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3 ナナと梯子の秘密

「さて、ところでね」

 再び歩きだしたところで、ハルが少し真剣な声を出した。

「状況が変わったことに君は気付いているかい?」

 ナナは歩きながら首を傾げる。状況が、変わったといえば変わったが、それはこの男が言うべき言葉なんだろうか。

「君、命を狙われているだろう?」

 考え込むような様子のナナに焦れて、男はそんなことを言いだした。

「……そんな、大げさな」

「大げさじゃないだろう。さっきは油断をついて撃退したけど、あの男たちは、あきらかに君の命を奪うつもりで来てたよ。次に来たときにはどうする気だい?」

「………」

 ナナは思わず目をそらす。考えていなかったと言えばそうだし、考えていたといえば考えていた。微妙に疾しさを感じるのは何故だろう、と思ったりもする。

「だいたい、ヤツらは、何故、君の命を狙ってたのか、判ってるのか?」

 ハルのそんな言い方にナナはムッとする。

「ハルさんは、知ってるって言うんですか?」

 ムキになって言いかえすと、ハルは肩をすくめた。

「想像はついてる。……君を、ユーリアと国王の娘だと思っているんだろう」

「………は?」

 思わず怪訝な顔をして見上げると、ハルは投げやりな様子で息を吐く。

「そういうウワサがあるんだ…というか、あったんだよ。王妃の正体は大魔女ユーリアだった、っていうウワサが。そして、現国王は王妃を亡くしてからずっと独り身だ。子供もいない。次の王妃の座に自分の娘をと思っている者も多いという話だ」

「え、え、え、ちょ、ちょっと待ってください!」

 ナナは慌てて声を上げた。

(お師匠のバカ! しっかり知られてるじゃないの!)

 心の中で罵りながら、ハルの言葉にストップをかける。

「混乱するのは判るけど、そういうのを前提で動いている人間がいるって話だから、事実かどうかを気にする必要はないよ。だいたい、仮に君が本当はユーリアの子供だったとしても、王妃がいた時期を考えると、年齢が合わないだろう」

 ハルは、自分とユーリアが恋人同士でありたかったと言っていた。そして一年契約でそばにいてもらったとも。それを告げた後、王妃がユーリアだったというウワサがあったと言うことが、どういうことか判っているのだろうか。王が王妃にと迎えた女性がいつ亡くなったかなんて、調べれば判ることだ。調べるまでもなくナナですら知っていることでもある。

 大恋愛の末、平民の娘を娶ったという話は、おとぎ話のように語られていることだ。そして、末永く続くと思われたその幸せは、王妃の死によって一年ばかりで終わるという悲劇にも繋がる。さらに、今の王様が独り身なのは亡くなった王妃を未だに忘れられないからだと繋げれば、年頃の娘たちであれば誰もが憧れるものだ。たとえそういった方向の話に興味がなくても、どこかしらから耳に入る、そんな話なのだ。

 ナナは信じられないという思いを込めて男を見上げた。

(それ、もうほとんど自分が王様だって言ってるようなものだから!)

「まあだから、どこでどう話が繋がったのかは判らないけど、王と王妃との間の子供を邪魔に思う輩は、この先わんさかやってくるだろうね」

 ナナの視線をどうとらえたのか、完全に隠しているつもりの能天気な男は、現実を判っていない少女に残酷な事実を悟らせるように告げた。

(なんか、お師匠がほだされちゃったの判るなあ…)

 ナナは呆然とハルを見上げながらため息をついた。



「実はね、私、王妃だったのよ」

 ユーリアが亡くなる十日ほど前のことだった。夕食を運んで行ったら、力が入らなくてクッションに背中を預けた姿勢でゆっくりと食べながら、あっけらかんと彼女はそんなことを言ったのだ。

 調子が悪いことに気付いたのは()(つき)ほど前。本格的に動けなくなりはじめたのはここ数日といった頃だった。動けなくなっても、ユーリアはふざけた言動でナナを困らせてばかりだった。だから、そんなことを言いだした時も、また何かの冗談だと思ったのだ。

「今から十九年前にね、王様が占いに来てね。占ってみたら、解決策は私が一年ほどそばにいることで。仕方なく王妃をしたのよ」

 説明もありえないくらい雑で、

「はいはい」

 ナナは適当に返事をしながら、手近な椅子を引き寄せて腰を下したのだった。

「一年も一緒にいたら、ほだされちゃって。でもずっと一緒にいられないことも占いで判ってたから、最後に一度だけ」

 ユーリアはそこで言葉を切り、ナナを見た。

「その時の子供があなたよ」

「お師匠、私のことは、森のはずれで拾ったって言ってたじゃないですか」

 妙に真剣な様子に、もしかして本当のことを言っているのかも、とナナは思いつつ、物心ついてからずっと言われ続けていたことを言う。

「バカね。ちょっと考えたら判るでしょ。あなたは王の血を引く人間なのよ。そんなことがバレたら、命を狙われるに決まってるじゃない。知ってる人間は少ないほうがいいし、本人も知らないほうがいいのよ」

 ふん、と鼻で笑ってユーリアは言う。

 その声が、起き上がれなくなってからも変わらない口調が、わずかに揺れたようにナナには感じられた。

「本当は墓場まで持って行こうと思ったんだけど、困ったことにあのバカ王ったら、新しい王妃を迎えないし、子供も作らないんだもの。それに、私の子供だから魔法が使えると思ってたのよ。目くらましの術を使えたら心配無いって思ってたんだけど…。私が死んだら今かけてある術が消えてしまうわ。だから、このままじゃ却って危険だから伝えておくことにしたのよ」

「……」

「危険なのはね、ミリアのほうかもしれないわ。ナナ、あなたは私に似てないし、王にも似てない。瞳の色は同じだけど、珍しい色じゃないしね。ミリアも似てないけど、年齢と髪と瞳の色が当時の私と同じだから。だからナナ。お願いだから、ミリアと、それからあなた自身を守って」

 じっと見つめられて、ナナは言葉を探す。これはいつもの冗談ではないと、彼女の勘が告げていた。ならば、なんと言って安心させればいい? なんと言えば、安心させられる?

「どうせ私は年相応に見えないですよ」

 軽口を叩きながら頭はものすごい速さで回転し、言うべき言葉を探していた。

(違う、こんな言葉じゃなくて)

「それに、碌な魔法が使えないのに、どうやって守れって言うんですか。自分のことはなんとかなるけど、ミリアまでは無理ですよ。どんなに頑張ったって、限界があるんですよ」

「そこなのよねえ。魔力は大量にあるのに、コンビネーション技もショボイのしか使えないし」

 しみじみとユーリアは言った。まるで他人事のように。そして失礼だ。

「せめて護身は必要と思って棒術の先生を呼んだんだけど、本当にギリギリ護身程度だものね…」

「先生には、梯子じゃなかったらとか、男だったらとか嘆かれましたけどね」

 ナナの『棒術』は、実はかなりの腕前だ。ただし、使うのが梯子でなければ、だ。問題は重さと、ナナの体の小ささで、それが解消できれば、かなりの戦力になる。少なくとも、棒さえ持っていたら、身一つで旅ができる程度には、強い。だが、実際に持っているのは梯子で、そしてナナは梯子を捨てるつもりはない。大した魔法が使えなくても、ナナには魔法使いとしてのプライドがあるのだ。かといって、さらに棒を持つのは体力的に不可能だ。いっそ仕込み梯子にしようかとも考えているが、まだ構想中だ。

 ナナはこの町から出て行くつもりもない。だが、自分の身を守れる程度の戦闘力では、一つの町に居続けることができないことくらい、簡単に想像できた。

「悪かったわよ。でも、魔法が使えないのは私のせいじゃないわよ」

 ユーリアは拗ねたように言う。

「拗ねたって可愛くないですよ」

 ぽんと放るように言うと、頬を膨らませ、上目使いで見てくる。

「ナナ、可愛くないわね。せっかくの親子の初の対面? いつか告げなきゃいけない時が来てしまったら、その時はナナがどんなにか感動してくれるかって、思ってたのに」

「みじんもそんなこと思ってないのに何言ってるんですか」

「そんなことないわよ」

 とか言いつつ、ユーリアの表情はおちゃらけモードだ。匙を皿に戻して両腕を広げる。

 無駄な体力を使うな、とナナは思って顔をしかめた。

「さあ、お母さんの胸に飛び込んできなさい」

 ナナはぎりっと奥歯を噛みしめて、無表情を保った。

「ただいま混乱中でそんなこと考えられません。ほら、とっとと食べちゃってください」

「はいはいのはーい」

 いつも通りのふざけた言い方に一瞥をくれて、いつも通りに部屋をあとにしようと扉へと向かう。その背に、ユーリアの声が届いた。

「一つ方法を思いついたんだけど、上手くいくか判らないの。確実な方法をとった場合、別の意味であなたの身が心配だわ。だから五分五分。秘密の呪文を用意しておくから、ここって時に使いなさい」

「……秘密の呪文ってなんですか?」

「お母さんって呼んで、この胸に飛び込んできてくれたら教えてあげるわよ?」

 再び腕を広げるユーリアを冷めた目で見て、小さくため息をつくと、ナナは黙ったまま部屋の外へ出た。

 パタンと閉まった扉の向こうで、「もう、照れ屋なんだから」と聞こえるように言ってくるのがさらに可愛くない。

 可愛くないが、実にユーリアらしい。閉めた扉のこちらがわで、ナナは奥歯を噛みしめながら、涙をこらえたのだった。



「ええと」

 知らないって幸せなことだなって思いながらナナは言葉を探した。

「それってつまり、さっきの男たちが来なくなっても、別の人たちが来るってことですか?」

「まあそうだね」

(結局、秘密の呪文を教えてもらえなかったな…)

「ハルさんには何か良い考えがあるんですか?」

 身の危険を何も感じていない小娘に注意喚起をしただけだろうが、一応聞いてみる。

「とりあえず、あの男たちはなんとかするし、出来る手はすべて打つよ。……あ、言い忘れてたけど、俺は王のことも知っているくらいには、こう見えて、地位は高いほうなんだよ」

 真顔でそんなふうに答えた男に、吹き出さないように顔の筋肉に全力を注ぎながら、ナナは軽く首を傾げてみせた。

 そうこうしているうちに二人は森の中に入り、家を通り過ぎ、人ひとり通るのがやっとの道を歩いていた。ユーリアの墓へと案内するためなので、もちろんナナが先を歩いている。だから、ナナが頭を傾けたのは見えても、ハルにはナナの表情までは見えない。そうと判っていても、油断は禁物だ。

「でも、ハルさんががんばっても、すべてを抑えることはできないんですよね?」

「そう、そこが問題だ。当面、あの男たちをなんとかするまでは俺が傍にいるとしても、その先なんだよな…」

 呟くようなその言葉をナナは気付かなかったふりをして、そこです、と振り返って前方を示した。ぱっと明るくなって、少し広い土地が現れる。真ん中に大きな木が一本。その根元を指した。

「お師匠の希望で、この根本に」

 そこには墓石も何もない。わずかにそこだけ盛り上がっているように見えるだけだ。

 ナナが気になってハルを見ると、彼は痛ましげな表情でそこを凝視していた。

 『頼みがあるの』と、ユーリアは、亡くなる三日ほど前に言いだした。いつもと変わらぬ調子に、ナナはまた何言いだす気だ?と思いながら、何を?と聞き返した。すると、この場所を言い、そこに埋めるようにと指示をしたのだ。

 食も細くなり、一人で起き上がれなくなってはいたが、声の調子は変わらず、つい医師の診立ては間違ってるのではと期待してしまっていた。だから、当の本人から墓などという単語が飛び出すとは思ってもいなかったのだ。

 一瞬言葉を失ったナナは、それでも頑張って、では良い墓石を探しましょうと声に出した。だが、ユーリアはそれを拒否した。墓石なんか要らない、木があればナナに判るし、ナナが生きている間だけ覚えていれば良い、そう強く言って、ナナに承知させた。

「土に戻りたい、そう言っていたよ」

 囁くような声でハルはそう言い、ナナの横をすりぬけて木の前に立った。

(そんなことも話すくらいに)

 後ろ姿を見ながら、ユーリアがどんな気持ちでこの男のもとを去ったのだろうかと、ナナは思いをはせる。占いで、と彼女は言ったが、その占いを覆したいと思えるほどの情熱はなかったのかとも思う。それとも、ユーリアの占いはそれほど揺るぎないものだったというのか。

 怒りにも似た思いでナナは男を見る。彼は足元から木のてっぺんへと視線を動かしたようで、その大木を見上げる姿勢になっていた。

 どれくらいそのままでいただろうか。おもむろに振り返った彼は穏やかな表情をしていた。

「ありがとう。君が、この先ずっとここを守っていくんだね」

「はい。だから、この森と町を出て行くわけにはいかないんです」

 誰が来ようとも。その気持ちはハルにも伝わったようで、優しい眼差しになると、手をナナの頭にポンと載せた。

「家に行きましょう。お茶を飲んでいってください」

 そう言うと、男は少し困った顔をした。

「確かに君はまだ幼いけど、知らない男を簡単に信用してはダメだ」

「それ、いまさらだと思います」

 ナナが困ったように言うと、ハルはそれもそうかと笑う。

「それに、信用できない人に、お師匠のお墓を案内したりはしません」

 本当のことを言えない代わりの、最大限の譲歩だった。

 だが、ハルはナナの言葉に不思議そうに首を傾げ、眉を寄せたのだった。



 家に着いたナナは立ち止まったまま扉に貼られた紙を見つめて、唇を噛みしめていた。


『もう一人の娘は預かった。返してほしければ、一人で町の宿まで来い』


 そう書かれていた。

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