思うところ
「バーソくん今何歳?」
ギルドに加入した初日、初夏の雨上がり。蒸し暑い陽気の中を、ゴトゴトと揺れながら進んでいく年季の入った移動馬車。運転席に座る現地の所長に質問される。
「あっに、26・・・今年で27歳です」
助手席で勝手に緊張する体。草原にまぶされた雨雫の反射が眩しいし、手汗がにじむ。
言葉の頭にあっ…がつく癖が抜けない。家族と話すときはそうでもないのに。
普段から脳の交友状態をオフにしている時間が長すぎたのだと思う。単純に会話に対する構えができていない。
「そうか。仕事はさ・・・長い目で見なきゃいかんよ。あせっちゃだめ。肩に力入れすぎると燃え尽きちゃうからな」
ベテランの所長が染み入るようにアドバイスしてくれる。手綱と鞭を握る手には、大小の傷があり皺があり、積み重ねてきた人生を思わせる。
「はいっ」
こういう人が地元を支えてきてくれたんだな。自分が木陰の涼しい家で適当にすごしていた日々に憂いが浮かぶ。
けどこれからはやっぱり不安だ。朝早いし、人間関係とか、コミュニケーションとか。
「なんにでも「はい」と返事すると背負い込みすぎちゃうから、気をつけるんだよ。やれないことはやれないでいい。じっくりとね」
嫌味などはいっさいなく、進行方向を見ながらポツポツと話してくれる所長。緊張の糸が少し緩む。現場の責任者がそういってくれると、保証されたようで安心する。
「・・・・・・」
会話が途切れ、せわしなく鳴く小鳥に馬の鼻音がフスフスと響く
たまに ゴトンッ とひときわ大きな揺れがきて、バシャンと水しぶきがあがる。辺境とまではいかないが、王国に近くもないから、道の整備はそこまで進んでいない。
今日のような雨上がりは、水たまりはできるわ地面の石は露出するわで快適とは言えない。
こういう穴を黙々と埋める仕事がしたい、水たまりの点在する土の道を見やりながら思う。
現場作業は嫌いじゃないし、書類と伝書魔具に挟まれて、「お世話になっております○○です」「はい・・・はい!では後で折り返し・・・」となるのはつらい。
日々こなせている人をほんとうに尊敬する。慣れだよとたまに会う友達は言う。近いようで遠いところにいるなぁと思ってしまう。もちろん親友であることには変わりはないけども。
右腰に硬い感触。
新品の皮製ベルト。左利き用ホルダーの中で、しっかりと固定された、これまた新品の小ぶりな刃渡りの剣が違和感を意識させる。取ってつけたようで自分には似合わない。
母がこの日のために買ってくれたものだ。内定が決まったときの母の顔。それを伝えた際、出張中の父の魔具越しの声。
あれを思い出すと辞められないよなぁ。続けるしかない。アドバイスを貰ったのに肩に力がはいりそうになる。
緊張を悟ってか、所長もガツガツとは話しかけてこない。
この落ち着いた雰囲気と気配りは長年やってれば自分も身に着くんかな・・・。とてもそうとは思えないけども。
思考にふけっていると、子供の笑い声、牛やにわとりの鳴く声が聞こえてくる。
前を見ると、草原に建つ、みなれた城壁。
王国領に点在するいくつもの中規模な町、その一つであるネイア。人口は1万とちょっと・・・だったと思う。
家々を囲むこの壁は昔、国同士の戦争でも利用されたそうだ。
ここに矢じりのあとが残ってるんですよ~と子供の頃参加した、こども城壁ツアーでお姉さんが言っていた。
先日ここにあるギルドに内定をもらった。変な輩をとり込まないため、新規登録者には現地の責任者か、それに任命された人物が面接をすることになっているらしい。
昼、酒場の窓際席で行われた面接は、背後の酔っ払いや調理音でたびたびかき消され、緊張も相まって色々聞き取り辛かったのを覚えている。そこから3週間なんの音沙汰もなかったが、ある日、登録許可が出た旨を伝える手紙が家のポストに入っていた。
やっと社会人になれた訳だ。けど全身を覆うこの不安感と気だるさはなんだろう。
「お疲れ様。着いたよ」
ギルド前に所長が馬車を止める。看板には僅かに嘴を開き、何かを見据える鷲の横顔。
ひときわ大きな喧騒が身を包む。腹がいたくなってきた・・・。
なにをどう問答しようがもう始まる。職歴なしの冒険者生活が。