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第13話 交信

 第13話 交信



「お、二人とも戻ったか」



 軽快な声音で、エメリアはブリッジに入るソフィアとルーナを出迎える。


「ソフィア、大丈夫か?」


「うん…お姉ちゃんにも、エルさんたちにも迷惑をかけちゃいました。ごめんなさい」


 ソフィアは入り口の前で深々と頭を下げて謝罪する。


「ふふ、大丈夫よ。私たちもブリッジ・クルーなんですから、もっと遠慮なく頼ってね。あなたみたいな操船は難しいけど」


 大人の女性の、包容するような微笑みを向けるエル。ルーナもエルの意見に同調する。


「お姉ちゃんは昔から、自分の中で悩みすぎ! 私もこの船の事、沢山勉強してるんだからね! 頼っちゃってよ?」


 妹にそう言われると、なんだか姉として頑張らないといけないよね。ソフィアは自然と嬉しい気持ちが込み上がるのを感じる。


 ソフィアが顔を上げると、目の前にはエメリアが向き合って立っていた。


「やれやれ…お姉ちゃんは大変だな、ソフィア?」


「…はい! 大変です! でも、お姉ちゃんですからね!」


「ハハハハハ!! その意気だ、ソフィア!!」


 血の繋がった姉と、姉妹の契りを結んだ姉。二人の"お姉ちゃん"は、お互いの心境を読み取って笑い合う。



 和やかな空気が支配するブリッジ。琥珀の女王号の船内の雰囲気が和らいだところで、タイミングを見計らったかのような警戒警報が鳴り響く。クルーたちはすぐに持ち場へと移動を行い、順次配置についた。


「全船、配置よし」


 エルが報告する。ソフィアとルーナも頷く。それを確認すると、エメリアは現状の報告を求めた。


「さてと。なにがあった?」


 モニターにアビーが映し出される。現在は格納庫内で作業していたようだ。背後にはキャヴァリアーが見えており、見慣れた整備班の顔ぶれが作業を続けていた。



「レーダーで例の艦隊を追跡しておりましたが、残存している数隻がこちらに再接近しています。どうやら、何らかの接触を試みるつもりかもしれません」


 コロニーの墜落。その悲劇の後、しばらくは動きを見せなかった艦隊だが、次の行動に出たようだ。意図は不明だが、こちらに接近するからには何か話があるのだろう。


 こちらに逆恨みをして来なければよいが。エメリアは可能性は低いと思いつつも、最大限の警戒すべきと判断する。


「ルーナ、艦隊の船は何隻だ?」


 エメリアに尋ねられ、ルーナはレーダーの情報をエルと解析する。


「…判明しました! 現在接近中の船は三隻、全体では合わせて三十隻です!」


 三十隻。やはり艦隊と言うだけはある。その中の三隻だけで来るのだ。戦闘の可能性は低そうに見える。しかし、こちらはたった一隻。三隻でも相手としては有利な状況だ。


 考えられるのは、拿捕だ。簡単に言えば、怪しい船がいるので捕まえて取り調べようとしているのかもしれない。実際、この可能性が高い。


 しかし、その行動に出る前に、大抵の場合はこちらへの呼びかけがあるはずだ。まずは話をしたい。そこでエメリアは先手を打つ事にした。


「ルーナ、接近中の船に連絡を取ることは可能か?」


 エメリアの提案に、ルーナは驚かない。既にルーナもその案を考えていたようだ。


「通信を繋ぐことはさほど難しくないはずです。しかし、問題があります」


 問題。それはエメリアもわかっていた。


「言葉が通じないかもしれません」


 その通り。問題は、言葉の壁だ。アビーがサポートしてくれるにしても、全く未知の言葉を話されてはお手上げだろう。逆に相手からもお手上げかもしれないが。


 しかし、黙って捕らえられるわけにもいかない。試してみる価値は十分にあった。


「…よし。クルーに通達を出してくれ。これより、我々は接近中の船に通信を試みる! ルーナは準備をしてくれ。エルは長距離通信で現状をアリアス船団に報告してくれ。あと、ソフィア!」


 呼ばれたソフィアは振り向く。


「やはりワープは無理か…?」


 先の破片騒動で被弾し、大きく破損した後部エンジン。その復旧が出来なければ、ワープ・ドライヴにエネルギーをチャージ出来ない。


「残念ですが、無理です。可能なのは両翼のエンジンを使用した航行だけですが、速度は巡航よりもかなり遅くなります」


 動く事は出来る。しかし、逃げ切れない。極力、逃げなければならない事態にならないようにしなけらば。そこでエメリアはしばらく思考をした後に、もう一手打つ事にした。


「エル、船団に追加で連絡してくれ。今度は救援要請だ。その際に、テオにキャヴァリアー隊の支度をするようにも言ってくれないか?」


「え…お父さんに?」


 ソフィアは困惑する。テオはソフィアの父だ。船団の警備班長として、エメリアの留守を守っている。


 警備班はかつてのアリアス王国時代に兵士だった者が多く在籍しているので、主に船団の治安維持を任務にしている。しかしながら、船団の人々からの要望で大小様々な活動を幅広く行なっており、特にキャヴァリアーを使用した作業にも長けているので、その活躍から人々の信頼も厚い。


 船団のキャヴァリアーは基本的に作業用であり、戦闘用ではないのだが、鍛治職人たちが製造所で大型の騎士剣と盾、そしてクロス・ボウのような装備をキャヴァリアー用に作成した。それに加えて、キャヴァリアー隊で操縦技術を日々磨いた事によって、今日では船団の護衛を務める事が可能になれるほどの戦力になったのだ。


 とはいえ、フォトン・バルカンのような武装は無い。琥珀の女王号に搭載している機体は特別仕様だ。もしも高度なテクノロジーで武装している者たちが攻めてきた場合、キャヴァリアー隊の勝ち目は薄い。あくまでも、無防備な船団を守る為の苦肉の策とも言えなくはないのだ。しかし、それでもキャヴァリアー隊を始めとする警備班員たちは、その任務に誇りを持って臨んでいる。



 ソフィアの父、テオが船団とキャヴァリアー隊を率いて現れる。その意図は救援だけではない。


「三十隻の艦隊に対して拮抗状態を生み出すには、船団とキャヴァリアー隊の力も借りねばならないだろう。無論、私たちのせいで船団に危機が訪れることになっては本末転倒だがな。だから、私の考えを船団の皆と協議した上で頼みたいのだ」


 船団の人々を守ることが第一だ。しかし、これから試みる対話の進み具合によっては、この船のクルーたちも危険な状況に追い込まれる。女王でも、エメリアの一存だけでは決断する事は難しい。


 どうなるにせよ、答えが出るにはしばらく時間がかかる。その為にも、相手との交信を繋ぐ必要があった。



「ソフィア、船は現状維持で頼む。あと、アビーにブリッジで待機するように言っておいてくれ」


「了解です。お姉ちゃ…エメリア様はどちらへ?」


「もう一度キャヴァリアーで出る。相手の出方を制限したいしな。…それにしても、ソフィアが急にまた敬語になると、どうにも違和感があるな。今回の任務中はもう普段通りでいいぞ? エルも構わんだろ?」


 一応、任務で他のクルーも乗船しているからこその配慮だったが、先の騒動ですっかり素の話し方だったので慣れてしまった。エルも任務の記録上はちゃんとしておきたかったが、半ば諦めた。


「まあ…今回は特例という事でいいんじゃないですか? 船内放送での会話の際は気をつけて下さい」


「わかった。という事だ、ソフィア」


「うん。エルさん、ありがとうございます。お姉ちゃん、気をつけて」


 エメリアは任せておけ、と言わんばかりに拳を自分の胸にトントンと当て、颯爽とブリッジから格納庫へ向かった。見送ったソフィアはホッとした気持ちで、再び操縦桿を握った。


「さて、私も集中しないとね。アビー、ブリッジに上がってきて。一緒にお姉ちゃんのお手伝いをするわよ」


「ソフィア様、かしこまりました。これから向かいますね」



 再び琥珀の女王号の船上に、エメリアはキャヴァリアーで待機する。盾とフォトン・ソードを構えている姿には威風が漂っていた。


 接近中の三隻は琥珀の女王号との距離が近づくと動きを変える。


「動いた!! お姉ちゃん、エメリア様、三隻が左右に散開したよ!」


 ルーナがレーダーの光点を目で追いながら声をあげる。三隻はこちらから一定距離を置いているが、三方向に分かれていた。


「こっちを取り囲む気かな。 お姉ちゃん、どうしようか?」


 ソフィアが指示をこう。


「ソフィアは回避可能な方向を探して備えてくれ。万が一の時は全速で距離を取るか、逆に急接近して懐に飛び込むしかない。両方の可能性を考慮するんだ」


「了解!」


「ルーナ、アビー、準備はいいか? そろそろ始めよう」


 ルーナとアビーは了解の返事をエメリアに送り、三隻の中央に位置していた船に通信を試みる。少しの間があったが、通信経路の確保に成功した。


「やった! 通信成功です! お願いします!」


「よし! では…」


 エメリアの合図で、通信が開始される。モニターが一瞬乱れた。映像は映らないが、音声が繋がったことを告げるランプが点灯する。



「あー、こちらはアリアス船団所属、琥珀の女王号。私は指揮官のエメリア・オーランド

 だ。接近中の船、聞こえるか?」


 エメリアは呼びかけるが、返事は来ない。



「…繰り返す。こちらはアリアス船団所属、琥珀の女王号だ。通信したい。返事をしてくれないか?」


 再度呼びかける。やはり返事はない。しかし、通信は繋がってはいるようだ。


 船内のモニターにも現在の様子は映っているが、クルーは全員息をひそめるように待っていた。


 沈黙がしばらく続いたが、エメリアがもう一度呼びかけをしようと口を開いた時、モニターの画面に反応があった。


「………、……!」


 何を言っているかはわからない。しかし、誰かの声が届く。続いて、画像が現れた。


「な…これは!!」


 エメリアは驚きの声をあげる。クルーも全員、同様の反応をしていた。


 画面に映し出されたのは、人だった。壮年の男性、おそらくは戦士だろう。屈強で頑健そうな顔つきと、片目には眼帯をしていた。しかし、驚愕すべき点は他にもある。


「あ…! 耳が長い!」


 ソフィアが気づく。よく見ると、モニター越しの彼の耳は少し細長くなっていた。それ以外は、ほとんどソフィアたちと変わらない外見に見える。


 エメリアは深呼吸する。モニターに相手が映し出されたのだ。こちらの姿も見られているだろう。ここからがエメリアの正念場だ。


「モニター越しによく見える。改めて、私が指揮官のエメリア・オーランドだ。我々の言葉はわかるか?」


 相手の顔を真っ直ぐに見つめ、冷静な表情のままで呼びかける。相手の男も冷静そのものだ。おそらくは歴戦の猛者なのだろう。その威風がモニター越しに伝わってくる。


 とりあえず、いきなり戦闘になることは避けられたようだ。しかし、言葉の壁をどうにか越えねばならない。エメリアはアビーに通訳できるか尋ねる。


「…解析しておりますが、未知の言語です。データが足りないですね…」


 あまり良い答えは得られなかった。エメリアはモニター越しの相手を刺激しないように努めつつ、どうしたものかと悩んでいた。


 そうしてしばらく顔を合わせていると、相手からの声がかかる。


「……アー、オイ、フェリス。コレデキコエテイルノカ?」


 今の言葉は…。エメリアは耳を疑う。


「アー…あー、ごほん。女、私の言葉はわかるか?」


 やはりそうだ! 男は急にこちらの言葉を喋り始めたのだ! しかし、どうやって?


「あ、ああ、わかるぞ。だが…どうやったんだ?」


 驚きを隠せず、つい素の口調になってしまうエメリア。



「おお、わかるか! そうかそうか! ははっ! そいつは良かった!」


 言葉が通じたことに、男はとても喜んでいるようだ。その豪快で陽気な笑い方は、誰かに似ている。似ている本人は、少し困惑しているようだが。


「ええと…まあ、話せてよかったよ。改めて自己紹介をするか…。私はこの船の指揮官、エメリア・オーランドだ。そちらは何者だ?」


 これで本題に入れれば良いのだが。少し調子が狂ってしまうエメリアだが、気を引き締め直して話し始める。


「おっと、いけね。ご丁寧にどうも、エメリアさん。俺はエリファス・ラルーシカだ。自由同盟所属の艦隊を指揮してる。見たところ、随分と変わった船だが…あんたらはどこから来たんだ?」


 男の名前はエリファス・ラルーシカ。やっとお互いに名乗れて、エメリアたちは内心ホッとする。それにしても、エメリアは人の事を言えないが、気安い男だ。だが、まだ腹の内では敵か味方かを探っているのだろう。エリファスという男の目は鋭かった。


 エメリアはどこまでこちらの事を答えるべきか考えるが、直感では隠し事をしても仕方がない気もした。


「我々は故郷の星、アリアスを失った流浪の民だ。今は船団を率いて、先祖の足跡を辿る旅をしている。ここには偵察で訪れたのだ。敵対の意図は無い」


 直感に従うエメリア。クルーたちも、エメリアの会話を見守るだけだ。


「ふむ…アリアス…聞いたことないな。フェリス、わかるか!?」


 フェリス? 誰だろうか。疑問に思っていると、モニターの隅から現れる物体があった。それは宙に浮いており、よく見ると丸い胴体に鳥の羽根のよう物がついている。


「えーと……相当古い星の名前ですね、それ。現在の"連合"勢力下にあったようです。千年以上前に、当時の"旧連合"と戦争して滅びたと記録にはありますが…彼女たちの言葉はたしかにその星にいた種族の言語でしたよ」


 次々と聞きなれない名称が出てくるが、どうやら彼らはアリアスの事を知っているようだ。それにしても、この喋る物体の感じはどこかアビーたちに似ている。言葉を通訳したり、記録を調べたりと、役割も近いようだ。


「ほうほう。とっくの大昔に滅びたはずの星からやってきたってのか。なかなか興味深いな。ま、"連合"の敵だったんなら、俺らの仲間だな!」


「その…"連合"とか"仲間"というのは、どういう意味なのだ? 我々は宇宙に脱出して何年も経っていない。すまないが、教えてくれないだろうか?」


 困惑しながら尋ねるエメリアの顔を見て、エリファスは少し考え込む。それから、フェリスと呼ばれる物体と何やらボソボソと話し込み、ようやくこちらに向き直った。


「待たせたな。そちらの質問にも答えたいが、今はこちらも立て込んでいる。見ていただろうが…俺たちの仲間が大勢死んだところだ。あの星に暮らしている人々もな」


 やはりそうなのか。エメリアは奥歯を噛みしめる。ソフィアたちも心を抉られるような痛みを感じていた。


「…亡くなられた人々に祈りを」


 エメリアは目を閉じ、頭を下げた。


「…そちらの慣習はよく知らないが、仲間を代表して感謝するよ」


 エリファスの目が、初めて穏やかに、そして少し悲しげに和らいだ。エメリアは目を開けてその表情を見ると、少し心が安らぐのを感じる。


「しかし、悠長にしてもいられねえ。追っ手は撃退したとは思うが、また"連合"の奴らが来やがるかもしれない。ひとまず、俺たちの艦隊と行動を共にしてもらえないか?」


 また"連合"という言葉が出てきた。しかも、エリファスたちの敵で、物騒な連中らしい。


「少し時間をくれないか? 船団と話してみる」


「わかった。だが、手早く頼むぞ」


 エメリアは頷き、一度キャヴァリアーを船内に戻す。格納庫に到着すると、機体からは降りずにブリッジと連絡を取った。


「…というわけだ。船内のクルーにも状況を伝えてくれ。私は船団に説明しなければ」


「わかりました。そう思い、先ほどから長距離通信を試みています。ですが…」


 急にエルが口ごもる。


「どうした? 何か問題があったのか?」


「その…おそらく、もう…」


「もう?」


 エメリアが首を傾げると同時に、急に船内に警報が鳴り響いた。


「どうした!?」


 エメリアが叫ぶ。このタイミングでまたかと思う。


「レーダーに新たな反応! ワープ・アウトしてきます! ですが、これは…!」


 ルーナが言葉を失っている。


「なんだ、どうした!?」


「これは…アリアス船団です!!」


 その言葉を聞いた瞬間、エメリアは頭を抱える。


「あちゃー…テオの奴、意見をまとめるだけで良かったのに…」


「お父さん…気合い入っちゃったんだね…」


 エメリアとソフィアたちは揃ってため息を吐く。


 眼前には故郷の旗を掲げるアリアス船団の姿が堂々と現れていた。




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