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第2話 魔女との邂逅

頭が重い。覚束ない足取りで一心不乱に怪物から逃げる。


何故かこの地に来てから体調が優れない。ゲームに出てくるような凶悪な怪物に追われていることもそうだが、まるで体に見えない圧がかかっているようだ。


ただ幸いなのはあの怪物の足が大して速くないということ。

だけど体に原因不明の負荷がかかってる以上持久戦には持ち込みたくない。


闇雲に走っている中、視界の先に見覚えのあるものが目に入る。


「あれは・・・・・・あの夢に出てきた!」


そこにあるのは夢でも見た大きな屋敷。

ただし一点だけ夢の中と違うところがある。


門が、閉まっている。


目測でも5メートルは超える門に絶望する。

徐々に縮まってくる怪物との距離に更に焦りは募り、門の格子を掴み激しく揺らして助けを乞う。


頭ではこれが夢だと思っていても、心の何処かではこれは紛れもない現実だということを訴えかけてくる。

だからこそ、今僕はこんなにも無様に、必死に、叫び続ける。


「死にたくないんだ・・・・・・!誰か、助けーー」


一瞬だった。頭上を何かが通り過ぎ、後ろに振り返るとそこには僕を追いかけていた怪物が激しく燃え盛り、炎が消えた後には塵一つ残らない。


理解しがたい光景と助かったことによる安堵でその場に呆然と立ち尽くしてしまう。


すると不意に素手じゃ全くと言っていいほど動かなかった大きな門が、重々しい音と共に開く。


未だに改善されない体のダルさに苛まれながらも、僕を招いているかのような屋敷の門を潜り抜ける。


潜り抜けて間も無く門は再び閉じ、もう後には退けないところまできていた。


腹をくくり入り口の大きな扉を開ける。屋敷内に入ると、まず目に付くのは豪華なエントランス。中心から左右に分岐している大きな階段もそうだが何より目に付くのは踊り場に飾られた三メートルほどの絵画。


そこには一人の美しい女性が描かれている。少し古ぼけてしまっているからそれなり昔に描かれたものだろう。


しばらくの間その絵に見惚れ立ち止まっていると、先程と同じように脳裏に声が響いた。


ーーこっちだよ。


僕を招くその声に不安を感じながらも、声の聞こえる方へと足を進める。


謎の声に導かれるがままにフラフラ奥に進んでいくと、一つの扉の前で立ち止まる。

その扉はここに辿り着く間に見た他の扉に比べ、少し豪華さに乏しい気がする。


それに、ただならぬ空気がひしひしと伝わってくる。


このまま突っ立っていても埒があかないので、意を決してドアノブに手をかける。

錆による古めかしい音と共にゆっくりと扉を開けた。


警戒しながら中に入ると、目の前に広がる景色に息を飲んだ。


真っ暗な空間の中に周りを淡く青白く発光する石の壁が覆っている。

本当に部屋なのかと疑う幻想的な空間の中心に、ぽつんと幾つもの鎖に繋がれた剣があった。


柄から刀身にかけて真っ黒に染まった、禍々しいと言っても過言ではない剣。


何故だろうか。嫌なものだと感じているのに、この剣に惹かれている自分がいる。

無意識の内に一歩一歩と剣に向かって進んでいく自分を止めることができない。

気が付けばいつの間にか目の前に剣があって、それに手を伸ばしかけている自分がいる。


「っ!?何してんだよ僕は・・・・・・」


剣の柄を掴む寸前で手を引っ込める。

完全に無意識だった。


ーーあと少しだったのに。


直後先程の声が脳裏に響く。

もしかして声の主はこの剣なのか?


ーーさぁ、手に取りなよ。僕は君の力になる。


「別に、必要じゃない」


ーーあっはは!強がっちゃって。今こうして立って話しているのも辛いくせに。


中性的で子供っぽい口調で話すそいつは、まるで今の僕の状態がわかっているかのように何気なしに言う。


事実その通りであるために言葉に詰まってしまい、剣から目を反らす。


ーーそんな嫌がらないでよ。君が本能的に僕を求めてしまうのはおかしいことじゃないよ。僕はそういうものだからね。


僕に訪れた現実離れした光景に、何故だかそこまで混乱してはいない。

それも全て体が言いようのない重みに苛まれているからかもしれないが。


だんだん頭も重くなってきた。こうして立っているのも限界に近い。

視界もぼやけてきた中で、剣は三度語りかけてくる。


ーー流石にそろそろ限界かな?環境の違い、というよりは世界が違うんだ。体が適応しないのも無理ないさ。


・・・・・・今こいつはなんて言った?

違う世界?ここが異世界とでもいうのか?


確かにあんな怪物や魔法みたいな炎は現実離れしていたが、ここは夢の中だろ?

今体に起きているこの現象はきっと夢から覚める予兆なんだ。そうに違いない。


無理矢理自分の中で結論付けて納得する。


ーーま、どんなに意地張っても時間の問題さ。僕を手にすれば僕の力の恩恵で世界に適応できる。そうすれば今の状態は改善される。それでも僕を手にしないのかい?


まるでそれは、悪魔の囁き。


このつらさから抜け出せるのなら。

そんな感情が徐々に僕の心と体を支配していく。


やがて立つ事すら出来なくなった僕は膝をついてしまう。

少しずつだが息もしづらくなってきた。


まともに思考が働くなったこの状況で、それは無邪気に笑いながら言う。


ーーほらほら、ただ僕を掴むだけでいいんだ。そうすればその苦しみから解放されるよ。


もう我慢の限界だった。

剣の言葉に誘われ、ただ無意識に、本能的に、苦しみから解放されるために剣に手を伸ばす。


今持てる全ての力を振り絞り、その柄を掴む。


瞬間、黒と灰の入り混じったような色をした霧のようなものが僕を覆う。

数秒、数分にも感じられる時間を経て、霧は晴れて辺りの景色がはっきりとする。


手に持っていたはずの剣は消え、先程までは立つことすら困難だったのが嘘のように気分がすっきりとしている。


不意に剣の言葉を思い出す。


剣の恩恵。


あの謎の圧とは打って変わって軽い体はそれによるものなのだろう。

頭もまともに動くようになってきたらか徐々に状況判断も出来るようになってきた。


そうすると次第にあの剣が言っていた言葉が胸にストンと落ちてくる。


きっと、いや、これは夢なんかじゃないのだろう。

これは現実で、何が原因かはわからないが僕はあの夢と同じ場所。僕がいた世界とは別の異世界に来てしまった。


そして、己の内なる欲求に耐えられず手を伸ばし、掴んだ剣は何処かへ消えてしまった。

今現在何か異常があるわけではないから一旦気持ちを切り替えて次にするべきことを考える。


まずは、この屋敷を把握しなければ。おそらくここには人が住んでいる。

その人を探してこの世界について聞かなければ元の世界に戻る方法もわからない。


そうして動き出した矢先のことだった。


入り口から入ってくる人影に一度足を止めて集中する。


「え・・・・・・」


黒いローブにとんがり帽子。

まさに魔女という出で立ちをした美しい彼女に見惚れ、しばらくその場を動けなくなった。


「契約してしまったのね。ーー魔剣ルーレンスと」


ーー魔剣。


その魔剣がなんのことを指しているのかわかってしまった僕は、彼女に問いかける。


それが僕と彼女の、初めて交わした言葉だった。

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