海老
そこは、正面を海、後ろを山に囲まれた港町だった。
私は白いワンピースを着て、山の頂上からふもとにかけて、うねうねと曲がりくねる石造りの階段を下りている。頭にはつばの広い麦わら帽子をかぶっているが、この暑さの中では、申し訳程度の日よけにしかならない。
階段の左右には、濃い藍色の瓦で葺かれた昔ながらの日本家屋が、押し合いへし合い立ち並んでいる。
真昼だというのに、町には人っ子一人いない。
階段を降りきってしばらく歩くと、海が見えてきた。
コンクリートの階段を降りて行き、砂地に足を付ける。
目の前には、見渡す限りの海が広がっている。水平線は右から左までずっと真直ぐで、船も島も、岩陰も見当たらない。
海の色は、青ではなく緑。目が眩むほどにどす黒い緑色だ。
生臭い潮風が鼻を突き抜ける。
空には鳥の一羽も飛んでいない。
聞こえるのは、寄せては返す波の音ばかりだ。
浜辺いっぱいに、海老のような、蝦蛄のような、甲殻類の海洋生物が打ち上げられている。
それらは全て、上と下両方に尻尾が付いていたり、両方に頭が付いていたり、背中から脚が生えていたり、脚の数が多かったり、二つの個体がくっ付いていたり、体がひん曲がっていたり、一つとして正常な形のものはない。
瀕死の海洋生物達は、時折その不格好な尻尾で、脊髄反射的な動きで砂を叩き、その反動で跳ね上がる。
一匹が跳ねると違う一匹が跳ね、また違う一匹が跳ねる。
それの繰り返しで。海洋生物達の跳ねる音は、いつしか大合唱と化した。
その音は、絶え間なく、隙間なく、私の耳の鼓膜を叩く。
どこまでも生の無い動きで、びちびちと跳ねまわる。
びちびち、びちびち、びちびち――。
耳を塞いでも、一向に小さくならない。
びちびち、びちびち、びちびち――。
それどころか、どんどん大きくなっていくような気さえする。
私は耳を塞いだまま空を仰ぎ、これ以上ないというくらいの悲鳴を上げた。