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第8話 嵐のはじまり

 第8話 嵐のはじまり



 コロニー。


 それは、宇宙に飛び出した人々が造りだした、小さな小さな星。



 ある時は、人々が宇宙の海を渡るための船であり、次の安息の地に降り立つまでの、仮住まいの故郷。



 ある時は、人口が増え過ぎて母なる星から溢れた人々の、新しい安住の地。



 どんな理由があるにせよ、コロニーのあり方にあまり違いはない。



 では、彼らは?




「ソフィア、ワープの準備にはどのくらいかかる?」


 突然の艦隊とコロニーの襲来に静まりかえっているブリッジで、エメリアはソフィアの背中越しに尋ねる。その口調はゆっくりとし、冷静なものだ。



「各エンジン、ワープ・ドライヴは共に異常ありません。ですが、あの艦隊の目の前で加速をする必要があります」



 ソフィアが言いたいことは、よくわかる。敵か味方かわからない、それも手負いの艦隊の前で悠長に加速させてもらえるのか? エメリアは、その不安をよく理解出来ていた。


 しかし、この場に留まる事が最善とも思えない。相手は未だにこちらへの対応をしてこない事が、幸か不幸かわからなかった。



「敵対されても困るが、何も反応されないのも不気味だな。かと言って、こちらから接触を試みるのもどうなのだろう…。エル、どう思う?」


 エメリアは側近のエルに意見を求める。幼少の頃からの長い付き合いであり、幼馴染とも言える彼女は政治に明るく、女王になったエメリアにとっては頼りになる存在なのだ。


 しかし、今の状況は複雑だ。流石のエルも、腕を組んで考え込む。そんな彼女をエメリアはあまり見た事がない為、内心はとても不安になっていた。



 落ち着かない心境で待っていると、ようやくエルの口が開く。



「エメリア様。戦い…おそらくは戦争で傷を負っている軍に、見知らぬ者が近づくのは正直言って危険な行為だと私は考えます。しかし……」


 エルは一度言葉を区切り、咳払いをする。



「しかし、向こうがこちらに友好的であった場合、アリアス船団にとっては素晴らしい出会いになります。私たちは、あの日からずっと宇宙で孤独だったのですから…」



 エルは思い出す。五年前、失った故郷から宇宙に逃げてきた日のことを。



 エメリアはエルの寂しげな表情から察する。この広大すぎる宇宙での孤独は、限りなく続く茨の道のようだ。その中で、もしも誰かに出会うことができたら、どうだ?


 それは、これからのアリアスにとって、明るい希望になるだろう。



 だが、エメリアは決断を急げない。この船にはソフィアを始め、多くの大切な乗組員が乗船している。下手をすれば、皆を危険に晒すことになるのだ。


(どうした、エメリア・オーランド。私は女王として、どんなに難しいことも決断してきた筈だ)


 しかし、答えは出せない。



 その時、エメリアはふと思い出す。



(おや? 前にもこんな事があった気がするな)



 記憶の紐を手繰り寄せるエメリア。それは、リオンと出会った時のことだ。


 リオンはエメリアが初めて出会った、人工知能搭載型オペレーション・ユニットだ。丸くて白い球体の様な姿だが、たまにアヒルのような姿になっていたこともある。ちなみに、琥珀の女王号でソフィアと行動を共にしているアビーはリオンを黒くした様な外見だ。



 リオンは最初に、エメリアにある大切な問いかけをしていた。


 その時の事を思い出したエメリアは、自分の頬を両手で思いっきり叩いた。



「エメリア様!? どうされたのですか!?」


 驚き、慌てるエルに、エメリアは自信に満ちた目を向け、微笑んでみせる。



「なあに、ちょっと思い出したんだ。私がアリアスの王位を継承し、船団の指揮を執ることになった時のことを。おかげで、今の私に喝を入れることが出来たよ」


「喝…?」



 不思議そうな顔をするエル。話を聞いていたソフィアとルーナは、小さくクスッと笑う。エメリアの話を知っているからだ。


 そして、その意味も。



 エメリアはマイクを取り、船内放送で話す。



「皆、よく聞いてくれ。モニターで見ていると思うが、この船の前方に謎の艦隊と巨大な船、コロニーが現れた。彼らの正体は不明だが、スキャンによると我らに近い人型の種族らしい。そして彼らは現在、未知の勢力との戦闘状態にあり、傷ついて敗走しているようだ」


 言葉を区切り、間を取る。


「彼らと今接触するのは、おそらく危険を伴うだろう。しかし、彼らは我々に気づいていても攻撃をしてこない。それは時間の問題なのかもしれないが……私は、彼らと話が出来る望みがあると考えている。いや、私は話がしたい。なぜならば…」



 再び、間を取るエメリア。それから、自分の拳を胸に抱く。



「なぜならば、この果てしなく広大な宇宙の海で、ようやく出会えた"隣人"だからだ。この出会いの意味を、私は確かめたい。皆、私に力を貸してくれないか?」



 静かに、感情を込めて語りかけるエメリア。船内は静寂に包まれ、時が過ぎていく。



 エメリアの導き出した答えは、正しくもあり、間違いでもある。


 だが、どちらにしても決断すべき時はあるのだ。真摯に受け止め、悩める王でありたい。エメリアはそう考えていた。



「こちら、格納庫。整備班のフラガです。私は姫さ…エメリア様についていきますぜ!」


 沈黙が破られ、返答が返ってくる。最初はフラガからだ。



「同じく整備班のサラも賛成です。あと、学生の坊やとお嬢ちゃんも鼻息を荒くしてますが…彼らは待機室で大人しくさせておきますので…。エメリア様、やりましょう!」



「ふふっ」


 エメリアは思わず吹き出してしまう。


(あの子たちも、クルーの一員なのだな)


 嬉しそうに、笑顔を見せるエメリア。それから、次々と船内の各部署から同意の言葉が届き、エメリアの考えは全員一致で賛成された。


「皆…心から感謝する。ありがとう」



 胸が熱くなるのを感じる。これはアリアスの総意というわけではない。無理は禁物だ。だが、琥珀の女王号に乗る者たちの意思は一つになった。それは、前進する力になる。



「よし! アリアス船団に良き知らせを届けられるよう、全力を尽くそう! 行動開始だ!」



 エメリアの号令に、船内の活気は最高潮に達する。



 だが、状況が一変した。



「!! エメリア様、大変です! コロニーから閃光が…炎が上がりました!!」



「なんだと!?」



 ルーナはブリッジの大型モニターに望遠の映像を映す。そこには、コロニーの側面から噴き出す黒い煙と、チラチラと見える赤い炎の柱があった。


 それに、夥しい数の破片らしきものが、大小入り混じって飛び散っている。それは琥珀の女王号にも向かって来ていた。



「これは…まさか、コロニーも攻撃でやられていたのか!?」



 エメリアはルーナに尋ね、状況の確認を試みるが、詳細は掴めなかった。続いて、アビーに連絡を繋ぐ。



「アビー! コロニーの状況はどうなっているんだ!?」


 モニターに、アビーが姿を現わす。


「コロニーの外壁で大規模な爆発を確認しました! おそらく、艦隊と同じようにワープ前から被弾していたようです! 現在、爆発による破壊で生じた破片が高速で接近しています! 直ちに回避行動を!」



 琥珀の女王号には、対デブリ用にも機能するエネルギー盾、"ディフレクター・シールド"が搭載されており、宇宙空間に漂う小さな破片などから船体は保護されていた。



 しかし、塵も積もれば山となる。コロニーから飛来する無数の破片は、高速で絶え間なく船を襲い、シールドに負荷をかけていく。


 それに、大きな破片はディフレクター・シールドをもってしても防ぎきれない可能性があった。一応、船の外殻も相当に厚いが、宇宙空間で破片が飛来する速度は、地上での速度とは比べ物にならない。



「なんてことだ!! ソフィア! この船の安全が最優先だ! 直ちに離脱を!」


 このままでは、大きな被害が出る。船のダメージを最小限に抑えるためにはどうすればいいのか。ソフィアはアビーに教えられたことを即座に実行する。



「ルーナ! 最小半径で急速旋回! 最大船速でコロニーから離れるよ! エンジンのリミッターも外しちゃって!」



「わかったよ! エンジンのリミッターを解除! エンジンの稼働限界時間は見てるから、お姉ちゃんは操縦に専念して!!」



「ありがと! アビーは後方警戒! 回避針路の予測をお願いね! エメリアお姉ちゃん、ここは私たちに任せて! クルーのみんなのことをお願い!」


 思わず、素の話し方になるソフィア。だが、今はそんなことを気にしてはいられない。エメリアはしっかりと頷き、船内のクルーに非常事態を伝える。


「よーし……みんな、行くよ!!!」



 ソフィアは力強く吠える。同時に、琥珀の女王号の船体各部に内蔵された、姿勢制御の補助スラスターが全て起動し、コロニーに背を向けた。それからすぐに加速を始め、放たれた矢のように宇宙の闇を切り裂いて進む。



 アンブル・ドゥ・レーヌ号の最大船速。クルーのほとんどは、それを初めて体験しているが、その加速は恐怖すら感じる程のものだった。



 しかし、それでも飛来するコロニーの破片は迫ってくる。その速さが、爆発の規模の大きさを物語っていた。



「ダメ…振り切れない。 大きいのだけは避けないと…。アビー、後ろはどう!?」



「数が多過ぎます! これでは、破片をレーダーで追跡するのも困難です!」



 歯を食いしばり、表情を歪めるソフィア。全力で操船しているが、後方の破片群は点ではなく面で襲ってくる。全て回避するのは困難だった。


 だが、諦めるわけにはいかない。



「…フォトン・バルカンで大きな破片だけを狙うのは?」


 ソフィアは火器管制装置を起動する。


 この船には元々、自衛用の"フォトン・バルカン"という武器が二門、船体の左右に搭載してある。これは連射力に優れ、エネルギーの光弾を発射するものだ。


 しかし、この状況で使用するには問題がある。



「確かに、フォトン・バルカンならば大型の破片を粉砕することができます。ですが、船体の真後ろを狙うことは出来ません!」



 そうなのだ。砲身は左右にあり、かなり広い範囲をカバー出来るのだが、上部と真後ろは船体が射線を遮ってしまう。



「無いよりはマシ…という感じなのね。ルーナ、エンジンの方をアビーと代わって。エルさんと一緒に、レーダーとバルカンの方をお願い」



 少し心配そうな面持ちで、ルーナを見つめるソフィア。本来ならば、ソフィアは妹のルーナに武器を扱わせたくはなかった。でも、ソフィアが操縦に専念しなければ、この局面は乗り切れない。


 苦しい決断だったが、それぞれの役割が決まる。ソフィアが引き続き操縦を、ルーナはフォトン・バルカンを、エルがレーダーを、そしてアビーが、エンジンを含む船の状態の管理を行うことになった。



 この危機的な状況の中、エメリアはリーダーとして席に静かに腰掛けている。今は仲間たちを信じることと、起きていることをこの目で見ていることしか出来なかった。


 それも王としての務めなのだ。彼女にもそれはわかっているのだが、それでも思うところはあるのか、拳を強く握る。



 そうしている内に、飛来する破片の勢いは増していく。ソフィアは船体をジグザグに飛ばして大きな破片を避けながら、フォトン・バルカンの射線を確保する。エルから破片の位置をレーダーで把握してもらいながら、ルーナはバルカンの照準で破片をロックし、次々と撃ち落としていく。



 これまでに経験の無いことだが、それでも最初は順調だった。しかし、次第に破片は手に余る量になり、シールドを抜けて幾つか船体に直接当たり始める。その度に、ソフィアたちの額から汗の雫が流れていく。



 船内の待機室の中では、座席に固定されたペーターたちが激しい揺れに耐えながら、必死に状況を把握しようと試みていた。



「ぅぅ…この揺れは、いつまで続くのかな…?」


 青ざめた顔のペーター。揺れる世界にも大分慣れてきていた。とはいえ、具合が悪いことには変わりない。



「ペーター、もう揺れの話はやめようよ…。これが船乗りの日常なのよ…たぶん」


 ニーナも、普段の活気ある姿からは変わり果てていた。ペーターよりはマシなようだが。



「ねえ、ニーナ。フラガさんたちは大丈夫かな? こんな揺れの中でキャヴァリアーの準備なんて……ありえないよ」


「うん…私たちの見方ではね。でも、あのサラさんとフラガさんだよ? 私は大丈夫だと思ってる」


「それは…あの二人は確かに凄い人たちだけど……」


「なによ?」


「ニーナは心配じゃないのかい?」



 少し俯くニーナ。だが、その直後にペーターの太ももをバシンと叩く。


「な、なんだよ!?」


「あんた、少しは私たちの班長たちを信頼しなさいよ!! 心配な気持ちは私も同じよ!? だけど、船酔いにやられてる私たちは足手まといにしかならないじゃない!」



 怒鳴るニーナ。彼女は怒りながら、泣いていた。ペーターは具合の悪さも忘れて、彼女の顔を見つめる。同時に、自分が情けなくなった。


「ごめん…ニーナ。僕はまた、無神経なことを…」


「…謝るくらいなら、もっと男らしくドンと構えててよ…バカ…」



 ニーナも不安なのだ。それをペーターは、男として励ますべきだったと、後悔する。


 二人はしばらく口をつぐむ。だが…



 ガコンッ


「きゃっ!!」



 二人が沈黙したところで、いきなり船が激しく振動し、轟音が響く。何か大きな物が激突したようだ。


 その直後に、船内の警報が鳴り響き、放送が流れる。


「こちら、アビーです! 船体後部ハッチ付近に、コロニーの破片が直撃しました! 各班は訓練通りに格納庫へ救援に向かって下さい! 繰り返します…」



 後部ハッチ……格納庫だ! ペーターたちは息をのむ。あそこには、班長たちがいるのだ。



 ペーターは心を決めた。


「ニーナ!! 僕たちも行こう! フラガさんたちを助けなきゃ!!」



 恐怖はある。だが、情けない男のままではいたくない。ペーターの目は真っ直ぐニーナを見据えていた。


 その視線に、ニーナも目を向ける。


「ふふん…そうこなくっちゃね!!」


 二人の若者は、互いの拳を合わせて笑う。それから、座席のベルトを荒っぽく外し、部屋の扉を開けて格納庫へと通路を進んで行った。



 だが…彼らを待ち受けているものは、決して甘いものではなかった。





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