服の代わりになるものを探そうと、木々の中に向かうと一際大きな木の陰からこちらを見ている存在に気付いた。


 生き物の気配さえ感じなかったのに、一体何がいるのかと恐る恐るそちらに視線をやると、木の陰から大きな顔だけを覗かせチラチラとこちらを窺っているでかいオオカミがいた。


 目と目が合い体が固まる。

 襲われて食われると思う恐怖より、何時からいたのか気付けなかった事に驚いた。近くに何もいないと確信したからこそ一人ではしゃいでいたのであって、普段から裸ではしゃぐ趣味はない。


 例え夏場の風呂上りに道場の鏡の前で一人でいてもそんなことはしていない。

 断じてしては、いないのだ。


「あ、あ、あ、あの……」


 お、お、お、オオカミが喋った!?


 オオカミが日本語を喋った事にも驚いたが、その声が少女の物だった事にひどく焦りを感じた。

 いつからいたのか……。何故オレを見ていたのか……。

 そんな疑問が頭の中をグルグルと廻っていく。


「す、す、す、すみません。すみません」


 オオカミは何故か謝っている。とりあえずすぐさま襲い掛かってくることはなさそうだ。

 だが安心すると同時に、少女の声を出すオオカミに激しい羞恥心が芽生える。

 ただオオカミに吠えられるだけなら、オレは焦りはしただろうけど、ここまで恥ずかしくはならなかった。

 オオカミの声が少女なのも、より一層恥ずかしさに拍車をかける。


 一体何時からいたのだろう。どこから見られていたのだろう。


 どうしようもない後悔と驚きが頭の中をグルグルと廻る間、オレは体はピクリとも動かす事が出来なかった。


 だが、顔だけは火を噴いたようにどんどんと赤くなっていく。


「……少し……後ろを向いていてもらえませんか?」


 ようやく絞り出した声はオオカミに対して何故か敬語だった。

 オレの言う事を聞かない可能性もあったけれど、何故かオオカミがオレの言う事を聞いてくれると確信があった。

 オレの確信は正しかったようで、オオカミはその言葉に素直に従い、木の陰に顔を引っ込め、後ろを向いて大人しく待てをしていた。

 そのまま逃げてしまおうかとも考えたけれど、オオカミと森の中で競争して勝てる自信もなかったし、そのまま後ろから襲われるのもゴメンだ。

 何よりオオカミと会話出来た事が嬉しかった。


 オレはオオカミが後ろを向いたのが分かると、ゆっくり体を起こし大慌てで近くにあった大きめの葉っぱを千切り腰に巻いた。


 まるで葉っぱのスカートだ。


 この辺に生えている木々は大きく、自生している植物もまた自分が見た事のある植物より大きいため、膝まで隠れるほどの葉っぱが近くにたくさんありどうにか体を隠す事が出来た。


「あの……もう大丈夫です……」


 まだ顔の赤みは引いていないだろうが、とりあえずオオカミに声をかける。

 恐怖心はさほどなかったけれど、さすがに羞恥心はすぐに消えない。

 会話したいという気持ちと、裸を見られた恥ずかしさが奇妙な具合に入り交ざっている……。


 あわよくば、このままここから立ち去ってくれた方が気が楽なんだけど……。


 という淡い期待を持ちつつ返事を待つ。

 期待は予想通り外れ、オオカミの可愛らしい声がオレに返事を返してきた。


「あ、あ、あ、あの……」


 オドオドしながらゆっくりと木の陰から出て来たオオカミはとても大きく、体長四メートルはありそうな大きさだった。

 シャープな体格に、白銀の体毛。尻尾まで立派だ。


 こんなのに襲われたら間違いなく死ぬだろうな……。なんてことを考えながら、それならさっき砂浜で襲われていたに違いないとも考える。


 オレが砂浜で全裸ではしゃいでいる時に……。


 グフッ。地味に自分にダメージが……。


「あ、あの……あ、あなた様は……何者……なの……で、ですか……?」


 ダメージを受けながら望遠レンズ並みに遠い目をしていると、オオカミは恐る恐る質問をしてきた。

 その巨体に似つかわしくない、オドオドとした態度で、なんだかモジモジしている様にも見える。 


「……」


 答えを返そうと考えるが、返答が思い浮かばない。

 オレは一体何者……。その質問に対する答えをオレは持っていない。


 ――なにせオレが一番分からないからだ。


「すみません。何者と聞かれても何と答えていいのか……、オレにも分からないのです」


 オレは素直に、自分が何者なのか分からない事をオオカミに告げる。

 まるで記憶喪失のような答えだ。

 人間です……か?それとも名前を名乗ればよかったのか?

 そのどれもがオオカミの聞きたい質問の答えだと思えなかった。


 現にオレは自分が全うな人間だとは思えなかったのだし……。


 オオカミは表情こそ変わらないが首を傾けてこちらを見ていた。


「し、失礼なのですが、も、もしや、あなたは二代目様なの……ですか?」


 二代目?はて、一体なんのことだろう……。オレに心当たりはない。

 何かを継いだ記憶もないし、様付けで呼ばれるような事もしていない。


 オオカミはこちらの返事も聞かず立て続けに喋る。


「バ、ババ様から聞かされていた姿どうりなのです!ババ様はクロムなのです!二代目様から名前と加護をもらった――」


「ちょっ、ちょっと待ってください!一体何を言ってるのかさっぱりわからないのですが……」


 オオカミの言葉を遮り一旦落ち着かせた。途中からは興奮しているのか早口で、オオカミの言っている内容にオレの理解が追い付かなかったからだ。

 一体誰と勘違いしているのか分からないが、興味深い事を言っている。

 

 ババ様……名前……二代目様……


「あの……どなたと勘違いされているのか分かりませんが、いくつか質問させてください。順を追って話しましょう」


 オオカミは初め程こちらを警戒しておらず、むしろ友好的な気がする。

 まだ多少オドオドしているが、オレを見るその目はキラキラと好奇心で輝いていた。


 こういったやり取りは前の世界でよくしていたので、人間以外の対応は慣れている。


 人間相手は……無理だ……。まず誰も話しかけてこないから……。


「まずお互い自己紹介をしよう。オレは『雨宮 零』。それから敬語もやめよう」


 オレはオオカミの顔の前に手を出し、握手をするように近づく。

 それを見てオオカミはオレの手の平に二、三度鼻を近づけ、匂いを嗅ぐと手の平の下に頭を潜らせ『伏せ』の体勢をとった。

 警戒心より、好奇心が勝ったのだろう。


 まるで大きな犬が甘えて来る様で思わず頭を撫でてしまう。

 頭が大きくて撫でにくいかと思ったが、中々毛並みが気持ちいい。

 野生のオオカミだろうに、その毛並みはサラサラで汚れ一つないし、毛並みの下にある頬っぺたも弛緩しているのか、フニフニして実に気持ちいい。

 オオカミはそれが嬉しいようで、気持ち良さそうに撫でている手に頭や頬を擦り付け甘えて来る。


 可愛い……。


 思わず頬が緩んでしまう。


「キミは名前はあるの?聞いてもいいかな?」


 オオカミを撫でながらなるべく優しく質問すると、オレの声でオオカミは我に返ったのか、急に頭を下げ再び伏せの体勢をとる。


 そのまま甘えていてくれていいのに……。

 

「た、大変申し訳ございませんなのです。先に名乗って頂いた上このような無礼な態度を……ど、どうかお許しをなのです!」


 このような反応も前の世界で多少慣れている。人の霊はともかく、それ以外の異形の者の中にはこのような反応をする者も少なからずいた。

 その態度に多少うんざりはするが、オレが何を言っても聞いてくれないのだ。

 それは特に知恵の高い者によく見られた傾向で、そういう者の事は諦める事にしていたのだけれど、声が少女だとなるとそうもいかない。

 もっと気軽に接してくれて欲しいのだけれど……。


 オオカミは頭を下げたまま、オレに対して酷く怯えている。

 オレはオオカミの言葉を分析する。『先に名乗って頂いた』。つまりこのオオカミは名前を持っているということ。そして『無礼な態度』とその謝罪。このオオカミは人の言葉を話し、礼儀を知り謝罪までする。

 つまり今目の前にいるオオカミは、最低でも人間と同程度の知恵と知識を持っているという事。

 やはりこの子は例外に漏れず、知恵の高い存在だと思った。


 オレはしゃがみ込んでオオカミと同じ高さまで目線を下げ、優しくオオカミの頬をなでる。


「別に怒ってないよ。それより名前を教えてくれないか?キミと友達になりたいんだ」


 フニフニの頬っぺたが気持ちいい。

 自然と綻ぶオレの表情に安心したのか、オオカミは恐る恐る頭を上げオレの瞳をのぞき込む。


「わたしはフェンリルのセシリーと言うのです。偉大なる森の主様。お帰りになられた事を心よりお喜び申し上げますのです」


 オオカミではないようだ。いや、フェンリルもオオカミの種類か?そして名前からしてやはりメスなんだろうな。

 敬語と態度はともかく、これならセシリーから色々と情報を教えてもらえそうだ。

 オレはセシリーの前に腰を下ろし話を聞く事にした。


 頬っぺたは解放しない。

 触ったままだ。

 セクハラな気もするが、そこは譲れない。


「敬語は使わなくていいよ。それに申し訳ないけど、多分オレはセシリーが思っている人ではないよ。よかったらオレに少し話を聞かせてくれないか?」

 

 モフモフする手を耳の近くに近づけると、耳をピクリと反応させ、照れた様に顔を背ける。

 まだ耳は触らせてもらえないらしい。

 あのフワフワのケモミミを是非触らせて欲しいのに……。


「間違いではございませんなのです。ババ様から聞いていたお話のお姿と全く同じなのです。そのような方が人にも魔物にもいるなんて聞いたことがないのです。そのような方が二人もいるなどと信じらないのです」


 セシリーを撫でる手が思わず止まってしまった。


 『人にも魔物にも』ねぇ。


 人も魔物もここには存在すると。そしてオレのようなヤツもいると。

 そもそもオレのようなヤツってどんなヤツなんだ?

 見た目だけなら、普通はオレを『人間』と判断するだろう。セシリーは一体オレの何を見て人とも魔物とも違うと判断したんだ?

 その疑問を解決しない限り、セシリーはずっとオレの事を勘違いし続けるだろう。 

 

「なあ、セシリーは何故オレを『その方』だと思うんだ?」


 セシリーは首を傾げ、さも不思議そうにこちらをマジマジと見つめる。


「えっ、だって二代目様はドラゴンでいらっしゃいますのですよね?それも人でありながら。人に化けるのでもなく、人でありながらドラゴンでいらっしゃいます……のです。そのような存在、かつてこの森を治められていた二代目様以外聞いた事がございませんのです」


 オレは思わず息を飲んだ。オレがドラゴン?

 真っ先に頭に思い浮かんだのは、オレを食ったドラゴンの『オレ』の姿。


 しかも人の知識を持つセシリーはそれにすぐに気付いた。

 オレがドラゴンの『オレ』に食われる所を見てもいないはずなのに……。


 つまりそれは、誰でもそれに気付く可能性があるという事。

 つまりそれは、オレはこの世界でもまともな人間ではない――異端な存在だという事。


「どうなさいましたです?二代目様?」


 言葉に詰まってしまったオレは、それでも必死で会話を続ける。


 こちらの世界でもオレは、また奇異の目で見られるのか……。


 そんな思いが頭の中を駆け巡ったまま……。


「どうしてそう思ったの?……オレが……その……ドラゴンだと……」


 セシリーは得意げに顔を綻ばせオレを見つめてくる。


「神格を纏った強大な魔力が溢れ出して、セシリーにはハッキリ二代目様がドラゴンだと分かるのです!」


 セシリーはさらに言葉を続ける。

 目を閉じその声だけを聞けば、幼い少女が両親に対して、夢物語を語り聞かせているように……。


「それにそれほど巨大な魔力をお持ちになられながら空中を歩くなどという緻密で繊細な魔力操作をいとも簡単にされるなど……空を飛ぶ魔物や人間の魔術師はいますのですが、そのような事ができる者は神でもない限り……」


「ちょっと待って!今、なんて……?」


 今聞き捨てならない事が聞こえたような……。


「はい……?神でもない限り……」


「違うそこじゃない」


 オレの反応にセシリーは酷く驚いている。

 何か無礼な事を言ったのか……。オレの気に障る事をしてしまったのか……。

 そんな心の声が聞こえてくるような反応だった。

 まるでイタズラの見つかった幼子のように怯えている。


 だがオレには確かに確認しなければならない事がある。


「緻密で繊細な……」


「そこでもない……」


 セシリーは焦るオレに、更に怯えの色を強くさせている。


「空中を……」


 そこだ!


「空中を歩いていた?そこを見ていたの?」


 もはやセシリーはオレを見て、泣きそうになってしまっていた。


「……はい……空中を……歩かれておられるお姿を拝見しましたのです……」


 ンノォーーーゥ!!


 つまり最初から見られていたという事か……。

 つまり砂浜の事も……。

 裸ではしゃぎまわるオレの姿も……。

 

 この少女の声を持つフェンリルに……。


 オレはそのまま頭から四つん這いに崩れ落ちた。






 なんとかダメージから回復したオレは、落ち込むセシリーを必死でなぐさめ、セシリーは何も悪くないと説得していた。

 オレの必死の説得により、セシリーの方もなんとか回復し、やや暗い表情ではあるものの、二人は向き合って話を続ける事が出来た。

 やはりまだ互いに精神的なダメージは抜けきっていなかったみたいだが、セシリーの方は頭を撫でてやると、次第にその表情を柔らかくしていく。

 そしてオレはオレで、セシリーのモフモフの手触りがオレの心を癒してくれる。


 それが楽しくて、つい話をしながらもオレはセシリーを撫で、セシリーはセシリーで撫でるオレに甘え、徐々にオレ達二人は心を通わせていった。

 ドンドン調子に乗ってしまったオレは、セシリーのお腹や耳、背中とありとあらゆる所を撫でまわして、そのフワフワな感触を存分に堪能してしまった。

 ただし、どうしても尻尾だけは触らせてもらえなかったけれど……。


 そしてそのうちオレ達の光景は、話をするというより、ただデカいオオカミと少年がじゃれ合っているだけのモノになってしまっていた……。

 

 一旦落ち着いたオレはセシリーの話を整理する。

 セシリーはこの世界の事や、二代目様の事など詳しい事は分からないそうだ。

 というより完全にオレが二代目様だと信じ切っている。

 分かったのはセシリーがこの森の近くにしか行ったことがないという事と、二代目様とはかつてこの森を治めていた二代目のヌシの事だという事。

 そしてセシリーが……まだ子供だという事。


 大方予想はしていたが、セシリーが少女だと思うと、さっきまでの行為がひどくマズイ物の様な気がしてきてしまった。

 若干セシリーも頬を赤らめているように見える……。

 あのデカいオオカミの姿だと、気を使えないんだよ……。

 むしろ大型犬が甘えてくるみたいで可愛いんだよな……。


 とまぁ、ひとまずセシリーを撫でまわす行為は置いておいて、オレ達はセシリーの育ての親であり、二代目様から直接名前と加護を貰ったという『ババ様』に会いに行く事にした。

 ババ様に会えれば、この世界のより詳しい話も聞けるに違いないと思ったからだ。

 しかしババ様は酷く高齢らしく、ここより北西の湖から離れられないみたいなので、セシリーに湖までの案内を頼む事にした。

 ちなみにババ様の住む湖には以前二代目様が着ていたという服もあるらしい。

 オレの物じゃないのだけれど、背に腹は代えられない。

 申し訳ないがそれを貸してもらう事にする。

 湖は大分遠いみたいだけれど、セシリーも快く引き受けてくれたし、そこに行けば現状の問題は解決するだろう。


 しかし、これから先、オレは一体どうなってしまうのだろうか……。


 最悪、一生森でサバイバルする事も視野に入れておいた方がいいだろう。

 それとも……人間の街に行って、そこで暮らすのか……。


 人間には……いい思い出が一つもない……。


 セシリーが訝し気にオレを眺めている。


 人間と暮らすくらいなら……セシリーと一緒に森で暮らしたい……。


 そんな事を考えているオレを、セシリーがどう思ったのか分からないが、ベロりとオレの頬を舐めてくる。


「……なんでもないよ……。さぁ行こうか?」


 オレの合図に、嬉しそうにセシリーが森の奥に向かって駆け出していく。


 後の事はババ様に会ってからだな……。


 どうにもならない事を考えても仕方がない。

 そう考えを切り替えて、オレとセシリーは湖に向かって行くのであった。



















  

 


















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