エピローグ(内側)
マリーの黒い瞳が、おずおずと自分に向けられています。
可愛いです。最強です。
ジャックはすぐさま抱き締めたくなりましたが、それはそれとして。
その目にうつるためらいが何なのか、ここまでの事情を全く理解してないジャックには分かりませんでした。なんたって、ジャックにとってマリーは、誰よりも大事な初めての恋人だったのですから。
そんなジャックのぽかんとした表情を見れば、もちろんマリーにだって分かりました。
自分を王子であると認めろ、なんてお願いを王さまにすれば――もしかしたらジャックは自分から離れて行ってしまうかもしれないって。
そしてマリーは、そのことが何より辛いと思ってしまう、自分の気持ちに気付いてしまったのでした。
もじもじしているマリーを見て、王さまはジャックとマリーの姿を見比べ――そして、ついに(元)息子の現在の心境を理解するに至ったのでした。
「あ、あー……!」
まあ大体こういうとき、言葉がすぐに出てこなかったりしますね。
あー、くらいしか言えなかったりして。
マリーは頬を染めて、黙ってこくりと頷きます。
「あー……」
天を仰いだ王さまを見て、さすがのジャックもようやく気付きました。
なるほど、ジャックは今、王女さまを恋人に選んだようなものなのです。それは父親としては色々と心配なところでしょう。これは王さまの不安を解消しなければいけないと……つまり、何一つ気付いていませんでした。
父親として王としての王さまの困惑を受け、ジャックはざざざっと王さまの前に膝を突きます。
「王さま!」
「お、おう……なんじゃ?」
予想外の状況に呆然としてる王さまは、上の空でジャックに答えました。
その視線はまだマリーの上を彷徨っています。
まあ、王さまとしても予想外ではあったのでしょう。まさか「国内だし安全な場所だし、これくらいなら大丈夫だろう」と思って送り出した場所で、王子が恋人を見つけてしまうとは。
そんな王さまを真っすぐに見上げたジャックは、大きな声で宣言します。
「王さま、俺――ボクにも褒美をお願いします!」
確かに、ジャックもまた季節を廻らせた功労者です。
そして、そんなジャックの願いはたった一つでした。
「娘さんを、ボクの花嫁に望みます!」
「――んなぁっ!?」
「じゃ、ジャック……っ!」
すっとんきょうな王さまの声に、マリーの焦った声が重なります。
「待って、ジャック待って! わたし、君にまだ言ってないことがあって……」
「大丈夫! 俺だってマリーに言ってないこといっぱいあるよ!」
例えば、これが39回目の告白であるとか、出発前に5杯も飲んだミルクの分の支払いが『油まみれの仔羊亭』にツケになっているとか。
堂々と胸を叩くジャックですが、マリーの言いたいことはそういうことではありません。
必死で説明しようとしましたが、ジャックはその唇に人差し指を当てました。
「君のことなら、何だって受け止められる。ほら、『チキンレースの間』でだって、そうだっただろ?」
「ジャック……!」
ほろり、とマリーの黒い瞳から雫がこぼれました。
その雫を受け止めたジャックの手のひらが、そのまま、そっとマリーの頬にあてられます。
2人の脇には突然の展開についていけないままの王さまがいるのですが――恋する2人には、そんなことは関係ありませんでした。
「マリー……」
「ジャック!」
――こうして恋人たちは季節廻る塔を攻略し、四季の豊かなその国でいつまでも幸せに暮らしました。




