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審判

 竹部の思い知ってか、Evelynは嬉しそうに竹部にSaraとの思い出を聞いていた。孝二は、その姿をみてほっとしていた。

竹部もまんざらではないらしく、Saraとの短すぎる思い出を想いだしながら、Evelynと話していた。

多分、Saraと話せなかったことを、Saraによく似たEvelynに話すことで、心を落ち着けているのではないかと思った。 恋人同士ではないけれども、親子でもない会話を竹部とEvelynは話していた。

 やや、英語力の劣る孝二は、話の端々をつかまえて理解しようと努めていた。

酔いも手伝ったのか、Evelynがあくびをしだした。


 「You should sleep。(眠った方がいいよ)」


 と孝二が、言うとEvelynは素直にベッドルームへと消えていった。

よっぽど、疲れたのだろう。シャワーも浴びずに眠ってしまったようだった。


 「君も疲れただろう、休んでもいいよ」


 と竹部が孝二へといったが、孝二は首を横に振った。


 「そうか、まだ聞くべきことがあるという顔だな。久しぶりに日本語を使うと懐かしい思いがするよ。しばらく付き合ってもらうか」


 といって、竹部はテラスに孝二を誘って出た。


 新月の闇の中で、テラスの間接照明と、テーブルのキャンドルが揺れていた。


 「新谷少尉は、幸せだったか」


 と竹部はポツリといった。


 「表向きはそうでした。しかし実際はどうでしょうか。紫電改に乗っていながら目の前で、原子爆弾を落とされて、自分も放射能障害に苦しめられていました。・・・・子供もいませんでした。」


 「そうか、因果なもんだな。助かってほしいと願った命にべつの意味の苦しみを背負わせてしまったんだな。」


 と言って竹部は、タバコに火をつけた。

 孝二もタバコに火をつけた。


 紫煙が風に吹かれて、舞い上がっていった。


 「いままで、どうしてたんですか」


 と孝二は、回りくどい言い方をやめて、ずばり核心をついた。


 竹部は答えずに、ブランデーからウイスキーに変えたグラスの液体をグイッと飲んで、クラスに再びウイスキーを注いだ。


 「沈黙は、金なり。私はそうして生きてこれた。これだけは言えない。」


 「トンキン湾事件とかですか。公文書はすでに公開されていますよ」


 竹部は微かに笑った。


 「最初から分かっていたことだよ。冷戦の時代は、いつ誰が核ミサイルのボタンを押してもおかしくなかった。でも、それを止められたのは何故だかわかるか。」


 「核戦争になって、人類が滅びるのを恐れたからでしょう」


 と孝二は、一般論をいった。


 「あの時代は、核爆弾の恐ろしさを人類は理解していなかったんだよ。日本とアメリカを除いてはね。核爆発で、もたらされるのは、非人道的で、合法的な殺人だ。日本をこれを受けた。日本は実験場にされたんだよ。そして、ソ連を威嚇するために落とされたんだよ。」


 「原爆を落とさなければ、本土上陸が始まり敵味方ともに数百万の人々が死んだといわれていますが」


 「歴史は、勝者によって書き換えられる。これは、どんな時代でもかわらない。また、日本だけが被害者だけではない、あの戦争で、日本でも軍属・市民合わせて310万人が死んだことになっているが、日本が進駐した国々では900万人近くが戦争に巻き込まれて死んだことになってる。世界中では6、500万人以上だ。その当時の世界の人口の2.5%以上が死んだ計算になる。」


 孝二もある程度の予備知識は持っていたが、こうもスラスラと言われるとタジタジとなった。


 「竹部さんは、原爆を落とされたのは仕方なかったといわれるんですか。」


 「私は、歴史家ではない。原爆を落とすことで、世界は認識ができたということだよ。あれほどの悪魔の兵器はないと。日本では戦後長い間、原子爆弾に対する書物は発禁となっていたはずだ。建造物は再建できるが、遺伝子レベルの損傷は回復ができない。そのことを理解したんだ世界は。だから、朝鮮半島でも、ベトナムでも、キュウバでも使わなかった。使わないじゃないんだ。使っていけないものだと認識しているんだ世界が、使われた日本が最初と最後になるように。」


 「すみません。すこし熱くなりました。歴史の認識を語ったわけではないんです。ただ、あの戦争がなんだったのか、竹部さんや新谷さん、Saraさんたちが生きた時代がどうだったのか知りたかっただけです。」


 と孝二は、あやまった。竹部の認識の深さは、おそらく戦後の生き方が関わっているのだろうと確信した。


 「私も、歴史の見解の相違をただすつもりはない。その時々の認識なかで人が判断した結果が、歴史だと思う。後世の人が判断し、過去に遡って批判したとしても、歴史の改変を行うことができない。ただし、過去に学ことはできる。」


 竹部は、ある意味自分の生きて過程を達観しているように思えた。


 「竹部さん、左の目はどうされたんですか」


 と孝二は気になっていたことを聞いた。


 「気付いていましたか、精巧に作ったんですが、義眼だ。任務中につぶされた。何度も殺されかけながらも今まで、生きてこれた。あの時代、すでに死んでいたから生きるのも死ぬのもどうでもよかったからかもしれない。Saraに逢うことだけが私の中に有った唯一の生きる意味だった。」


 孝二は、竹部の体に刻まれた傷から怪我なんかではないと思っていたが、命のやり取りのある戦場でおこることた゜と悟った。それ以上は聞くべきでないと思った。


 「私にも、夢はあった。しかし、時間とともに感覚が麻痺していく中でSaraへの思いだけが、よりどころになっていた。諜報活動の世界の人間に過去はいらない。私は都合がよかっただけで、いきてこれた。しかし、どこにも存在しない人間としていきることは、自分が何者かもまでも忘れさせてしまう。なぜ、君は私が "素生をしらない自分に語っているのか"と不思議に思うだろう。」


 竹部は、立ち上がると孝二を上から見据えて言った。

その瞳には、義眼と深い悲しみが潜んでいた。


 「私は、もう長くはない。治療名目で出国できたにすぎない。未だに私に語られてはこまる真実もあるので、今は無事だが。そうながくない内に死ぬことになるだろう。ここまで、生きてこれたのは、保険をかけていることもあるが、そのほとんどは意味がなくなっている。さっきのトンキン湾事件もそうだ。情報は生ものなんだよ。消費期限が切れるとすぐに捨てられるんだ。だから、SaraやMariaそして、竹部さんに導かれてきた君に話したいんだ。私たちが生きていたことを。」


 竹部の言葉に、押されるように、孝二はうなづいた。


 「人の罪は、人は捌けないんだ。人の罪は神のみが捌くことができる。と私は思っている。君は、9.11のワードルとレディングビルへのテロを見てどう思った。」


 突然の竹部の問いに孝二は、正直困った。映像は何度も見ているはずなのに、CGのような感覚でしかみていないことに気付いた。


 「正直実感が、わかないんです。」


 「私は、正直、怒りに震えたよ。あれは、まさに特攻機の戦略だよ。彼らは、おそらく日本の特攻作戦を参考にしたと思われる。」

 

 「まさか、そんなことがあるんですか」


 「焼夷弾効果だよ。特攻機は片道分の燃料ではなく、燃料を満載して体当たりしたんだ。250Kg爆弾なんて、ワンマンス空母(1か月で商船などほ改造して作った護衛用空母)なら、当たりようでは被害を与えことができるが、正規空母では、防弾が施されたものでは跳躍して落ちてしまう。しかし、燃料を満載して激突すれば、火災が起こり誘爆させることがてきる。かれらは、それを知っていたと思う。ビルの鉄筋は、炭素鋼だから、曲げや引っ張りには強いが熱に弱い。だからあんな崩れ方をしたんだ。わかってほしいのは、私たちが攻撃したのは、軍事施設であって、民間施設ではない。」


 「戦争だから、許される行為というわけですか。総力戦ならば、非武装の市民を殺害することで、経済活動の停滞を図り、抗戦力のを弱体化させることが目的なので、市民の暮らす都市へのindiscriminate bombing(無差別爆撃)すら肯定されるというのですか。」 


 孝二は、特攻を肯定したくなかった。

 かといって、否定もしたくなかった。

 あの時代に、自分がいて、目の前で肉親や知人が無残に殺されでもしたら、おそらくは自分でも銃を取って戦うと思う。それくらい、戦争は憎しみの連鎖だと思う。


 「私の目の前で、次々と空母に突撃した搭乗員は皆、迷いもなく突っ込んでいった。ほんの数時間前まで、話をしていた人間だ。洗脳や狂信的な精神状態で、突っ込んだんではないと断言できる。」


 「すみません。また脱線してしまいました。なまじ、あの戦争のことにかかわったから、自分でもどうしようもないくらいに、感情を移入してしまうんです。特に、新谷さんの話は、かなり精神的に、きついものがありました。」


 といって、喉が乾いたので、チエイサーのグラスの水を一気に飲んだ。


 「君は、純粋なんだね。だから、あのインテリさんの新谷少尉も話をしたんだろうね。私は、あの戦争は異文化の激突の瞬間だったんだと思う。知らないことは、恐怖だ。未知の者に対する恐怖だけに振り回された。相手を理解する努力を怠った。今の戦争は、情報戦だよ。敵を知れば、どうすれば戦わないで済むかわかる。つまり、戦いが無駄であることを人は理解しているんだ。弾丸はまっすぐにしか飛ばない。しかし、言葉はどこからでも、どんな方法でも伝えることができる。あの時代に私たちがしなければならなかったことは、戦うことではなく、相手を理解しようとする行動だったんだと思う。」


と竹部は自分に言い聞かせるように言った。


孝二は、その言葉をどこか遠くで聞いているような気がした。


 「竹部さん、それは理想論じゃないですか。経済活動を主とする国家で軍備を持たない国はありませんよ。」


孝二は、挑むように竹部にいった。

なぜ、こんなに竹部の上から目線の言葉に反抗するのか明確にはわからなかった。

強いて言えば、自分が知らないことへの苛立ちからかもしれない。


 「空は、いつもきれいだった。オイルの焼ける音も、発動機の音も振動も好きだったんだ。ほんとは戦争なんてしたくなかったんだ。だから、私は操縦席は狙わなかった。零戦は、戦うために作られたものだけれども、あの機体ならどこまでも飛べる気がした。」


 といって、急に竹部は孝二の胸倉をつかむと拳を振り上げた。

とっさに、孝二は両手で顔を庇った。

竹部は、顔を庇った孝二の手を取って


 「この手が、零戦だったんだよ。相手からの理不尽な行動に対しては防御が、必要なんだ。だから、最初に攻撃してはいけなかった。防ぐための力を、攻めるために使ってはいけなかったんだ。しかし零戦は最初から攻めるために作られてしまった。最後まで、特攻(せめ)ることしかできなかった。私は、理不審な力に対しては、人は戦う権利を有していると思う。」


 孝二は、はっとした。人の無意識の行為、そのものが人の本質なのだと。だれも死にたいわけではない。それて゜も死を選択するという意味において、自分の命より大切なものがあるのかということになる。


 "人の思いは時を超えて生き続ける"


 と孝二は呟いた。新谷の言葉だった。

 孝二はなおも続けた。


 「新谷さんが言っていました。"人の思いは時を超えて生き続ける"と。この言葉の本当の意味が分かりました。戦った一人一人に、思いがあったということですよね。必ず来る未来を信じて、未来にいきる人に対しての思いは、時を超えて生き続けるっていう意味ですよね。」


 孝二は、竹部の目をみて真剣に言った。


 「そうだと思う。みんなが明日を生きるために戦った。それが、後世の歴史によってどう解釈されても、起こった事象は変えられない。私たち戦った者が、伝えなければならないことは、戦争と戦争の間を平和と呼ぶのであれば、その間が恒久に続くように、未来に思いを伝えることだけだ。戦争の悲惨さだけを伝えてもほんの少しか伝わらない。痛みに慣れてしまうから。ありのままを、精一杯生きていた人たちの思いを伝えることだけだ。そこには、なにも特別なものはない。人の営みがあり、泣いたり笑ったり、恋をしたり、悩んだりの生活があるだけなんだと。」


 竹部は、孝二の手を握りしめて


 「ありがとう。私の中の戦争もやっと終わったよ。さっきの "人の思いは時を超えて生き続ける"ということば、新谷少尉の言葉だろ。"The thought of the person continues being valid more than time"新谷少尉がいつも言っていたよ」


 と、ほっとした顔が孝二に見えた。


 「竹部さん、・・・・・竹部さんが見ていた空の色は、どんなだっんですか」


 しばらく、竹部は考えていたが


 「花浅葱色(はなあさぎ)かな、英語ではたぶん、"Cerulean Blue sky"」


 孝二は、画材のCerulean Blueの少し緑がかった鮮やかな青色を思い浮かべていた。


 孝二と竹部は、カチンとショットグラスを合わせて、顔を見合わせるとグイッと一気に飲んだ。


 孝二は、胸のつかえが取れて、飲んだウイスキーが胃の中でカーとする感じがした。

 






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