表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4 ナナと梯子の騒動

「さっそくか」

 ナナの背後で苛立ちを抑えるようにハルが言う。

(油断していた)

 直接自分を襲ってきたから、自分にしか目が向いていないのだと思っていたのだ。

「もう一人の娘って、パン屋のミリアか?」

 ナナは黙ったまま頷いた。

 口を開いたら、怒りが飛び出ていきそうな気がした。

「にゃあ」

 いつの間に寄ってきたのか、ルナが足元にいてナナを見上げていた。

「ルナ、か」

「はい。とにかく一旦中に入りましょう」

 猫のフリをしたルナの声で、ナナは少し冷静さを取り戻した。

 困った時ほど、落ち着かなければならない。ユーリアにも何度も言われた言葉だ。

 それでも貼り紙を破る動きは乱暴になってしまった。未熟者、とでも言うように、再びルナがにゃあと鳴いた。



 お茶を一杯飲み、作り置きしてあった菓子をつまんで空腹を満たす間に、ハルと話し合った。

 まず、貼り紙はあの男たちの仕業であると、ルナに確認をとった。犬ほどではないが、猫もそれなりの嗅覚がある。ルナは多少不機嫌な様子ではあったが、他に確認手段がないため、しぶしぶとナナの要請に従った。

 ハルが言うには、あの男たちは誰かの指示で動いているだけの下っ端の下っ端程度らしい。だから、今回はそれほど問題なく解決できるだろう、と。どこから仕入れた情報かは知らされなかったが、直接梯子をふるったナナの感触からしても、それほどの腕ではなさそうだった。

 問題は、来る途中で話したように今後のことだ、とハルは言う。

 今後襲ってくる者たちのことだけでなく、ミリアが攫われたこともだと、言う。

 ナナ自身が襲われていたのなら、まだ問題は少なかっただろう。だが、ミリアが攫われ、それがナナと関わりのあることだと育ての親たちに知られたら、ナナがこの町に居辛くなるだろう、と。

 そして、ミリアのことを『もう一人の娘』と呼んでいることで、大魔女ユーリアの娘として、ミリアも疑われていると考えられる、と。

 ハルに言われるまでもなく、ナナはこの危険性を知っていた。ユーリアにさんざん言われていたからだ。ただ、どこか絵空事のように考えていたのだと、今なら判る。

 後悔のため沈痛な面持ちで茶にも菓子にも一切手をつけないナナに、ハルは苦笑した。腹ごしらえをしておけ、と言われ、ようやく彼が平気な顔をして飲み食いをしている理由に考えが至った。

「考え込むのはよく判るよ。俺もそうだったからね。俺はよく考えこむほうだったから、よくユーリアに怒られたもんだ。考えることは大切だけど、動かないのは違うって。いざという時に準備が何もできてなかったら意味がないって」

 懐かしそうに言うハルに、ナナは呆れた。大魔女とあだ名されるユーリアが王妃だったというウワサは、本人がまき散らしているんじゃないかと思えてくるほどだった。

 そんな腹ごしらえが終わり、二人はナナの家を後にした。向かうは、指定された宿だ。

 もちろん、指定されたのはナナ一人だ。どこから見られているか判らないので、完全に別行動をとることになった。ハルが先に町に帰り、その後、ナナが宿屋へ向かう。

 あとは、ナナが男たちと接触した瞬間にルナが奇襲をかけ、その混乱に乗じてハルが加勢する、という作戦といって良いのかどうか判らないような作戦を立てた。

(本当に上手くいくのかな…)

 不安になりながらも、ナナは薄暗くなりかけた道を急いで町へと向かう。もちろん梯子は肩に担いでいる。

 ふと気づくと、黒猫がじっと見ていた。ハルが一緒にいないのにいつもより離れた距離で、座っている。何かを試すような瞳の色に、ナナは軽く頭を振った。

 上手くいくのか不安な作戦なら、上手くいく確率が上がるように行動しなければならない。それが、ユーリアから教わった生きて行くための技術だ。

 ナナは、歩きながら梯子に魔力を注ぎ、いくつかの魔法を仕込んだ。

 不安なのは、今回は奇襲とはならないからだ。あの男たちはもうナナの梯子のことを知っている。当然警戒しているだろう。ルナが奇襲をかけると言っても、猫一匹では大したことができない。使い魔は魔法が使えるわけではない。使い魔を持つことで魔法使いの魔力が安定するだけで、使い魔自身の身体能力などは普通の猫と大差ないのだ。

 魔法を仕込んで思い出したように黒猫を探せば、いつもの距離でしっぽを揺らしながら歩いていた。どこか満足そうに見えて、ナナは安心した。

 これで上手くいけば、夜までにミリアは家に帰ることができる。そして、ミリアの両親に知られずに済む。

 そんな都合の良いことを考えては頭を振り、意識を『秘密の呪文』へと戻した。

 結局何も教えて貰えないまま、ユーリアは逝ってしまった。ルナとも何度か話したが、彼も聞いていないと言う。だが、絶対にナナは知っているはずだと言う。

 今回ミリアを無事助けられても、ミリアの両親に知られずに済んでも、結局はユーリアが用意しておいたなんらかの魔法を『秘密の呪文』で発動させねばならない。できなければ、ナナはおそらくこの町にとどまることはできないし、ルナが言うにはユーリアはそんなことは望んでいないらしい。ナナには半信半疑ではあるのだが。

(だったら、秘密の呪文なんて言わずに教えてくれたらいいのに)

 だいたい、何故『秘密』なのかがナナには理解できない。

 何度かのやりとりでユーリアが言っていたことをまとめると、その魔法は『秘密の呪文』がないと発動しない。そしてその魔法を発動させれば、五分五分の確率でこんなふうに狙われる確率が下がる。……それでも五分五分だと言うのだ。

 町の入口に着いた。ここから宿屋までは近い。通りを歩く人の姿は少なく、ナナを見咎める人もいない。遠くに見えるパン屋の様子を見ても、何か起きている様子もなさそうだ。ナナは小さく安堵の息をつく。

(急ごう)

 ミリアが怖い思いをしていませんように。おじさんとおばさんが不安な思いをしていませんように。

 祈りを呟きながら、宿屋へ入っていった。

 宿屋の主人に挨拶をして、ハルに薬を届けに来たと告げる。昼間に一緒にいたことは町じゅうに知られているのだろう、主人は気安く返事をした。

「こんな夕方近くになってから大変だねえ」

「手持ちが少なかったから、作ってたらこんな時間になってしまったんです。とっとと渡して帰らないと、暗くなっちゃいますよね」

 苦笑するように言うと、主人は心配そうに真顔になった。

「何かされそうになったら、大声で叫ぶんだよ」

「大丈夫です。いざとなったらルナがいるし」

 ナナの後ろにいた黒猫が小さくにゃあと鳴いてみせると、主人は納得するように頷いた。

「薬の魔女の使い魔猫か。だったら大丈夫だと思うが、くれぐれも用心するんだよ」

「ありがとうございます」

 とんとん、と階段を上がって二階の廊下に着くとハルがいた。目礼をして通り過ぎる時に

「あのオヤジ人聞きの悪いことを…」

 不機嫌そうに呟く声が聞こえ、ナナは口元だけで小さく笑った。

「三人とも中だ。ミリアもいるが、声は聞こえない」

 約束通り、先に戻った彼は、部屋の様子を窺っていたらしい。打ち合わせ時にどうやって探るのか訊いたナナに、諜報は得意なんだ、とだけ笑っていたが、どうやら本当らしい。仮にも一国の王が何故そんなことが出来るのかと疑問を覚えたが、気付いていない振りを続けるためにはあまりに突っ込んだ質問は控えたほうが良いと判断し、質問を諦めた。時間にもう少し余裕があれば訊いていたかもしれないが。

 廊下の突き当たりの部屋が指定の部屋だ。人数からいっても妥当な部屋だが、おそらく雇い主からある程度の金を貰っているのだろう、というのがハルの推理だ。ありがたいことに相当にバカだ、と付け加えるのも忘れなかった。三人もいるのに、そのうちの一人も階下の食堂で見張っていないことからも、とても正しい評価だとナナも思った。

 取っ手が左側にあるので、梯子は死角となる入口の左側に立てかけて、小さく息を吸ってナナは扉をノックした。

「森の魔法使いです」

 ユーリアのことは『薬の魔女』、ナナのことは『梯子の魔女』と町の人たちは呼ぶが、二人とも自ら名乗る時は『森の魔法使い』としている。ユーリアが生きていた頃はナナは『森の魔法使いの弟子』と名乗っていた。それで町の人には通じるし、通じない相手は知ったことではない。

 予想通りに扉の向こうでは「誰だ?」とかいう声がしている。だが、ナナは聞こえない振りをしてじっと扉が開くのを待った。ルナは梯子の足元にいて、いつの間に移動したのかハルは壁に張り付くようにしている。

 しばらくしてようやく扉が様子を窺うようにゆっくりと開かれた。隙間からナナの顔を確認した三人組のうちの子分の一人が安堵したような顔をし、すぐ不機嫌な表情に変わった。

「人を惑わすような名を名乗るんじゃねえ、早く入れ!」

「ミリアは無事ですか」

 ナナは一歩も動かず確認をする。

「早く入れ!」

 子分の男はイラついて扉を大きく開けるとナナの右腕を掴んだ。相手が利き腕を抑えようとするだろうと思い、左手で梯子を掴みやすいようにと、体を扉の真ん前ではなく少し左側にずらしていたのがうまくいった。ナナはすかさず梯子を左手で取った。

 部屋の中は、広めの部屋とはいえ、小さ目のベッドが三つ置いてあるが、何も置いてない面積は少ない。その少ない床に椅子が置かれ、猿轡をかませられ、後ろ手で縛られたミリアが座らされていた。傍にはナナが昼間伸した親分らしき男がいて、ミリアの首筋にナイフを当てている。扉を開けたのとは違う子分の姿は見えない。

 扉が大きく開かれた瞬間に状況を確認したナナは、手にした梯子でまず目の前の男の腹に一撃を食らわせた。「このナイフが見えないのか!」という親分の言葉は、ナナの足元をすり抜けて駆けて行った黒猫に中段され悲鳴に変わった。それを意識の片隅で確認しつつ、子分が掴んだ手が痛みで緩んだところで振り払い、口の中で呪文を唱え発動準備をさせる。気になるのは、もう一人の男だった。開かれた扉の勢いのまま部屋の右側へ一歩踏み出すと、梯子を床に置いて「行け」と呟いた。その瞬間、梯子の両端から小さく炎が出現し、次の瞬間にはそれを飛ばすように風が吹いた。

 入口にの陰に隠れていたもう一人が「うわああ」と叫ぶとほぼ同時に、ナナと梯子を飛び越えるようにしてハルが中に入ってきて、ルナに飛びかかられている親分に向かった。

「うわっ」

 そうしている間にも梯子は魔法を展開する。最初にナナが梯子で殴った男にも炎はあたっており、服は焼け焦げている。それを手で払っているところに、今度は風ではなく、空気のカタマリを飛ばす。

「な、なんだ」

「うお」

 二人がたたらを踏む。

 親分はというと間抜けな声をあげ、ナイフを振り回しながらミリアから離れていた。親分の顔に見事な三本線を作った黒猫はミリアの横に着地して、ハルが始末するのを待った。ハルは迷うことなく親分との間合いを詰め、大剣の柄を握るとそのまま鳩尾へとついた。

 ナナは左右の男たちの様子を確認すると、梯子を右手で持ちながら立ち上がり、次の魔法を発動させながら、梯子を水平にスライドさせるようにして、右側の男の腹を突く。当たった瞬間に、小さなカミナリが腹にあたるようにしてある。反動で戻ってきた梯子を左側の男へと向け、同じようにして突く。両側の子分はそれで気絶してしまった。

「ミリア」

 ナナはミリアの元へと走った。ハルは落ち着いた仕草で気絶した親分からナイフを奪い取り、仰向けに倒れた男をうつ伏せにしながら腕を捻り上げた。どこからともなく取り出した縄で両手首をしばり、そのまま腕が動かないように体にも縛りつける。それで終わりかと思っていたらまたもや縄が出てきて、足まで縛り猿轡を咬ませる。倒れている残り二人にも同じようにしていく。

 ナナが余りの手際の良さに茫然と見ていたら、早くミリアの縄を解くように指示が来た。

「あ、はい」

 慌ててナナも隠し持っていたナイフで縄を切って、ミリアをベッドの陰へと移動させた。

「お客さん、一体なにが…」

 ミリアの身を沈ませたところで宿屋の主人が姿を現した。その時にはハルは既に三人目を縛り上げていて、男たちはごろごろと床に転がされていた。その時になって、ナナは火を使ったことを後悔した。この部屋をもし焦がしでもしていたら弁償しなくてはならないだろう。慌てて床の様子を見るが、どうやら大丈夫のようだ。ただ、倒れている男の衣服が不自然に焦げているのみだった。

「ナナ、一体どうしたんだい?」

 唯一の親しい人物の姿を見つけた主人は、助けを求めるようにナナにそう訊いてきた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ