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5F 女王の間(後)

「ふーちゃん!」

「ハルちゃん……」


 呼び合いながら、冬の女王はそっと玉座から立ち上がり、扉の傍の女性に向かって歩み寄っていきました。

 薄桃色のドレスの女性――もう面倒くさいんで、素直に春の女王と呼びましょう。前回から無意味に引っ張っていても、地の文のやることはこんなもんです。

 それにしても「ふーちゃん」「ハルちゃん」とは、なんと安直な呼び名かと思われるかもしれません。しかしそれには深い理由と、この世界特有の言語であるとか文化であるとかあだ名のつけ方の法則であるとか宗教的歴史的、はたまた経済的な諸々の要因が存在するのであり、決して「冬の女王だからふーちゃん」「春の女王だからハルちゃん」などという単純な理由からではないことを、地の文はここに強く主張したく思います。ついでに、長文を見ている内に何の話をしていたか見失ってもらえないだろうか、などと甘いことを考えていた訳でもないのですよ。ええ、決して。

 色々と思うところもおありかもしれませんが、これをお読みの優しい方は地の文のプライドというものも考慮してくださると、密かにしかし固く地の文は信じております。

 さて、そんな地の文の焦りなどよそに、春の女王もまた、少しずつ冬の女王へと近付いていました。


「ふーちゃんたら、こんなにやせて……」

「まあ、ハルちゃん、どうして来たの? あなただってこの塔のぼるの辛いって言ってたじゃない。だから来なくて良いのよってお手紙出したのに……」

「だって、だってふーちゃんがずっと1人で、この塔に居続けるのかと思うと……どんなに寂しいかしらって私だけぬくぬくとはしていられないわ!」

「ハルちゃんたら……」

「ふーちゃん!」


 2人はジャックとマリーのちょうど目の前辺りで、そっとお互いを抱きしめあいました。

 どうやらずいぶんと仲良しのようです。

 女の子同士の抱擁なのですが、その仲の良さが何だか恥ずかしく見ていられなくて、ジャックとマリーはそっと目を逸しました。

 ちなみにジャックは目を逸らしながらも、ちらちらと見てたりするのでやっぱり最低です。


 ゆるふわにカールした亜麻色の髪を揺らしながら、春の女王は冬の女王から少し身体を離しました。少し舌足らずな感じの優しい声で、冬の女王に語りかけます。


「ねえ、ふーちゃん。私、考えたんだけどね?」

「何かしら……?」

「ふーちゃんがここから出ないのなら、私だって出ないことにするわ。だって1人きりは寂しいでしょう?」

「ハルちゃん……!」


 止めなければという想いと裏腹の喜びで、ぱあっと冬の女王の頬が薔薇色に染まりました。

 その表情を見て、春の女王も満面の笑みを浮かべます。

 微笑み合って指先を絡める2人の女王に向けて、ジャックは一歩踏み出し、声を上げました。


「ごほん。……じゃ、じゃあ俺から提案があるんだけど」


 顔を赤くしたジャックは、照れ隠しに頭を掻き目を逸しながら、でも時々ちらちら2人の女王を見ながら、怪しい動きで女王たちに近付きます。あからさまな不審者ですが、女王たちは今喜びの真っ只中にいるので、細かいことは気にしませんでした。


「あ、あのさ、そういうことなら、今後はずっと2人で一緒に塔に入るようにしたら良いんじゃないかな?」

「ふーちゃんと2人で入るってこと……?」

「あっ……冬の始まりの日に、私とハルちゃんと2人で一緒に塔にのぼるってことかしら」

「わぁ、ふーちゃん! それなら春の終わりの日まで、ずっと2人で一緒に遊べるわね!」

「素敵! それなら、塔のアトラクションも怖くないわ……」

「玉座にふーちゃんがいる間、毎日わたしがごはんを作ってあげる」

「じゃあ、ハルちゃんがいる間はわたしね……どんなことも、2人ならきっと楽しいでしょうね……」


 くすくす笑い合う2人を見て、ジャックはそっと胸をなでおろしました。

 きれいな女性がつらそうな顔をしているのは、見ていて切ないものがあります。仲良しな2人は、ずっと一緒にいれば良いのです。

 そんなことを思いながら、そっと隣にいるマリーの手を握りました。

 顔を伏せたまま、マリーが握り返してくるのを手のひらだけで感じて、思わず笑顔を浮かべてしまいました。


 どうやら――マリーの目的は、これで達成されたようです。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 ジャックとマリーが塔を出たときには、辺りには色とりどりの花が咲き乱れていました。

 ついに、この国に春が来たのです。

 2人は顔を見合わせて微笑み合いました。

 この美しい風景が、この国のあちこちで見えるようになっているのだと思うと、心の底から喜びがわき溢れてくるのです。

 手を繋いだまま、周囲の光景を見て回る2人のもとに、村の方から豪華な馬車が1台走ってきました。

 止まった馬車から降りてきたのは、黄金に輝く王冠を頭上に戴いた立派な男性でした。


「そなたらが、冬の女王と春の女王を交代させてくれた者か」

「おやじ……」


 マリーが呟いて、ジャックもこの人が王さまであると分かりました。

 どうやら、国に春が来たことを知って、急ぎ様子を見に来たようです。


「おお、そなたはこないだ城に来て、騒いでいた者だな。何やら自分の正体を――」

「――黙れ、おやじ!」


 ざんっ、とマリーが音を立てて足元の繁みをけったので、その音で王さまの声は搔き消されました。少なくともジャックには王さまの言葉の大半は聞こえていませんでした。

 なので、ジャックはぼんやりと親子の会話を見学することにしました。ちょっと乱暴なマリーの言葉遣いとかも、地が出てる感じがして、それはそれで可愛いとか思ってます。


「ふむ、まあ何でも良いか。わしだって薄々分かっておったわ。でもほら、おふれ出しちゃったし、出した後でよくよく考えたらどえらいもの要求されたらどうしようって感じだし、そしたらそこにちょうどお前帰ってくるし、良いタイミングだからちょっと調べてきてもらおうと思ってな……」

「だと思ったよ! 面倒くさがりも大概にしろ!」

「面倒な訳じゃないぞ。わしにだって事情があるというものだ」


 どうやら王さまは、地の文と気が合いそうな性格でした。

 つまりアレです。適当ってことです。

 少なくともジャックはそう思いました。まあ、ジャックは地の文のことなんか知りはしないでしょうが。


「おやじ、本当にわたしのこと心配してたんだよな!?」

「してたぞ、本当に。どれだけ探し回ったことやら。しかしほら、帰ってきたならもう心配はあるまいが。帰ってきたからには王族としての義務を果たせよ」

「あんたに言われたくない!」


 そのうえ王さまは、気持ちの切り替えも早そうでした。

 ジャックはのんきに、2人を見比べます。

 魔女のところから1人で戻ってきたことを考えても、多分マリーの方が行動力があったり機転がきいたりしそうです。ただ、王さまの方がどっしり構えていると言えば……そうかもしれません。

 王子さまがいない5年の間に、もろもろ使い果たした国の財産を別にすれば、ですけれども。

 きっと本当に焦ったんだろうなぁ、などとジャックは考えながら隣のマリーを見ました。親子であるがゆえに、マリーにはその辺りが分かっていつつも身近過ぎて見えなくなってるのでしょう。そして、王さまも素直に言うタイプではないのでしょうし。


 マリーが頭を抱えているのも気にせず、王さまは口元のひげを捻りながら尋ねます。


「あ、そういや、例の魔女はどうしたんだ?」

「まあ色々あって……最終的に鏡に閉じ込めてやった」

「鏡に?」

「魔女の家に置きっぱなしにしてあるから、しばらく出れないだろうな」

「ほうほう。そんな方法が……」


 王さまはちょこちょこメモしながら聞いています。

 つまりこの王さま、こういう人なのでしょう。自分で考える才能はないけどちゃっかりしてるというか……周りに有能な人が多ければうまくいくタイプです。え、そんなの誰だってうまくいくだろって? あ、確かに! 地の文はちょっとフォローできません。


「さて、んでマリユーグよ。そなたの願う褒美はなんじゃ。まあ、大体予想ついとるが……」


 王さまの言葉を聞いて、マリーの黒い瞳が、そっとジャックの方へと向けられました。

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