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6 ナナと梯子と契約

 翌日、ミリアを送って行って森の家に帰ろうとしたところでハルの姿を発見したナナは、小走りに近寄っていった。もちろん今日も梯子は担いでいて、ルナも近くにいた。

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 ハルはもちろんナナに気付いていて、目が合った瞬間に軽く手を上げて合図をくれていた。

「あの男たちは」

 少々声を潜めてナナは聞く。騎士姿の男たちに連れていかれたのは知っている。問題は、その背後にいる人物の処遇だ。

「始末された」

 苦々しげな表情とともに短く返された言葉に、ナナは目を見開いた。

「あの騎士三人は、そこそこ手練れだったんだが、隙を突かれた。急所を一撃だ」

 と自分の首筋を人差し指で軽く撫でる。

 生々しい話に、ナナは自分が青ざめていることに気付いた。

「……ああ、悪い。女の子には向かない話だったよな。ユーリアはわりと平気にしてたから、大丈夫な気がしていた。……ユーリアは、君を本当に大切に育ててたんだな」

 ハルは苦笑してそう言うと、少し羨ましそうに呟いた。穏やかに暮らしてたんだな、と。

「…だが、冷静に聞いておいてくれ。危なくなったんでトカゲのしっぽ切りをしたともとれるが、次の一手への布石とも取れる。油断はするな」

 ナナはごくんと唾を飲みこんだ。

 そうだ、仮に今回の黒幕が捕まったとしても、これで終わるとは限らないのだ。

 ――秘密の呪文を見つけないかぎり。

「騎士の人たちは」

「無事だよ。だからこそ、油断はできない」

 厳しい顔で言うハルに、ナナは頷いた。

 ところで、と表情を緩めてハルが言いだしたのは、やはり昨日の魔法の件だった。内容はミリアとほぼ同じ。うんざりした顔でナナはため息をついた。

「あれ? どうしたんだい?」

「昨日ミリアも見てて、さんざん言われたんです。……あれ、小さな魔法を沢山組み合わせただけなので、本当に大したことないんですよ」

「小さなものって言うけど、充分使えるじゃないか」

 納得したように頷いたハルは、けれどそんなふうに言う。

「事前に何が起こるか想定できていれば、いくつか準備できるんです」

「ああ、なるほど。君は、基本的に一つずつしか魔法が使えない?」

 ナナの言った意味を正確に理解してハルは訊いてきた。

「はい」

「その時に使うのがその梯子なのか…」

「いえ、本当は、魔力の方向を定めやすくするためのものなんですけどね」

 中には杖など持ってなくても使える魔法使いはいる。ユーリアもそうだった。要するに意識を集中させるために、こういう物があると判りやすいのだ。

「私の場合、これを使ってようやくちょっとだけ使えるので、お師匠といろいろ研究したんです。魔力がどれくらい溜められるのかとか、どういう使い方ができるのか、とか」

「へえ」

 ハルは感心したように相槌をうった。

「お師匠も、面白がって梯子にいろいろ仕込んでました……けど」

 答えながら気付いた。

 秘密の呪文を唱えたら発動するという魔法は、この梯子に仕込まれているのだ、と。

 いろんなことを考えたくなくて、秘密の呪文さえ唱えたら、どこかから発動するのだと思っていたのだ。

「ナナ?」

 ハルが、急に黙ってしまったナナを不思議そうに見ながら声をかけた。

「ああ、いえ、ちょっと急に思い出したんです。お師匠が言っていたこと」

 秘密の呪文のことを言えば、ハルは少しは安心するのかもしれない。だが、まだどういったものなのか想像すらつかないのだ。結局ダメでしたとなるなら、今は言うべき時ではないと、ナナは判断した。

「梯子だから、いろんなところからいろんなものが出せるのね、って。ほら、普通杖だと先だけだけど、梯子だから両端に二本ずつ先端があるから」

 顔を顰めてみせると、ハルは吹き出した。

「思い出しても腹が立つんですよね」

 ごまかせたかな、と様子を窺うがそこは判らない。とりあえずなんでもないふうを装って肩をすくめて、

「その当時のは全部消えちゃってますけどね」

 と言っておく。これは嘘ではない。

「お師匠の仕込んだのが残っていても、私じゃ、結局小さな魔法になっちゃうんです。だから意味がないって話になって」

 これも嘘ではない。ユーリアがどんな大きさで設定しても、ナナが普通に使える魔法程度にしかならない。ただ、仕込まれた個数と順番だけは正確に守られて発動するのだ。

 大真面目は顔で言うと、ハルはさらに笑った。ひとしきり笑うと、なんとか表情を引き締めてナナを見降ろした。

「ああ、ごめんごめん、あんまり引きとめたら、仕事にかかれないな。また何かあったら報告するから」

「はい。教えてくださってありがとうございます」

「何か変なことが起こったら報せてくれ。すぐに動くから」

 それから、ミリアとナナに護衛を一人ずつつけることを告げられた。ナナが紹介されたのは濃い茶の髪の背の高い男だ。名をレイモンドというらしいが、チラリと姿を見せただけですぐに壁の向こうに姿を消した。何かあった時の連絡係みたいなものだと思ってくれ、と言われれば、連絡手段がないので納得するしかなかった。



 ハルと別れて森の家に戻ってきたナナはいつも通りの作業をしていた。

 実際、手掛かりのない今、向こうが動いてくれない限りどうしようもない。だから、いつも通りの作業をしながら、非常食の用意なども並行して行っていた。昨日のように、何もなかったとはいえ腹ごしらえに焼き菓子しかないような状態にならないように。

 護衛の人は家の外にいる、らしい。つける、とハルは言ったが、実際姿は見ていない。町から森へ帰る道で振り返った時も姿を見なかったくらいだ。ルナに確認すると、少し離れた処で待機している、と言われた。何気なく窓から見たが、ナナには判らなかった。

「ルナは、知ってたんだね、ハルのこと」

 野菜を切りながらふと思い出して黒猫に言うと、不機嫌な顔をされた。そう、初めてハルと出会った時のように。

「……ユーリアがあいつの何が気に入ったのかが、まったく判らないですよ」

 声の調子も不機嫌で、ナナは内心笑う。

 使い魔は、魔法使いと特別な関係を築くと言う。魔法使いが魔法を使えるようになった頃に、魔法使いは気に入った動物を使い魔とする。契約をした使い魔の時はその時に止まり、魔法使いの命が無くなったときに、また動き出す。その契約は、互いの同意の元でなければ成立しないと言う。一生使い魔を持たない魔法使いもいる。ナナもまだ使い魔を持っていない。ルナはユーリアの使い魔で、今は一緒にいてくれるが、その時は既に動き出していて、本猫曰くあと十数年くらいしか生きられないらしい。

 そのルナが不機嫌な様子のままため息をついた。

「ナナ、秘密の呪文を思いつきましたか」

「ううん、まだ」

 そう答えると、あからさまに苛々した様子になる。

「早く思いついてください。解決しないと、あの男がいつまでも町に居座りそうです」

「それはないでしょ」

 本人はばれてないつもりらしいが、一国の王だ。ユーリアが亡くなってからつきも経ってからやって来たのは、それだけの時間が必要だったということだろう。城を空けて出かける準備をするだけの時間が。

「ナナ、ユーリアが言っていたことをちゃんと思い出してくださいね。そこにヒントがあるんですから」

「ルナは知ってるの?」

 ルナの断定の言葉に、ナナは思わず訊き返した。ルナはまたもやわざとらしくため息をついた。

「ヒントも何も出さずに、秘密の呪文が必要とか言い出すような人ですか、ユーリアは」

 知っているのなら教えて欲しいと思ったのだが、ユーリアの性格からの推測だと言われれば引くしかない。

「……それは、そうね、確かに」

「早くしてくださいね」

 切った野菜を鍋に入れて、水を入れてストーブにかけると、ルナはするりとしっぽを揺らして窓際に移動すると窓枠に飛び乗り昼寝の体勢になった。

(一緒に考えてくれてもいいじゃない)

 こちらを見ようとしない黒猫を恨めしげにしばらく見て、ナナは気持ちを切り替えた。鍋は沸騰するまで放置だ。次の作業をしなくては。

 ――ナナ、私が死んだら、ルナを使い魔にしなさい。ルナは了承しているから。

 ベッドから動けなくなったある日、ルナを遠くに使いに出したあと、ユーリアが言ったことだった。

 あるじである魔法使いが死んだあと、使い魔が新しい主を見つけることは多々あるという。だから、ナナがルナを使い魔とすることはタブーでもなんでもない。それでも、ナナにはとてもためらわれることだった。ルナとユーリアの信頼関係を知っているからだ。

 もしルナが、まったく知らない別の魔法使いの使い魔で、新しい主を探していたというのなら話は別だ。自分がただ弟子だったり、ユーリアの血を引いていたりというのは、なんだかズルいような気がするのだ。

 ――意地を張っても仕方のないことだが。

 沸騰してきた鍋を確認して、火を弱めて、位置も少しずらす。野菜に火が通れば味付けをしてスープの出来上がりだ。パンはスライスして、サンドイッチの準備をする。何かあった時には持ち出せるように。何もなければ食事の時に食べればいい。

 採ってきた野イチゴの実を洗って、ゴミや虫がついてないか確認をすると、砂糖をかけて置いておく。薬草は水洗いして、ザルに並べておく。どのみちこれらはすぐには処理できないものなので、しばらく放置だ。

 ユーリアに繰り返し言われた言葉が頭の中に蘇る。それだけではない、作業をしているといろんな言葉が蘇ってくる。薬作りだけでなく、魔法を教えて貰っている時のこともだ。

 ナナはあたりを見回して、とりたてて急いでしなくてはならないことがないことを確認して、ひと休みすることにした。

 ヤカンに残っている水の量を重さで確認して、鍋の横に置き、昨日の残りのタルトを取り出す。クッキー生地に野イチゴの煮たものを載せて焼いたものだ。

「ルナもミルクを飲む?」

 声をかけるとルナはこちらも見ずにしっぽだけで返事をする。要らないらしい。

 ポットに茶葉を入れ、お湯が沸くのを待ちながら、タルトを齧る。残り物なので随分風味が落ちている。食べきってしまって、新しく焼いたほうがいいかもしれない、そんなことを思いながら、残っている材料を頭の中で確認をする。ある材料で、手短に作れるものをなんとなく考えて、クッキーを数種作ることに決定した頃、お湯が沸いた。

『お茶を淹れるのにも、お菓子を作るのにも手順は大切でしょ? 魔法だって同じ。私はこう簡単に杖を振って魔法を使っているように見えるけど、魔力を魔法に変換するとか、呪文を唱えるとか、ちゃんとしているの』

 魔法を習い始めた頃のことだ。まだナナが幼い頃なので言葉は正確ではないかもしれないが、こういうことを言われたと思う。

 結局、魔力を魔法に変換するにもごく少量しか変換できなくて、小さな魔法しか使えなかったが。

「あ、出過ぎちゃう」

 蒸らす時間を忘れかけてしまい慌ててカップに移す。しっかり湯切りをして香り成分をしっかり最後まで抽出し、ポットを置く。カップにそっと口をつけると、良い香りが口の中に広がる。それが、タルトのバターの味を洗い流す。タルトの味が濃いので、多少蒸らし過ぎでも問題なかった。



 お茶のあともナナは出来ることを今のうちに、とばかりに、簡単に出来る作業を重点的に行っていた。ふと、護衛についたらしい人の食事のことが頭をよぎったが、姿も見せないようにしているくらいだから、呼んでも出てこないだろうと判断し、用意しておいたサンドイッチを紙で包みさらに布で包んで、窓からも見えないような場所の木の枝に吊るし、「よかったら食べてください」と声をかけて立ち去った。

 少し満足そうな顔で家の中に入ってきたナナをルナは不満そうな顔で見ていた。

「なによ」

 つい言うと、

「まだ思い出さないんですか?」

 とまたもや同じことを聞いてくる。と、やはりこれみよがしなため息をついた。それが妙にナナの勘に障った。

「仕方ないじゃない、思い出せないんだから!」

「……思い出そうとしていない、の間違いではないのですか?」

 ルナの瞳が冷たく光る。

 違う、とふとナナは思った。一緒に考えてくれるわけがない。ルナは、知っているのだ。

 だから、考えようとしない自分に苛々しはじめている。

(……もしかして、それだけじゃない?)

 ナナはルナの様子を観察しながら、窓に視線を走らせた。

 一瞬沸騰しかけた感情が静まっていく。

 ルナの勘はアテにしてもいい。もしルナが何かを警戒しているのだとしたら、()()は、きっとすぐ側にきているのだ。

 そして、()()は、『秘密の呪文』と関係している。……つまり、『王の子』を殺そうとしている「誰か」が、近づいてきていて、『秘密の呪文』が必要になってきている、ということ。

 ナナは小さく息を吐いてナナを見つめた。

 ナナの様子が変わったことに気付いたのか気付いてないのか、ルナはまだ苛々している。

「ユーリアがあなたに言っていたことなんて、わずかなことですよ。あなた自身とミリアを守ること。秘密の呪文を唱えること。……それから?」

 ルナを使い魔にすること。『お母さん』と呼ぶこと。

 ふと心の中で返事をして、ナナは目を見開いた。

 『手順は大切』。『何事にも適切な時がある』。そして、『条件が揃わないといけない』。

 ルナも条件の一つであったのだ。

 ようやくナナが気付いたことに、ルナはバカにするように目を細める。

「……何を迷ってるんですか」

 その言葉で、ルナが了承していることが嘘ではないことが判った。それでも。

「迷うよ。だって、ルナはお師匠のことが大好きじゃない」

「何を当たり前のことを言っているんですか」

「それを、こんな事態だからって、私の使い魔にだなんて」

「言っておきますけどね、いくらユーリアの頼みだからって、こんな事態だからって、イヤだったら引き受けたりしませんよ」

 黒猫は小さくため息をつくと、テーブルにポンと飛び乗って、座った。目の高さが近くなった分、近くに感じられる。

「本当は、残りの十数年をナナの側で過ごして、ナナに看取ってもらおうと思ってたんですよ。もう充分長く生きましたからね。その程度には、ちゃんとナナのことを信頼しているんですよ」

 ルナの声が少しだけ優しくなる。それだけでナナは泣きたくなる。

「一つだけ約束してください、ナナ」

 ナナは小さく首を傾けて先を促した。

「ユーリアからは気が向いたら、あなたが死ぬまで使い魔でいて欲しいと頼まれました。実際それも楽しいかもしれない、と思っています。……けれど、この件の片がついたら、契約を解除してもらえますか?」

 ナナの瞳から思わず涙がこぼれた。

「……ありがとう…」

 本当は、ずっと傍にいてもらいたい。でもそれは、ナナにとって都合の良すぎる話で、それならば受けられない、とまで思うのだ。だから、ルナの申し出は、ナナの心を軽くした。

「さあ、とっとと契約を結んでしまいましょう。その後に、ユーリアが占ったことを伝えます」

 ようやく決心がついたのを見て取り、ルナは軽くそんなことを言った。

 ユーリアの占い、という、放置しづらい単語を言われ、契約なんかより占いのことを聞きたいと言おうとすると、ギロリと睨まれる。

「時間がありません。契約が先です」

 諦めてナナは契約の言葉を口にした。特に決まった形はない。

「ルナ、(わたくし)、森の魔法使いナナの使い魔になりなさい」

 けれどナナは、なってください、ではなく、なりなさい、という言葉を選んだ。その方が適切だからと思ったからだ。

 ルナが少し驚いたように、金色の瞳を大きくし、満足そうに瞬きを一つ返した。

わたくし、黒猫のルナは、森の魔法使いナナの要請を受け、使い魔となります」

 その瞬間、二人にしか判らない程度に空気が揺れ、その空気は二人を包むと霧散していった。

 だが、ナナには、何かと繋がった、という「感じ」がした。ようやく何かと繋がり、いつもふわふわと飛ぶように歩いて居たのがようやく地面をしっかりと踏みしめて歩けるような、そんな感じがした。

「さて、ようやく次の段階に進めます」

 ぶるんと体を震わせると、ルナはそう言って窓の外を見た。

「この家はおそらく爆破か焼かれるかされるでしょう」

「……え?………えええ?」

 驚くナナに澄ました顔でルナは続けた。

「それがユーリアの占いです。避けられない、とも言っていました」

「ちょっと! それ、契約前に言ってもいいことじゃない?! っていうか」

 ナナはいろいろ用意したものを見まわした。準備する前に言ってくれていたらと思わずにいられない。ルナは契約前となんら変わらない様子でナナのことをバカにするような眼差しをした。

「通常と違うことをしていたら、怪しまれますよ。それに、爆発か火事か、とにかくそれは避けられませんが、契約していない状態では逃げられません」

 襲ってくる誰かが、自分の日常を知っているわけないじゃないか、とナナは恨めし気にすまし顔の黒猫を見たのだった。


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