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第15話 渡り鳥の来訪

 第15話 渡り鳥の来訪



「…全船、無事に分離しました。これより、船団の配置を二列縦隊に変更します」


「了解。本船は船団先頭に移動。配置完了と共に全船のシールドをマニュアルに沿って変更願います」



 広々としたブリッジ内では、通信士が慌ただしくやり取りを交わしている。


 自由同盟所属艦隊の指揮官、エリファス・ラルーシカ率いる三隻の艦に先導され、アリアス船団は無事に惑星セルネアの衛星軌道に到達し、惑星上に指定された地点への降下…つまりは、惑星セルネアの大気圏に突入する時間が訪れたのだ。



 降下の手順は基本的に自動化されており、予め座標などの設定をしておけば問題はない。それに、各船に搭載されてい"ユニット"たちがサポートを行っているので、余程のことが無い限りは大丈夫であろう。


 しかしながら、宇宙に出て数年であるアリアスの民にとって大気圏突入は初めての経験だ。この機会を有益にする為、管制・通信・操舵のを担当するクルーは、ブリッジ内でユニットたちの指導を受けながら作業に従事している。


 船団において、日常的にこうした訓練は行われているが、今回のように船の連結を分離し、隊列を組ませて大気圏突入をするという大役には流石に緊張気味のようだ。


 しかし同時に、自分たちで船の舵とりができることに興奮もしているのだろう。皆、固い表情の割に、瞳にやる気が満ちた光を宿している。エメリアはその光景を眺めながら嬉しさに胸を高鳴らせていた。


(ふふ…エメリア様、嬉しそうね)


 側でエメリアの補佐役をしているエル・レアは優しげに笑う。彼女の普段の印象はバリバリ仕事ができる女性のようなイメージだが、エメリアのことになると母性的で優しげな印象になる。


 しばらくすると、各船からの最終確認がエメリアに報告される。いよいよ大気圏突入だ。


 エメリアは席から立ち上がり、全船のブリッジに向けてモニター通信を行う。


「諸君。まずはここまでの操船、ご苦労だったな。さあ、待ちに待った大気圏突入だ」


 拳を力強く握り、語気にも力を入れる。



「我々にとって、大気圏突入とは初めての大仕事だ。そもそも、それがどのようなものなのか、我々には宇宙に船出してから学んだ知識しかない。幸い、船団にはユニットたちが心強い助力をしてくれているが…」


 一度言葉を区切り、意図的に呼吸を整える。それから綴る言葉を頭の中で思い浮かべてから、再び口を開く。



「私たちも実践から学び続けていかなければ、いつかは限界が来てしまうだろう。ユニットたちとの連帯と信頼を強めるためにも、全力を尽くして臨んでほしい」


「ハッ!!!」


 ブリッジのクルーたちは一斉に返事と敬礼をする。モニター越しに映る、他船のブリッジ・クルーも同様だ。


 エメリアは皆の真剣な眼差しを受け止めて頷くと、頰の緊張を緩めて笑顔を見せる。


「さて、固い話はこれくらいにして…未知の体験を楽しもう」


 クルーたちの表情が明るくなる。新しい体験をするのだ。やはり、こうでなくては。



「よし。それでは、これより惑星セルネアの大気圏に突入する!」


 短めの号令であったが、エメリアの合図で船団は大気圏突入を開始する。


 アリアス船団は先頭の船から順に大気摩擦の熱で光を放ち、流星のように惑星セルネアへ降下していった。




「さあて…そろそろエメリア・オーランド率いる船団が降下する時間だな。対空監視を怠るなよ?」


「ハッ!! お任せください!!」



 若い士官が直立不動で、随分と気合いの入った返事をする。エリファスは彼の緊張した様子に、思わず吹き出して笑いそうになるのを堪える。


「おいおい、そんなにカチカチにならなくても大丈夫だぜ? お客さんたちが、無事に大気圏へ突入するのを眺めるだけだ。何隻の船が、どんな隊列で、速さは…とかを報告してくれればいい。簡単だろ?」


「は、はい!! 申し訳ありません!!」


「いや…だから、楽にしろって…」



 今時の若い奴らは、肩の力を抜く術も知らんのかなぁ。と、思いつつも、真剣に任務に当たろうとしている若い士官に、あまり楽にしろと言い続けても逆効果かと思い直し、エリファスはとりあえず苦笑いをしておくことにした。


 アリアス船団を先導していた三隻のセルネア艦は、それぞれが最近編成されたばかりの艦だ。その中の一隻、エリファスが座乗している"テルハール"は最新鋭の艦隊旗艦なのだが、その割には若く新米のクルーが多い。


 これはエリファスの考えによるものが大きい。セルネアにおいて、通常ならば歴戦の精鋭クルーたちが旗艦に配属されるものなのだが、彼は自分の指揮する船で新米を鍛え上げ、一人前になってから他の艦に送り出すやり方を好んでいた。


 確かに、艦隊の中で最も優秀な指揮官の船で鍛えられれば、短期間で高い水準の実力を身につけられる可能性があるし、実戦での生存率も上がるだろう。現にその通りの結果にもなっていた。


 現在では、エリファスが指揮官に就任した当初ほど、そのやり方に関しての反対意見は無い。


 だが、連合との戦況が悪化するにつれて指揮官を失うリスクは高くなっている。それ故に、最近ではシルヴィアのような歴戦の猛者であり、指揮能力が高い副官が配属されているのだ。



 エリファスは時間を確認してモニターを眺めると、ちょうど降下を開始するアリアス船団が映し出されていた。



「お、来たな。時間通りとは…なかなか好ましいねぇ」


「ほう。あのような女性がお好みなのですか?」


 エリファスの背後から、腕を組んで仁王立ちをしているシルヴィアが声をかける。そんなに威圧感を出していては、周りのクルーたちがまた固まりそうだ。


「悪くはないな。話に聞く限り、アリアスの民とやらは宇宙に不慣れな難民だ。そんな船団をあの若さでまとめてるんだ、なかなか大したもんだよ」


「そうでしょうか? 事情は知りませんが、私はまだ信用出来ませんね。連合の密偵がいるかもしれませんし」


「まあ、それはもっともではあるんだがな。でも、あのお姫様の剣筋は迷いなく、正に見事だった。あの古めかしいヘンテコなロボットで、あんな芸当が可能だとは思わなかったよ」


「これはまた珍しい。あなたが剣の腕を褒める相手がいるとは…。その点についてだけ、私も興味が湧きましたよ」


「他にもあるぜ? 古めかしいヘンテコな船だが、あの船も良い動きをしていた。あれは訓練というよりは…天賦の才だな。パイロットにも会ってみたくなったよ」



 エリファスとシルヴィアは視線を合わせると、ニタリと笑う。だが、その笑いは所謂、血が騒ぐというものだ。


「こりゃあ、会談の余興は決まりだな。俺も久々に鈍った体を動かすか」


「それは楽しみです。私たちは船乗りであり、戦士ですからね」



 再び嬉しそうに笑うエリファスとシルヴィア。側にいた若い士官はアリアス船団のデータをモニターに映しながら、二人の会話に割り込んで報告して良いものかと悩み、脂汗を滲ませながら黙っていた。




 大気圏突入時、アリアス船団の船体はシールドと重力制御装置で保護されているが、それでも多少の振動は感じるほどだ。しかし、人々の多くはそれよりも「音」が気になっていた。



「ねえ、お姉ちゃん。この音は…?」


 修理のために格納されている琥珀の女王号で点検をしていたルーナは、外から轟く音に耳を澄ませる。どこかで聴いた、懐かしい音だ。しかし最近では聴いていない。


 その答えを、ソフィアは知っていた。


「これは風の音だよ。そう…風を切る音。私たちがアリアスに置いてきた…」



 宇宙で外から聴こえる音は少ない。何故ならば、音は空気を伝うので、基本的に空気の無い真空の宇宙空間では音は伝達しないのだ。


 そして故郷の星を離れてから数年間、アリアスの民は風の音を聴いていない。その音が今聴こえているということは、船団が惑星の大気圏内に入ったということを意味する。



「それじゃあ…あの青い星に着いたんだね! お姉ちゃん、窓から見えるかな!?」


「たぶん…そろそろ見えると思うよ」


「やった! お姉ちゃん! 早く行こう!」



 ルーナは喜びのあまり、専用の車椅子の向きを器用に変えてソフィアの腕をがっしりと掴むと、ソフィアの小さな体を勢いよく引っ張る。


 普段であれば、真っ先に喜ぶのはソフィアの方だが、琥珀の女王号がボロボロになってしまっているので元気が無い。そんな姉を元気づけようと、ルーナは目一杯にはしゃいで見せているのだ。


 妹の健気な気遣いに、ソフィアも少し照れくさそうにしながら微笑むと、ルーナの後について走り出す。


 船内は居住区も含めて、窓の数は多い。しかし、船団がワープする時や大気圏突入時には安全の為に防護シャッターが展開されるので、外が見えなくなってしまう。それはブリッジも例外ではないのだが、一部の展望室は特に強化された窓を設置されているので、そこからは外が常に見えるようになっていた。


 二人が修理ドックと連結した格納庫から通路を駆け抜けて展望室に近づくと、既に大勢の人が外を見ようと集まっており、廊下も人だかりでいっぱいだ。


「すごい人だかり…これじゃ進めないよ〜」


「ありゃりゃ。私がジャンプしても先が見えない…なんか悔しい…」



 車椅子のルーナと、背の低いソフィアでは人の隙間を覗き込むことも出来ない。二人が困っていると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められる。


「あ! ルーナさん! それに、ソフィアさんも! こんなところで会えるなんて、嬉しいです!」


 明るい快活な声をかけてきたのはニーナだった。好奇心旺盛な彼女も、いち早く外の景色を良い場所で見たいと駆けつけていたのだ。


「ニーナ? そっか、ニーナたちも同じ船にいたんだね」


「えへへ…いたんですよ。ちなみにペーターもいますけど、あいつったら、人が多いところ苦手ですから、家に残ってます。ソフィアさんも来てるって聞いたら飛んでくるのに…私が誘ったら…」


 ブツブツとペーターの文句を言うニーナに、ルーナはクスッと笑う。ニーナも恥ずかしそうに頰を赤らめて、一緒に笑い合った。


「せっかく展望室に来れたけど、これじゃ入れないかな…ルーナ、どうする?」


「うーん。後でモニターでも見られるとは思うんだけどね…やっぱりこの目でちゃんと見たいよ」


「ですよね〜。外に出られたらなぁ〜」


『ん?』


 ニーナの一言に、ソフィアとルーナが同時に振り向く。びっくりしたニーナは固まってしまった。


「あのー? ルーナさん? ソフィアさん?」


「お姉ちゃん…アビーは今どこに?」


「琥珀の女王号の修理はとりあえずオートだから、キャヴァリアーの調整のために埠頭の倉庫にいると思う」


「ということは、キャヴァリアーの"あれ"を使えば…」


「うん。"あれ"なら換装に時間もかからないし…でも、怒られないかな?」


 ソフィアとルーナは、自分たちの姉の顔を思い浮かべる。そしてうなだれた。


「たぶん、怒る。そして、羨ましがられる」


「だよね。そしてお姉ちゃんは剣の素振りやらされるね」


「私自身は良いんだけど、キャヴァリアーで剣を振るうのは苦手なんだよね。なんか酔うし…」


 剣は散々鍛えられているし、今更素振りを苦にしたりはしない。だが、ソフィアはキャヴァリアーでの剣の扱いは苦手だ。そして何故かキャヴァリアーで剣を振るうと、乗り物酔いをしてしまうことがある。だから、その素振りは避けたいところだ。



「でも…ね」


「うん。お姉ちゃん、これはチャンスだね」



 二人が頷き、ニッコリと笑顔を見せている横で、ニーナはわけもわからず、ただ首を傾げていた。


 ところが、今回は彼女も巻き込まれる。



「ニーナ、ちょっと私たちと組まない?」


 ソフィアにグッと肩を掴まれ、ルーナからは嬉しいけどちょっと怖い微笑みを向けられ、ニーナは困惑する。


「あのー? 何を、組むんですか?」



 恐る恐る、ニーナは尋ねる。するとルーナは耳を貸すように手招くので、ドキドキしながらニーナは耳を近づける。


 そしてルーナがゴニョゴニョと耳元で囁くと、ニーナは思わず「ひょえ!!?」と奇声をあげてしまった。



 それから三人の企みが始まる。





 無事に惑星セルネアの大気圏内に入り、ブリッジ内では安堵のため息があちこちで漏れる。エメリアも座席の上で、フーッと息を吐いていた。


「こうしてモニターの情報を眺めているだけではあったが…久々に緊張したよ。不思議だな。ワープを何度も経験して、たった一回目の大気圏突入なのにな」


「ですね。初めての行程に、初めての操船。前例が無いですからね。おまけに観られてますし…」


「だな。身内だけならばまだしも、我々は他国に訪問する側だ。無様な姿は晒せない、か。変に意識してしまったようだ」



 そう言って、エメリアとエルは苦笑いをする。宇宙進出から日が浅いアリアス船団の行動は、セルネア側から見ればよちよち歩きのようなものだろう。それはエメリアたちも仕方がないことだと理解はしていたが、やはり少しは体裁を意識せずにはいられない。



 その意味では、今回の大気圏突入はよくやったと、クルーの皆を褒め称えたい。エメリアはそう思い立ち上がると、先にリオンが話し始めた。



「いやはや、皆様お見事です! この五年間ゼロから学び、訓練をして来たとはいえ、ここまで見事な操船をされるようになるとは…皆様をサポートさせて頂いた私たちユニット一同、感動しております! おめでとうございます!」


 リオンがピロピロと音を出すと、ほかのユニットたちも拍手をするように、一斉に嬉しそうな音を放つ。リオンやアビーとはまた違うが、ユニットたちの人工知能も最初の頃に比べると、人々と関わって来たことでかなり人間味が出て来ている。


 そんな彼らに褒められて、ブリッジのクルーたちからは笑顔が溢れ、中には涙を流していたり、隣同士で握手を交わしていたりと、喜びを露わにしていた。


 ただ、その台詞を言いたかったエメリアは、少し膨れっ面の涙目だったが。



「…ぐぅ。エル、通信を頼む。先行しているエリファスたちに報告と、引き続き進路の誘導を要請してくれ」


「了解です。…元気出して下さい」


「むぅ」


 エルはエメリアを慰めながら、通信で報告を行う。しばらくして、セルネア艦が再び先導に現れた。同時に、エリファスから通信が入る。


「よう! まずはお疲れさん。話に聞いていた割には、見事な大気圏突入だったぜ」


「素直に嬉しいな。そちらの誘導にも感謝するよ」



 エリファスに何と言われるか、内心は気になっていたエメリアだが、少しホッとする。



「なぁに、任せてくれ。引き続き、我々が先導を行う。ようこそ、セルネアへ…って、そういえばあんた達、何でまだ防護シャッター閉めてるんだ? デブリなんかないぞ?」


「あ…」


 大気圏突入成功の喜びで忘れていた。言われてみれば、まだこの目で惑星の空を見ていない。慌ててシャッターを開けるように指示を出すと同時に、アラームが突然鳴り響く。



「何事だ!?」


「エメリア様! 船団の一隻から何か発進しました! これは…」


「なに!? モニターに映してくれ!」


 突然のことに、ブリッジ内は騒然とする。通信中だったエリファスは不思議そうな顔をしていたが、気にしている余裕がない。


 すぐにリオンが確認を完了したが、報告を躊躇い、少し震えているようだ。



「リオン、どうした!? 何が発進したんだ!?」


「あの…ですね。とっても信じがたいのですが、発進したのは…」


 なんだ、この反応は? エメリアが眉を細めていると、モニターに映像が映る。



「あ…? あーー!!!」



 映し出されていたのは、空中機動用の装備に換装されたキャヴァリアー。しかも、見覚えのあるカラーの機体だ。


「琥珀の女王号搭載のキャヴァリアー…ソフィア様ですね、あれは。しかも空中機動用に換装されて。アビーもグルですね」


 セルネアの空を嬉しそうに飛び回る機体は、以前にサラが搭乗した機体だ。しかし、元々はソフィアも使用しているキャヴァリアーであり、ルーナも乗れるように最大三人乗りの複座型コアも別に用意してあるタイプとなっている。


 その姿をモニターで見たエメリアは、ショックを受けた顔で震えていた。



「…私も乗りたくて…三人で空を飛び回ろうと楽しみに取ってたのに…抜け駆けしちゃダメだろ?! ソフィアーーー!!!」



 エメリアの慟哭がブリッジに轟き、通信越しにエリファスの爆笑までもが聴こえてくるのもお構いなく、ソフィアのキャヴァリアーがクルクルと翼をロールさせている。



 まるで、風に乗った渡り鳥のように。



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