第1話
後に我が師は述懐している
『あの姫巫女はメルクリアスに似て優し過ぎ、それ故、戦いには向いていないと思った』と――
――S.S.マグナシウス著『歴史大綱の編纂における若干の考察』より抜粋
『死闘』
過去の歴史において、この名を冠する戦は幾つか有る。
だが、「グレートブリッジ」という言葉で連想するのはこの戦いだろう。
山々に囲まれた盆地と大草原――その中に有る美しい湖の中央に佇む島国、ブラムシード。
半径2キロメートルに及ぶ円形の湖の、幾何学的中心に浮かぶこの島は、外側の湖岸との連絡通路が南側に有る橋一つしかない。
これは、建国時が動乱の世だったので、防衛をしやすくするためであったという。
この国は交易路の途中に有り、しかも美しい湖という事で、この地方の商業的中心地として栄えていた。
また、連絡通路である長い橋も、「グレートブリッジ」と呼ばれて親しまれていた。
ただし、その美しい景観と賑わいは、平時で有れば、だ。
――聖マグナシウス歴836年――
この年、この美しい国に、怪物達の大侵攻が齎された。
湖岸をぐるりと数千体の魔物達が取り囲み、王国に攻め入る隙を窺っている。
攻め込めないのは、偏に防御結界の所為である。
強力な結界が何重にも張られ、最外部は湖の全域すら覆っている。
その形は地上部分の半球型のみに見えるが、実は地中にも張り巡らされ、完全球体の形を成していた。
「うるぁ!」
その結界の外側、グレートブリッジの前で、赤髪の青年が剣を振るった。
一見して筋肉質では無い。身長は少し高めだが、体格は優男という印象を与える。
しかし、その細身の外見からは想像出来ない鋭さを以て、両手の剣が目の前のラーミアを屠る。
痩身に見えて、それなりに鍛えている様だ。
「なあ、ベルクの旦那!姫さんってよぉ!まだ大丈夫なのか!?」
青年は後ろに居た男に叫ぶ。
こちらは打って変わって、身長2メートルを超え、見た目からして筋肉隆々の浅黒い大男。
右手に人間大の大剣、左手にこれまた人が隠れられそうな大楯を持った偉丈夫が、更に大きな体格のミノタウロスを楯で押さえ付ける。
黒い色の短髪が、魔物達との押し比べで前後に揺れる。
「ロン、油断するな!結界はまだ健在だ、それに我々の役目を忘れるな!」
「ちっ、役目は分かってっけどよ…そりゃっ!」
ミノタウロスの頭蓋を粉砕するグラディエイターを横目に、ソードアクターは腰の短剣を、ベルクを狙って向かってきたゴブリンに投げつけた。
「旦那こそ周り見ろよ!」
「ふん、貴様に心配されるほど落ちぶれちゃ居ない!」
数年来の知己であるこの二人は、お互いの心配を本気でしている訳では無い。
お互いの実力は十分すぎる程に熟知している。
何せ、初対面が闘技場で剣を交えた間柄だ。あの時は数時間ケリが付かなかった。
「まぁ姫様の心配は分かるけど…ねっ!」
二人よりは小柄な軽装の女性が、タイミングを合わせ、ゴブリンの喉に刺さったダガーを掌底で押し込んだ。
一瞬の後に手が光り、ゴブリンの全身が爆散する。
「ヒュ~♪さっすが姐御だぜ!」
「うむ、サラ殿が味方で頼もしい限りだ!」
「褒めても何も出ないよっ!」
グラップラーは爆散したゴブリンの血の海から短剣を取り出し、ロンに投げ返した。
ロンは、オークの攻撃を身を捩って躱しつつ、投げられた短剣を受け取り、上空のガーゴイルに向けて放つ。
サラは同時に魔物達の体を踏み台に駆け上がり、三角跳びの要領で中空へと跳躍した。
彼女は、男二人と比べると小柄で、この地方の女性と比べても平均的な身長だが、だからと言って二人に遅れを取る事は無い。
引き締まった肉体と、小柄故に敏捷な動きと、女性特有と思わせる柔らかい体術で、敵の隙間に潜り込み、拳や蹴りの瞬間に気を送り込み、魔物達を掃討していくのだ。
そんな彼女に取って、たかだか数メートルの跳躍など大した問題では無い。
体を捻り、後ろ回し蹴りの軸を横に倒した様な軌道で、油断していたハーピーに鞭の様なしなりの踵落としをお見舞いする。
後頭部に結んだブロンドのポニーテールが、回転運動にワンテンポ遅れて顔に絡み付く。
そのハーピーと、ロンの短剣に翼を切り裂かれたガーゴイルが絡み合い、地上へと落下していった。
踵落としの反動を利用して更なる空中移動を展開するサラの下で、ハーピーとガーゴイルの体が爆発し、周囲の魔物達を何体か巻き添えにした。
「まだまだ行くよ!」
次の獲物を見定め、獰猛な笑みを浮かべるサラに対し、ベルクとロンは苦笑いを浮かべる。
「姐御ノッてるなぁ…」
「まぁ、サラ殿はアマゾネスの出身だからな…」
サラの血筋は戦いを生活の糧とする女傑を祖先に持つ。
彼女の場合はそれほど純粋では無いが、それでも血と才能は受け継いでいるらしい。
類稀な運動神経と格闘センスで、中空を飛び交う魔物達を翻弄していく。
かく言う男二人も、敵を屠る作業は休み無しだった。
「二人ともなんか言ったぁ!?」
「何も言ってないっすよ~!ねぇアリスちゃん!」
ロンはサラの怒鳴り声に冷や汗を掻きつつ、ベルクの後ろに隠れる少女に声を掛けた。
「準備出来ました!」
アリスと呼ばれた白いローブを羽織った小柄な少女は、返事の代わりに叫びながら魔力を集中させ、地面にダンッ!と足を踏み下ろした。
彼女を中心とした周囲の地面に土色の魔法陣が浮かび上がり、地震の様に揺れる。
周りの魔物達が焦って陣形やら体勢やらを崩す中、足元の土を材料にして、土人形がその身を起こした。
体高は優に10メートルを超える。
その土人形は、肩に主であるアルケミストを乗せ、両手を天に突き上げ、産声を発した。
BAOOOOOOOOOOOOOOOOO――!!!
「すみません!遅くなりました!」
フードを取った少女が、地上の三人に向かって叫ぶ。
弱冠17歳のまだ幼さの残る少女は、緑と赤のオッドアイに青色の髪を靡かせ、周囲を観察した。
世界に名だたる三賢の一角、その弟子である彼女は、常人とは比べ物にならない量の魔力を保有し、幼い頃からその才覚を鍛えられてきた。
だがそんなアリスでも、このゴーレムを作るのにはそれなりの時間が掛かったらしい。
本来の意味での『土人形』ならば直ぐに作れる。この世界の平均的な魔術師でもこの大きさのゴーレムを創造するのは珍しくない。
しかし今回アリスが作り出したゴーレムには、一つ工夫がされている。
「アリス殿、これは合金だな。しかも鉄などでは無い様だが…!」
目の前のオーガを切り伏せ、ベルクがゴーレムをちらりと見遣る。
「はい!普通の土では脆くて耐久力が無いので、材質を変えるのに少し時間が掛かりました!」
アリスは、ベルクの問いに答えながらゴーレムに攻撃を命じ、再び魔力を集中させた。
「一体何の合金なの?」
ゴーレムの肩を足場に借りたサラが、興味本位で訊ねる。
「オリハルコンですっ!」
「なん、だ、と!?」
アリスの力説にベルクが絶句した。
オリハルコンと言えば、この世界では超希少で超貴重な超高硬度を誇る合金だ。
武器素材としては一級品と言われるミスリルをも凌ぎ、これに勝る硬さはアダマンタイトしか無いとさえ言われる。握り拳大の塊で、一国すら買えてしまう代物だ。
それをただの土から生成し、ゴーレムに仕上げてしまうとは。時間が掛かったのはそれ故か。
しかし元来、材質を変えるには相当の魔力と時間が必要だ。
通常の土から鉄を作り出すのさえ、平均クラスの魔術師でも三~四人掛かりで数時間は掛かるだろう。
それを鉄では無く、鋼でも銅でもミスリルでも無く、オリハルコンを、この体積で、たった一人で、ほんの数十分で仕上げてしまった。
「マジかよ…流石、アルケミストだぜ…」
「あんた…相変わらずスケール凄いわね…」
ロンとサラも二の句が継げないらしい。
そんな三人に構わず、アリスは両腕を左右に伸ばし、見えない壁に手を突っ張る様な姿勢で、両手の先に魔法陣を展開した。
右手からは赤い魔法陣、左手からはやや透明な白い魔法陣。
その魔法陣から飛び出して来たのは、全身が炎に包まれた鳳凰と、風の翼を持った半透明の竜だった。
PIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII――!!
GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!!
「フェニックスとドラゴンだと!?」
ベルクがコボルドを切り伏せながら頭を抱えそうになる。
そもそも二体同時召喚自体が珍しい。
尤も、この戦に参加している仲間達は、二体同時召喚それ自体は何度か見ている。
だが幻獣二体など、お目にかかる事はそうそう無い。
しかも、ゴーレムを含めると三体だ。
「おいおい、風のドラゴンなんて見た事ねえよ」
ロンがオークの首を撥ねながら苦笑いを浮かべる。
「何、ちょっと!幻獣を二体同時なんて状況がおかしいんだけど!?」
普段から豪胆であまり驚かないサラも、間近でインプを蹴り落としつつ驚いた様だ。
「心外です!一番おかしいのはこの魔物の大軍じゃないですか!」
それは確かにそうなのだが、どうやらアリスも本気を出しているらしい。
「ピナ!ウィンディ!行くです!」
二体の幻獣がそれぞれ羽ばたき、ゴーレムの左右から同時に翼を翻す。
右手側から不死鳥の炎が、左手側から風竜の起こす風が、ゴーレムの正面で交わり、炎の竜巻となって魔物達を蹂躙していく。
「これさぁ…俺達却って邪魔じゃね?」
「まぁ気持ちは分かるがな…細々した掃討戦には、我々も必要だ」
ロンのぼやきにベルクが苦笑した。
実際、ゴーレムは大振り、不死鳥と風竜は広範囲攻撃、つまり撃ち漏らしが必ず発生するのだ。
しかも、効率が良いのは、敵が密集している場合である。
現状、その隙間をロン、ベルク、サラの三人が始末していく役割になっている。
「処でエリシール様とシルヴェスターさんは大丈夫でしょうか…」
アリスが不安げに眉根を寄せ、ポツリと呟く。
「眼鏡君は大丈夫だと思うけどっ」
サラが延髄切りを食らわせ、ヒポグリフを叩き落とした。
「そうだな、アイツは何だかんだ言ってもしぶといし」
ロンがオークを切り刻み、敵陣に突っ込む。
「シルヴェスター殿は心配無用だろう。それに、姫様もまだ無事な筈だ!」
ベルクがコボルドを叩き割り、ロンに続いた。
大人三人は、眼鏡を掛けたソウル・マスターについてはそれほど気に掛けていない。
湖の反対側で、王国の魔術師達が作り上げたゴーレム数十体と共に戦っている筈だ。
アリスのゴーレムとは違い人間大で土塊だが、眼鏡の青年が居れば魔力供給による再生は幾らでも可能だろう。
しかし、ことエリシールに関しては、ベルクの言葉は強がりな部分が否定出来ない。
確かに、結界が有るから彼女の魔力はまだ健在だと判断出来る。
それは確かにその通りだ。
だが、今日で四日目に突入している。
そう、三日三晩、不眠不休でこの結界を張り続けているのだ。しかも地中を含めて何重にも。
正直言うと、魔力の方はそれほど危惧してはいない。
何故なら、マナ・キャンセラーの素質を持つシルヴェスターが、姫巫女に専用の護符を渡しているからだ。
この護符を介して、シルヴェスターから持ち主に魔力が供給される。
従って、そちらの方は問題無かろう。
問題は体力と気力の方である。
エリシールは今年15歳になる。アリスより年下だ。
謁見した後は、同世代という事も有り意気投合したが、それはつまり『大人』では無いと言う事だ。未だ成長の途上にある。
幼さが残る体と精神力で、果たして何処まで耐えられるのか、甚だ疑問が残るという事だ。
「あっ、光魔法の光線!」
後ろを振り返った瞬間、アマゾネス由来の眼の良さで、サラが湖の向こう側に魔法の光の瞬きを認めた。
きっちり反対側では、島に遮られて見えない筈だ。少しずれているのか。
「良く見えるな姐御!」
「吾輩には見えんが」
ロンとベルクが引き気味だ。
「サラさん凄いです!」
アリスは目を輝かせている。
「あたしゃ化け物じゃないよっ!」
サラは着地ついでに魔物に踵落としを食らわせ、その頭をかち割った――。
本当は短編の予定でしたが、書き始めてから半年経ったので連載形式にします(ーー;
中編の予定。。。