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sword break  作者: 香枝ゆき
第二章 主人と従者
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旅路

「私が暇を出されたのは、五日前の話です。殿下から直々に、この依頼文をいただきました」

 流れるように書かれた文字は、何度読み返しても王子のものだ。一切の感情を込めず、事実のみを淡々と。代筆を疑ってしまう。

けれど、紛れもない真筆だ。

「なにをしたわけでもなく、心当たりもなかった。ですから私は伺いました。至らぬ点がありましたか、と。そうしたらーー」

 チーズのクセがあとをひいている。

 エルーの身体が震える。

「治験は、一定の効果を得た。もう協力は、必要、ないと……」

「そんなバカな!」

 椅子がけたたましく後ろに倒れる。

 言葉を失ったラメルにかわり、憤ったのはジル・レオンだ。

「エルーさんをなんだと思って……!」

 本当に、ただの、実験だとでも思っていたような言い方を。

 そんな冷徹なことを、レインは言い放ったというのか。

 ……それで、次の勤め先の紹介もなく放り出すなんて。王子が行ってきた政策とは逆行する。

 人を人とも思わない振るまいに、ラメルは震えた。

 王子の一声でエルーを呼び戻すことはできる。

 当の王子自身が暇を出していなければ。

「嘘をついていて、申し訳ありませんでした」

 言えるわけが、ないのだ。

 どこにも行く宛がないなんて。

 エルーは誰かの負担になることを嫌う。

 助けを求めた誰かを困らせてしまうから。

 とっさに修道院を口にしたことは、責められる理由にならない。食事を終えたら出ていかなければ。

「……エルーが嫌でなければ、モルボルへ、行きましょう」

「それは、ご迷惑には」

「ならないっす。ノイアの最西端、モルボル。城下と比べてなんっにもないところですけどね。情報が入ってくるのは遅いし、家業に精を出すくらいしかできないんですけど、森も近くて、実りは豊かです。そこの教会の人は熱心で、きっとよくしてくれますよ」

 弾かれるように断ろうとしたエルーを食いぎみに諭す。

 ラメルとジル・レオン、お互いの意見は一致している。

 これが最善の策だ。

「……せっかくですから食べましょう。滅多に手に入らないレティのチーズですから」

 目配せし、相棒と意思疎通する。

 エルーはようやく、ほっとした顔を見せた。



「ジル・レオン、エルーをお願いします」

「もちろんです」

 頼もしい後輩は、すでに旅支度を終えていた。

「……徒歩なら片道1週間はかかりそうなんすけど、俺、クビになります?」

「あなたの離脱は休暇で処理します。戻ってきたら、馬車馬のように働いてください」

「わかりました」

 ラメルが向かうと、戻ってきたときに席はない。

 今の状況を考えると、あり得ない話ではなかった。

 その点、ジル・レオンはまだ目をつむってもらえる可能性が高い。キャリアに傷がつくような選択にも関わらず、後輩は進んで引き受けてくれた。

「できるだけ早く戻ってきます。……ついでっていったらあれですけど、ラメルさんの剣、預りますよ。調整かけます」

「それは」

 悪い。なによりも心臓に。なにしろルセーブルは、王族の剣を打つような鍛冶屋なのだ。

「ツヴァイヘンダーは目立つから……ファルシオン、預かります。一番状態がよくないし」

 人の返事も聞かず、ひょいと奪っていく姿は、騎士というより悪徳商人だ。

「ジル・レオン」

「異論は認めませーん」

軽い調子の後輩は、気持ちを建て直すのかうまい。

「いえ、剣のことではなく、聞きたいことが」

 怪訝な直をした後輩は、先を続けるよう態度で示している。

「控えの間の絵は、今なにがかかっていますか?」

一瞬だけ眉をひそめたのを、ラメルは見逃さなかった。

「……静物画です。器に果物とか載ってる」

「前のものがどこにいったか分かりますか?」

「絵画の間だと思います。回廊にはかけられてなかったし。北西ブロックの小部屋が、絵画置き場になってるんできっとそこに」

「ありがとう」

「……お、準備できたみたいです」

 教会からわずかばかりの物資を受け取ったエルーは、無理矢理に笑顔を作った。

「エルー」

 今にも泣きそうな彼女に、してあげられることは多分少ない。

「……元気で」

「……ラメルさんも」

「……さて、日が高いうちに距離稼ぎましょ!ちょっと出掛けてきます」

 いやに明るいジル・レオンの号令で、二人は進んでいく。

 小さくなる姿を見送って、見えなくなって。

 どうしようもなく一人になってしまった寂しさがのしかかってきた。


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