11
部屋から出て右に曲がると、突き当りに暖簾のような物が掛かっている部屋が見えた。
あれが風呂場か……。
左を見ると下に降りる階段が見え、階下には女中や遊女がせわしなく走り回っているのが見えた。
そういえばオレは、二階から直接部屋に入ったのでみんなに挨拶していない事に気付く。
――挨拶は風呂に入った後でもいいか。今のオレは臭いみたいだし、逆に失礼かもしれないな……。
そんな事を思いながらオレはそそくさと風呂に向かった。
脱衣所は和風で、全面木造で造られ温かい雰囲気が漂っている。
ガラスのはめられた引き戸や鏡の付いた洗面台まである。想像していたよりかなり広く、全然現代的だった。
もっとテレビとかで見た遊郭とかの風呂を想像していたオレには少し妙な気分だった。
しかし、建物の雰囲気を壊さないようしっかりと計算されている。
何かここが異世界とか実感が湧かないな……。
竹で編まれた籠に服を入れ、浴室に足を運ぶ。
「おぉ~これは……すごいな!」
浴室を見て思わず感嘆の声を上げる。
そこはとても広く、大きな露天風呂になっていた。
屋根は木でできており、露天風呂の途中まで伸びている。
二階にあるにも関わらず、露天風呂の横には小さな竹林が植えられており、露天風呂の周りにも竹で造られた囲いが敷かれている。
しかし、正面からは艶やかな遊郭の風景が上から見下ろせ、露天風呂の端には小さな滝まで造ってある。
足元は削りだした石で造られ、実に滑らかだ。椅子も同様に石で出来ており、腰を下ろす所以外滑らかに削られている。
椅子の前には鏡やシャワーだけでなく、身体を洗う石鹸やシャンプー、コンディショナーまで設置されていた。
……あのシャワーはどうやってお湯を出しているんだろうか?
ともかく、オレは身体を洗うとすぐさま露天風呂に向かった。
「いやぁ~極楽。極楽……」
つい心の声が口から出ていく。
現代ではオレもいいおっさんだったからな……。多少は仕方ないだろう……。
足を伸ばし、露天風呂に両手を広げて、お湯につかりながらこれまでの事を思う。
こっちに来て色々あったが、これからはどうしようか……。
争いは好む所ではないけど――黙って襲われる位なら……奪われる位なら……仕方ないだろう……。
白濁色に濁ったお湯を両手ですくい、顔を洗う。
どこからか温泉でも引いているのだろうか。
白く濁ったお湯は、浸かっているオレの身体を水面の下から隠している。
ずいぶんとおかしな身体になった……。いや……元からおかしな身体だったのかもな……。
おかしな物が見え――懐かれる。
初めからおかしかったのか……。
あぁ懐かれると言えば……
オレは湖の下のこの街に来てから、出会った少女の事を思い出す。
コイナさん……
金色の瞳をした緑の髪のオカッパの少女。
小さいながら元気で――人の話を聞かない――口の悪い――可愛らしい少女。
彼女は今何をしているだろう?
もしオレが彼女の言う二代目様の家族だと知ったらどんな顔をするだろうか?
この館に連れてきたらまたオレの頭の上で大はしゃぎするんだろうか?
「ふふふ……」
あの時オレはどうして彼女に名乗らなかったんだろう?
多分、オレの正体を知った彼女が……あんな風に振舞ってくれなくなるのが嫌だったんだ。
しかし――別れ際の彼女の態度。
遊女の格好をした蛇の魔物に声を掛けられてから急に様子がおかしくなった。
魔物も特別おかしな事を言っていたとも思えないし、親切に接していたと思う。
何よりあの魔物はオレ達味方なのは見て直ぐに分かった。
ならコイナさんは何故急に元気がなくなったんだろう……?
それに去り際のあの悲しい笑顔……。
なんとかしてあげたいな……。
「………………」
オレは月も星もない真っ暗な夜空を見上げながらコイナさんの事を思う。
のんびりと露天風呂に浸かっていると、どうやら脱衣所の方が騒がしい。
ラウが着替えでも持ってきてくれたのだろうか?
「……から……あかんて…………しとき」
「………………のです!」
「私も…………ので…………します!」
「…………ちょっと、ボクだって…………」
「これ!おぬしら!……………………じゃ!」
――えっ!!
今の声は――。
オレが脱衣所に振り向くと同時に五人が一斉に雪崩れ込んできた!
全員一応服を着ていたが、オレは全員と目が合ったまま固まってしまった。
セシリーとルナに至っては、それでも風呂に入ろうとしているのをラウとメアに必死に止められている。
「だから!ちょっと待ちって!あかんて!」
「セシリーはレイ様と一緒にお風呂に入るのです!」
「わ、私はただレイ様のお背中を流しに来ただけで……」
「二人ともそれがおかしいんだよ!一緒に入るんなら男のボクじゃないと――」
「お・ぬ・し・ら!い・い・か・げ・ん・に・せぬかぁぁーーー!!」
暴走するセシリーとルナの服を引っ掴んで力を込めているクロムが、ついに二人の頭の上にゲンコツを落とした。
凄まじい音と同時に二人は両手で頭をおさえてしゃがみ込む。
あまりのゲンコツの威力に二人の足元までひび割れが出来てしまっていた。
あれ……死んで……ないよな……?
ようやくといった感じでラウとメアも肩で息をしながら落ち着きを取り戻す。
オレはといったら……その間ただ固まって成り行きを見守る事しか出来なかった……。
「はぁはぁ……。全く!おぬしらときたら……」
一番疲弊していたのはクロムだったみたいだ。
――すいません。家の子達が迷惑をかけたみたいで……本当にすいません――
「はぁはぁ。とはいえじゃ!おぬしらの気持ちも解らんではない!だが、さすがに裸はまだ早い!ゆえに!それ相応の格好をするのじゃ!」
――――はぁ!?何言ってんの。この人!?
「うぅ~分かったのです……」
「……私は……ただ……うぅ~」
セシリーとルナは頭をおさえてしゃがみ込んだままうめき声を出している。
何とか生きてはいるらしい。
呻きながらも二人が身体から僅かに魔力を発すると、二人の着ていた服が光りながら消えていき、水着のような露出の多い肌にピッタリと張り付いた衣装に早変わりする。
デザイン的にはモノキニビキニに近いんだろうが、違いは紐のように肩や首から吊り下げる部分や、背中やへそまわりの生地がなく、露出が大幅に上がっている所だ。
……あれはどうやって布を支えているんだろう?
なんていうどうでもいい事さえ考えてしまう。
だってルナなんて胸元にリボンまで付いているんだから。
「どうなってんだ?あれ?」
「あれ?知らんかったんか?あれは服やのうてあの子らの毛皮や体毛、鱗みたいなモンや。魔力を帯びて身体を守ってるんで変化は自在にできるんや」
へぇ~それで加護の力で変化した時から服を着ていたんだな。
「普段はあんな衣装でもそんじょそこらの防具なんかよりはるかに強力やで?」
便利でいいな。その機能。
オレにもできないかな?そしたらオレも服とか買わなくてすむのに……。
「オレにも出来るかな?」
「試してみたらええやん?」
そうだな。
オレは湯舟に浸かったまま魔力を使い、『オレ』のドラゴンの鱗をイメージする。
身体から光りが発せられると、オレの身体は黒いサイバースーツに包まれていた。
確認するため一度湯舟から上がると、身体を捻り両手を上げ全身を眺める。
肩、腰回り、太ももが大きく露出し、淡緑の光のラインがスーツに走っている。
「……なんでサイバースーツなん?」
「……さぁ?なんでだろうな?」
ホントになんでだろう?これじゃ普段着には難しいな……。
しかし、オレとラウのやり取りを見ていたセシリーとルナは、うずくまり頭を痛がりながらも興奮している。
セシリーは尻尾をブンブンと振りながらガン見しているし、ルナは顔を赤らめ両手で顔を覆っているが、指の間からしっかりとオレを見つめていた。
「ほぉ。若様も中々に色っぽい恰好をするのじゃな」
いつの間にか露出の多い派手な水着の格好になっていたクロムが仁王立ちしながらニヤニヤとオレを眺めていたが、オレにはこのサイバースーツの何が色っぽいのか全く分からない。
むしろセシリー、ルナ、クロムの――特にセシリーとルナより遥かに露出の多いクロムの恰好の方がよっぽど色っぽいと思う。
大きな胸を隠しもせず、ハッキリと胸の形が分かる程露出させ、隠されている部分などほとんど大切な所くらいだ。脇から横腹にかけて生地があり、そこから生地が大切な部分にのみ伸びているだけだ。
オレのサイバースーツに比べたらクロムの格好の方がよっぽど過激だ。
初めてこっちの世界とオレの住んでいた現代の感覚の違いを感じた瞬間だった。
「……なぁ?今のオレの格好ってセクシーなのか?」
「「……さぁ?」」
ラウとメアも首を傾げている。
もしかしたらこの感覚は魔物だけなのか?いや、そうでなければオレはこっちの世界でこの恰好をする事ができないじゃないか。
「そう恥ずかしがらんでもよい。ワシ達には眼福じゃ」
なんだろう。別に恥ずかしくもなんともないけれど……なんかムカつく。
その間まだ痛みから解放されないセシリーとルナは、なんとかこちらに来ようと頑張っていた。
セシリーは頭をおさえて尻尾を振りながら、必死に匍匐前進しようとしているし、ルナは再び頭をおさえてしゃがみ込んだまま身体を転がし、なんとかこちらに転がってこようとしている。
「ええい!みっともない!それしきの事でなんじゃ!」
そんな二人を見ていたクロムは二人を叱り飛ばすが、そのクロムの身体はラウに寄りかかっている。
「…………」
呆れたオレはサッサと風呂から出ようとしたが、メアに右手を掴まれ止められる。
「せっかくだし、みんなで一緒にお風呂に入ろうよ?」
眩しい笑顔でお願いしてくるが、如何せんメアは見た目も中身も悪魔だ。
逆に笑顔が怖い。
「そやで?この状況で一人だけ逃げようなんて許されると思うか?」
さらにニヤニヤ笑顔を浮かべるラウに左手を掴まれる。両脇を固められたオレは仕方なくタオルを腰に巻きサイバースーツを消して、湯舟に戻る。
別にオレは普通に風呂に入っていただけなんだけどな……。
なんだろう?オレが悪い、みたいな……?
「レイ様!!えいっ!なのです!」
ようやく回復したセシリーが湯舟に浸かっているオレの膝の上めがけて飛んで来る。
ルナはまだ回復しきっていないし、メアはみんなをマネて服を消そうとしていた。
一瞬の隙をついた素早い行動だ。さすがはフェンリル。狩人なだけはある。
ラウは大人しく脱衣所に戻り服を脱いでいるんだろう。クロムもラウについて脱衣所に行ったみたいだ。
「全く……ひどい目に遭いました……」
そそくさとルナがオレの右隣に浸かる。
その愚痴はかなりの部分が自業自得の気がするが、ここは言わないでおいてあげよう。
「それは自業自得だよ!!」
「……」
メアがオレの左に腰かけながらルナにツッコミを入れる。
的確かつ容赦のない、鋭い一撃だ。相変わらず空気を読めていないが……。六十七点を上げよう。ふふふ。
まるで誰かさんみたいだな。オレ。
「なんや?盛り上がってるみたいやな」
ラウが腰にタオルを巻きながら入ってきて、少し離れたオレの正面に腰かけて湯舟に浸かる。
横にはクロムも一緒に浸かっている。
「せっかくやし、久し振りにどうや?」
ラウは手で杯を持つ仕草をして、オレを誘う。
「いいけど、どこに酒があるんだよ?誰かに持ってきてもらうのか?」
「なんや?もう忘れたんか?ボクのスキルは『無限収納』やで?」
そういうとラウは目の前の空間から、お盆と徳利、おちょこを二つ取り出した。
マジで便利なヤツだな。一家に一台欲しいわ。
ラウは湯舟にお盆を浮かべると、その上に徳利とおちょこを乗せた。
「お前と飲むのも久し振りな感じだな……」
「せやね。向こうにいる時は結構飲んどったからね」
「お互い友達がいなかったからな?」
ラウと向かい合って互いにクックックと笑いを零す。
そのまま遊郭の街を眺めて二人で杯を傾ける。
「二人だけずるいよ!ボクも混ぜてよ!ボクだって同じ年なんだからさ!」
「二人だけ楽しそうなのです!セシリーも飲むのです!」
「わ、私もいただきたいです!」
オレとラウは互いに見つめ合って苦笑する。
「それなら、子供らにはこれや。これならええやろ?」
ラウはそういうと再び空間から人数分のグラスと炭酸のジュースを取り出して、湯舟に浮かべたお盆の上にグラスを置いた。
オレはみんなにグラスを一つずつ手渡すと、ジュースのボトルを持って、順番に注いであげた。
順番はセシリー、ルナ、メアの順だ。出会った順番だ。
ラウに、注ぐ順番は一応気を付けてやれと小声でアドバイスを受けた為、その順番にした。
セシリーとルナは嬉しそうに注がれたジュースを飲んでいるが、メアだけは少し不満そうだった。
メアは見た目がな……。
余りに見た目が幼過ぎるからさすがにお酒は止めさせた。
オレも見た目は若いが、中身は十分オッサンだしな。
ん~、とはいえ、その理屈で言うとこの子達も見た目は若いとは言え、確実に二十歳は過ぎているだろうし、そもそもこの世界にはお酒は二十歳からなんて法律もないだろう。
もし機会があって、みんなが飲みたがるなら少しくらい、お酒を飲ませてあげてもいいかもしれないな。
なんて事を考えていると、クロムがラウとオレにお酌をしてくれた。
なにも言わず、スッとさり気なく気配りの出来る大人の女性といった風情だ。
この街の雰囲気と先ほどの着物姿、さらにこの美貌を見るとまさにこの妓楼の太夫といった感じだ。
性格さえもっとまともだったならなぁ~。
オレにお酌をするクロムを見て、メアがラウに徳利をもう一本要求している。
どうやらオレにお酌をしてくれるみたいだ。
家族で露天風呂に浸かり、酒を飲み、息子にお酌をしてもらう……。贅沢過ぎて罰が当たりそうだな。
メアが可愛らしくオレにお酌しているのを見て、セシリーがオレの膝の上でソワソワしている。
大方オレの膝の上で後ろ向きになって温泉に浸かっている状態だとお酌できないので、オレの膝の上かお酌かで迷っているんだろう。
ルナはオレにくっついたままニコニコと笑顔をうかべたまま珍しく何も言わない。
珍しいな?どうしたんだ?
そのうちセシリーがオレの膝から離れ、ラウにもう一本徳利を要求しだした。
どうやらセシリーの中でお酌が勝ったらしい。
徳利を持ったままオレに近づきお酌しようとすると、今度はメアが文句を言いだした。
「セシリー?レイはそんなに飲めないよ?お酌はボクがするから大丈夫だよ?」
「大丈夫なのです。レイ様は『ペット』のセシリーからもきっとお酌をして欲しいに決まっているのです」
「ふ~ん。ペットね?でもレイは優しいから断らないだけなんだよ?あんまりレイを困らせたら良くないとボクは思うな?」
「そんな事はないのです。レイ様が困ると言うなら、お・と・う・と・のメアが少し遠慮したらいいのです」
オレの横で二人は穏やかな笑顔で話しているが、目は全く笑っていない。
徳利を片手に持ったまま、互いに牽制し合って睨みあっている……。
二人とももっと露天風呂を楽しもうよ……。
「レイ様。失礼します。よろしければいかがです?」
いつの間にかルナがオレの横で徳利を持って笑顔で構えていた……。
「「あっ!!」」
それに気付いた二人が同時に驚きの声をあげる。
「あ、ありがとう……ルナ。そ、それじゃあ頂こうかな……?」
ルナはニコニコと笑顔を崩さず、満足そうにオレにお酒を注いで寄りかかっている。
さっきから何も言わず大人しくしていたのはこの為か……。
……ルナ、恐るべし……。
今度はセシリーとメアがルナに食って掛かっていたが、ルナはそれさえ笑顔でサラリと躱していた……。
あの可愛さだ。将来男に貢がせるような悪女にならなければいいが……。
ラウとクロムはもはやこちらさえ見ていない。
完全に二人の世界だ。
爆死したらいいのに……。
「ゴホンッ!せっかくみんないるんだし、昼間の話の続きをしたいんだけど……」
二人がイチャついているのを邪魔するように咳払いをして、こちらを向かせる。
「なんや?まだ気になる事でもあるんか?」
予想通りやや不機嫌そうにラウがこちらを見るが、それが狙いだ。バカめ!
「ああ。メアが言っていた白い何かの事なんだけどな……」
「あぁ~その事かいな。確かにボクも気になっていたわ」
「強靭な肉体と魂を用いて、神に至る。あまりに胡散臭くてな……」
「「「「…………」」」」
「……ごめん……」
考え込む四人と違い、メアは珍しく首をうなだれて謝ってくる。
「メア?違うんだ。メアを責めてるんじゃないんだ。メアが知っている事を教えて欲しいんだ。そいつがまたメアみたいな子を送り込んでくるかもしれないだろ?」
「確かにそうじゃのう。その可能性も否定はできんのう。しかし、若様よ?ワシも詳しい事は分からんが、その性悪やラウ様が来てから、五百年。そのような事があったとは思えんのじゃ。いくらワシが北の森から離れられんくともそのくらいは分かるじゃろう。間違いなくこの五百年、転移者は来ておらん……と思う」
「ボクも転移の術式を壊しとる時、ボク等以外の転移者の痕跡を探したけど、全く見つからんかったで?実際メアがボク等を呼ぶのに術式を広めて回っとったみたいやけど、それ以前――正確には、五百年前から昔に転移者が呼び出された痕跡はなしや。まぁメアを見つけれんかったのは事実やけど、この世界に術式を広めたメアの存在があった事は掴んどったし」
「つまりその白い何かはメアしかこっちの世界に送り込んでいないって事でいいのか?」
「断言はできんけど、その結論でいいとボクは思うで?」
なるほどな……。可能性は限りなくゼロに近いって事か。
油断はできないが警戒の優先度は低くて構わないだろう。
「それじゃあ、メア?神になるにはどんな方法を使えって言われたんだい?」
「それも転移の術式だよ」
「――ッ!?」
「こっちに来た転移者達が、転移の影響で色々な変化をしているのは知ってるよね?人間に呼び出された者は人間に。魔族に呼び出された者は魔族に。ドラゴンに呼び出された者は……ドラゴンに……」
全員の目がラウに向けられる。
ラウは何を考えているのか分からない笑顔で全ての視線を受け止めている。
「つまり……神に呼び出された者は……」
ゴクリと喉が鳴る。
唾を飲み込む音でさえ大きく感じる程みんな静まり返っていた。
それは……
「それは――本当に転移の術式なのか?まるで……まるで生物を無理矢理作り変えているみたいじゃないか!?」
自分で言って驚いているが、オレは知っている。
それと同じ現象を――。
いや、知っているのではない。オレも同じ事をしたのだから――。
「ボク等の加護も……同じようなモンやな」
「あぁ。そうだな……」
転移の術式に加護の力。生物を造り変える力。詳しく調べる必要がありそうだな。
「するとなんじゃ?強靭な肉体と魂を手に入れると神とやらが勝手に呼び出してくれるのか?」
それまで黙っていたクロムがメアに疑いを向けた目で質問する。
確かにそうだ。本当に神という存在がいるのかすらあやしいんだからな。
「そんな事ボクには分からないよ。ボクが聞いたのは条件を満たした者が転移の術式で呼ぶのではなく向かう転移を使うと神に呼ばれるって事だけだよ」
条件を満たしてこちらから飛ぶと神とやらが呼んでくれるって訳か。
やはり転移の術式は完全に封印した方がいいな。
誰がどんな風に悪用するか分からないし。
「ラウ?メア?術式の破壊は完璧なのか?あれは危険すぎる」
「ボクの方は大丈夫!ボクが管理していた転移術は、選別が終わった後全部ラウに壊されたか、ボクが壊したから。転移術を知っている人間や魔族もみんな操って記憶を調べた後、全員殺したし――」
「ボクの方は……知っているのはボクと――――――エルだけや」
ラウの表情が微かに苦いものに変わる。
初代森のヌシ。エル・エルロワーズ……。やはり行方が気になるな……。
「術式についてはとりあえず広まる事はないと信じよう。二人は大丈夫だとしても初代エル・エルロワーズの行方が分からないんだ。どうしようもない。万が一誰かが転移の術式を使えば、その周辺に初代エル・エルロワーズがいる可能性があるって事だ」
全員が大きく頷く。
「あ、あのよろしいでしょうか?」
転移の術式について結論を出した所で、ルナがオレに質問してくる。
さっきまでセシリーとルナは大人しく話を聞いていたので、思いがけない人物からの質問に全員がルナを見つめる。
「転移によって世界を渡った時、呼び出した相手によって呼び出された者の肉体や魂に影響が出るという事は分かりました。そして、何かしらの条件に合った存在は神と呼ばれるモノの所に飛ばされ神の影響を受けると……。では、レイ様は一体どなたの影響を受けられたのでしょう?レイ様に転移術を使ったラウ様が最も近いのかと思いましたが、加護を受けた私には何か違和感があるのですけれど……」
――――確かにそうだ。
オレは何かに影響されたのか?
人間であり、ドラゴンでもある。普通に考えたらラウの影響だろう。
しかし――ラウのまるで龍のような姿とオレのドラゴンのような姿とではかなり違いがある。
種族で言えば、オレとラウの見た目は違う種族の魔物だと考えるのが普通だ。
「……ラウはどう思う?」
「そやね。ボクは、ボクの影響やないと思うわ。エルの姿もボクみたいにドラゴンというよりも龍に近い姿やったわ。レイはメアの記憶を見るにドラゴンに近い姿やしな。最初はあっちでレイが飛ばされる前に見たもう一人の『レイ』の姿の影響かと思ったけど、そんな訳ないわな。こっちにボクの影響を受けて来たんなら龍みたいな姿になっとらんとおかしいからな」
それならオレは一体何の影響を受けてこの世界に来たんだ?
ラウにこちらの世界に飛ばされたにもかかわらずオレはラウから影響を受けていない。
海に落とされた時、周りには誰もいなかったはずだ。
「まあ、それは自分で考えたらええんとちゃうか?特別問題があるとも思えへんし?」
ラウはひどく軽い調子で答えた。
他人事だと思いやがって。
まっそれも今は考えてもしょうがない事ではあるな。
「ごめんな?ルナ。オレにも分からないんだ?」
「いえ!私はレイ様の身体が心配だっただけで!何事もないのならそれに越したことはありませんから!おかしな質問をしてすいません!」
ルナがフルフルと首を振って謝罪してくる。
オレを心配しての質問だったのだろう。もちろんだがオレにルナを責めるつもりなんて全くない。
ルナの頭をポンポンと軽く叩いて安心させてやる。
「あぁそういえば、クロムの住む湖に向かう途中で、メアに出会う前、メアは何かしたのか?」
「何かって?」
「あの時すごく嫌な予感がしたんだ。それで急いでクロムの所に向かったんだけど、話を聞く限りオレの勘違いだったみたいでな」
「ふぅ~ん。そうだったんだ?ボクは何もしていないよ。ボクはただラウが向かっている先に先回りしただけだから」
やはりそうか。あの時どうしてそう思ったんだろう。
何か危険が迫っているような、そんな思考に囚われたんだけどな……。
「なんじゃ?若様。何か気になる事でもあるのか」
「いや、なんでもないんだ。忘れてくれ」
「そうじゃな。結果上手くいったのじゃ。そう心配せんでもよかろう。全て若様のおかげじゃ」
クロムが朗らかに笑っている。
ラウとクロムが楽観的なのか、それともオレが心配し過ぎなのか。
オレも少しは二人を見習って、もう少し軽く考えるようにしよう。
「さて、そろそろ上がるか?」
オレ達は暑さにも寒さにも強いので、のぼせる事はないがそろそろいい時間だろう。
全員頷き、各々風呂から上がる準備を始める。
そういえば、言い忘れている事があった。
「そういえば明日はみんな館にいるのは禁止だからな?なるべく全員バラバラに街に降りて、街に住む魔物達と触れ合ってくれ。ちなみに街でオレを見かけても他人のフリをするように。特にラウは絶対だからな?」
「はぁ~なんでや!?」
「なんでってラウは二代目様だろう?街の魔物達もお前に会いたがっているんだ。それくらいしても罰は当たらないぞ?」
「それはいい考えなのじゃ!みな、さぞ喜ぶであろうのう。若様グッドアイデアなのじゃ!」
グッドアイデアって……。
それでもラウはクロムにまで賛成され渋々了承している。
「なんでバラバラなのです!?セシリーはレイ様と一緒がいいのです!」
「私もレイ様と一緒がいいです!しかも街で出会っても他人のフリなど……耐えられません!」
「それもそうじゃのう?何故みんなバラバラに行動するのじゃ?しかも若様を他人のフリなど……」
「そこは聞かないでくれないか?それで二人とも明日だけなんとか我慢してくれないか?この通りだ」
オレはセシリーとルナに向かって頭を下げる。
二人とも慌てて止めに来たが、まだ頭を上げる事はできない。二人の了解をとってからだ。
頭を上げる気配のないオレに対して二人は泣く泣く了解を告げる。
本当にすまない。二人とも。
「ボクはそれでいいよ。レイがそう言うんなら我慢してあげる」
一番文句を言うであろうメアが一番素直に聞いてくれた!
「そ・の・か・わ・り・後で何か埋め合わせをしてね?」
やはりただではなかった。可愛い笑顔でちゃっかり要求してくる。
悪魔と取引など笑い話にもならない。
「なるべく聞ける範囲で頼むな?」
「もちろんだよ!」
とりあえずはこれでいいか。
これなら明日、コイナさんは誰かしらとは出会えるだろう。
特にラウとクロムは魔力を探知して、居場所を特定してでも会わせてあげよう。
他人のフリは絶対だとして、全員をバラバラにしたのはオレと出会った時、誰かしらがボロを出す可能性があったのと、全員が揃っているのに三代目様だけがいないとなると明らかに不自然だからな。
セシリーはこの街で育った時期があるし、ルナも何度も来ているだろうから心配はいらないだろう。
ラウとクロムは迷子の心配は全く問題ないだろうし、問題はメアだけだな。
メアだけは魔力を探知して居場所を特定しておくか。
ふふふ。これで明日は楽しみになったな……。
ご機嫌になったオレはそのまま脱衣所へ向かう。
ラウはちゃんと着替えを置いてくれているだろうか?
「……明らかにあやしいのです」
「……浮気の匂いがしますね」
「……明日ボクがそれとなく尾行してみようか?」
「……ほんまキミらは……ほどほどにしときや……?」
「……なんじゃ?若様は浮気か?おぬしら浮気くらいであまり目くじらを立てるでないぞ?」
「ババさ……クロム姉様はラウ様が同じ事をしても許せると……?」
「……ルナちゃん?それは冗談でも言うたらあかん……」
「……ルナや。もしラウ様が眷族の兄弟以外でそんな事をしたら、ワシはラウ様を殺して、相手も殺すじゃろうのう……」
「「「………………」」」
「……そこは自分が死ぬって言わないんだ……」
脱衣所で腰にタオルを巻き、牛乳をラッパ飲みしていたオレには、オレが居なくなった露天風呂でそんな会話がされているなど、知る由もなかった……。