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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
13/58

12

 露天風呂から先に出たオレは、脱衣所で着替えようとラウの用意してくれている着替えを探す。

 着替えは正面の棚の三段目、オレの目の高さの所に一着だけ畳まれておいてあった。

 一着しか無い所を見るとあれがオレの着替えだろう。

 なにせ、ラウ以外の全員は、着替える必要さえないのだから。

 そのラウも自分で好きな服をいつでもスキルで取り出し着替える事が出来るのだし。


 備え付けのタオルで身体を拭いた後、着替えを手に取り広げてみる。

 真っ先に白の布地とピンクのフリルが目に入った。

 ラウが用意してくれていた服は――何故か……メイド服だった。

 身体が十五、六歳程度まで若返り、身長が縮んでいるにもかかわらず、メイド服のサイズは今のオレにピッタリだった。


 ……


「ふざけんな……」

 

 小さく呟くと、メイド服を畳みもせず乱暴に置いてあった棚に叩き込む。


 そういえば、二人で暮らしていた時も、この手のイタズラはよくされたな。


 なので、今はサイバースーツを身に着け、クロムが露天風呂から出て来るのを待っている。

 クロムの所にもラウが昔身に着けていた服があるはずだ。そもそも、その服を貰う為にここまできたのだから。

 ラウに言っても無駄だろう。アイツがこの手のイタズラをする時はうんざりする程しつこい。

 止めろと言っても止めないし、着替えるまでは絶対に諦めない。

 やはりというか――風呂に入る前に着ていた服は既になくなっている。


「……全く!」


 脱衣所にある長椅子にドカリと腰を下ろすと、腕を組み、う~ん、と声を上げる。

 ラウが念入りにイタズラを仕掛けている以上、クロムに頼んでも無駄のような気もする。

 大体、あの二人はとてもよく似ている。イタズラを仕掛けたタイミングを考えると、最初に五人が露天風呂に雪崩れ込んできた時とは考えにくい。


 なら、いつ仕掛けたのか?

 簡単だ。二人が風呂に入る為、脱衣所へ着替えに戻った時だ。であるなら、このバカなイタズラは二人の共犯の可能性が高い。

 

「どうせ、後は寝るだけだし、別にこの恰好でも問題はないんだけどな……」


「「――――ッ!?」」


 気配に気が付くと、セシリーとルナが露天風呂の入り口で水着のような恰好のまま立ち尽くしていた。

 二人とも顔を真っ赤にして言葉を失っている。


 ……この恰好そんなに変かな?

 というか、二人ともオレの裸はもうすでに見た事があるじゃないか……。

 なんなら葉っぱを腰に巻いた姿とかも……。


 あっヤバい――。これはオレが自分でダメージを食らうヤツだ……。

 

「レイ様?その恰好は気にいったのです?」


 セシリーがモジモジしながら上目遣いで尋ねてくる。

 みんなの視線がそうでなければ、この恰好でいるのもやぶさかでないのだけれど……。

 やはりいつもこの視線を投げかけられるのはツライ。なんなら葉っぱの方がまだマシだったかもしれない。

 相手がラウやクロムであれば、「別に……」と冷たく答えられただろうけれど、さすがにセシリーにそんな態度はとれない。

 一方のルナはオレを見て、固まったままピクリとも動かない。顔を真っ赤にして頭からは微かに蒸気まで出して立ち尽くしている。


 ……おかしいな。裸の時よりこっちの方が恥ずかしい気がしてきた。


「違うんだよ。セシリー。ラウの用意してくれていた着替えがね……。なんていうか……その……合わないんだよ」


 説明に困る。

 メイド服を説明するのも大変だし、そもそもセシリーはメイド自体が理解できるのか?

 女物だからとでも言えばよかったのだろうか。


「なら、その恰好のままでいいのです!とても素敵なのです!」


 オレは一歩後ろに後ずさりし、思わず身構えそうになってしまう。

 セシリーの可愛らしい笑顔とは反対に、その真っ赤な瞳の奥には、獲物を狙う狩人の眼差しが確かにあったからだ。

 尻尾をブンブンと左右に振って、小さな赤い唇から僅かに舌なめずりをしたのが分かった。

 水着の美少女が笑顔のまま、頬を赤らめ、肉食獣の瞳でジリジリと迫ってくる。

 セシリーの背後には、まさに大きなフェンリルがハアハアと興奮してヨダレを垂らしているのが幻視できた。


 現代日本では恋人さえ一度も出来た事のないオレにとって、それは恐怖以外の何物でもなかった。

 

「若様よ。そういう事は部屋でするものじゃ。それとも若様は人前や外でする方が燃える質なのか?」


 …………お前が燃えてしまえ。


 いつの間にか脱衣所の隅ではラウとクロムがこちらを見てニヤニヤしていた。


 やはりお前達の仕業か……。


 ここまで読んでのメイド服だったんだろう。

 メイド服に着替えるなら最高だし、着替えないなら着替えないで、それもまた面白い。


 気付けばいつの間にかメアが、急いでセシリーに駆け寄り、両手で肩を掴んで必死に止めてくれている。


 ナイスだ、メア!


 セシリーとメアが再び言い合いを始めると、オレは二人を放置しラウとクロムに詰め寄った。


 もう少しだけがんばってくれ!


「――どういうつもりだ?どっちの仕業だ?」


 どう答えてもラウが死刑なのは確定しているが……。

 

「いややなー。ボクは止めたんやで?レイはメイド服なんか着んって」


「おやおや、お前様?昔ナース服を着せた時はよく似合っていたとお前様もノリノリだったではないか?」

 

 ……コイツそこまで話していたのか。


「そうやそうや。昔そんな事もあったなぁ~。あれはあれで可愛らしかったわ~。思わず入院しとうなってしまったくらいや」

 

「くっくっくっ。お前様。やりすぎじゃ。それでは若様が……余りにも……かわいそうじゃ……くっくっ」


 二人とも悪いとは全く思っていないようだな。


 額に血管が浮かんで、身体がプルプルと震え出したのが分かった。

 一度下を向き、怒りを溜めて爆発させようとした……その時。


「まぁ待ちって?スマンかったって。クロがな、レイのその恰好をちゃんと見たいって言うてな」


「いやぁ~若様。すまんかったのじゃ。それにほらっ。見てみい?セシリーとルナも喜んでおるじゃろう?」


 セシリーとメアは後ろでヤイヤイ言い合っているが、ルナはいつの間にか自分の腕をオレの腕と絡ませ、オレの肩に頭を預けていた。

 何気に水着に包まれた胸までオレの腕に押し付けている。

 一体いつの間に傍に来ていたのか全く気付かなかった。

 というより、腕を組まれたのでさえ分からなかったぞ。どんな隠密スキルだ。


「……レイ様……」


 ルナが熱っぽく吐息を漏らす。濡れた髪から微かにシャンプーの良い香りが漂い、絡めた腕の二の腕の辺りに柔らかな感触が……。水着姿を見て分かっていたがルナも中々大きい……。


 しまった!こっちも危険地帯だったか!?

 ラウとクロムの相手をしている場合じゃない。メアはセシリーの相手で手が一杯だろう。ここはオレが自分でなんとかしなければ……!


「あ、あのぉ~。ル、ルナさん?そ、そのぉ~。う、腕を……、」


「……無理です!もう私には自分で自分を止める事は出来ません!」


 ――何それ!?そのセリフちょっとカッコいい!


「なっ?いうたやろ?嬢ちゃん達がこないに喜んどるんや。ボクも頼まれたらイヤとは言えへんかったん分かるやろ?」


「そうじゃぞ?ワシも可愛い娘達を思って()()()悪役になったのじゃ。それでもワシ等が悪いと言うなら、娘達の為じゃ。喜んで叱りを受けよう!」


 ――屁理屈を。しかしセシリーとルナの名前を出されたら……。


「これこれ。そんなに怖い顔をするでない。本当に()()()悪いと思っておるんじゃから」


「…………」


 少しかよ……。

 納得できない――が、するしかない。


 めんどくさいヤツが二人に増えると、かかる手間が四倍になった気分だ。

 

「メア。もういいよ……。ありがとうな?」


 オレの言葉にしぶしぶメアも納得してくれたみたいだった。

 こいつ等のせいで可愛い家の子がケンカするなんて耐えられない。

 セシリーも今度はルナに気付いて文句を言っていたが、疲れ切ったオレはもう何も言わなかった。

 というか言えなかった……。

 耳からはセシリーの文句が聞こえるが、頭の中にはいつかラウの言っていた「苦労するで?」という忠告がやたら響いている……。


 横目でラウをチラリと見ると、それに気付いたのかラウは嬉しそうにオレを見つめていた。

 





 とにかくラウに新しい着替えを頼むと、思いの他案外すんなりと着替えを用意してくれた。

 白いTシャツに動きやすいグレーのハーフパンツ。向こうにいた時によく来ていた寝る時の格好だ。

 ちなみに寝室はクロムが気を利かせて全員別の部屋にしてくれた。

 それくらいの気は使えるみたいだ。

 赤を主体とした暗い部屋。花柄のぼんぼりだけが、部屋をうっすらと照らしている。まさに妓楼の一室といった感じだ。

 さっきまで露天風呂で水着の女性を間近で見た――というより、一緒に入っていたので、この部屋に雰囲気では落ち着かずソワソワする。

 どうせ寝なくても問題ない身体だ。落ち着かないなら外を見て回るのもいいかもしれない。

 特に脱衣所でのセシリーとルナを見るに、この部屋で寝るのは何故か危険な気がする。


 背筋にゾワゾワッとした悪寒が走る。


 まるで猛獣と同じ檻の中に入れられたみたいだ。


 一体何のホラーゲームだよ……。


 辺りを見回して、この部屋にセシリーとルナがいないのを確認するとオレは静かに部屋を抜け出そうと決意した。




「失礼します……」


 ――ッ!!

 心臓が飛び出るかと思った!


 今まさに襖を開けようとした瞬間、その襖の向こうから声がかかったのだ。

 襖にかかった手を音が出ないようにそっと離して後ろに下がる。

 気配を消して窓際まで移動すると、まるで何事もなかったように襖の向こうにいる人物に返事をする。

 しかしこの声は知っている人物ではあるが、こんな喋り方をしていなかったはずだ。


「ど、どうぞ?」


 なるべく声に動揺が乗らない様、努めて冷静に対応する。


 べ、別に驚いてませんよぉ?に、逃げ出そうなんて考えてもいませんよぉ?


 襖はスススと音を立てずに静かに開いた。

 襖の向こうには奇麗な姿勢で正座するクロムの姿があった。

 クロムは静かに部屋に入ると襖を閉め、襖の前で正座したまま三つ指をついてオレに向かって頭を下げた。

 

「夜分遅くに申し訳ございません。失礼とは思いましたが、どうしてもお話したい事があり……」


 だ、誰コイツ……?まさか……違うヤツ?


「ま、待ってくれ。急にどうしたんだ?おまけにその喋り方はなんだ?またイタズラでも仕掛けにきたのか?」


 クロムは頭をあげようとしない。

 本人……ではあるみたいだ……。


「……その件に関しましては誠に申し訳ございません。どうかご容赦を……」


「いや、別にいいんだけど、とにかくその喋り方と態度をなんとかしてくれないか?落ち着かないんだ」


「…………」


「……頼む」


「分かったのじゃ。しかし、どうか話をきいてもらいたいのじゃ……」


 クロムは変わらず三つ指を付いたまま、頭だけあげてこちらを真剣な表情で見つめて来る。


「……わかったよ。話ってのはなんだ?」


「まず謝罪をしたいのじゃ」


「脱衣所の事なら気にしていないから謝らなくてもいいぞ?」


「……その件ではないのじゃ……」

 

 他に何をしたんだ。コイツは。またろくでもない事したんじゃないだろうな……。


「ワシは若様から見れば、直接の眷族ではない……。ラウ様の眷族じゃ。いうなれば若様の孫にあたる関係じゃ……」


「確かにそうだな。それが何か……?」


「若様はいずれこの森の主になるじゃろう……。そうなれば……この森に住む者はみな忠誠を誓わなければならん。それが……それこそが森の秩序を保つために必要なケジメじゃからな……」


 そういうもんなのか?オレは別に気にしないが……。


「……しかし……ワシは……ワシの忠誠は……別の方に、ラウ様に捧げておる……」


 うん。知ってる。


「若様にはワシはラウ様を通じて間接的には忠誠を誓うじゃろう……。しかし……もし……なにかあればワシはラウ様を優先する……じゃろう……」


 クロムのオレを見つめる目は苦痛に満ちていた。


「……もしそれが…気に食わんというなら……いや、森の秩序の為なら……ワシは……」


「…………死ぬのか?」


「…………」


「バカか?お前はバカなのか?」


「…………っな!!――バカとはなんじゃ!?バカとは!」


 さっきまでの苦痛に満ちていたクロムの表情は一気に驚きに変わった。


「なんでオレが可愛いセシリーやルナの育ての母親を殺さなくちゃならないんだ?森の秩序?バカか?そんなもんしるか。そんなもんの為にせっかく助かった命を捨てるのか?」


 クロムは驚きの余り絶句している。

 

「お前らは誰の家族だ?ラウが好きならそれでいいだろ?オレもラウの事は好きだ!セシリーもルナもメアも……それからクロムの事も好きだ。お前がオレを蔑ろにするかも知れないから殺すとか意味がわかんねーんだよ。別にケンカしたとしてもいいじゃねーか!みんな家族なんだからよ!」


「ワシも家族なのかや?ラウ様がいなくなり、兄弟じゃと思っておった他の眷族はみな殺されてしもうた。ワシもこのまま一人で死んで行くものと昨日の夜まで思っておったのじゃ……」


「あぁ。そうだな。だから忠誠がどうのこうのとか、秩序がどうのこうのとか、そんなくだらない事で死ぬなんて言わないでくれ。オレは……みんなが好きなんだ……」


「くっ……くっくっ。さすがラウ様の息子なだけあるのう……。よう似ておる。もし先に……ラウ様よりも先に若様に出会っておったらセシリーやルナ達と若様を取り合って揉めておっただろうのぅ……」


 ようやくクロムに笑顔が戻ったな。


「なっ?バカな考えだっただろ?」


「そうじゃな……。しかし、ワシは五百年……。五百年もこの森の秩序と平和だけを考えておったのじゃ。そのために命を削り、兄弟を見殺しにしてまで守って来たのじゃ。どうか……その気持ちを汲んで欲しい……」


 そういうとクロムは立ち上がりオレに近づいて来た。

 そしてなぜか着物を脱ごうとしている。


 ――なに!?なにしてんの!?この人?


「おい!なにしてんだ?お前!?」


「これはケジメじゃ!ええい!女に恥をかかすでない!先ほどワシの事も好きだと言っておったではないか!?」


 やっぱりコイツバカなのか?いや、バカだ!


「お前にはラウがいるじゃねーか!?」


「ラウ様も若様になら嫁にやってもよいと言っておったわ!それにセシリーやルナの父親なら母親代わりのワシとはツガイという事じゃろ!?」


「意味がちげーんだよ!少し冷静になりやがれ!」


 バタバタとしがみつくクロムの頭にゲンコツを落とす。手加減ができたかは……知らない。


 少しは反省しろ!

 





「うむ。ワシもどうにかしておったみたいじゃ……。若様とおるとどうにも引き寄せられるような感覚になってしまうのじゃ……。これは……危険じゃな……。うむ」


 うむ。じゃねーよ。


 襲われるこっちの身にもなってみろ!お前もお前の娘達も肉食獣じゃねーか!

 どういう教育してんだ!

 娘達はオレの方で教育し直すとして、お前は自分で何とかしろよ!


 さっきまでのしおらしい態度とは打って変わって、着物のくせに胡坐をかいて、両手を組んでキセルをふかしてやがる。


 どこの親父だ!

 はぁ~……今日は厄日だ。特に女難が酷い。


 クロムはキセルを銜えて、煙をふかしながらウンウン唸って考え事をしている。


 話が終わったならさっさと自分の部屋に帰れよ……。

 泊めてもらっといて言うのもなんだけどさ……。


「若様や?今まで全く知らん魔物の懐かれた事はあるかのう?」


「はぁ~。そんなんしょっちゅうだよ!生まれた時からずっとだ!」


 クロムは目を丸くして驚いている。


「それはスキルか何かの力なのかや?」


「知らねーよ!それより、もしオレがお前を受け入れたらどうするつもりだったんだ!?」


「まぁさっきのは半分冗談じゃからな。それに若様がそんなオスではないと露天風呂と脱衣所でしっかり確かめておる」


 カッカッカッと高笑いを上げるクロムをオレはジト目で眺める。


 半分は本気だったのかよ。


 しかも脱衣所でのイタズラにそんな意味があったなんて……。いや、違う。

 あれは間違いなくコイツ等の悪意ある悪ふざけだ!

 悪ふざけついでにセシリーとルナをけしかけてオレがヘタレかどうか確かめた訳だ。


 実際ヘタレだけどさ……。


「とにかく……お前の覚悟は分かったからさ……。オレは別に気にしないから……もう休ませてくれ。明日早いんだから……」


「そういえば明日は街に全員降りろと言っておったの?何があるのじゃ?」


 クロムになら、まぁ話しても大丈夫か。

 コイナさんはクロムの眷族だろうし……。


「明日コイナって子と約束していてな。それでみんなをコイナに見せてあげたいんだ」


「コイナ?それは誰じゃ?この街の魔物か?」


「――ッ!?知らないのか!?てっきり人の姿をしていたからクロムの眷族とばかり思っていたけど……」


「それは妙じゃのう?この街にいる眷族はみな知っておる。ワシが直接加護を与えたからのぉ。じゃがそんな名の娘をワシは知らんぞ?」


 ……どういう事だ?この街でクロムの知らない加護持ちなんているのか?


 そもそも加護自体どういう物かさえオレは知らない。

 布団の上で胡坐をかいているクロムから距離を取るように大きな窓の淵に腰かけ、外を眺めてオレも思案する。


「若様?ワシ等とはぐれて街に来た時一体何があったのじゃ?良かったら話してくれんか?幸い今日はこちらのワシ等がおる二階は人払いをしてある。ワシ等以外話が漏れる事はないはずじゃ」


 ……人払いまでして何するつもりだったんだよ。どうりで誰とも会わない訳だ。



 

 それからオレは、コイナさんとこの街で出会った経緯をクロムに順を追って話した。


「……うぅ~む。ワシにもよく分らんのう。人の姿をしておるという事は間違いなくラウ様かワシ。死んだワシの兄弟達の眷族に違いないはずなのじゃが……心当たりがないのじゃ。とはいえワシもここ百年くらいは昨日までずっと床に臥せっておったからのう。限られた者以外とは会わんかったしのぉ……」 


 確かにそうだ。クロムはラウがこちらに帰ってきてオレが加護を与えるまで、命を削って結界を張っていたはずだ。

 力を取り戻すまでは死にかかっていたそうだし……。


「じゃあオレが会ったコイナって子は誰の眷族なんだ?そもそも加護とは何なんだ?」


「その娘を見ん事にはワシにも何とも言えんのう。しかし加護ならワシも与えれるので多少若様に説明はできるのじゃ」


 多少……なのか?ラウなら詳しく知っているのか。


「そもそも加護とは神が人間や魔族に与えたモノじゃ。神に愛され神の加護を受けた人間は、まさに神のごとき力を操り、同種の者を導く存在として指導者の役割をしておったそうじゃ。それは神から神格を与えられたという事じゃ。神格とは言葉のまま神の格の事じゃ。神格の高い者はまさに神に等しい存在だったそうじゃ。しかし、誰にでも加護は受けられん。生物には持って生まれた器という物があるからだそうじゃ。大きな器には大きな力が収まるし、小さな器にはそれ相応の力しか収まらん。ゆえに誰にでも加護を受けれる訳ではないのじゃ」


「神格とは魔力とも違うのか?」


「これこれ、若様そう()くでない。今言ったのは遥か昔の……おとぎ話や神話の伝承のような話じゃ。実際神などという存在を誰も見た事はないし、神から直接加護を受けたという者も見た事はないからの。これは遥か昔、何百年、何千年と言われておる事じゃ。人間や魔族は……昔どこそこの英雄や王は神から加護を貰ったに違いないと崇め奉っておるが、ワシに言わせれば眉唾な話じゃな。それらの話に出て来る者に比べれば若様やラウ様が神から加護を貰っていると言われた方がよっぽど信じられるわい」


 しかし……また神か……。メアの話にも出て来た神。

 こうも神というヤツの陰が、近くをウロウロしていると気分が悪いな……。


「おお、スマン、スマン。話が逸れたの。つまり加護とは神格を持った存在が他者に自分の神格を分け与える事じゃ。これは自分の力を切り離して与えるというより、自分の魂の色の付いた液体を他者の魂に垂らして、自分の色に染めるといった方が感覚的には近いかもしれん。それが何色で、どの程度の濃さかは、個人差がある上に、色が混ざれば違う色にもなるからのう。そうやって、神格が広まってきたのじゃ。そうして今では色の薄い――つまり弱い神格を持つ者ばかりが増えたという事じゃ」


 弱い神格か。つまり透明な液体に色素の薄い液体を混ぜても、透明な液体と変わらないって訳か。


「オレやラウの神格は高い――つまり今の言い方で言うと色が濃いのか?」


「そうじゃのう……。この森には数多の種族の魔物や魔獣がおる。神格が元々高い幻獣や霊獣と呼ばれる者も多い。セシリーやルナやワシといった風にの。しかし……」


 クロムはいったん言葉を切り、マジマジとオレを見つめている。


 ……やめろ……視線がエロいんだよ!


「若様やラウ様ほどの神格をワシは見た事がないのじゃ。これほどとはの……」


「……それは……強いのか?」


「魔力を大小で表すなら、神格は質じゃ。いくら魔力が大きくても、質が悪ければ使い物にならん。かといって、魔力が小さくとも質が高ければそれだけで大きな力を出せるじゃろう」


 つまり量より質って訳か。


「それゆえに神格の高い者の加護を受けたいと思う者は多い。しかし……先ほども言ったように器が小さければその力を受け止められんのじゃ。さらに相性もあるじゃろうしな」


「相性?」


「そうじゃ。例えばじゃ。若様が黒の原色のような神格じゃったとして、誰がそれを受け止められる?いくら器があったとして、中の魂を真っ黒に染められたとしたら……魂が染まり人格は消えておるじゃろうのう。実際ただのイメージの話じゃが色が混ざれば違う色に変わる。それはつまり、肉体が変化し性質が変わるという事じゃ」


 なるほどな。それが加護の力か。

 つまり加護を与えてしまうと、嫌だからといっても加護は二度と外せないって事か。


「じゃあ例えばオレがクロムに加護を……ラウの加護と重ねて与える事はできるのか?」


「それは……難しいじゃろうな……。ラウ様の加護も若様ほどではないが、見た事がないほど強いからのう。強い加護を二つも魂に刻むなど……魂が砕けてもおかしくはないじゃろう。弱い加護の上からなら塗りつぶす事もできるじゃろうが……さすがに試したくはないのう……。ワシもまだ死にたくはないしのう」


 やはりそうか……。コイツ初めから死ぬ気なんてなかったな……。しおらしく来たと思ったがあれも演技か……。

 つまりオレをヘタレだと思ってただイタズラしに来ただけだ。


「なんじゃ?若様。どうかしたのか?」


 布団の上でキセルをふかしながら、クロムはオレを訝しげに眺めている。

 胡坐をかいた足ははだけて、なまめかしい太ももを露わに晒している。


 なんなんだ?コイツホントになんなんだよ。一体何しにここへ来たんだよ! 

 

「……別になんでもない。他に加護について知っている事はないか?」


「そうじゃのう……。今言ったのはあくまでイメージの話じゃ。強い加護を受けるとそれだけ拘束力も強いのじゃ。主は眷族を言霊で縛る事もできるし、眷族は主に危害を加える事もできんじゃろう。最悪、相手が悪ければ奴隷のように扱われる事もあるじゃろう。それゆえ加護を受ける方も慎重に主を選ばねばならん。それほどまでに強い契約だという事じゃ」


 ……


 改めてオレを信用して加護を受け入れてくれたみんなに感謝しよう。そして……みんなの主にふさわしくなれるよう努力しようと決意した。


「ふふふ。若様はやはりよい森のヌシ様になりそうじゃのう」


 コイツ、基本的にはいいヤツなんだよな……。

 たまに態度と性格がおかしくなるだけで……。

 まぁそこが一番問題なんだけど……。


「加護も悪い事ばかりじゃないぞ?受けた方も与えた方も。受けた方は神格が強くなるのはもちろんじゃが、主の力の影響も大きく受けるからのう。ワシなら『ラウ』様の次元を操る力の影響で結界が強く操れるようになったし、神格が強くなった事で眷族も増やせたしのう?」


「次元を……?」


「そうじゃ。知らんかったか?『無限収納』も次元を操る力の一部じゃしのう」


 それがラウの本当の力か。一度眷族の力を把握しておかないとな。


「それに与える方も……言い方は悪いが、それだけ強力な手駒が増えるという事じゃし、魂で繋がっておると色々できるようになるそうじゃぞ?」


「色々ってなんだ?」


「それはワシにも分らん……。というより、どれほどの加護を与えたか。どれほど強く魂で繋がったかで大きく変わるじゃろう。若様とあやつ等なら、それはもう凄まじい合体技や変形合体ができるじゃろう!」


 クロムは遠くを見つめながら、目をキラキラと輝かせて語っている。


 出来る訳ねーだろ!

 

「……冗談じゃ。ゴホンッ!ともかく加護の力が馴染めば『念話』など使えるようになるじゃろう」


「念話……?」


「そうじゃ。直接会わんでも若様なら会話するくらいは大丈夫じゃろう。ワシはラウ様と短い距離なら出来るが……ワシとワシの街におる眷族とでは出来ん。これは神格の強さと加護の強さで出来る事が変わるのじゃろう」


 ――念話か。携帯電話だと思うと便利かもしれない。


「加護は見たら誰が誰の加護を受けているか分かるか?もしくは遺伝するとか……」


「それは見ても分からんのう。しかし強い加護なら姿を見れば、魔物なら大体誰の加護を受けたかは分かるじゃろう。明らかに姿形が変わるのじゃから。その変化がないほど弱い加護なら話は別じゃが。それに加護は多少は遺伝はするぞ。魂が受け継がれるのじゃから当然と言えば当然じゃな」


「遺伝……するのか。なら、クロムの加護を受けた者で子供を作った魔物はいるか?」


「……おらんはずじゃ。ワシの眷族はみなメスじゃ。子を孕む可能性は誰でもあるがこの街からは出ておらんはずじゃし……。子を産めばワシが知らんはずはないのじゃが。……ん?いや?まて!一人おった!いやしかしあやつが子を孕むなど……」


 それだ。おそらくコイナさんの母親だ。


「その魔物の加護は強いのか?」


「ああ。ワシの眷族の中で最も強い加護を与えた者じゃ」

 

 間違いない。


 コイナさんも人間と変わらない姿をしていた。

 それほど強い加護なら多少弱まってもコイナさんに受け継がれる加護も強いはずだ。


「その魔物は今どうしてる?この街にいるのか?」


「……いや、ここにはおらん。実はな…………」


 そこからクロムはコイナさんの母親について語ってくれた。

 クロムも昨日まで臥せっていたのだ。コイナさんについて何も知らなかったとしても無理はない。





 

「……そんな理由があったのか……」


「……スマン……ワシが至らんばっかりに……」


 話をしてくれたクロムはこちらが恐縮するほどションボリしてしまっている。

 

「いや、クロムは何も悪くないだろう……クロムは出来る事をしただけだ……」


 窓から聞こえる喧騒は夜中だというのに、オレ達が来た時よりも大きくなっている。

 布団の上でいつの間にか正座して項垂れているクロムを、多少慰めつつ窓の外に目を向ける。

 明らかにオレ達が来た時より大通りを歩く魔物の数が増えていた。


「夜はいつもこんなに賑わっているのか?さすが夜の街という感じだな……?」


「あれは、ワシが結界を張り直したからじゃろう。ラウ様や若様もこの街に来ておるしのう。ワシの快方祝いとラウ様の帰還を祝って近くに住む森の住民達が集まっておるのじゃろう。ついでに若様の三代目祝いものう?」


 オレはついでかよ。


 北の森が結界で安全になったのと、お祝いの為にたった一日でここまで集まるのか。

 さすがだな。


「明日からはまだまだこんなモノじゃないぞ?街の外れを見て来たのじゃろう?あれでさえまだ半分程度じゃからな。元々はもっと大きな街じゃったんじゃ」


 それは……すごいな。まるでお祭りみたいだ。

 明日コイナさんと一緒にみんなと上手く出会えるだろうか……。

 出会えなかったとしても、お祭りのような街をコイナさんと二人で回るのもそれはそれで楽しいかもしれない……。


「ありがとう。クロム。参考になる話が聞けてよかったよ」


「いや、ワシの方こそじゃ。……コイナを……よろしく頼むのじゃ……」


 クロムは部屋に来た時同様しおらしく頭を下げている。やはりクロムにとってコイナさんは可愛い孫みたいなモノなんだろうな。


「任せてくれ。明日会って話してみるよ」


「……スマンな……若様」


「……さてと……」


 …………………………


「……ん?なんじゃ?」


「いや、だから……」


 …………………………


「そろそろ、寝たいんだけど……?」


「うむ。分かっておるぞ?」


「……部屋に帰れよ……」


「どうしてじゃ?あぁワシの事は気にせんでもよい。安心して休んでくれて構わんぞ」


「……休まらねーよ」


 ……さっさと布団の上からどけよ。


「なんじゃ。照れておるのか?若様は中々にウブじゃのう?ちゃんと人払いはしてあるし、セシリーやルナには若様の部屋を偽って教えておる。安心せい」


「…………」


 オレは無言でクロムを部屋から叩き出した。

 襖の向こうで何か叫んでいるのが聞こえたが、オレはそれを無視して寝た。




















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