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弾幕の花火

 新谷は、傷がふさがると、竹部に誘われて、Sara のとこへ顔をだした。

SaraもSaraの母親も、新谷の負傷のことを気にかけており、新谷の顔をみると抱き着いて無事を喜んでいた。なぜか、竹部にはMariaがべったりと張り付いており、ひざの上で遊んでいた。

 どうやら、新谷が入院しているときにもちよくちよく来ていたらしい。

ただし、英語が喋れないためもっぱら、Mariaとばかり遊んでいたらしい。

saraたち家族も、そんな竹部に好意を抱いているらしく、Mariaと遊ぶ竹部には、温かい眼差しを注いでいた。

言葉は、通じなくても気持ちは伝わるらしかった。


 「Is he married?(彼は結婚しているの)」


とSaraが竹部のことを訊いてきたが、結婚してはいないと答えた。

どうやら、いつの間にかSaraは、竹部に好意を持ったいるようだった。

Saraの家からの帰りにそれとなく、竹部に訊いてみた.


「竹部飛行兵曹長は、Saraのことをどう思っています。」


「きれいな、女の人だと思います」


「Saraもまんざらでもありませんよ」


「いえ、自分にはそのような気持ちはありません。Saraさんは結婚しています。子供いますし自分はいつ死ぬかもしれない身分です。他国まで来て、未亡人を作ろうとは思いません。たた゜、Mariaを見ていると死んだ妹を思い出すのです。妹は、1歳にもならずに風邪をこじらせて肺炎で死にました。薬さえあれば死なずに済んだのかもしれません。水のみ百姓の小作人には医者に見せる金も無かったんです。だからMariaを見ると死んだ妹を思い出すんです。ただそれだけです。」


と竹部は、話した。10代で軍隊に入るのはこんな人間が多い。成績は優秀だが、家庭の事情で中学に進めない人間が多い。

腹いっぱい米の飯が食えるところが、軍隊なのだ。


新谷の療養中も、竹部は連日レイテ方面の敵の上陸部隊への攻撃の直援として飛び続けた。

未帰還機が増える中でも、必ず帰還して、新谷の元にやってきた。


 しかし、今日はひどく落ち込んでいた.


「どうしたんですか、竹部飛行兵曹長」


「今日は、特攻機の直援で、戦果確認だったんです」


新谷は事情を察した。

ここでの、特別攻撃隊は、表向き十死零生の志願であり、下士官以上の名誉である。2階級特進が約束され、海軍学校を中心に選ばれていた。

竹部は、飛行学校の出で将校ではないので、特別攻撃隊ではなく、戦果確認機として帯同が命じられていた。


 「今日も、出撃していきました。鉢巻を巻いて元気に出ていくんですよ。見ていられない。見事に空母の甲板に激突していきました。私は、それを後方で見て戦果票に記入しているだけです。新谷少尉、これが作戦と呼べるのですか。戦闘機乗りが、爆弾を抱えて体当たりをするのが、常識ですかね。我々は艦爆ではないんですよ、急降下の爆撃なんてやったこともないのに、弾幕で真っ黒の空に突っ込む姿には、尋常ではない、狂気のさたですよ」


といって、竹部は溜息をついた。


敵は、レイテ島に上陸を果たして、そこを足がかりにルソン島へ進軍をするのは、目に見えていた。


ルソン島での決戦を見据えて、準備をしていた陸軍だが、台湾沖空戦の虚偽の戦果に踊らされて、レイテ島での決戦を敢行して、ルソン島から輸送船のほとんどを沈められてしまう。


ルソン島は陸軍が占守して、レイテ島は海軍と航空隊で攻撃する手はずか、すべての作戦が失敗と指揮命令系統乱れによるものである。

レイテ航空戦において、残存航空戦力の約半分の2000機近くの航空機を投入しており、そのほとんどを失い。特別攻撃による反攻しかなかった。


 いずれ、新谷にも特別攻撃隊の任がせまると思われた。


 「逝くときは、竹部飛行兵曹長の直援なら安心して飛べます。」


 と新谷が言うと竹部は、真剣な目で


 「絶対に志願してはだめです。何と言われようと生きて最後まで、戦うことが軍人です。あれは戦術ではない。言葉で飾ってはいるが只の人員消耗戦です。」


 とまくし立てた。

周りの患者が、何事かと二人を見ていた。


 「落ち着いてください。竹部飛行兵曹長。私は軍人です。命令には従わなければならない。」


 竹部は肩を落とした。


 「新谷少尉には、死んでほしくない。あなたはとしてもよい戦闘機乗りになった。あなたの技量は今後の日本に必要な人材だ。私は、それが悔しいのです。」


といった。ここに来て、3か月以上になるが、500時間以上は飛んでいる。空戦もこなしている、撃墜も撃墜確実3機、共同撃墜7機、などそれなりに上げていた。

それも、ほとんどは竹部の援護が大きな要因である。


 1月がすきて、12月の初旬に竹部も戦列に復帰した。


レイテでの陸軍の劣勢は、確実なものになり、連日特攻機が飛び立つことが多くなった。

戦況の悪化により、ルソン島への敵上陸が迫っていた。

陸軍が、ルソン島北部パンガシナン州のリンガエン湾に部隊を配置した。

いよいよ、上陸間近となっていた。


新谷と竹部はSaraの家に行き避難を促した。


「An enemy comes soon(もうすぐ敵が来る)。Run away to the slightly safe place(どこか安全な場所に逃げなさい)」


と新谷はいった。


「I understood it. I run away to the parents' house of mother(わかった、母の実家に避難する」


「Where is a place of the parents' house of mother?(母のじっかの場所はどこか」


「Alaminos」


 リンガエン湾の反対側にある都市だ。

 Saraの夫は、米軍の将校というはなしなので、万が一の場合は保護を願い出れば大丈夫だ。


「Does your husband have evidence to be the officer of U.S. forces?(夫が米軍だという証拠を持っているか」


Saraは、書類ケースからIDらしい写真と英文の公文書らしきものを出してきた。

新谷が確認すると、Far East Air Force (United States)と部隊名が書かれ、どうやらパイロットらしかった。

竹部と新谷は、Saraにありったけのタバコを持たせて、これを金に換えてすぐに、ここから避難することを伝えた。


 「Do you go to special attack 、 too?(特別攻撃いくまか」


とSaraが訊いて聞きた.このころには、一般に特別攻撃隊がどのようなものなのかが知られていた。


新谷も竹部も答えなかった。


Saraが、竹部にすがった.


 「No NO You cannot die。(死んではいけない)」


竹部は、Saraを抱きしめて


 「新谷少尉 Saraにいってください。母親は子供守らなければならないと」


 「Mother must protect a child」


Saraは泣き崩れた。Mariaはきょとんとした目で、竹部を見上げて、手を伸ばした。

竹部は、抱き上げて頬ずりをした。


 「竹部少尉 Mariaに伝えてください。もう戦争なんて終わる、その時まで元気でと」


 「The war is already over; is fine until then。」


Sara達に、すぐに支度をさせて街中で運転手を雇ってタバコを握らせると、目的地までの送り届けを依頼した。ただし、よからぬことを犯さないように、半金は無事に運んでからにした。


新谷は、飛行カバンから、ブローニングを出すと、予備の弾も一緒にSaraに渡した。


 「You know how to handle gun」


 「I know 」


とSaraはうなづいた。


 車に乗り込む前に、Saraが竹部に近づいて見つめていた.

竹部は、照れくさそうにしていた。

Saraが両手を伸ばすと竹部の首に腕を回した。

そのまま、首を傾けると竹部にキスをした。


竹部は驚いていた。

そして、自分の首からロザリオを外すと、竹部の首にかけて


「 I pray to May the grace of God be with you(神のご加護を)」


といって、車に乗り込んだ。


 「神様に祈っています。竹部飛行兵曹長に神のご加護がありますように」

 

竹部は、くちびるを撫ぜながら呆然として車の後を見送っていた。


 「竹部飛行兵曹長に、Saraは本当に惚れてたんですね」


新谷はしみじみといった。


竹部は何も答えなかったが、たぶん自分の心の揺れに驚いているのだろう。


 「それより、ブローニングはよかったんですか、将校さんは支給じゃないから自前でしよ」


 「いいんですよ、どうせ鹵獲品ですから。もう不時着してゲリラに襲われることもないでしょうし」


 「俺たち、軍法会議もんでしようね」


 「さあ どうでしょう。体当たりの要員がへるからないでしょう」


 と新谷は自虐的に言って見せた。おそかれ速かれ、強制的に特別攻撃隊へ志願させられるなる身である。これくらいの人助けはいいのかもしれないと思った。


 「耶蘇の神さんは、なんて言うでしたっけ」


 「イエス キリストですよ」


 「これがイエスさまですか」


 といってロザリオを見せた、メダイには、聖母マリアが絵かがれていた。


 「それはキリストの母親のマリアというですよ」


 「Mariaですか、あの子と同じ名前なんですね」


といって、メダイを眺めていた。


新谷は、こんな時だからこそ、竹部の純粋な想いに触れて、感動していた。


 「また、会えたらいいですね。新谷少尉」


 "きっと会えます"という言葉を新谷は呑み込んだ。


 気休めにしかならないと思ったからだった。


 弾幕という花火の中に身を投じなければならない、新谷や竹部に明日の約束はできなかった。


 「ええ 明日を生き延びたらですかね」


 と新谷は空を見上げ返事した。






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