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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
15/58

14

 館の二階から弾丸のように斜め上に飛び出し、影すらも残さない。

 ラウの言う通り防犯の為だ。けして、子供達の引き留める声が聞きたくなかったからではない。


 ――そんな事は……断じてない――。


 別にやましい事をしているつもりはないが、なぜかあの子達の態度を見ると罪悪感に襲われる。

 これから先、もしかしたらまだ眷族を増やす事になるかもしれない。その時あの子達が反対したらオレはどうするのだろう。

 メアの時は有無言わせず勝手にしてしまったが、あれももしイヤだと言われていたなら、オレはどうしていたのだろう。

 これも早いうちにみんなとしっかり話し合う必要がある。


 飛び出したオレは高速で空を駆ける。指輪のマジックアイテムのおかげで気配が弱くなっているオレは誰にも発見される事はないはずだ。

 下に見える街は昨日見たよりも魔物で溢れ返っている。

 昨日はまだ花魁の格好をした人型の魔物が割合的に多く見られたが、今日は多種多様な魔物の姿ばかりが目立つ。館に続くメインの大通りなど魔物達で埋め尽くされている。

 セシリーのような獣の姿をしたクマやキツネ、トリのような魔物達や、ルナのように昆虫の姿をした大きなアリやハエの魔物達。


 おっ、あそこにはクモの魔物もいる。ルナの家族かもしれないな。


 どの子もオレの目から見たら悪意のある子には見えない。むしろ、あの禍々しい姿を見ても愛おしいとさえ思えてくる。


 やはりラウの思い過ごしではないのか……。


 しかし、あの楽観主義のラウが、オレに進言する程警戒しているという事は無視する事はできない。やはりラウとルナには警護に付いてもらうべきなのだろう。警戒をしてもしすぎるという事はないだろう。

 もし――万が一――何かあった場合この子達を守り切れる自信がない。

 ルナの妹達のように――間に合わなかったから仕方がない……。なんて思いはしたくもないし、そんな事は絶対に二度とおこさせない。


 街から離れるにつれて、魔物の数も大通りに比べて、やや少なくなってはきているがそれでも十分に多いといえるだろう。

 しかし、街から離れれば離れる程、なんとも形容しがたい気持ちになってくる。魔物を見ても愛おしく思えない物が多くなってきたからだ。

 思わず眉をしかめてしまいそうになる。

 見た目が醜悪だから、という訳ではない。オレの目から見える()()()()の魔力が――神格が――明らかに違うのだ。


「……おそらく、アレが外からきた魔物達……」


 現代日本において、オレは差別主義者ではなかった。


 ――むしろ差別される方だったし……。


 なので、例え自分達と違う存在であったとしても、オレは他者を差別し見下すヤツにはなりたくない。

 思惑はどうであれ、向こうから友好的に近づこうと歩み寄って来るなら、その手を振り払うような事はしたくない。

 空中で念入りに気配を消して立ち止まり、眉間のシワを指で揉みほぐす。こんな顔誰にも見られたくない。


 オレを見るアイツ等と同じ様な顔だけはしたくない――。


 改めて下を見ると、魔物に交じって人型の生物も多く見られる。生物と表現したのは、それがオレやラウの加護を受けた魔物ではなかったからだ。

 ――知っている。ラノベやアニメでしか見た事のない種族。エルフやドワーフや獣人といった生物だ。

 これらの生物にはそれほど嫌悪感は湧かなかった。かといって特別好意も湧かないが……。

 あえていうなら、以前のオレの感覚が興味を感じたってくらいだ。

 見た目はセシリーやルナとそっくりなのに、全く違う存在なのだと分かるのは加護のおかげか、オレの感覚なのか……。


「さすがに人間や魔族は混ざっていないみたいだな……。んっ……」


 ――いた。人間が混ざっている。


 しかし、たった一人で何をしているんだ?


 それは、えらく年を取った爺さんだった。

 白髪で真っ白になった長い髪と長い髭。腰は曲がり、顔には沢山のシワが刻まれている。白いローブを身に纏い、手には自身の身長と変わらない程の立派な杖を持っている。しかし、その薄く開かれた眼光は鋭く、歴戦の戦士の様にも見えた。まさにおとぎ話の中に出て来る魔法使いを体現しているようだ。

 

「さすがに目立ちすぎだろ……」


 魔物達の中にあって、エルフなどの人型が多くいたとしてもそれは余りにも異質すぎた。爺さんが歩みを進めると混みあっているにも関わらず、前にいる魔物達も道をあけるのだ。

 しかし、その魔物達の視線は侮蔑と蔑み、中には憎しみに満ちている者までいる。


「あれは……トラブルになるだろ……絶対……」


 あの爺さんに敵意や悪意といったモノは全く感じない。これは魔力や神格を見ているのではなく、オレが散々晒されたが故分かる感覚だろう。上手く説明出来ないが、この身体になってからそれがハッキリ分かるようになった。


「一応ラウに言って安全だけは確保しといてやるか……それよりも……」


 街の路地裏や陰に潜み、気配を消している魔物達。悪意と敵意の塊みたいな奴ら。バレバレなんだよ。


『ラウ。聞こえるか?』


『どないしたんや?出て行ってすぐに。なんやトラブルか?』


『トラブルという程でもない。今から伝える所に誰か警備の者を出せるか?』


『……そういう事か。了解や。クロに行って誰か向かわすわ』


『助かる。けっして一人で行かせないように。最低でも二人以上で行動させてくれ』


『分かった。むしろこっちが助かったわ』


『頼んだぞ。なるべく殺さないようにしてくれ。後で尋問したい。……あぁ~それから人間の爺さんが混じっている』

 

『了解や。尋問はこっちでしとくわ。それから、その人間の爺さん……始末しとこか?』


『いや、爺さんの方はいい。目的は不明だが悪意はないみたいだ。なるべくトラブルに巻き込まれないよう気を使ってやってくれ』


『……了解』


 最後の了解だけは明らかに不満がハッキリと出ていたな。それでもラウなら悪い様にはしないだろう。

 それよりも悪意を持った魔物達。結界が張られて力が出せないというのに、何が目的でこの街に来たんだ?とにかくラウにヤツ等の居場所だけ伝えて、後は任すしかないだろう。 

 せっかくのお祭り気分が台無しだ。ただの偵察なら問題ないが……。


 なんだかきな臭くなってきた……。






 気配を消し、再び空中を駆け抜けて、昨日コイナさんと出会った家の真上まで到着した。

 この辺りは館からも離れ、魔物達の姿もほとんど見かけない。

 オレはクルリと空を舞い降りると家の前に着地する。

 コイナさんの家は館の近くの妓楼と違い、時代劇に出て来る下町の平屋といった感じだ。何故郊外にこんな建物があるのかと思わないでもないが、ラウとクロムの考える事だ。

 深く考えたら負けだろう……。

 

「コイナさーん!着きましたよー!出かけましょう―!」


 家の扉の前でコイナさんを呼び出すが返事がない。

 失礼かと思ったが、家の中に魔力探知をかける。しかし、家の中にコイナさんの気配が感じられない。

 思い切って、家の扉を開けて中を覗くが人がいる様子がない。

 

「――コイナさん?」

 

 出かけているのか?しかし、一体誰と何処へ?

 やはり昨日の約束は少し強引すぎたか?


 家の中は玄関からそのまま土間があり、右手に流しが、正面は六畳ほどの畳の座敷になっていた。小さな部屋だ。家具もほとんどなく小さなタンスだけが置いてある。一見広く見えるが、一人で住むにもかなり狭い方だろう。

 何気に座敷に近づくと妙な違和感に襲われる。


「……なんだ?この匂い?」


 この匂い……。それに部屋の違和感。


 畳に近づき、よく見つめるとおかしなシミを拭いた後がある。手でシミの後を触るとほんの少しだけ黒ずんだ何かが指先に付いた。

 

「――これは……まさか……血か?」


 一瞬目の前がグラリと揺れたような気がした。


 そうだ――この匂いは血の匂いだ。


 部屋をよく観察するとあちこちに血を拭いたような跡がある。急いでいたのか、バレないと思ったのか、かなりズサンなやり方で証拠の隠滅をしている。これを――こんな大雑把なやり方を隠滅と呼ぶならば――だが……。


「コイナさん!!」


 指先に付いた血を眺め、硬く拳を握りしめる。

 急いで部屋を飛び出すが、家の前には誰もいない!


 ――これはどういう事だ!?コイナさんが何かに巻き込まれたのは明らかだ!あれは……あの匂いはコイナさんの血だ。


 ――何故あんな小さな子供を!?あの子が何をしたっていうんだ!?この街の住人で仲間に危害を加えるヤツはいない。

 なら誰が何の目的でコイナさんを……。


 頭の中が沸騰する程の怒りが湧きたってくる。握りしめた拳からは血が滴り落ちているが痛みは感じない。それよりも、拳が――身体が――灼熱に包まれたように熱い。目の前がクラクラする。身体は小刻みみ震えているのが分かる。


「――誰がやったか分からないが――ただですむと思うなよ――」


 呪詛を吐くように、オレは誰とも分からないヤツに向け言葉を放つ。

 オレはすぐに眷族全員に向けて念話を飛ばす。


『みんな聞こえるか?緊急連絡だ!』


『またか?今度はどないしたんや?』


『レイ様なのです!?セシリー聞こえていますです。どーぞ』


『は、はい!こちらルナ。問題ありません』


『メア。異常なしだよ』


『――オレの――オレ達の仲間に手を出したヤツがいる。絶対に許せない!手を貸してくれ!』


『『『『…………』』』』


『……頼む……』


『そういう時はな……遠慮せんでええ。頼むんやない。命じるんや。ボク等は家族かもしれん……。けどな、キミの眷族や。キミの盾であり、剣や。()()()として命じたらええ』


『……解った。みんな聞いてくれ。エルロワーズの森の三代目レイ・エルロワーズとして命ずる!オレにケンカを売ったバカがいる。最優先目標はコイナという名前の少女の保護だ。緑の髪に金色の瞳。クロムの加護持ちだ。敵対する奴は皆殺しでいい。街の外にいる可能性もある。捜索範囲はできるだけ広げてくれ。傷付いていた場合、それから……死亡……していた場合はすぐに回収してオレの所に連れてきてくれ』


『ラウ・エルロワーズ。了解や』


『セシリー・エルロワーズ。了解なのです』


『ルナルナ・エルロワーズ。了解です』


『メア・エルロワーズ。了解☆』


『……エルロワーズ?』


『キミが三代目エルロワーズとして命じるんや。ボク等は一族やからな』


『……そうか。みんな頼んだぞ。ラウはクロムと二人で結界の強化をして街にいる魔物達を守れ。指揮は任せる!ルナは街と周辺の森にクモの糸の結界を張って全ての情報を念話で全員に伝えろ。セシリーは鼻を使った探索と感覚を生かしてあやしいヤツを片っ端からメアの所に連れて行け。メアはまだ操る力は残っているか?』


『完全に操る事は出来ないけど思考を読み取ったり、言葉で縛ることは出来るよ。今ならこの街にいる魔物くらいの神格なら誰でも問題ないはずだよ』


『そうか。ならセシリーが連れて来たヤツを片っ端から尋問しろ。手段は全て任せる。どんな方法でも構わん。メアの好きにしろ。最悪壊してもいい。絶対に情報を入手しろ。オレにケンカを売ったヤツがどうなるか見せ付けてやれ!』


『わぉ!レイの太っ腹!任せて。必ずレイの期待に応えてみせるよ☆』


『あまり遊び過ぎて時間をかけすぎるなよ』


『分かってるって。その辺は任せて』


『よし!じゃぁ全員、状況開始だ!』


『『『『了解』』』』


 絶対に許さない!オレ達の仲間に傷を付けたヤツがどうなるのか思い知らせてやる!






★ルナ視点


 昨日の夜は散々でした。


 レイ様の寝所に忍び込……お尋ねしようとしたのですが、レイ様はおらず、代わりのセシリーとメアが何やら言い争っているではないですか。

 その後の事はもう思い出しだしたくもありません。


 レイ様のあの呆れかえった顔……。

 その時の言葉……。

 まさに目の前が真っ暗になりました。

 いつまでそこに立ち尽くしていたかさえ覚えていません。

 セシリーが声を掛けてくれなければ朝まででもあそこで立ち尽くしていたに違いありません。


「ルナ?今日は大人しく寝るのです。明日になればレイ様も怒ってはいないのです」


「全くだよ!巻き込まれて一緒に怒られるボクの身にもなってよね!」


「……そうですね。私もレイ様にこれ以上怒られたくはありませんから……」


「……それはみんな一緒なのです……」


 私の兄弟達も同じ気持ちなのでしょう。レイ様に怒られるなんて――想像しただけで死にたくなります。

 しかし、こればかりは兄弟達と話合わなくてはいけません。


「みんな――少し時間をもらってもいいかしら?」


「問題ないのです」


「ボクも大丈夫だよ」


 この身体になっても、元々セシリーと私は夜行性ですし、まさか悪魔のメアが夜に弱いという事はないでしょう。

 序列一位のラウ様はいませんが、あの方はこれから話す内容に異議を唱える事はまずありえませんし、なんなら上手くレイ様との調整をしてくださるでしょう。なんだかんだ言って一番あの方がレイ様のお役に立っていますし――ご寵愛も――一番受けられていますから……。


 ――羨ましい。


 その気持ちが大きくなっていくのが分かります。

 ラウ様はああ見えて一番にレイ様を、次に森やクロム姉様の事を考えられています。もし、レイ様とクロム姉様が同時に危機に陥ったなら、後悔しつつも、迷わずラウ様はレイ様を助けられるでしょう。あれほど可愛がられているクロム姉様でさえ即座に切り捨てる事でしょう。あの冷徹さをレイ様がどこまで気付いておられるかは分かりませんが、その分レイ様はなんだかんだ言いながら、ラウ様を一番信頼されていますし……。

 おそらく今も私達と違い、レイ様のために働かれているに違いありません。この中の誰かが危機に陥らないように……。


 それが――レイ様が最も悲しむ事ですから……。


「それで話ってのは何?」


 予想どうり空気を読まない末の弟が、一番に口を開きました。

 部屋に集まった私達は、部屋の中心で三人だけですが輪を描く様に座ります。

 これはこの中では、誰が上でも、誰が下でもないからです。その事に不満を漏らすモノはこの中にはいないでしょう。


 ――今は……ですが……。


「今はこの座りでいいでしょう。しかし……」


「そうなのです!これからはもっと兄弟が増えるかもしれないのです!」


「あぁ。――その話か。いいんじゃない。それはレイが決める事だし……」


「お風呂の後と言ってる事が違うのです!浮気はダメって言ってたのです!」


「浮気はね……。正式に眷族にするなら反対する理由はボクにはないよ。眷族が四人って言うのも少ない気がするし……。ましてや、怒られたばかりのバカ二人しか女性がいないのは問題あると思うしね……」


「「――グッ……」」


 正論すぎて言い返せません。確かに今日は失態でした。

 ――まさか糸で結界を張ったら、あそこまで呆れられるなんて……。


「……多分それ結界だけが原因じゃないから……」


 私の思考を勝手に読まないで下さい!

 そういえばこの子は、他者の精神に干渉する力を持っていましたね。弱くなったとはいえ、やはり思考くらいは簡単に読めますか……。


 では……。


「無理だよ?レイの思考なんて読めないよ。出来ないし、したくもないね!」


 珍しく本気の敵意が出ています。確かにその考えはレイ様に対して不敬でしたね……。


「すみません。今のは私が間違っていました。謝罪を……」


 私は心からの謝罪をメアと――レイ様に向けて行います。


 申し訳ございません。レイ様。


「……解っているならいいよ。それで()()()()()()()はどうしたいのさ?」


 ……ほんとうに生意気な弟です。言ってる事があながち間違っていないのが余計に頭にきます。


「セシリーは!……我慢するのです……。それがレイ様の為なら……。でも、生意気な弟はいらないのです。可愛すぎる妹も……やっぱり……いや……なのです。……でも……我慢するのです……」


 どんどん声のトーンが下がっていくセシリーの気持ちは痛い程分かります。頭では理解していても感情がそれを許さないのですから……。


「眷族ができたからって、レイがキミ等を蔑ろにするとは思えないけど……。むしろ甘やかしすぎだよ」


「そんな事は分かっています!それでも……」


 私にはセシリーの様に我慢するとは言えないのです……。レイ様の寵愛を受けたい。


 それはラウ様よりも……。

 

「じゃぁレイの役に立つんだね。ラウみたいにさ。でもそれはここにいる三人ともが思っている事だよ?」


「……その通りですね。眷族が増えるのは仕方がない事でしょう。それならば、誰が寵愛を受けられるか――誰が最もレイ様のお役に立てるか――に考えを持っていく方が建設的ですしね……」


「セシリーも頑張ってレイ様のお役に立つのです!」


「それだけじゃないよ?レイはボク達が争うのをすごく嫌う。意味分かるよね……?」


 私とセシリーは無言で頷きました。私達が争うのをレイ様は、いつもとても哀しそうに見ていらっしゃいました。


「功を上げる為に兄弟の足を引っ張り合うな!と、いう事ですね?そんな事誰もしませんよ」


「信用しているよ。でも一応念の為にね……?これでもボクは()()()()の事本当に好きだからさ?」


 ……ほんっとうに生意気な()ですね。心配しなくても私も兄弟達の事は大好きですよ……。


「セシリーもメアの事好きなのです!メアとケンカするのは楽しいのです!」


 あの殺し合いをケンカと言えるなら、大したものです。二人とも……。


 確かに眷族が増えたとしても、メアとも上手くやれている以上、私の考えすぎな気はしますが……。それをメアに教えられるのは納得いきません。

 

「心配しなくても、ルナの事をレイは愛しているよ」

 

「……分かっています」


 メアが嬉しそうにこちらを見ていますが……。

 その言葉の後に、みんなの事も……と付くのでしょう。

 ほんっっっとうに生意気な弟で困ります。

 





 『ルナルナ・エルロワーズ。了解です』 


 レイ様からの念話で、私達のいる部屋の空気が一変しました。

 誰もが思っているでしょう。


 自分こそが最もレイ様のお役に立つと。


 ラウ様など念話をしながら、すでに部屋を飛び出しクロム姉様と結界を張りに向かったのでしょう。

 結界を張りつつ指揮系統はラウ様が……。


 やはり、ラウ様が一番なのですね。


 とはいえ、今はラウ様に嫉妬している場合ではありません。レイ様からのご指示を全うする。それこそが今なすべき事。

 私は急ぎ窓から躍り出て、屋上に向かいます。他の二人も最早いません。

 レイ様の加護を受けた私にとって、この街に結界を張り巡らすなど造作もない事。しかし、上の森となると話は別です。時間さえ頂けるなら、この世界全てにクモの糸を張り巡らす事も簡単ですが、今は時が足りません。


 ここは私の眷族に力を借りるとしましょう。

 クモの糸を街に張り巡らしながら、指先程の大きさの小さな子グモ達を呼び出します。私に仕える数多のクモ達。

 

「ベビースパイダー達。森に行って皆に言伝を。結界を張ります。森中に糸を張り巡らせなさい。魔力は私が持ちます。一刻も早く、です」


 ベビースパイダー達は言うよりも早く、瞬く間に転移の魔法陣から森に飛んでいきます。


「いい子達ね」


 可愛い私の妹達。頼みましたよ?


 魔法陣を経由して魔力を送るのは普通なら至難の業でしょうが、アトラナートの糸は次元をまたいだくらいでは物ともしません。これはクロム姉様にも出来ない事。

 街に張り巡らす結界は放っておいても問題なさそうですね。

 では、セシリーとメアの所に向かいましょう。

 いくら結界を張ろうとも、この魔物の数です。得られる情報量が多過ぎて、私一人では捌き切れませんから。メアが得た情報を元に特定の情報のみに絞っていきましょう。


 メアは……真下……館の一階ですか……。


 屋上から飛び降り正面の玄関から入り直し、メアの下に向かいます。


「ルナ?どうしたの?もう終わったの?」


「ええ。この街の結界は八割がた終わりました。後は時間の問題です。すぐに片付くでしょう。森の方も問題ありません。多少魔力を消費しますが致し方ありません」


「……真面目にやれば仕事は出来るんだよなぁ~」


「……なにか?」


「……別に」


「それよりメア。私の結界では情報量が多過ぎて処理しきれません。何か有益な情報はまだでませんか?ある程度特定しない事には……」


「あぁ。そうだよね。この街にいる魔物全ての声を読み取ってたらキリがないか」


 メアは七匹いる魔物達の頭に手をかざしながら嬉しそうに笑っています。


 他者の頭の中を弄ぶのがそんなに楽しいんでしょうか?私には分かりません。


 とはいえ、ここにいるのは全てレイ様に牙をむいた者達。同情の余地はありません。むしろ、後で私からも罰を与えてあげましょう。

 

「ルナもいるのです?もうおわったのですか?」


「あら、セシリー。お疲れ様。こちらは順調よ。私も手伝いに来たわ」


 セシリーは両手に掴んでいた魔物を無造作にメアに投げると、私に飛びついてきます。

 あぁ。このモフモフの耳が堪りません。尻尾はさすがに触らせてもらえませんが……。

 セシリーも私の可愛い妹の一人。前は種族が違いましたが、今は正真正銘、私の妹。


 可愛すぎます。


「こっちも大体の事はつかめて来たね。こいつ等戦争しに来てるみたい。バカだよねぇ~。勝てる訳ないのに――」


「全くなのです!お仕置きなのです!」


 一斉にクモの糸を空中に放つと魔物達の四肢を瞬時に跳ね飛ばします。

 何か叫んでいますが五月蠅くて聞き取れませんね。


「ルナ怖いのです~」


「ちょっと!こいつ等はまだ使うんだからね!勝手に壊さないでよ!」


「あら、ごめんなさい。頭にきたモノだから、つい。それに()()殺していないでしょう?」


 ごめんなさいね。メア。余りに……こいつ等が……ふふふ。


 我慢できなかったわ。


「もう。せっかくレイから許可を貰っていたのに……」


「で、クロム姉様の結界の中でどうやって戦争しようなんて思ったのかしら?いくらこいつ等が、バカで無能でもそんな無謀な事考えないでしょう?」


「そこでレイからの最優先事項だよ。こいつ等あの子の身体に何か埋め込んだみたいだね。クロムの加護持ちで、まだ子供。攫うにはうってつけだったみたい。クロムの加護持ちなら館に入っても誰も怪しまないからね。その()()でクロムごと館を吹き飛ばして結界を消す。で、こいつ等が街で暴れるって寸法だよ」


 そんなズサンな計画が成功するか知りませんが……()()クロム姉様がそんな簡単に死ぬとは私には思えません。

 例え結界が消えたとしてもこんなヤツ等に私達が負けるとも思えませんし……。やはりバカの考える事は分かりません。


『すまんな。どっちにしろ結界は消すで?』


 まるで私達の会話を聞いていたようなタイミングです。


『ラウ様?それはどういう事なのです?』


『結界の規模を縮めて小規模で強力なのに張り替えるわ。それで街に来とる魔物を守る。それでも結界の中に入り込んだ魔物はクロの眷族に任せとったらええ。その代わり……』


『結界の外にはじき出された――力の制限のかかっていない魔物をボク達で始末していいって訳だ!』


『そういう事や。今回はレイの初陣や。大暴れして構わんで?街の事の気にせんでええ。クロが好きなだけ壊してええって。ウチのお姫様も相当ご立腹や。ボクは用事があるから参加できんけど、せいぜい派手にやり?』


 ――これは……いけませんね……。

 口元から――笑みが……。――ダメです。抑えられません……。


 手で口元をおさえて必死に笑みを隠そうとしますが……抑えられません!

 二人を見ればメアも歪な笑みを浮かべて、喜びを隠しきれていないようですし。

 セシリーに至っては口の端が耳まで届くのではないかと思うくらいに吊り上がり、三日月のように不気味な笑みを顔に張り付けていました。赤い瞳が仮面のように張り付けた表情からランランと薄暗く輝いて……。


 私の弟妹は本当に……可愛いですね。


「では、許可も出た事ですし……。()()を始めましょうか?」


 二人は返事もせず館を出て行ってしまいました。


 私は少し寂しいです……。まぁ早る気持ちも理解できますが……。


 私がやれば一人で十分なのですが、折角ですし玩具は弟妹に譲ってあげましょう。この街はもう私の巣……。


 私がその気ならもう終わっていましたよ……?


 仕方ありません。私は……二人の援護に徹するとしましょう……。


 ――ドゴォォォーオオン!!


 アラアラ……。もう始めているみたい。

 あれは……セシリーね。


 視界の端に見えていた建物がモノの数秒で瓦礫になってしまいました……。

 糸を伝って、二人の動きが手に取るように解ります。セシリーは高速で街の中を移動しながら一体ずつ狩っているみたいですね。

 メアは……獲物で遊ぶのに夢中みたい……。


 あの趣味はイマイチ理解できないわ……。獲物なんて狩ってしまえばみんな同じでしょうに。

 さすがに二人の取りこぼしは期待できなさそうね。なら……私は私の役割をこなすとしましょう。


 セシリーの出す破壊音で、街に来ている魔物達の混乱が酷いです。それならば、私の糸でケガ人がでないようフォローしておきましょう。

 ついでにベビースパイダー達で誘導を……。そして、紛れ込んでいる愚か者達を拘束、無力化もしておきましょう。

 

 私はアトラナート。クモを支配するモノ。


 麻痺毒も私の得意分野です。

 今回の戦いはただ勝つだけではいけません。一人のケガ人も出す事なく、圧倒的な力を見せつけなければなりません。矛がセシリーとメアならラウ様と私が盾の役割。ヤケになったバカ達が街の住民を傷つけるとも限りませんし……。そこまでして、初めてレイ様の勝利なのです。我が主の初陣。私達が勝利をあのお方に捧げなければ……。

 

 セシリーはちゃんと理解しているのかしら。間違って街の住民をケガさせなければいいのだけれど……。


「ルナ。世話をかけるのう。ワシも出るぞ」


 私が手元の糸で、街の全てを誘導していると後ろからクロム姉様の声が……。


「クロム姉様!?結界はもうよろしいのですか?」


「あぁ。おぬし等のおかげで()()()()()被害がでなさそうじゃしのう?」


 嫌ですわ。あれをやっているのはセシリーですよ。


「ククク。分かっておる。ちゃんと感謝しておる。しかし、ヤツ等の狙いはワシじゃろう?なら……ワシが囮になる」


 ……背筋に氷でも差し込まれた気分ですね……。冷や汗が止まりません。


 どうやらレイ様と同じくらい、クロム姉様も怒っているみたいです。言葉とは裏腹に表情は怒りに満ち満ちています。

 戦闘に合わせた装束に着替えていない、という事は戦闘になれば、本来の姿で戦うという事ですか……。


「はぁ……。私もお供します……。姉様の眷族では巻き込まれた時一たまりもないでしょうから……」


「すまんのう。今の内に謝っておくわい」


「……謝るような事をしないでください……」


「じゃから、それも含めて今謝っておくのじゃ」


「……はぁ。早くレイ様に会いたいです……。癒しを下さい。レイ様……」


「心配せんでも今から若様の所に向かうのじゃ。安心せい」


 後はコイナとかいう少女だけですか……。

 無事ならいいのですけど……。

 早くレイ様に会いたい……。

 許可を出したクロム姉様まで街を破壊するつもりだなんて……。やはり私が何とかしないといけないようですね……。


















 

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