3F 同衾の間(前半)
さて、2人は3回目のチャレンジで、ついに2Fをクリアしました。
最初の1回はマリーの失敗でしたが、後の2回もマリーの失敗でした。
どうやらマリーは、考え込むと足が止まってしまうタイプのようです。
そんなマリーを助けようと、割とあちこちに打ち身を作りながら、ジャックは思う存分マリーをくんかくんかしました。変態です。
1Fに落ちる度にたぬきの呪文で告白し、そして手を繋いで歩いていたので、2Fの反対側に到着した時には、ジャックはもう人生においてマリー以外の女の子なんて考えられないというほど、彼女にほれこんでしまっていました。単純ですね。
そんなどきどきを胸に潜ませつつ、ジャックは扉を開きます。
2Fの奥の扉を開き、また階段を上がると、見えてきたのは3Fの扉でした。
「『3F 同衾の間』――同衾!?」
「ドウキンって何だ?」
首を傾げたマリーの何も知らぬ無垢な様子に、ジャックは勝手にまた胸を高鳴らせました。
同衾とか夜這いとか共寝とか、子どもにはちょっと難しいと思うかも知れませんが、そんなことはありません。逆にそんな単語は気になって仕方ない感じです。そういう言葉を見つけると、辞書に蛍光ペンでマーキングとかしちゃいます。が、この世界に辞書とか蛍光ペンとか、あまつさえ同衾という単語とか(以下略)。
とにかく、ジャックは暴れだす胸を押さえながら、1人で考えました。
待って待って。この塔って5階建てだよね?
こんな、3Fとか真ん中へんの階で最終ステップいっちゃう感じ!?
いきなりエンディング? 身体から始まる恋!?
こんな――良いんですか、これ!
わくわくとハラハラが頭の中をぐるぐるして、どうしようもなくしゃがみ込んだジャックを置いて、何のためらいもなくマリーは扉を開けました。
外開きの扉を引いて、一歩踏み入った途端、マリーの身体が沈みます。
「――マリー!」
まさか2Fのように床がないのでしょうか。慌てたジャックは駆け寄ります。
ジャックの足元からあの柔らかい手が伸び、ひらひらと揺れてジャックを呼びました。
よくよく見れば、扉の向こうは真っ白なシーツの渦。上も下もひらひら揺れるシーツ。まるでシーツで出来た迷路のようです。
ジャックに手を引かれて自分の身体を持ち上げたマリーが、少し嬉しそうに言いました。
「この下、ふかふかだ」
なるほど。
扉を開けたとたん、ふかふかのベッドにマリーは沈み込んでしまったようです。
ふよんふよん、と勢いをつけて揺れながら、マリーはジャックを見上げました。
「気持良いぞ、ジャックも来い」
「……え!?」
来いと言われて素直に行って良いのでしょうか?
何だかんだ言っても、ジャックは男の子で、おあつらえ向きにそろそろ外は日が暮れてきそうです。
夜と言えば大人の時間、恋人たちの時間です。
ジャックは誰ともキスもしたことない癖に、こういうことに関しては詳しいのでした。もしもジャックが女の子ならいわゆる耳年増、というやつです。
「ま、マリー……俺達、まだ会ったばかりだし、こういうことは時間を置いてじっくり付き合ってからの方が……いや、マリーがそういうなら、俺としては全然いやとかではないし、ほら、もうすぐ夜だから恥ずかしいとかもそんなにないから、あの優しくしてくれれば……」
「何言ってんだ、君は」
ジャックの言葉を、マリーは一言で切って捨てました。
1つのカギカッコの中で、なかなか句点が付かないので、頭が整理できずついていけていません。そもそもマリーには、前提となっている話さえ、分かっていないのでした。
だらだらと言葉を続けているだけでなく、ジャックのセリフは最初と最後で主張が逆転してしまっているので、ぶっちゃけどうかと思うのでした。やりたいことは素直にやりたいと言った方が良いという典型です。
「そんなことより、この部屋すごく気持が良いけど、これじゃ方向が分からない。迷ってしまう」
マリーが困ったように首を傾げてジャックを見上げてきます。
さきほどの提案があっさりと「そんなこと」扱いされて、ジャックは少ししょんぼりしたのですが、それはそれとして黒い瞳を切なげに細めて、ジャックを見つめるマリーの様子はとてもとても可愛らしいのでした。
ちょっと良いところを見せたくなってきたジャックは、胸を張って答えます。
「シーツなんか破りながらまっすぐ進めば良いじゃないか!」
乱暴ですが、なかなか鋭い考え方です。
確かに、柔らかいシーツでできた迷路なら、破るなり、破るまでいかなくてもめくるなり、折りたたむなりして先を見れば良いと思うでしょう。
しかし、そうは問屋が卸しません。地の文は、この慣用句を人生で一度は使ってみたいと思っていましたが、まさかここで使えるとは思いませんでした。あっけなく生涯の夢が叶ってしまいました。
さて、地の文の感動とは無関係に、ジャックは腕まくりをして、マリーのすぐ背後にあるシーツをひっつかみ、破ってしまおうと力を入れました。
しかし、すぐに破れるはずのぺらぺらの頼りないシーツに見えて、こいつがなかなか曲者でした。掴んだ手の中の感触は柔らかいのに、引っ張っても押しても、びくともしないのです。
なるほど、恋人たちの塔にふさわしい、魔法のシーツなのでした。
「……ダメか。どこかに行き先のヒントはないだろうか」
苦戦するジャックを見て、早々にジャック案を諦めたマリーが、シーツの海から身体を引き上げ、周囲を探します。そこで、扉の脇に、小さな張り紙が貼ってあるのを見付けました。
マリーにシャツの裾を引っ張られて、ジャックも並んで張り紙を見ます。
「……これは、地図だろうか?」
「なるほど。左上が、今俺達がいる入り口。右下が出口だね。」
どうやらこの地図の通りに進めば、シーツの向こう、出口側の扉に到達できそうです。
さあ、このお話を読んでいる優しいそこの方。
ジャックとマリーを出口まで連れていってあげてください。
答え合わせは、次回の更新で。
地図が雑だとか、線が微妙に途切れてるとかについては、地の文は沈黙を守ります。