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5F 女王の間(前)

 こうして2人は、ついに最上階に到達しました。

 ぎゅっと繋いだ手は、もう離れることはありません。

 最上階の扉には、きらきらと輝く銀色のプレートが掲げられていました。


 『5F 女王の間』――ここに、冬の女王さまがいるのです。

 プレートを見上げた2人は、一度だけお互いに視線を交わしてから、黙って一緒に手を伸ばしました。

 ぐいぐいと引いた扉が、ゆっくりと開いていきます。

 扉の向こうには1Fと同じような豪華な赤い絨毯と黄金でできた立派な玉座がありました。

 玉座に座っていたのは、色とりどりの小さな宝石が散りばめられた青いドレスを着て、プラチナのティアラを被った綺麗な女の人でした。

 ジャックは、生まれて初めて見るようなその人の美しさに、思わず息を呑みます。細い身体はゆるりとカーブを描いて、女性特有の頼りなさの中にも、柔らかさがありました。金糸を束ねたような輝く髪に、ドレスと同じ色の青い瞳。整った顔立ちはどこかにプライドが見えて、高貴な人であることが、ジャックには当たり前のように分かりました。


 ……とかぼんやりしていましたが、ジャックの手を強く握る手に気付き、はっと意識を隣に戻します。

 少しだけ眉を寄せたマリーが、ジャックの手を引いていました。

 これだからジャックはダメなのです。地の文としては、隣に自分の女の子がいる時に目移りしちゃうジャックをびしびししばきたいところです。そこんとこはちゃんとしておいた方が絶対良いです。大人の忠告は時にうっとうしいですが、ちゃんと聞いておいた方が色々便利です。

 慌ててジャックがマリーの手を握り返すと、マリーは安心したようにジャックに向けて笑いかけました。少しはにかんだ微笑みは、なんと愛らしいことでしょう。ジャックの気持ちはこれで、もうマリーから逸らされることはありません。


「……あなた方は誰ですか?」


 青いドレスの女性が、恐る恐るジャックとマリーに語りかけます。

 ジャックとマリーは一度顔を見合わせてから、女性に向き直りました。


「俺はこの近くの村に住んでるジャック。こっちは――」

「――マリユーグ」


 そう言えば、マリーはそんな名前でした。

 ジャックだけでなく地の文も忘れかけていたので、ちょっと前に戻って読み返してきました。マリユーグでした。

 マリーの名前を聞いた途端、女性はびっくりしたように目を丸くします。


「マリユーグ……?」

「はい、冬の女王さま」


 うやうやしく、マリーは頭を下げました。

 ジャックも薄々女性の正体には気付いていたのですが、確信がないので呼ばなかったのです。でも、マリーに対して女性が頷いて見せたことで、ジャックもまた、目の前の女性を冬の女王さまと呼ぶことにしました。


「冬の女王さま、俺達、王さまのおふれを見て、あなたにお願いをしに来たんです」

「王さまですって?」


 冬の女王さまの青い目がつりあがります。


「王さまの言うことなんて知りません。帰りなさい」

「冬の女王さま、あなたは、何故そんなに頑なに塔を出ることを拒むのですか? 塔の外では冬が続いています。どうかこの国に春をもたらす為に、塔を出て春の女王と交代してください」

「俺からもお願いします。マリーのために」

「マリー……?」


 冬の女王さまの不思議そうな表情の意味を、ジャックは全く理解できませんでした。

 あえて言うなら、季節の女王さまは皆、王さまとも親しくお付き合いをしているので、一人息子だった王子のことを知っている、だからここに「マリユーグ」を名乗る子どもがいて、だけどその子は女の子で「マリー」なんて呼び方をされていることにびっくりした、ということなのですが。

 しかし、冬の女王さまはジャックと違って空気が読める大人の女性だったので、マリーが一瞬だけ悲しそうな顔を浮かべたのを見て、自分の疑問を言葉に出すのはやめました。さすがです。


 ただし、そんなささやかな優しさと、塔を出るかどうかは全く別の話です。

 冬の女王さまは、ふう、とため息をついてから答えました。


「私は塔を出ませんよ。諦めて帰りなさい」

「そんな……」

「何故ですか、冬の女王さま」


 冬の女王さまは、その金色の繊細なまつげをそっと伏せます。


「……あなた方、ここまで来たということは、下から登って来られたのですね?」

「はい」

「どう思われました?」

「え? わ、わたしは……」

「や、最初はアホかと思ってたけど、意外に楽しかったです」


 さっと頬を赤くして視線を逸らすマリーと、余計な感想を述べるジャック。アホとか言う人がアホなのです。

 地の文の怒りとか無関係に、冬の女王はそんな2人の様子を見て、ますます辛そうにため息をつきました。


「昔はただ登るだけだったこの季節廻る塔を、このような形にしたのは、今の王さまなのです」

「……え? あのクソおやじが?」

「そう言えば、『恋人たちの塔』なんて呼ばれるようになったのは、ここ数年だなぁ……」


 近くの村に住んでるジャックは、そのことを良く知ってるのでした。

 冬の女王は強く頷き、怒りに燃える瞳でどこか遠くを見つめています。


「あのダメ王が、『わが息子を探すためには、情報を集めねば。その為に国中にアトラクションを作るのだ!』とか言いだし、塔を改築して……」

「季節廻る塔をアトラクションに!?」

「あ、そうそう。冬の間は寒いし雪降って大変だからあんまだけど、春から秋の間はデートスポットなんだよな。だから『恋人たちの塔』って呼んでるんだ」

「季節廻る塔をデートスポットに!?」


 自分がいない間の王さまのやりたい放題に、マリーは頭痛を覚えました。

 頭を抱えるマリーの様子を、冬の女王は気の毒そうに見やります。


「大丈夫ですか、マリユーグ?」

「は、はい……あのおやじ、伝統と神秘の建造物に、何ということを……!」


 ここまでのやり取りで、ジャックは何となく勘付きました。

 マリーがあまりにも「おやじ」と連呼するものですから、さすがのジャックも考えるところがあったのです。

 この口ぶりでは、マリーと王さまは親子――ということは、マリーはお姫さまだということなのでしょう。つまり王さまは、5年前に息子だけでなくマリー――娘も一緒に魔女に拐われていたのです。これはヤバイ。

 寂しさで色々大変だったんだろうなぁ、とジャックは勝手に王さまに同情しました。

 色々と勘違いがあるのですが、そういうのをそのままにして、お話は進みます。


 冬の女王は切ない瞳で、そっとマリーを見やります。


「考えてもみてください、マリユーグ。私たちはたった1人でここに3ヶ月もの間、いなければならないのです。それも、たった1人であの下の面白くもないアトラクションをクリアして!」

「ちょっと待ってください、裏口や女王さま専用の出入り口はないんですか? そもそもあれは1人でもクリアできるのですか?」

「裏口などありません。そして、別に1人でも扉は開くのです。ただ……」


 と、冬の女王の手がわなわなと震え始めました。

 

「……あなた方は2人で来たからまだマシだったでしょうけれど、あのアトラクション、1人でクリアするのはとても辛いのです……!」


 ジャックとマリーは、同時にここまでの1Fから4Fを思い返しました。告白の間、手を繋いで歩こうの間、同衾の間、チキンレースの間……どれも、1人でクリアするには切なすぎました。寂しすぎました。

 冬の女王の頬を、はらはらと涙がこぼれ落ちます。


「私はもうイヤです! この塔を二度と出ません。私がここから立ち去らなければ、恋人たちも来ないし、他の季節の女王たちもあんなロクでもないことしなくて良くなるのですから!」


 どうもここ数年のアレコレで、だいぶ追い詰められてるみたいです。

 その心中を察して、マリーは再び頭を抱えました。何せ、全部自分の父親のせいなので。

 ジャックはと言えば、そんな悩める女性陣2人を見て、きれいな女の子は困ってる顔も可愛いなぁ、とか思ってました。最低です。


 さて、冬の女王の決意を聞いて、誰も口出しが出来なくなってしまったこの膠着した空気に、扉の向こうから1つの声が割り込んできました。


「――待って、ふーちゃん! 早まらないで!」


 皆が一斉に扉の方を振り向きました。

 そこに立っていたのは、薄桃色のドレスを纏いプラチナのティアラをつけた優しげな女性でした。


「……ハルちゃん……!」


 そんな冬の女王の呟きで誰もが正体に気付いていることを、地の文も薄々察しながらも、女性の正体は後編に続きます。

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