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あいつの家はそんなに遠くない。
中学からの腐れ縁で、走れば15分ほどでたどり着ける。
ああ、でも。その15分がこんなに苦しいとは思わなかった。
「やっぱり、バスケ部に、しとくん、だっ、たかなあ」
中学ではアタシもあいつもバスケ部だった。高校でバスケ部に入らなかったアタシに、どうしてだよって聞いてくれたっけ。
もう体育会系のノリはこりごりだ、なんてあの時は答えたけど、今なら分かる。アタシは怖かったんだ。あいつの横にいられなくなるかも知れないって事が。関係が新しく上書きされるのが。それが怖かった。
だから、諦めたように距離を取って、なんでもないように過ごしてたんだ。
○ ○ ○
さて。変わらず彼女は夜を走る。
女子高生っていうのはどうにも噂好きだと相場が決まっていて、彼女たちも時間さえあれば友人たちと集まって他愛もないおしゃべりをしていた。
やれ、どの先輩が格好イイとか、誰と誰が付き合っているだとか。あと、願いを叶えるおまじないだとか。学期末テストが近いのだから、試験範囲の事も話題にすれば良いのに。
そんな噂話のある一つ。先週のお昼休みのトークタイムでのこと。
それはクラスメイトの男子学生が、部活の後輩と付き合い始めたという話。他の友人たちは男子学生がガサツな性格をしている事を知っていた。もちろん彼女も知っていた。中学からの腐れ縁は伊達じゃあないからね。
男子学生は、黙っていれば格好イイ男ランキングで上位にいることもあって、後輩とやらはきっと外見に騙されたのだろうと、友人たちはコロコロ笑っていた。
周囲の抜けるような高い笑い声を聞きながら、どこかそれを遠くの出来事のように感じ、彼女は自らがそれほど笑っていない事に気が付いた。
そして自らの気持ちを唐突に理解した。
それと同時に失恋したわけだから、彼女の心は複雑怪奇な鏡の迷宮さながら。
全て打ち明けてしまいたい気持ちと、いっそ最初から無かったことにしたい気持ち。確かに彼女と男子学生はクラスの中でも仲が良かったから、その関係が壊れる事を怖れた気持ちも、当然あるだろうね。
こうなっては勉強に身が入る訳がない。
近づいてくる学期末テスト。恋に学問、その他もろもろ。楽しい冬休みを謳歌するには越えなければならない関門が多すぎる。
迷いに迷った彼女が頼ったのは、とある一つのおまじない。それは小さな恋のおまじない。
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うまく本音が伝えられないと。
想いを伝えたいともし願うなら。
冴え冴えと星がまたたく半月の夜に。
少し濃いめのミルクティーを二口だけ飲んで。
鏡越しに映る半月をゆっくり瞬きして見ればいい。
そうすれば。
半分だけの月の光は、映ったものを切り分ける。
体と影を。
本能と理性を。
まるで月刀のような半月が切り分ける。
半分だけの狂気でもって、さらさら、さらりと切り分ける。
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そんな、おとぎ話めいたおまじない。