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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
18/58

17

 その日の夜はコイナさんを部屋に残してみんなのいる部屋に帰った。

 まだコイナさんの体調が気がかりだったので、クロムの眷族にコイナさんの事を任せて、コイナさんにはゆっくり休んでもらう事にした。明日こそは二人で街を見て回ろうと、嬉しそうに言うコイナさんからのお誘いも、ありがたくお受けした。眷族のみんなの紹介も明日改めてしよう。

 

「若様や。コイナの事じゃがのう。やはりワシに引き取らせてはもらえんか?」


 部屋に戻る途中でふいにクロムからそんな提案を受けた。


「そうしてもらえると助かるが――。別にオレの傍でも……」


 自分で言って途中で気が付いた。

 おそらくオレ達はこれから争いの渦に巻き込まれていくだろう。負けるつもりはないが、またこんな事が起こらないとも限らない。

 体力や魔力では圧倒的に上回っていても、人間の底知れぬ悪意がどういう物かは、元人間だったオレがよく知っている。

 現代においても人間より強い生物なんて珍しくもない。しかし、それらの生物はみな人間によって駆逐されている。知恵を駆使し、道具を使い、数で襲い掛かる。虫や動物を殺すのに情けもかけないだろう。そんな駆逐する対象に、不意打ちやだまし討ちなんて当たり前。罠だって仕掛けるだろう。それが卑怯だなんて考え自体を持つ人間なんて見た事もない。

 もし、この世界の人間が魔物や魔獣に対して、それらと同じ気持ちを抱いているならどんな手段でも使ってくるに違いない。

 今回は相手が魔物だったが人間が相手でも、同じ事をしてくる可能性は高い。

 元人間のオレの言葉で言うなら、幼女を誘拐し、暴行を加え、体内に爆弾を埋め込み、人間爆弾によるテロ未遂。及び殺人未遂。

 最悪すぎて反吐が出る。ニュースで流れたなら死刑を望む人間は少なくないだろう。


 そんな中にまたコイナさんを巻き込むのか……。しかもオレ自身の手で……。


「……なんでもない。クロム。頼めるか?コイナさんを――守ってやってくれ」


「ああ。任せるのじゃ。コイナはワシの孫のようなものじゃからのう。必ず守ると約束しよう」


 ふんわりと微笑むクロムは実にキレイだった。

 さっきコイナさんといた時に見せた母性といい、普段は文句のつけようもないくらい完璧なんだけどな。


「なんじゃ若様。惚れ直したか?今晩のワシの部屋は若様の隣にしておいたからの。いつでも訪ねてくれて構わんぞ?なんならまたワシの方から訪ねても構わんが……しかしそう何度も女子(おなご)の方からというのも若様の沽券にかかわるじゃろうし……」


 ――死んでしまえ


 惚れ直すも何も初めから惚れてねー。おまけに部屋が隣って。また子供達に部屋を吹き飛ばされたいのか……コイツは……。

 ジト目で見るオレを、キョトンとした顔で、何が悪かったのか全く分からないといった風に首を傾げるクロムはそれなりに色っぽかった……。


 こんな色香には絶対に騙されねー。


「永遠に一人で寝てろ。そして二度と起きて来るな」


「な、なんじゃ!?ワシがせっかく手配したというのに。人払いも済ませてあるのじゃぞ!?」


「ラウの部屋に行け。そして二人でハゲになる呪いを受けろ」


「……」


「そして森の守護者をリストラされてしまえ」


 これだけ言っておけば大丈夫だろう。

 後ろでは立ち止まり、ガーンというオノマトペを背負ったクロムが絶望したような顔で立ち尽くしていたが、オレは無視してさっさとみんなの部屋に向かった。

 





「どないやった?緑のお嬢ちゃんはもう落ち着いたんか?」


「ああ。もう心配ない。これからはコイナさんもオレ達の家族だ」

 

 やはりラウは相当心配していたみたいだった。クロムを通してコイナさんはラウの眷族なのだから当たり前と言えば当たり前の事だが。


「その……レイ様……それはあの少女も眷族にされるという事でしょうか……?」


「いや、眷族にはしない。あくまでコイナさんはクロムの眷族って事でよろしく頼むよ。ルナ」


「は、はい!かしこまりました!それでは私やセシリーの義理の妹という事ですね!と、とても嬉しいです!」


 ――?


 新しい妹ができて喜んでくれたみたいでよかったけど……。なんか様子が変だな。


「ニヒー。セシリーも嬉しいのです。一緒に森に出かけてみたいのです」


 セシリーの脚力じゃコイナさんにとっては罰ゲームにしかならない気もするけど……。

 せっかく喜んでくれているのに水を差す事もないだろう。


「仲良くな?」


「はいなのです!」


「メア?どうした?不満だったか?」


「ああ。ゴメン。そんな事ないよ?ボクも嬉しいよ。ありがとう。レイ」


 ……メアもなんだか様子が変だな。オレ達がいない間に何かあったのかな?

 心ここにあらずといった感じで何か考え込んでいるように見えるし。


「クロはどないしたんや?まだあっちの部屋に残っとるんか?」


「……いや、廊下で立ってるんじゃないのか?」


「……?どないしたんや?」


「――さあな」


 ――全くあのエロババアは。まだ呆けているんだろうか。


「お前様ぁ~!若様がひどいのじゃ~!」


「なんやクロ?どないしたんや?またイジメられとったんか?」


 泣きながら部屋に飛び込んできたクロムは、ラウにしなだれかかって切々とオレの振舞いをラウにチクっていた。

 

「なんやレイ。ええやん。一晩くらい。クロも子供は欲しいやろうし。協力したりーや」


「……ならお前がしてやれ。オレに振るな」


 ――こいつ等には付き合い切れないな。


 セシリーとルナもオレの背中に隠れながら、怯えつつもガルガルとクロムを威嚇している。腰が引けてるぞ。二人とも。

 

「――全く……」


 呆れると同時に安心感も湧いてくる。

 こっちに来てからのいつもどうりの毎日だ。

 コイナさんが無事でなかったなら、今頃は戦争の準備をしていたかもしれなかったからな。

 みんな無事で本当になによりだ。


「それよりも明日からはどうしましょうか?さすがにすぐまた攻め込まれるという事はないでしょうが」


 オレの背中から顔を出したルナが、下からヒョッコリとオレの顔を覗き込む。

 その仕草が可愛すぎて……。アイドル顔負けの美貌と可憐さだな。まるでお姫様みたいだ。


「レイ様?どうしました?」


「いや、ルナがあんまり可愛かったから」


 ルナの頭をポンポンと触り、笑顔を向けるとルナの顔がみるみる真っ赤になってしまった。

 子供扱いし過ぎたかな?


「明日は昨日言ったみたいに、みんなで街に降りよう。街の魔物達に顔を見せて出来るだけ安心させてあげよう。みんなオレ達の顔を見たいだろうし、攻め込まれて不安にも思っている者も多いだろう。それを少しでも取り除けるようにみんな協力してくれ」


「はいーなのです!」


「分かったよ。明日はみんなで一緒に行くの?それともやっぱりバラバラに?」


 メアの質問にオレが答えるより早くラウが提案をしてくる。


「昨日決めたみたいにみんなバラバラがええんちゃうか?明日はもっと魔物が増えるやろうし、出来るだけみんなに顔見せはしてやりたいしな。それから……やっぱりレイの顔はあんまり広めたくはないな。出来れば眷族以上しか見せん方がええとボクは思うんやけど……」


 確かにそうだろうけど……。


 そうなるとオレだけ館に取り残される事になるし、何よりコイナさんとの約束が守れない。


「気持ちは分かるけど、オレも街に降りたいんだが」


「降りるのはええと思うよ。けど、指輪は絶対やな。それからレイ・エルロワーズやなしにただのアマミヤ・レイとしてならボクは賛成や」


「それじゃ昨日オレが提案した通りでいいのか?」


「それでええんとちゃうか。キミもたまにはデートでもして羽伸ばしてきたらええ。キミ人生で初デートやないんか?」


「「デート?」」


 ――おい。ラウ。みんなに誤解を招くような言い方はよせ。

 オレはただコイナさんと街を見て回るだけだ。


「デートとはなんなのです?散歩とは違うのです?」


「何やらこう……許せない響きはしますね」


 娘二人がおかしな事になったじゃないか。

 やましい事なんか何もないのに……。

 多分……。

 

「ま、まあ明日は休みにして、みんな街を見て楽しもうじゃないか?なあラウ?」


「まあ。せやね」


 クソッ。あのニヤニヤ顔を殴りたい。

 知ってて言ってやがるな。コイツ。

 大方クロムが小声でチクっていたんだろう。マジでそっくりな二人だな。


「とにかく!明日もあるし今日はもう休もうな!」


 やや強引な切り上げ方の気もしたが、これ以上はろくな事にならないのが分かっていたので、無理矢理にでも退散するとしよう。アイツ等二人の処遇はまた明日考える事にする。覚えとけよ。






 みんなが止まっている館から少し離れた妓楼の屋上で、メアは一人で立っていた。

 昨日ルナが結界を張る為に立っていてレイに怒られた場所だ。理由はルナと同じで特にない。ただこの辺で一番高い建物がここだったというだけだ。

 メアから見える街並みは、初めてこの街に来た時と比べてはるかに賑わっていた。魔物達の多くが眠らなくても平気な事に加え、夜行性の者も多いからだろう。ずいぶんと遅い時間にもかかわらず、むしろ街は昼間よりも賑わっていた。

 暗い街並みに赤やピンクの光がそこかしこに灯り、現代のテレビで見た遊郭その物といった感じだ。

 メアは人込みは嫌いだったが、この街の雰囲気やそこにいる者達の事はとても気に入っていた。そしてそれ以上に、新しくできた姉妹達の事はもっと気に入っていた。

 以前の自分なら考えられない事だ。

 以前の自分なら全員を殺してでもレイを独り占めにしただろう。しかし今はそうしようとは思わない。

 そんな風に変わってしまった自分の事も気に入っている自分がいる。

 おぼろげにしか残っていない記憶から、以前の自分と比べて思わず笑みが零れる。


 こんな自分も悪くない。そう思えるのも全部レイのおかげかな……。


 あのおバカな姉妹達は、今日の夜も大騒ぎをしてレイに迷惑をかけている事だろう。

 いつもならそれを止めるのもメアの役目なのだろうけれど、今夜はそれをせずにこんな屋根の上で一人で立っている。なぜなら待ち人を待つために……。


「いや~スマン。スマン。待たせてもうたかな?」


 いつの間にかラウが、メアの背後から人差し指で頬っぺたをつつき、声を掛けてきたのだ。

 メアは――有るのか無いのかは分からないが――心臓が止まる程の衝撃を受けた。

 この街に襲撃があったばかりの夜更けに、メアが警戒を怠る訳がない。

 メアにはセシリーほどの勘と嗅覚がある訳でもないし、ルナルナの糸の結界のように、広範囲にレーダーのような結界も張れない。それでもレイの加護を受けた時から感覚は鋭くなり、ましてや悪魔を模したメアが、夜の闇の中で存在を認識できないなんてあり得なかった。

 あり得ない――けれど事実それは今起こっている。

 メアは驚きの余り、身体が飛び上がるのを押さえた自分を内心で褒めた。

 

「……最悪。悪趣味なマネしないでくれる?」


「なんや?気付いてへんかったん?さっきからおったんやけどな。考え事をしとるみたいやったから待っとったのに……。夜中に街を見下ろしながらニヤニヤしとると不審者みたいやでぇ~?」


 相変わらずニヤニヤした笑みを張り付け、インチキ臭い関西弁を喋るラウが真後ろに立っていた。

 言質から読み取るに、間違いなくラウはさっきからメアの真後ろにいたのだろう。

 メアの心の中に苛立ちの感情が湧きそうになるが、それでもメアは怒らない。メアは自分がセシリーやルナルナと違い、すぐに我を忘れて怒らないようにしている。せめて自分だけは冷静に、客観的に状況を把握するために。


 ――全てはレイの為に――


「で、話って何?こんなくだらない嫌がらせをする為に呼び出したんじゃないでしょ?」


「ふ~ん。怒らへんのや?大体みんな最初は怒るんやけどな?」


 細すぎる目は瞳さえ見えないが、その視線はまるでメアをテストし、品定めしているような印象を与える。

 そうメアが感じれるのも、数多の生物の心を乗っ取り、心の中を読んできたメアだからこそ感じとれたのかもしれない。それほど感情の読めない視線だ。

 正確には視線だけではない。その表情はまるで仮面をかぶっているようで全く読めないし、おかしな喋り方は声から感情を読み取れないようにするための演技だろう。目を細めているのも瞳からは感情を、視線からは考えを読ませないための工夫に違いない。

 生物の心に潜り込み、心を読み取る事に懸けては誰にも負けないと思っているメアでさえ、レイとラウの心は全く読めないのだから。

 そこまで考えメアは一つの結論に達する。


 ――ラウは……ボクと同じ匂いがする――


 心を殺し、感情を殺し、誰にも真意を悟らせない。まるでロボットのように動く生き物。レイといる時と大違いだ。

 メアには分かる。レイの傍にいなければラウはメア以上に残酷な事も平気でするだろう。

 それだけにメアはゾッとする。レイがいなければと……。


「……まあ、ラウがボクを呼び出してまで話す事なんて大体分かるけど……」

 

 ラウの挑発じみた言葉さえ無視してメアは話を進める。ラウがメアを呼び出してまで話す事なんて一つしかないのだから。


「キミの考えてる通りレイの話なんやけどな?キミは今日のレイの言葉をどないに思った?」


「今日のどの言葉をいっているのか分からないよ。初めからちゃんと話してよ」


 発言とは別にメアには心当たりがあった。レイが起き上がってすぐにラウに放った言葉。夢の話。もう一人のオレ。


『オレは……本当にオレなのか……?』


 メアの心に嫌な予感が膨らむ。言葉にしてしまえばそれが現実の起こってしまいそうな……。


「ちゃんと分かっとるんやろ?今キミが考えとる言葉や」


「……」


 人の心を読み取り操る悪魔が舌戦で負ける。むしろメアにはラウの心が読み取れないのに、ラウにはメアの心が読めているみたいだ。


「レイが二人おるかもしれん。いや、違うな。正確には二人に別れてもうてるかも……か」


「分かったよ……。覚えてるよ。でもそれは夢の話だよね?」


 さすがにかなわないと感じたメアは大人しくラウの話に合わせる。嫌な話題だと思いつつも。


「そやね。でもホンマに夢の話やと思とるんか?散々生物の心を乗っ取って、ボクやレイの心の中に入った事があるキミの考えを聞きたいんや」


 なるべく感情を出さないようにしているメアだが、さすがに表情が歪む。


「ラウの心は読めなかったよ。でも……レイは……レイの心の中は少しだけ見たよ……」


「ほう。それでどないやったん?」


 レイの心に関する事だけにメアは言葉を濁そうと考えたが、ラウの視線がそれを許さない。

 メアをジッと見つめ心の中を読み取るような張り付いた視線。

 嘘やごまかしは……無意味だろう。


「海とたくさんの魂とキレイなドラゴンが一頭。それだけ」


 メアは出来るだけ簡潔に言葉を短く、見たままをそのまま伝える。多少言葉に棘が混ざっていたかもしれないがメアは気にしない。大切なのは余計な事を話さない事。例えそれが序列ではメアよりも上のラウであったとしても。

 あくまでメアが仕えるのはレイであってラウではない。本来なら今の言葉でさえ、他の者には喋らない。

 それでもラウに喋ったのは、メアもまたレイの事が心配だったからだろう。


「ふ~ん。なら、まだなんとも言えんな~」


「ラウも二人に分かれていたじゃない?なら一体何を心配しているの?」


「そやね。せやからまだ何とも言えんのや。上手い事馴染んだらええんやけどな」

 

 馴染む?そもそも二人に分かれる事自体が異常なんじゃないのか?

 メアが他人の身体を乗っ取った時は一つの身体に二つの人格があった。しかし転移者であるメアが普通の生物の精神に負けるはずもなく、乗っ取った生物の本来の精神はいずれ消えていった。いや、()()()()()()


「馴染まなかったらいずれどちらかの人格が消えるって事?」


「どないやろうね。さすがにボクにも分からんな~。その辺はキミの方が詳しいんとちゃうか?」


 ラウの言葉はもっともだった。だからこそ他の眷族には話さず、メアにだけ話しているのだろう。 


「今はまだ他の子らも眷族になり立てやから、影響は少ないんやろ。でも、時間が経つにつれて魂にも変化が出てくるやろうな」


「えっ?どういう……」


 メアの言葉をラウは手を軽く上げ遮る。まだ話が続くという仕草だ。


「キミも元人間で現代人やったからな。おまけに色んな身体に入っとった事もあるから分かるやろ?ええか。想像してみい?人間の魂が……そうやな。オオカミの身体に入ったとしたらどうや?最初はええやろ。人間のままや。でも森に寝床を築いて、獲物を狩って暮らしたら。生活習慣も変わって、食べるもんも変わる。そうすると次第に魂が人やのうて、オオカミのそれに変わるんや。なら……元々人やないあの子らの魂はどないになるんや?そのうち、あの姿に合わせた魂に変わっていくやろう」


 その感覚はメアにはよくわかった。メアにもそれと近い形で変化があったのだから。魂が劣化した後はそれがより顕著に表れた。

 それを抑え込めて、メアとしての自我が保てていたのはスキルの能力だったからなのか、転移者としての強い魂の力だったからなのか……。


「あの子らやキミはレイの言葉のまま、まさにレイの子供や。レイの魂の影響を受けて身体が変わり、その魂を強く受け継いどる。それが身体に合わせて性質が変化していったら……。もしレイが二人いたとしたら……。あの子らはどっちのレイに影響を受けて変わっていってしまうんやろな?」


「……人間としての性質には変わらないの?」


「せやから心配しとるんや。今のレイは人間か?ドラゴンか?実際レイのドラゴンの姿を見たのは今んとこボクとキミだけや。ドラゴンのレイはどんな性格やった?もし今のレイと折り合いがつかんかったら?」


 もし今のレイと折り合いがつかなかったら……。メアの背筋に冷たい感覚が走る。

 人間なんて誰しもが二面性を持っている。極端な話、人間なんて状況次第で善人にも悪人にも変わる。

 レイだってそうだろう。メアや眷族達には底抜けに優しいが、相手が敵だと判断すると一切の容赦はしない。見る者が変われば天使にも悪魔にも見えるだろう。

 レイの中のもう一人のレイが、同じ天使か悪魔であったなら何も問題はないだろう。

 しかし、折り合いが悪く天使と悪魔に別れてしまったなら……。

 レイの影響を強く受けているメアや――メアだけじゃない。セシリーやルナもどちらのレイに従うんだろう。最悪レイがいなくなってしまえば……。

 全く相容れない二人のレイ。そのどちらかの影響を受けている眷族。そしていなくなった自分達の主。

 どうなるかは火を見るよりも明らかだ。昨夜のようなじゃれ合いの戦闘では済まない。本当の殺し合い……。


 ――あの姉妹達と――殺し合う可能性がある――


 メアの元々白い顔がさらに蒼白に変わる。

 そんな事、可能性としては低いだろう。もしかしたら、をいくつも積み重ねて、ようやくたどり着くようなゼロに近い可能性。それでもメアの心は落ち着く事はない。


「あぁ~スマンな?脅かすつもりやなかったんや。ちょっと気になってもうてな。今キミが考えてる可能性がボクも気になってしもただけや。あり得ん話やけど――あり得たら最悪の話やからな?」


 ようやくいつものラウに戻ったラウは、頭をポリポリと掻きながら安心させるように話しかけている。


「……だから怒られるのを覚悟してレイの魔力を使ったの?」


「なんや気付いとったんか?」


「……そりゃ……まあね」


 ラウがイタズラにしろレイに危害を加えるような物を使う訳がないのはみんな知っている。

 何かしらの訳があったのだろうという事にはみんな気付いていた。


「コイナが攫われてから少しレイの魔力が不安定な気がしとったからな。試しにレイ自身の魔力を当ててみたんや。今は眷族の子等の魂が変わる大切な時期やったからな。さすがに自分の魔力で死ぬ事はないと思とったけど……まさかあないな威力やとは思わんかったわ」


 かっかっか。と笑うラウの目は全く笑っていなかった。


「……でも……おかげでレイが二人に別れている可能性が高くなったね」


「せやね。でも本当はそこまで心配はしとらんのや?だってあのレイやで?どないになろうと……例え二人に別れようとレイはレイや。ボクはそう信じとる」


「……そうだね。ボクもそう思うよ」


 一抹の不安がありながらも、それでもレイの笑顔を思い出すとそんな心配は杞憂だと信じられる。

 メアやラウの主はどんなに変わろうときっとあのレイのままのはずだから。

 ラウの事も、レイを――みんなを心配しての行動なのは知っている。


「っていう事だよ。一応頭に入れておいてね?」


 メアはそう言うと自分の肩に乗っていた、小さな、小さなクモを優しく指でつつく。


『――全く……私の妹に気付いていたならそう言って下さい。心配して損しました』


 メアの頭の中にルナルナの声が響く。ルナルナも念話を完璧に使いこなしているようだ。

 ルナルナもメアとラウの様子を心配して監視をしていたのだろう。ラウがルナルナの糸の結界をどうやってか遮っていたのは知っていたが、それをすると読んだ上で身内に監視を付けるルナルナも相当だ……。

 もっともラウもメアも監視には気付いて話をしていたのだけれど……。

 そして念話の声はひどく呆れているように聞こえる。


『二人で何を話しているのかと思えば――全く……くだらない話です。レイ様が二人になったなら――嬉しさ二倍でしょうに!』


『……ああ。……そだね。じゃぁもう念話を切るよ』

 

『待ってください。これだけは言っておきます。レイ様はレイ様です。何が起ころうと私達を悲しませる訳がないでしょう』


『そうだね。全く……ボク等の心配をしているくらいならレイに念話でもすればいいのに……』


『そんな事はもうとっくに試しました!()()()繋がらないので二人に念話を試しているんです!』


『――それは……間違いなくブロックされてるね』


『メア!ブロックとはなんです!?――ちょっと――メア――?』


 メアは頭の中で念話の回路を遮断する。同時に大きなため息も漏れる。


「キミも中々大変やな。でも、やっぱりボク等の心配は無駄やったようやな?」


「そうだね。ルナと話して無駄な心配だったって事が本当によ~~~く分かったよ!あの性格は魂が変化したくらいじゃ絶対に変わらない!ハッキリと分かったよ!」


 今度は明らかに嬉しそうに笑ってラウがメアの肩に組みかかる。

 慣れたモノでメアもそれをヒラリとかわす。


「キミ等みんな、ホンマにようレイに似とるわ」


「最高の誉め言葉だね」


 そう言ってメアは羽を広げ、館に向かって飛び立つ。

 後ろでラウが「やれやれ」と手を広げて呆れていたがこの際どうでもいい。

 普段は我慢して姉達に譲っているのだ。今夜くらいは弟が父親と寝ても文句は言えないだろう。自分には姉達と違って男だというアドバンテージがある。さすがのレイも男同士で寝るのは断れないだろう。

 しかし、姉達も父親のレイも知らない。メアが悪魔である事を。いや、悪魔である事は知っている。悪魔が男でも女でも性別がないという事を知らないのだ……。

 普段は面倒くさいので以前の性別にしているが、いざとなればメアはどちらにでもなれる。

 メアも魂が変化するのなら――今の自分から変わっていくなら――いつかあの姉達とレイを取り合って争うのも悪くないのかもしれない。

 相手があの二人とはいえ簡単に譲る気は毛頭ないが――。

 ふふふ。と妖艶な笑みを浮かべレイの寝室を空中から探す。


 明日は()()()レイを尾行する側に回る事をメアは心に決める。

 やはりレイは分かっていない。

 あのラウとクロムが襲撃があった翌日にレイとコイナを放っておくはずがない事を。あのバカな姉達がレイと離れる訳がない事を。どうせ片方は異常すぎる嗅覚を使い、もう片方は糸と眷族のクモを使い監視するに違いない。 

 おそらく眷族の中ではメアが一番弱いだろう。それでも負ける気がしない。これは戦闘であって戦闘ではないのだから。誰がレイに一番気に入られるかの勝負なのだから。なら最大限、メアは自分の武器を生かせる方法を取るだけだ。

 そう密かに決意しレイの部屋に向かって声を掛けるメアであった。


「レイまだ起きてる……?」






















 

 


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