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エルロワーズの森と黒き竜  作者: 山川コタロ
11/58

10

 いつの間にか日も大分傾いてきていた。

 このまま外で話を続けるのはあまり落ち着かない。

 クロムに言って家で休ませてもらえないか頼んでみる。


「なんじゃ。そんな他人行儀な事を言うでない。これからは我が家と思ってくつろいでくれて構わんぞ?」


 と、ありがたい言葉をいただいた。

 基本いい人なんだけどなー。たまに性格がなー。


「それから二人ともじゃ。これからはババ様ではなく、クロム姉様と呼ぶのじゃ」


 クロムはセシリーとルナに向かって顔を近づけ、笑顔で言い聞かせている。

 キセルから煙を吐き出し、身を乗り出すように腰に両手をあてて、笑顔で顔を近づける様はカツアゲをしているみたいだ。ほとんど脅迫に近い。

 ちなみにメアにはなにも言わない。もはや、諦めているのだろう。

 セシリーとルナは首振り人形のように、無言で何度も首を縦に振っていた。

 あれさえなければなー。


「そんな事よりさー」


「そんな事っ!?」


 メアの退屈そうな呟きに、食い気味にクロムがツッコミを入れる。

 以外とこの二人相性がいいかもしれない。


「あの死体どうしよっか?あのままほっとくの?」


「おお。そうじゃ。忘れておった。性悪。ナイスじゃ!」


 メアが元勇者であった物体を指さして尋ねる。


 つーか、ナイスじゃ!って。ラウは一体何を教えていたんだ?


 オレ達は引き返して原型を留めていない死体の元へ移動する。

 昔のオレなら死体を生で見たりでもしたら、軽いトラウマ位にはなったかもしれないが……いや、それはないか。昔から霊に好かれていたオレが、今更死体一つ見たくらいで驚く訳ないか。

 しかし、人間の死体を見ても何も感じないな。ルナを助けた時、クモの死体を見た時は血が逆流するくらい怒りを感じたんだが。


 オレも、身体と一緒で心も大分変化しているのかもな。


「こりゃ、ほんま酷いな。どないしたらこないな風になるん?」


 ラウが驚いたふりをして大げさにお道化る。

 『ラウ』の記憶を見たラウなら自分の仕業だと知っているくせに……。


 全部お前がまき散らした雷のせいだよ!


 きっとラウもクロム以外の他の三人を殺した勇者の存在に思う所があるのだろう。


「あっ!ヌシさ……レイ様!あそこに何か……光る物がありますわ!……指輪?ですか?」


 ルナが戸惑いもせず、躊躇なく死体を漁り、なにか光る物を持ってオレに駆け寄ってくる。

 輝くようなアイドルスマイルだが、黒焦げの死体を漁った後にその笑顔はな……。

 女の子なんだから、もうちょっとおしとやかにしてほしいと願う父であった。


「指輪……みたいだね。お手柄だよ、ルナ」


 指輪をオレに差し出し、嬉しそうにはにかむルナの頭を撫でて褒めてあげる。

 それを見ていたセシリーが慌てて死体に駆け寄り、死体をバラバラにしながら鎧の欠片や、腕だったであろう物を横にヒョイヒョイと投げながら、死体を漁っていたのは見ない振りをした。


「あー!それ!マジックアイテムだよ!」


「ほう。ボクの雷を受けても無事やなんて……。ふむふむ。術式は甘いけど……素材は……なかなかのもんやな」


 メアの言葉に反応して、ラウがオレの手にあるシルバーの指輪をしげしげと見つめてくる。


「それ。気配も魔力も探知させないようにしていたよ」


「なかなかええやん。それキミが付けとき?常にそんだけの魔力巻き散らかしとるのもマズイやろ?これから先使う事もあるやろうし」


 そんなに巻き散らかしていたかな?出来るだけ抑えているんだけどな?

 しかし、なるほど便利なアイテムだな。試しに付けてみるか。

 オレは指輪を人差し指に差し込むと、指輪はオレの指の太さに合わせてサイズを変えた。


「どうだ?気配は消えたか?」


「「「「…………」」」」


 みんな微妙な顔をしている。


 上手く発動しなかったのかな?


「若様よ?若様の気配と魔力が大きすぎてその指輪では上手く隠せとらんようじゃぞ?」


「そ、そうですね。この辺りの魔物と同じくらいの強さの魔力は漏れてしまっているみたいです。で、でも!それは!それだけヌシさ……レイ様の魔力が大きいという証ですし!」


 ……がっかりだ。クズアイテムじゃねーか。


「いや、それでええんとちゃう?いずれ人間や魔族の国にいかなあかん時もくるやろう?そん時人間に変装するのに気配や魔力が全くないんもおかしいし」


 ラウ!今いい事言った!その通りだ!

 ルナが拾ってきてくれたマジックアイテムがクズな訳がない!


 これはオレがありがたく使わせてもらうとしよう。


「これ!セシリーよ!いつまでやっておる。()()はまだ使うんじゃからあまり壊すでない」


 クロムに止められ、しぶしぶといった表情でセシリーが戻ってくる。手も顔もススだらけだ。

 しょんぼりしているセシリーを手招きして呼ぶと、表情を輝かせ走ってオレに飛びついてくる。


 ススだらけだけど……。


 飛びついて来たセシリーを優しく受け止めると、そのまま顔に付いているススを手で落としてやる。

 セシリーはゴロゴロと嬉しそうに甘えている。尻尾もブンブンと左右に揺れている。 

 羨ましそうにルナとメアが見つめていたので、セシリーを下に降ろしてあげる。


「クロム。あの死体なにかに使うのか?」


「ん?そうじゃのう。おそらく必要になるじゃろうから念のため取っておくのじゃ。後で眷族の者にでも回収させるとしよう」


 クロムがそう言うなら好きに使ってもらって構わないけど……。


「でも、やっぱり変なのです。レイ様の魔力がこんなに小さいと調子が狂うのです」


「そうかい?セシリーは弱いオレは嫌いかい?」


 実際は指輪を付けていても魔力が弱くなった訳でも、気配がなくなった訳でもないんだろう。ただ感じさせないというだけの事なんだけど、セシリーに意地悪な質問をしてしまう。


「全然そんな事ないのです!もし、レイ様が弱くなったら、ペットのセシリーが守ってあげるのです」


 セシリーが得意げに小さな胸を張る。

 その仕草が余りに可愛くて、ついセシリーを抱きしめてしまった。


「セシリーは本当にいい子だなぁ~」


「ムフフ。なのです」


「わ、私もレ、レイ様が弱くなってもお守りします!」


「ボクも!ボクも何があってもレイを守るよ!」


 ルナとメアも抱き着いてくる。

 ウチの子はみんな本当に可愛いな。


「おい。おぬしら。いつまでやっておるのじゃ。さっさと家に帰るぞ」


 呆れたクロムの声に促され、オレ達はクロムの家に招待される事となった。


「キミ、指輪はそのままでええんか?クロんちに行ったらそんな小さな魔力やと勘違いされるで?」


「別に大丈夫だろ?攻撃される訳でもないし、特別目立ちたい訳でもないし。お前とクロムの客には違いないんだから……」


「まぁそうなんやけど……。クロんちに言った事ないんはキミとメアだけやったから、ちいと心配になっただけや」


 家に泊まるだけで何をそんなに心配する事があるんだ?






 オレ達はクロムに促され、湖の中央にある小さな孤島にたどり着く。

 セシリーとルナ以外は空中を移動するのも慣れたものだが、さすがに二人はたどたどしかったのでオレが二人の手を引いて湖を渡った。

 何故か、それを見たメアが空中でバランスを崩したフリをして抱き着いて来たが、その頃にはもう、島にたどり着いてしまっていた。


 どうしたんだ?一体なにがしたかったんだろう?


「若様。着いたのじゃ。ここから湖の下に降りるんじゃ」


 クロムは指差した所には魔法陣があり、クロムの魔力に呼応して淡く光を放っている。

 今日は色々あってハードな一日だったな。

 まぁオレとクロムにボコられたラウ程ではないだろうが……。


「ほな、さっそく行こか?」


 ラウの合図に合わせて、全員が魔法陣の中に踏み込む。

 魔法陣は光を強めて、オレ達全員を眩しい光の渦で包み込む。

 目の前が真っ白の光に包まれ、浮遊感が襲ってきた後、それらが収まるとオレは()()で小さな橋の上に立っていた。






「なんじゃ~こりゃぁ~!!」 

 

 とりあえず叫んでみた。

 周りを見渡せばそこはクロムの家ではなく、湖の底とは思えない街並みが広がっていた。

 正確には街並みというより、テレビで見た吉原といった昔の遊郭や祇園のような風情だ。

 まだ夕暮れだったにもかかわらず、ここは薄暗く、空も全く見えない。星もなければ月も出ていない。

 道を挟んで建っている建物は赤を基調とした木造の日本家屋でまさに遊郭にある見世そのものだった。

 大通りには赤い石の灯篭が並び、建物には一階にも二階にも赤い提灯が通りに沿ってずらりと並んでいる。

 しかし、どの建物にも人の気配はなく、灯篭や提灯はおろか、建物にさえ明かりは灯っていない。

 大通りの見世の前に置いてある長椅子には奇麗な赤い布が敷かれ、その上には座布団まで敷かれている。長椅子の横には、大きな赤い蛇の目傘。至れり尽くせりのもてなしも、こうも寂しければ逆に不気味でさえある。

 これで人が行き交い、建物の明かりが灯れば、さぞ浮世離れした幻想的な光景だろうにと残念に思う。

 まるで撮影の終わった後の、大掛かりな映画のセットみたいだ。

 湖の大きさから考えると、ここは湖の底というよりどこか別の場所のような気もする。それほどの大きな街だ。


 とにかくオレはみんなとはぐれたみたいだ。

 おそらく、またオレの魔力の大きさが原因なのだろう。なんて不便な身体なんだ。

 まさか、時間までずれているなんて事はないと思うが……。


「さて……どうするか」


 実はオレからはみんなのいる方角はハッキリと分かっている。

 向こうに見える大きな明かりの灯る、一際大きな妓楼、そこに全員集まっている。

 ここで迎えを待っていても仕方ないので、そちらへ向かうとしよう。

 妓楼の周りには他にたくさんの魔力の反応があるが、間違いなくクロムの眷族だろう。

 なら、揉め事になる事もないに違いない。


 ……なんて考えてたオレを殴りたい。


 ここでオレが取るべき正解の行動は『迎えが来るまで大人しく待っている』だった。






 オレは急ぐ事もないだろうと、のんびりと薄暗い街の大通りを一人闊歩する。

 一直線に建物の上を走っていけばすぐにでもたどり着いたのだろうが、そんな風情の無い事はしない。

 明かりが無いとはいえ、この街は良くできている。できればゆっくり眺めていたい。そんな思いに駆られる。

 段々と、みんなのいる建物が近くなり、次第に周りの建物にもチラホラと明かりが付いているのが分かり始めた頃、オレから一番手前の建物――つまりみんなのいる一際大きな妓楼から最も離れて、明かりの付いている家――からいきなり少女が飛び出して来た。


 少女は余程慌てていたのか、建物の入口を通り過ぎようとしていたオレに気付かず、そのままオレの足に派手にぶつかって、後ろから大股開きに逆さまにひっくり返っていた。


 ちなみにクマさん柄だった。


 こっちの世界でもクマさんとかいるんだなぁ~なんて事を考えていると、少女が起き上がり、プリプリ怒り始めた。


「アナタ!なんて事をするんです!もうすこしで大事故になる所でした!私でなければそれはもう大変な事になっていましたよ!いくら私が聡明で可愛くてスタイルがよく上品で賢くて触りたかったとしてもですね……」


 あっ、今、賢いって意味を二回言った。

 どうやら賢くは……ないらしい。


「聞いてますか!?例え私がどれほど可愛くて好きで好きで堪らなかったとしても、無理やり襲うなんて人間のする事ですよ!そんな事ではババ様にお仕えする事はできません……って、アナタ、誰です?」


「あ、あぁ、オレは……」


「あぁー分かりました。分かりました。なにもおっしゃらないで下さい。昨日の夜にババ様に力が戻られてからアナタのような方が徐々にこちらに集まって来られる事くらい私にはお見通しですから!ババ様から少しでも加護を貰おうと、あまつさえ二代目様を一目でもお見掛けしようとして、通り掛かった私に一目惚れして、つい襲ってしまったと。あぁー分かります分かります。その気持ち。全て私が可愛すぎるのがいけないんですね。あぁー私も罪作りな女です」


 少女は一気に捲し立てると満足そうにウンウンと頷いている。

 人の話を全く聞かない子だな……。


「だからと言ってですよ!やはり物事には順序という物があってですね!いくら私が可愛すぎて、どうしようもなく好きで好きで襲ってしまったとしてもですね……」


「あ、あぁ!分かった!分かったから!ちょっと待ってくれ!」


 再びマシンガンのように捲し立てる少女の会話を無理矢理遮る。


「なんだ。分かってしまったのですか。存外つまらない男ですね」


 以外と毒を吐く子だな。


 改めてお互いに観察しあうと、性格の割に可愛らしい子だった。

 緑の髪を肩までの長さでキレイに切りそろえ、前髪はパッツンだ。俗に言うオカッパというやつだ。

 身長はセシリーよりも低く、見た目は七、八歳くらいか。実年齢はどうか分からないが。

 空色の子供らしい浴衣を身に纏い、金色の瞳の大きな目をしている。

 肌は白く、赤い鼻緒の黒い草履がよく映えている。

 将来確実に美人になるだろう顔つきだ。


 まるで……小さなクロムだな。


「ふむ。よく見ると中々いい男ですね。多少魔力が弱い気がしますが、実にキレイな色をしています。今はまだ弱くてもいずれ強くなりそうです。顔の造形も好みです。これなら、コイナの眷族にふさわしいですね」


 少女はオレを値踏みするように見つめながら、オレの周りを大股でゆっくりと一周する。


「それはどうも……」


 少女はコイナというらしい。


「それで、コイナは何をそんなに急いでいたんだ?」


「はっ!どうしてコイナの名前を!?まさか――ストーカー!?とうとう私の可愛さにストーカーまで!恐ろしい事です。ストーカーと言うより私の可憐すぎる可愛さが。このまま成長していったら、いずれ世の男性達はみんな私のストーカーに……」


「さっき自分で名前を出していたからだ!」 


「ありきたりなツッコミですね。タイミングもイマイチです。二十点です。もっと勉強して下さい」


「……すいません」


「まぁツッコミはその内覚えればいいです。今は私の言う事にハイとだけ答える事を覚えればいいです」


「もう眷族予定になってる!しかも女王様気質!」


「今のは中々よかったです。言葉のチョイスはイマイチでしたが、タイミングが良かったです。二十三点」


「褒めた割に点数低!」


「……十八点」


 辛口な子だな……。


「それでコイナは……」


「さん!」


「…………はい?」


「コイナさん!」


「……それでコイナさんは一体何をそんなに急いでらっしゃったんでしょうか……?」


「ふむふむ。いい言葉遣いです。これからも気を付けるんですよ?」

 

「……はい」


 幼女にシメられてしまった……。


「おっと、その前に私の眷族予定の名前をきいていなかったですね。名乗らせてあげましょう!」


 コイナさんはガシガシとオレにしがみつくと、そのままオレの頭まで這い上がり、肩車のような感じでオレの頭にしがみついた。

 そのまま前に指を差し、頭の上でふんぞり返っている。おそらく前に進めという事だろう。


「……レイといいます……」


「うん。いい名前です。これからも励むのですよ?」


「……ありがとうございます」


 たくましい子だな……。


「そういえば質問に答えていませんでしたね。私が急いでいたのは、実は!今さっき!大きな魔力が四つ、ババ様の魔力と一緒に二度も出入りされていたのです!これは間違いなく二代目様とその眷族の方達に違いありません。これは是非お姿を拝見しなければと家を飛び出した所なのです。あぁ~どうしましょう。二代目様が私を一目で気に入られ是非眷族にと仰せになられたら……。いえいえ、私のような者が二代目様のお傍になど……。あぁ~いけませんわ。いけませんわ。そのような事……」


 人の頭の上で身体をくねらせ、両手で赤らめた頬を抑えてクネクネと身体をよじらせている。


 想像力の豊かな子だな……。


 そういえば頭の後ろには今クマさんがいるのか……。

 

「心配しなくてもレイの事もちゃんと皆様に紹介してあげますからね。私に任せておきなさい!」


 コイナさんはペッタンコな胸を張ってドンッと右手の拳で自分の胸を叩く。

 ペッタンコなだけあって中々いい音がした。


「それよりもレイ!今から向かってもどうせ間に合いません。せっかくですから、私が街を案内してあげましょう。どうせ何も予定はないでしょう?」


「……は」


「あぁ~。いいです。いいです。何も言わなくてもいいのです。私に任せておきなさい。レイは私の眷族になる予定なのですから。私がしっかりとそこそこの魔物になるまでは面倒をみてあげましょう」


 ――そこそこかよ!

 本当に人の話を聞かない子だな……。


「二十五点。まだまだですね」


「心を読んだ!?」


「全て修行ですよ?」


 ……何をどんな風に修行したらできるんだ!


「それよりもレイ?あそこを御覧なさい。あそこがババ様が住まわれるお館です。私達もいずれ()()()あそこにお仕え出来るようになりましょう!なぁに私に任せなさい。レイもがんばれば下男くらいにはなれるでしょう」


「……がんばります」


 コイナさんを頭に乗せ館に近づいていくと、次第に人通りが増え――いや、この場合、魔物通りが増え――賑わってきた。

 よく見ると人型の魔物の方が圧倒的に多い。これもラウとクロムの力の影響か。

 皆、遊女や舞妓のような恰好をしており、実に華やかだ。

 コイナさんは頭の上でキョロキョロとあちこちを物珍しそうに眺めている。


「……コ、コイナさん?」


「な、なんです!?急に驚かさないでください!いきなりレディに声をかけるなんて!ビックリするじゃないですか!ナンパ!?ナンパですかっ!?」


 アナタずっとオレの頭の上にイタジャナイデスカ……。 


「コイナさんはお館に入った事はないのですか?」


「…………」


 コイナさんは分かりやすく頭の上でションボリとしている。

 さっきの様子を見るに館の近くに来るのも初めてなんだろう。


「コイナさん。オレが街を探索するので付き合ってもらえませんか?街をよく知っているコイナさんには退屈かもしれませんがどうかオレのワガママに付き合ってください」


「し、仕方ないですね。ほ、本当はとっても、とぉ~っても退屈ですけど私のレイがそこまで言うなら付き合ってあげますっ!」


「ふふ、ありがとうございます」


 それからオレとコイナさんは二人で街をみて回った。






 相変わらずコイナさんはオレの頭の上がお気に入りの様子で離れようとしない。

 街の中心部はオレが想像していた通り、明かりが灯ると実に艶やかな風景を醸し出していた。幼女にこの光景はいかがな物かと思ったがやましい事をしている気配はないので問題はないだろう。

 オレがあちこち移動するとコイナさんも嬉しそうにキョロキョロと街を見て回っていた。


 街の中にある亀蛇を祀った小さな祠――普通お稲荷さんとかかと思ったがここは亀蛇なのか。

 小川に流れる、紙の灯篭を小さな橋の上から眺めたりもした。

 オレの頭にしがみつき、キャーキャーとあっちこっちと指を差して行動を指図する。


 やっぱり年相応の女の子なんだろう。

 

「コイナさんはこの街は長いんですか?」


「……私は……」


「あらっ。あなた?今日は男の方と一緒なのね?いつも一人ぼっちでみんな心配していたのよ?」


 街を見て回っていると突然色っぽい蛇の鱗の肌を持つ女性の魔物に声をかけられた。

 声をかけられたコイナさんは何故か浮かない顔をしている。

 初めて会った時の元気はもうどこにもない。


「……わ、私は……」


「いいのよ?何も気にしなくて……。あなたのその姿はそれだけ強い加護を与えられた証拠なんだから……。みんなあなたが館に来るのを待っているのよ?」


「…………」


 コイナさんはオレの頭の上で下を向いたままオレの髪をギュッと掴んでいる。

 色っぽい女性の魔物はオレに軽く会釈すると、何度か振り返った後立ち去って行った。


「……コイナさん……?」


「……大丈夫です……。なんでもないです……。あっち……あっちに向かってください……」


 コイナさんは下を向いたまま魔物の喧騒を抜け人通りの少ない路地裏を指差した。

 オレは黙ってコイナさんの指さす路地裏に足を向ける。

 コイナさんはオレの髪に顔を埋めたまま喋ろうともしない。

 オレは何も聞かずにただ真っ直ぐ暗闇に向かって進む。


 街の光を離れただ漆黒の暗闇に向かって――


「今日はありがとうございました。……レイのおかげで私も本当のお姫様になれたような気がしました。本当に今日は……」


「コイナさん……?」


「なんでもないです。それじゃあ私はもう帰りますね……。森のヌシ様の御一族を拝見できなかったのは残念でしたが、レイに会えて楽しかったです……。じゃぁ……」


 コイナさんはオレの頭の上からヒョイっと飛び降りると後ろを向いて立ち去ろうとしていた。


「コイナさん!!明日もオレと遊びませんか?」


 コイナさんは後ろを向いたまま立ち止まったが、こちらを振り返ろうとはしなかった。


「オレは今日ここに来たばかりなので友達もいないんですよ。なので遊んでくれると嬉しいのですが……。どうか眷族のワガママを聞いてもらえませんか?」


「……しょうがありませんね。ダメな眷族を持つと主は苦労します。不承不承ですが約束してあげましょう」


「明日朝あの――出会った家に迎えに行きます!約束ですよ?」


 コイナさんは振り返りとても哀しそうな笑顔をオレに向けた。

 そして、そのまま暗闇の中を走り去ってしまった。

 オレはコイナさんの後ろ姿を見えなくなるまで、その場に立ち尽くしてただ眺めていた。






 コイナさんが見えなくなった後、オレは屋根の上にヒラリと舞い上がり、風の様に屋根の上を走り、家を飛び越えみんなが集まっている妓楼の二階の窓からフワリと舞い込んだ。

 部屋はまさに奥座敷といった感じで、広々とした和室に趣きのある調度品が飾られている。

 壁にはなんと書いてあるのか分からない、達筆な筆跡で書かれている高そうな掛け軸が掛けられており、床の間には豪華過ぎず、かといって地味過ぎない様さり気なく花が飾られていた。

 照明は可愛らしい花柄のぼんぼりが四つ照らしているだけ。

 部屋の中央では黒い漆塗りの大きな机で、ラウが胡坐をかいてクロムに酌をされてのんびりと酒を飲んでいる。

 しかし襖の前ではセシリーとルナがメアに向かって大声で怒鳴っているのが見えた。


 「「――ッ!!レイ様!!」」

 

 オレが部屋に入ると真っ先に気付いたセシリーとルナがオレに飛びついて来た。

 それを見たラウはやれやれといった感じで再び酒の入った杯を口に運ぶ。

 クロムも空いた杯に酒を注いでいる。


 なんかあそこの二人だけムカつくな……。


「だからボクはそんなに心配しなくてもいいって言ったんだ……。子供じゃあるまいし……たまには一人で羽を伸ばしたい時もあるだろうし……」


 腕を組みながらメアがブツブツと文句を言っている。

 そんなメアをセシリーとルナは、オレにしがみつきながらギャンギャンと怒っている。


 なんだろうこの感じ……。チワワ……とかプードル……とか?


「何を言ってるのです!もしレイ様に何かあったらメアは責任とれるです!?」


「セシリーの言う通りです!!レイ様に万が一の事があったら、私はあなたを殺しますよ!!」


 二人の怒りは凄まじく物騒な事まで口走っている。


「何かってなんだよ!?レイが誰かにやられるなんて万が一にもある訳ないだろう!むしろレイを信用していない二人の方がよっぽど失礼だよ!」


「「それは……」」


 どうやら三人はオレを気遣ってケンカしていたみたいだ。


 なんか……ゴメン!


「みんなごめんな?オレだけ違う所に出ちゃったから街を見て回っていたんだ。本当にごめん」


 オレは三人に素直に頭を下げる。まさかオレの後先考えない行動で三人がケンカしていたなんて思ってもみなかった。


「あ、頭をお上げください!!レイ様が謝る事なんて何一つありません!」


「そ、そうなのです。セシリー達が悪いのです!」


「そ、そうだよ!悪いのはボク達なんだからレイが謝らないでよ!」


「じゃあ……三人とも仲直りしてくれるか?」


 三人が焦ってオレに謝って来たので、ここら辺でみんなに仲直りをさせよう。

 三人は無言で大きく頷き了解の意思を示す。


 やっぱり兄弟は仲良くしないとな……。


「みんな、そやで?悪いんはみーんなレイや。謝るんなら心配かけさせたレイが謝らなあかん」


 なんだろう……何か知らないけど本当にムカつく……。

 ムカつくが正論すぎて反論のしようがない。


 見てたんなら酒飲んでないで止めろよな!


 相変わらずセシリーとルナはオレに抱き着いているが……どうやら二人の様子がおかしい……。

 オレに抱き着いたまま、オレの身体をクンクンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。


 そんなに臭かったかな……?

 ずっと風呂に入っていなかったから多少匂いは気になるが……。


 セシリーとルナは無言のまま互いにジッと見つめ合うとそのまま頷き合う。


「レイ様?ここはお風呂があります。入られたほうがよろしいかと……。失礼を承知で言わせていただくと、少々()()がいたします」


「そうなのです。とても()()のです!」


 二人は笑顔でオレに風呂を進めてくるが、何故かその笑顔にはやたら迫力があった。


「なんや、レイ。そない汗かいとったんかい?臭いとみんなに嫌われるで?ここの風呂はええで。ボクとクロムの自慢の風呂や!この部屋をでて右の突き当りが風呂や。着替えはボクが出したげるから、入ってきたらええ」


「あ、ああ。悪いな。助かるよ」


 ラウの言葉に甘えて先に風呂に入るとしよう。

 こっちに来てまで風呂に入れると思わなかったな。

 これはかなり楽しみだ。


「じゃあ先にお風呂に入ってくるから――三人とももうケンカしないようにな?」


 オレが襖から出る前に振り返ってセシリー、ルナ、メアに念押しすると、三人は横に並んで笑顔で送り出してくれた。

 あの感じならもうケンカの心配はなさそうだな。


 なんとなく三人の笑顔が硬い気がしたが気のせい……かな……?


 襖から部屋を出ると三人が何か話し始めた気がしたが風呂に入る事に夢中だったオレにはよく聞こえなかった。






「…………なにがあったの?」


「…………別のメスの匂いがしたのです」


「…………そうですね。私達以外のメスの匂いがハッキリとしました」


「…………へぇ~それは謝らないといけないね。やっぱりキミ達を止めずにすぐに探しに行けばよかった。ごめんね?」


「…………いえいえ、その話は水に流してしまいましょう。それよりも今は……」


「…………そうなのです。そのメスをどうにかしないとなのです」


 三人は大きく頷く。


「……キミら怖いわ……」


 そのやり取りを横目で見ていたラウが小さくつぶやいた。




























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