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第18話 兆候

 第18話 兆候



「さすがに反応は良いようだな」


 降下し、速度にのったリーシャの機首を少しずつ起こしながら、エリファスは後方から追いかけてくるアリアスの機体の様子を確認する。


 しかし、その距離はグングン離れていく。


「エンジンの出力にかなりの差があるようだ。予想はしていたが、やはりアリアスのテクノロジーは現在の連合よりも相当に古い」


 アリアスとセルネア。その技術レベルには大きな差がある。勿論、今確認しているのはその一端ではあるが、エリファスはそれを改めて実感した。


「機体の運用方法は面白いとも言えるが…やはり空を飛ぶことには重点を置いていない。残念だが、勝負にはなら……いや、いかんな」


 心のどこかに抱いていた期待は外れてしまった。しかし、それは自分勝手な気持ちだ。


(お姫様の話が本当ならば、現在のアリアスの人々はおよそ5年前に宇宙に進出したばかりだ。しかも、母星を失う危機から逃れるために、成り行きで。そんな彼女たちが、たったの5年の間にここまで航海して来たんだぞ?)


 考えれば考えるほど、尋常ではない話だ。しかし、現にアリアス船団はワープを繰り返し、この星に辿り着いている。この事実を、エリファスは受け止め直した。


「とにかく、彼女たちの実力を確かめなければな」


 操縦桿を強く握り直し、エリファスは気を引き締める。


 引き起こした機首は真っ直ぐに前を向き、四つのエンジンの音が更に高まったように聴こえた。




「速い…! かなり引き離された!」


 降下を続けている機体の操縦席で、ソフィアは叫ぶ。前方に見えるセルネアの機体は緩やかに水平飛行に戻りつつあるが、速度が衰えた気配はない。


「後ろから同じ様に追いかけてるのに、グングン引き離されていく…単純に、エンジン出力の差だね…って、お姉ちゃん! いきなり急降下しないでよ!」


 ゴンッと、ソフィアの頭に拳骨が入る。足が不自由なのにも関わらず、ルーナはグイッと身を乗り出していた。


「いたっ! ルーナ、頭叩かなくても…」


「手加減はしてる! 何かするときは、ちゃんと声かけてよね!?」


「うぅ…わかったよ」


 こういう時のルーナは昔から変わらない。両親が仕事で不在の間は家事を切り盛りし、ソフィアは毎日のように叱られたものだ。ついでに、この頃には身長もとっくに抜かされていたので、姉の威厳もあまりなかった覚えがある。


「よろしい。ニーナは平気? 頭ぶつけたりしてない?」


「は、はい! ありがとうござい、ます!」


 ルーナは態度を急変させて、ニーナを気遣う言葉をかけながら彼女の頭を優しく撫でる。ニーナの顔は緩みに緩んでいた。


(ルーナ…私に厳しい。お姉ちゃん、ちょっと泣きたい…)


 後ろの席で仲良し姉妹の構図が出来上がる中、実の姉たるソフィアは釈然としない心境に涙しそうになるのを堪える。そして、気持ちを切り替えて前を見た。


「力負けしてる…同じやり方じゃ追いつかないね。アビー?」


「…はい。なんでしょう?」


 声が何故か下から聞こえる。ソフィアは怪訝な顔で下を向くと、アビーが座席の下から現れた。


「ちょっと!? なんでアビーが下から出てくるの!!」


 反射的にソフィアは足を閉じる。パイロットスーツを着ているとはいえ、恥じらいはある。というか、体のラインが強調されるパイロットスーツを着ているからこその反応かもしれない。


「ソフィア様が急降下されて、座席下の荷物入れのスペースに転がり落ちたのですよ…。私からも、声かけはお願いしたいですね」


「むぅ…」


 結局のところ、自分の招いた結果だった。気持ちを切り替えようとしたのに、ソフィアはまた肩を落とす羽目になるが、アビーが話を戻してくれた。


「それはさておき…このままでは置いてけぼりになりますね。ソフィア様、どうしますか?」


「あ、うん。空に上がる前に調べてくれた、環境データを見せて」


「了解しました。ソフィア様、このバイザーをお付けください」


 アビーは自分の内蔵アームを伸ばし、座席下にあったバイザーをソフィアに手渡す。


「これは?」


「操縦をサポートする道具です。バイザー内にモニターがありますので、視界に様々な情報を表示出来ます。簡単に言えば、目で見ている景色に情報が入る感じですね」


「へー! なんか便利そう!」


 ソフィアは嬉しそうに、早速バイザーを付ける。アビーは後部座席に移ると、後ろの二人にも同じバイザーを手渡した。


「では、データを表示します」


 アビーが合図すると同時に、バイザーには外気温、天候、風向き、大気中の成分など、様々な情報が表示される。


「うわ!? 凄い量だよ!」


「これはクラッとしますね…」


 あまりの情報量と普段見慣れないデータの種類に、ニーナは急に気分が悪くなる。心配したルーナがアビーに声をかけると、ニーナの景色から通常に戻った。


「大丈夫? 今、アビーに元に戻してもらったから」


「すみません…いきなり沢山文字が出てきて、びっくりしたみたいで…」


「いいのよ。私でも、こんなに沢山の情報は読みきれないわ。でも、船団やキャヴァリアーはこうしたシステムで動いているのね…」


 普段から船のレーダーやシステムの情報を読み取っているルーナでさえ、一度に全ての情報を頭で処理出来ない。それを知って、ルーナとニーナは船が想像以上の技術で動いていることを改めて実感した。


「アビー、とりあえず必要な情報を絞って表示を…。アビー?」


 ルーナが声をかけようとアビーを見ると、アビーがやけに静かだ。前の方を向いて、固まっているように見える。


「アビー?」


 もう一度、アビーに声をかける。すると、何か呟きが聞こえた。


「…残量……毎秒約七十二……ここで逆制動を……出力比を変えて…」


「え…? お姉ちゃん?」


 呟きの主はソフィアだ。しかし、様子がおかしい。前を向き、微動だにしていない様子で、ブツブツと計算を行っているようだ。


 その様子を見たアビーは、息を飲んでいるかのように緊張した面持ちで眺めている。


「…アビー、お姉ちゃんは一体何を…」


「これは…まさか…いえ、それは無いはず…」


「アビー? どうしたの?」


「あ、すみません。ソフィア様は…今、バイザーから情報を読み取っているのです」


 なんだ、と、一瞬ルーナは安心するが、その言葉の意味が少し違うことをすぐに理解した。


「…情報って、何の情報を?」


 アビーはすぐに言葉を返さず、ルーナの方を振り向いて見つめる。それからピロピロと音を立てた。


「全て…です」


「…え? 全てって…?」


「先程、皆様のバイザーに表示した情報、その全てをソフィア様は読み取って分析しているのです」


「な…! 嘘でしょ!?」


 全て。それが、一体どれ程膨大な情報量であるのか。アビーは最初こそバイザーに全ての情報を表示して見せたが、すぐに必要な情報に絞って表示し直し、バイザーの使用法について説明するつもりだった。なぜならば、これらの情報を読み取り解析するのはアビーたちオペレーション・ユニットの仕事であり、これは人間の脳の処理を超えたものだからだ。


 だからこそ、ソフィアは今、驚くべきことを行なっている。それはまるで、人の成し得る領域から外に飛び出したかのようだ。



「…よし! これなら追いつけるかも!」


 呆然とする一同の耳に、軽快な声が届く。


「お、お姉ちゃん?」


 ルーナはなんとか声を絞り出し、ソフィアに尋ねると、ソフィアはバイザーを付けたまま後ろを振り向く。そこで一同は固まった。


「航路計算が終わって…あれ? みんな、どうしたの?」


「お姉ちゃん、鼻血が!」


「え? あ、出てる!」


 慌ててハンカチを取り出し、顔を拭う。それ程酷くは無いようで、既に止まりかけていた。


 しかし、十分だ。



 ガシッ



「おわ!? アビー、何するの?!」


 勢いよく、乱暴にソフィアの頭からバイザーを奪い取るアビー。


「…申し訳ありません、ソフィア様。このバイザーは壊れているようです。何かお体に触るようなことがあったら大変ですので、回収します」


「えー? これ、凄い見やすかったよ? 操縦しながらデータ読み取るの大変だったし…」


「ダメなの!!」


「ルーナ!?」


 突然のルーナの怒鳴り声に、ソフィアはびっくりして仰け反る。


「便利でも、壊れてる物使って怪我したら大変でしょ!? ここにはアビーの他に私たちもいるんだから、こっちに頼って!! わかった!?」


「え?! あ、その…はい!」


 先程怒鳴られた時よりも、数段強い気迫のルーナに、ソフィアは戸惑いながらも頷いた。ルーナはしばらくソフィアをジッと見つめていたが、深呼吸をして席に座りなおす。それから、小声でアビーとニーナに囁いた。


「このことは、私たちだけの秘密にして。誰にも言っちゃダメよ。あと、アビーは後でもう一度私に説明をお願い」


「は…はい」


「了解しました、ルーナ様」



 ルーナはゆっくりと頷き、気を落ち着ける。


(お姉ちゃんを守らなきゃ。場合によっては、エメリアお姉ちゃんにも助けて貰わないと…)


 まだ動揺はあるが、気持ちの向き方は決まったことで、ひとまず混乱は脱した。


 そしてソフィアが説明を再開し、ようやく話が進む。



「…と、言うような感じはどうかな?」


「うん。多分、大丈夫だと思う。ニーナもやれそう?」


「自信は…あまり無いですけど、頑張れると思います! はい!」


「大丈夫よ。アビーもついてる。ね?」


「お任せください。ですがソフィア様、この競争は勝ち負けに拘らず、無茶をなさらないようにお願いしますよ?」


「うん。気をつける。いざとなったら、オーバーライドしてでも止めてくれて構わないよ」


「では、その時は遠慮なくそうします」


 全員が揃って顔を見合わせ、微笑む。方針は固まった。


「それじゃ、追いかけるよ!!」


「おーー!!」


 威勢の良い掛け声と同時にキャヴァリアーは上昇を開始する。


 小さな翼は雲を突き抜け、空高くに上がっていった。



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