第2話
灰色の髪と金色の目、そして眼鏡を掛けた中背で痩せぎすの青年が、アリスとは対照的に黒いローブを羽織り、人間より一回り大きい程度のゴーレム数十体と共に戦場を駆け回っている。
いや、駆け回っていると言うよりは、地面から数十センチメートルほど浮いている様だ。
右手に分厚い本を抱え、左手に杖を持ち、あちこち浮遊しながら魔法を繰り出す。
「光精霊・シューティングレイン!」
左手の杖を振ると、周囲の空間が歪み、そこから無数の光線が発射された。
それは地面まで達し、経路上に居た魔物達を焼き貫いていく。
結界の内側でゴーレム達に指令を出している王国騎士団の魔術師十数名が、それを見て呆然とした。
「風精霊・エアリアルブレード!」
青年はその様子を気に掛ける事無く、再び杖を振り、今度は風の刃を無数に発生させる。
それは青年に殺到しかけていた魔物の集団を縦横無尽に切り裂き、最後に暴風となって吹き荒れた。
青年を中心に、扇状に魔物達を押し返す。
騎士団の団員達はまたも言葉を失った。
たった一人の魔術師が、ここまでの威力の魔法を立て続けに、しかも呪文も無く発動するなど聞いた事が無い。
尤も、青年に取っては、呪文が必要な魔術師は研鑚が足りないと言う認識になるのだが。
これは三賢の一人に師事した彼の、十数年に及ぶ探究と実践の結果だ。
時短と効率化を追求した結果、呪文を使わず連続的に魔法を発動させる事が出来るようになった。
そう言う意味では、湖の向こうで戦うアリスとは気が合うのだろうか。
実は、錬金学者と素霊術者は現象の解明に異なるアプローチを用いるため、反りが合わない事が多い。
大枠では、双方共に魔術師に分類されるのだが、片や魔法式に分解し、片や精霊達の声を聞くやり方は、分析と直感の差となって如実に態度に現れる。
同じ現場に居合わせると、大概が険悪な雰囲気に包まれる事になるのだ。感情的な罵り合いも日常である。
だがこの二人は、視点こそ違うが、好奇心と真摯な姿勢が似ているため、議論は白熱する事が有るが、感情的に罵り合う事は今まで一度も無かった。
青年がちらりと後ろを見る。無論、王国軍を見た訳では無い。
結界はまだ大丈夫な様だ。
あの護符が有るなら、魔力については大丈夫だろう。自分が作った特製の物だ。あれを介して自分の魔力が姫に送信されている。
シルヴェスターにはマナ・キャンセラーの体質が有る。周辺の大気に充満している魔力を吸収出来る上に、その魔力を他人に譲渡する事も出来る。
半径数十メートル以内なら直接渡す事も可能だし、護符が有れば数キロ離れていても魔力提供出来るから、そちらは問題無い。
だが。
三賢の二人が世界の大穴を抑えに行っている間、姫は結界を張り続けなければならない。
二人の賢者はその穴を結界で囲み、これ以上怪物達が溢れない様に抑え込んでいる。
入り口から溢れた魔物達が周囲に被害を与えない様に、自分達が数を減らし、引き留める。
こうして派手に戦えば、魔物達の注意がこちらに向く。周囲に漏れ出る事は無い筈だ。
戦う方は恐らく楽だろう。自分達が寝る時はゴーレムに任せれば良い。
核を作っておけば、魔力供給が無くても自律行動が出来るのだ。
ただし、この場合、あらかじめ命令を与えないと動かない訳だが。
それでも、国軍の魔術師は大勢居るから、シフトを組めば丸一日戦わせる事も可能だろう。
実際、この数十体のゴーレムはその様に作られている。
一方で、アリスが作ったオリハルコン製のゴーレムは、夜は戦えない筈だ。
核が無いため、アリスの意識が途絶えた瞬間、あのゴーレムは土に還ってしまう。
有核のゴーレムを作るには、同材料の核が必要なのである。
その代り、一々命令を出さなくても、細やかな連携が可能になる。
アリスは今回、他のメンバーとの連携を重視したのだろう。
それにしても、だ。
「…老師はまだか…」
焦りからか、青年の口からぼやきが漏れ出る。
残りの一人は、大穴を完全に塞ぐため、『神酒』を取りに行っている。
あれが無ければ、二人の賢者も疲弊し、やがて穴は拡大して魔物が溢れ続ける事態になる。
神酒を手に入れるのに三~四日くらい掛かると、彼の老師はぼやいていた。
そして今日は四日目だ。
空を飛んでくるか、或いは瞬間移動で直接大穴を塞ぎに行くか。
とにかく、動きが有れば連絡をくれる事になっている。
後ろの湖からシルヴェスターの周囲に水が流れ込む。何時の間にか水精霊の力を行使していたようだ。
まるで無数の蛇が鎌首をもたげる様に、中空をうねって彼の周りに集まり、幾つかの塊になった。
杖を振ると、その全てが濁流となり、魔物の群れを洗い流す。
その流線は、ゴーレム達の動きを邪魔しない計算された流れ方だった。
「精霊合成・メギドフレア!」
続け様に魔法を放つ。今度は二つ以上の属性を駆使した極大魔法だ。
上空の空気が屈折率を変え、巨大なレンズが空の景色を歪ませた。
それは光魔法のレーザーを束ね、更に太陽の光を加え、直径数十メートルに亘る灼熱の鉄槌を魔物達に浴びせる。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…――
熱線を浴びた魔物達の断末摩が幾重にも重なり、戦場に響き渡った。
余韻に浸る暇も無く、焦げた死体や焼けた肉の臭いが風精霊と水精霊で押し流される。
これで少し敵の戦力を削ったか。いや、全体ではまだほんの一部に過ぎない。
間髪入れずに、土精霊の力で地割れを起こし、敵を奈落に突き落とす。
「火精霊…!?」
次の魔法を発動しようとした瞬間、彼は周囲の魔力の変動を感知した。
「…フレイムブレス!」
扇状の火炎が目の前の戦場を舐めていくのを確認し、背後の結界に視線を向ける。
一般には分からないレベルだが、青年には見ただけで感知し、理解出来た。
最外部の結界に費やされている魔力が…その質が変化している――。
うむ・・・
文字数が違いすぎる何だこれorz