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第4話 ガラスの心

 第4話 ガラスの心


「よし、みんな揃ったわね? これから持ち場を分けるから、よく聞くのよ!」


 整備班のベテラン、サラの号令に、一斉に返事の声をあげる学生たち。その中には勿論、ペーターとニーナの姿もあった。


 彼らは今、琥珀の女王号の貨物ハッチ前に整列している。これから数日間、彼らはこの船の整備班に加わり、実地研修を行うのだ。


 琥珀の女王号は、船団の他の船に比べると小型で、形状も独特だ。それに、重力制御装置は搭載されていないため、船同士の接続を解除すると、船内は無重力状態になってしまう。その他にも、様々な技術が船団の中では少し古い型になっているようで、何かと不自由な点も多い。


 しかし、宇宙空間に出たことがない学生たちにとっては、格好の訓練環境になる。それに、"船乗り"という実感が持てるのは、実はこの船だけなのかもしれない。



 学生たちはそれぞれ班に分かれ、各部署に散っていく。ペーターとニーナは、船内格納庫にあるパワーフレームユニット、通称"キャヴァリアー"の整備班に加わることになった。


 格納庫に到着すると、そこには腕を組み、仁王立ちしているフラガが待っていた。相変わらずの陽気な挨拶を交わし、ペーターたちも諦めの微笑みで応えた。



「お前たち、運がいいな! この船はこれから重要な任務に出発するんだぜ? お前たちは、それを間近で見学できるってわけだ!」


 ペーターの背中をバシバシと叩きながら、フラガが説明する。


「あの…もしかして、エメリア様が言っていた惑星の調査ですか?」


「まあ、それもあるかもしれないがな。その前に大事な仕事がある! 船団に先駆けて、ワープ先を偵察するっていう、大事な仕事がな!」


 そうなのだ。船団がワープに入るためには、さらに準備段階がある。それは、ワープ先の先行偵察を行い、より詳細なデータを得るというものだ。


 しかし、偵察は決して安全とは言えない。これまで、幸いにも戦闘の機会は無かったが、もしかしたら、敵対する勢力の奇襲を受ける可能性もあるし、スキャンで得られたデータとの食い違いが、小惑星やデブリの衝突など、船団にとって致命的なトラブルに発展するかもしれない。


 ワープの度に何度も心構えを繰り返してきたが、宇宙では何が起こっても不思議ではない。船団内でこの任務を遂行できる唯一の船が、この琥珀の女王号なのだ。



 ちなみに、この船は"アリアスの三姉妹"の活躍で有名になった船でもある。そして、その三姉妹の一人がエメリアだ。


 最近では、女王陛下が自ら偵察に赴くことに反対する者も多くなっている。しかし、今回もエメリアは偵察に同行するようだ。



「俺たちも内心はヒヤヒヤしてるさ。だが、姫様…いや、女王陛下は宇宙でのキャヴァリアーの操縦において、誰よりも実績を残している。心強いことは間違いないぜ」


 フラガはしみじみと頷いている。すると、サラがフラガの背後からニュッと現れ、背中をバシンッ! と強打した。


「いってぇ!! サラ、また急に現れやがって! 少しは手加減しろよ!?」


「いや、本気だったら、こんなもんじゃないぞ? 学生の手本を示す立場なんだから、お前も口ばかり動かしてないで、手を動かせ!」


 サラに怒鳴りつけられ、渋々と仕事に戻るフラガ。いつも喧嘩してるように見えるが、この二人の仕事はとても手際がいい。なんだかんだで、いいコンビのようだ。


 ニーナはベテラン二人の様子を眺めながら、クスクス笑っていた。


「ニーナ、どうしたの?」


「んー? いや、ね、あの二人の空気感、凄く素敵だなーって思って。なんか、いいよね……」


 ポーッと顔を赤らめるニーナ。その目線はチラチラと、隣のペーターに注がれる。しかし、ペーターはその目線に気づくことは無く、首を傾げていた。


「もう…この鈍感男め」


「え? なんか言った?」


「な・ん・で・も・ない!!」


 頰を思いっきり膨らませて、ニーナはドスドスと足音を踏み鳴らしながら去っていく。ペーターはその迫力に後ずさりしたが、何が何やらわからない。


 そうこうしているうちに、二人はフラガに手招きで呼ばれる。キャヴァリアーの用途や構造などは学校で習っていたが、各部のパーツの実際の大きさや重さ、それに組み立てから何からは、やはりこの場にいないと実感できない。


 全てが初めての体験になり、ペーターとニーナは充実した時間を過ごす事になった。


 しかし、船内をあちこち動き回っていても、エメリアに会うことが出来ない。果たして、本当にこの船に乗っているのだろうか?


 その疑問をフラガに投げかけてみると、即答で答えられた。


「お前なぁ…このキャヴァリアーには誰が乗ると思ってるんだ? 琥珀の女王号でキャヴァリアーに乗る方と言えば、当然エメリア様だろうが! お前に話したことがあるし、近所の子供たちでも知ってる話だぜ?」


 ペーターは少しムッとした表情になる。自分が世間知らずなのはわかっているが、なにか馬鹿にされたような気がしてならない。


 しかし、それも一瞬の事だった。ペーターはすぐに萎縮する。なぜならば、先ほどまでおどけていたフラガの表情が一変し、真顔になっていたのだ。それに、瞳からはナイフのような、鋭利で冷徹な視線が放たれていた。



「ペーターよ。無知なのが罪じゃあねぇが、お前のその、周りに対する無関心はなぁ、時に命取りになることもある。そしてそれは、自分の事だけではすまないかもしれないんだぜ。最悪、お前の身近な、大切な人達を危険に晒すこともあるかもしれないんだ。これでもまだ周りに無関心でいるっていうんなら、サッサとこの船を降りろ。俺はいつまでも、お前のお守りなんかしねぇからな」


 そう言って、フラガは工具箱の蓋を乱暴に閉じ、ペーターの前から去っていった。


 ペーターはその場で硬直する。今まで、こんなに厳しい事を言われたことは無かった。頭の中でフラガの言葉がグルグルと駆け巡り、息がつまる。


 それに、目から涙が溢れて止まらなかった。


「なんで? 涙なんか?」


 考えても、答えは出ない。悔しかったのか、怖かったのか。それとも、情けなかったのか。ペーターは自分の心を把握することが出来なくなっていた。


「ペーター? どしたの、こんなところで…。なんで泣いてるの?」


 ペーターの様子が気になって、ニーナが近寄ってくる。だが、ペーターはニーナの顔を見た瞬間、フラガの言葉が胸に刺さるように痛み、たまらず慌ててその場から逃げ出した。


「ちょ!? なんで!? ペーター、待ってよ!!」


 ニーナが呼び止めようとするが、一目散にその場からペーターは去っていった。


「ペーター、どうして…?」




 なぜ、あんな風に逃げ出してしまったのだろうか。


 ペーターは格納庫を飛び出し、無我夢中で通路を進んで、小さな倉庫に飛び込んでいた。


「なんで…涙が止まらない!? それに、ニーナの顔を見たら、苦しくなるし…」


 ガンッ


 ペーターは行き場のない感情を、思いっきり壁に向けて打ち込む。握りしめた拳が赤くなり、ヒリヒリと痛みが襲ってきたが、今はそれも気にならないほどに心臓が高鳴っていた。


 しばらく呼吸を整えて、ペーターはその場にうずくまる。それから、改めてフラガの言っていたことを振り返り始めた。



(わかってるんだ…。フラガさんの言っていた通り、僕が無知、いや、周りに無関心だってことは。でも、どうしろって言うんだよ!?)


 自分がなぜこんなに動揺しているか、わかっていた。しかし、自分から周りに興味を持ち、関わっていく事がペーターは苦手だった。これまでは、学校の授業ということと、いつもニーナが一緒だったのもあり、まだ自然に、流されるように接していれたのかもしれない。


 そう思うと、より一層フラガの言葉が胸に刺さる。命取り、それは自分だけではなく、周りを危険にする。授業や整備の中でも、どこかで耳に入ってきていた話だが、その言葉の重みを、ペーターは初めて感じた。


 そうしている間に、暗い倉庫の奥から近づいてくる足音を聴いた。誰かが近づいてくる気配に、ペーターが身構えた瞬間…


 急に部屋の明かりが灯った。ペーターは明るさに眩惑されるが、目が光に慣れ、視界が鮮明になると、固まってしまった。目の前には、金髪の小柄な女性が立っていたのだ。


「あれ? ペーターだよね? 久しぶりー!」


 そこにいたのは、ソフィア・ルー。一ヶ月以上前に、あの研修先のプラント船にある畑でエメリアと剣の稽古をしていた女性だ。そして"アリアスの三姉妹"であり、女王エメリアの妹。彼女はどこかで入手した、保存用のジャーキーを口に含み、むぐむぐさせていた。


 (ソフィアさんと、こんなところで会うなんて…)


 そう思ったが、よく考えてみれば、この船にソフィアがいないわけがない。ここは琥珀の女王号、そして彼女はこの船の唯一のパイロットなのだから。


 おどおどし、落ち着かない彼の様子を、ソフィアは不思議そうに眺めている。ふと、ペーターの目が潤み、涙の跡を見つけると、ソフィアは何か察したように頷いた。


「そっかぁ、ペーターは、何か辛いことがあったんだね? それで、ここに駆け込んだんでしょ?」


 ペーターは、まんまるに目を見開く。早々にバレてしまった!


 見破られた驚きと、男としての気恥ずかしさやらで、ペーターはソフィアと向かい合うことが出来ず、顔を素早く反らす。だが、ソフィアからの視線が顔に向けられているのを感じ続けていた。


 この状況を、どうしたら… 


「ねえねえ、良ければ話聞くよー? 私、お姉ちゃんだし」


 たしかに、ソフィアはペーターにとっては姉のような年齢だ。実際、ルーナの姉でもある。


 ペーターはまだソフィアに顔を向けることは出来ないが、恥ずかしそうにモジモジしながらも口を開く。


「その、僕が悪かったんです、たぶん。積極的に人と関わるのが苦手で…というか、あまり関心が無くて。しかも、それを無知と言いながら、逃げてばかりで。その態度が、いつか周りのみんなに迷惑をかけてしまう… いや、最悪、大切な人に危険を招いてしまうかも。そう、フラガさんに言われて…」


 胸にまた、刺さるような痛みを感じ、言葉に詰まり、声が上手く出せなくなる。代わりに、涙ばかりが溢れる。


「その… 言われたことはわかっているのに、悔しいような、怖いような… 僕は……」


 パチン!


 ペーターは額にヒリヒリした痛みを感じた。


「こーら! 男の子が、メソメソしてちゃダメだよ!」


 よく見ると、ソフィアがペーターの顔に手を伸ばし、なんとデコピンをしていた。


 ペーターはポカンとして、ただ立ち尽くす。ソフィアは、そのペーターに微笑みを浮かべ、少し腕を伸ばすようにして、頭を撫でた。


「うんうん、大丈夫だよ、ペーターは。こんなに涙を流すほど、悩んじゃうんだもん。誰よりも、ちゃんと心で真っ直ぐに考えてる証拠だよ? だから、大丈夫なんだよ」


 ソフィアの、小さな手のひらから熱が伝わってくる。その暖かさに、ペーターはじんわりと心のわだかまりを溶かされていく。自然と、彼の顔にも笑みが浮かんだ。


 ほんの少しの時間だが、ペーターはホッとしたような温かみに包まれる。母の抱擁とは違う、あまり感じたことがない温かさだ。


(これが、姉のあたたかさなのかな)


 そんな、白昼夢のような時が過ぎた後、ソフィアは倉庫の扉を開けて去る。その去り際に、一言呟いた。


「私もねー、昔、言われたことあるの」


 そう言ってクスクスと笑いながら立ち去るソフィアは、なんだか嬉しそうな、懐かしそうな、そんな顔をしていたようにペーターには思えた。


 彼の顔に、もう涙は伝っていない。




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