第4話
『ようお前ら、待たせたな』
頭に直接響く声は聞き覚えが有った。五人が待ち焦がれていた相手の連絡だった。
同時に五人も繋がった。
「遅いですよお師匠様!」
『わりぃわりぃ、ちょっと手間取ってよ』
プリプリと頬を膨らませる弟子に対し、師匠は悪びれた様子も無くあっけらかんと謝る。
相変わらず飄々とした人だ。
「首尾は?」
『上々だ。穴は塞いだよ。後は外の連中をすり潰すだけだ』
返答を聞いたシルヴェスターはふっと口角を歪めた。
「よっしゃきたああああああああああああああ!!!!」
「血が滾るねぇ!」
「おい二人とも、気持ちは分かるが落ち着け」
案の定だ。シルヴェスターだけ離れた所に居るが、表情が手に取る様に分かる。
流石、体力自慢の三人である。
宥めるベルクも、口調などからテンションが上がり気味だ。
無期限の『防衛』から、今地上に居る魔物達を倒し切れば終わると言う『殲滅』に目標が変わり、分かり易くなったのだ。
『それでな、今姫さんの隣に居るんだけどよ』
「お師匠様、まさか手出して無いでしょうね?」
『俺、お前にどんな印象持たれてんだよ』
「綺麗な女性には見境が無い、です」
『うわー、へこむわー』
アリスの即答にロンもサラもケタケタと笑い、ベルクは苦笑いしている。当然、敵を屠りながらだが。
「老師、まさか姫に魔力を…」
『あぁ、その通りだ。賭けだったがな』
「また無謀な事を」
シルヴェスターは溜息を吐いた。
三日間完徹し、四日目に突入したエリシールに、これほどの無茶をさせるとは。
戦闘の最中、エリシールの張った結界が変質した。それも急激に。
大体の想像は着いたが、やはりそうだったか。
彼の目には、エリシールのみの青系では無く、ネヴィルの魔力が混ざって紅色に見えているのだ。
しかも、最外部と湖の中ほどの二つを除き、内側の六つの結界が解除されている。
恐らく余剰魔力を攻撃に注ぎ込むのだろう。ならばやる事は一つだ。
「三人とも下がって下さい!」
「えっ?」
アリスが気付いたらしい。シルヴェスターより先に叫んだ。
内側の結界に退避しなければ、外の魔物達と共に浄化されてしまう。
魔物相手の結界ならば人間には効かないだろうが、念のためだ。
フェニックスとドラゴンを虚空に返したアリスは、ゴーレムに三人を乗せ、後ろの結界の中に退避した。
シルヴェスターも退避し、ゴーレム達を土に返す。
五人が退却し、空いたスペースに魔物の群れが殺到する。
密度が濃く高く増した集団はしかし、大きさが圧縮され、最外部の半径が小さくなった。
それを見越した様に地面が光り出した。
それまで有った結界の更に数百メートル外側に、巨大な魔法陣が地面に浮かび上がる。
中心は湖上に浮かぶ島だった。
そして、新たな結界の壁が地面から競り上がって来た。
全ての魔物を囲む様に、天頂部からも結界のヴェールが垂れ下がる。
それまでと同じく半透明だが、シルヴェスターには分かった。
今までの結界とは性質が違う。
エリシールとネヴィルの魔力が渦を巻き、ドームを形成する。
魔物達がざわつくが、既に完成した結界からは出られない。
そして数秒後、地面の魔法陣が更に輝き出した。
銀色の光が辺りを包み込む。
目も眩む様な光の奔流に、人間も魔物も、外に居たあらゆる者達が目を瞑る。
次の瞬間、あらゆる方向から魔物達の断末摩が押し寄せて来た。
幾千にも及ぶ悲鳴はしかし、数分で途切れ、光も消え去った。
静寂の中、目を開けた者達はその光景に唖然となった。
あれほど居た魔物達が、数千の大軍勢が、跡形も無く綺麗さっぱり消え去っていたのだ。
ほぼ全ての魔物達が結界内に居たため、浄化されて消滅したらしい。
「こ、これは…」
「なんと…」
魔術師達は一様に言葉を失った。
ネヴィルの魔力を借りたとは言え、エリシールの結界にこれほどの威力が有るとは思わなかった。
「すげえ…」
「何千匹も居たのに…」
ロンとサラが呆然と呟く。
「うむ…これほどとは…」
「…あれは…?」
ベルクも感嘆する中、アリスが何かに気付いた。
シルヴェスターも何かを感知したらしく、湖を飛んで彼らに合流する。
「魔力が一箇所に集中してますね」
シルヴェスターの言葉に、ロン達三人も視線を向ける。
一番外側の新しい結界の更に外側、境界線ギリギリの所に、人間が一人立っていた。
否――。
人型の魔物だ。魔人と言うべきか。
深紅のコートを羽織り、片目が刀傷で塞がれている。
耳が尖っているのはやはり人間では無い証拠だろうか。
見た目は男性だが、果たして人間と同じ区別で良いのかは不明である。
その『男』が、胸の前で両手を向かい合わせ、魔力を圧縮していた。
「不味い!」
「お師匠様!」
シルヴェスターとアリスが同時に叫んだ。
ロンとサラが咄嗟に大楯を構えたベルクの後ろに隠れた。
アリスとシルヴェスターも後ろに回り込んだ後、その大楯に魔力を送り込んだ。
簡易的に結界の壁を作るためだ。
『ちっ!』
ネヴィルが舌打ちをした瞬間、魔人はニヤリと笑い、全てを解放した。
カッ――!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――…!
禍々しい光が辺り一帯を包み込み、地響きが王国を襲う。
暴風と光が吹き荒れ、あらゆる物を吹き飛ばす。
先ほどの新しい結界も壊れ、消え去る。
「ぐぬぁぁぁぁああああああああああ…!」
ベルクを先頭に、五人に大きな衝撃が圧し掛かった。
今まで王国を守って来た結界も最外部が割れたらしい。
真正面から襲ってきた魔力の奔流に、ベルクが絶叫しながら踏ん張る。
その背中を四人で押し支える。
永遠とも思える様な数瞬の後、五人の視界の全てを光が覆い尽くした――。