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第一章

※まだ一章しかありません。

 ツイスターゲームを知ってるか? マットの上で複数の男女が組んずほぐれつする遊びだ。四色に塗られたマットの上で、ルーレットの指示に従い順番に手足を動かすが、失敗して倒れてしまったら負けだ。


◇1


 この街には何にもない。あるのはよそからコピーアンドペーストで持ってきた店だけだ。マックにツタヤにセブン、そしてイオン。この街にも由緒正しく古き良き時代の店があったかもしれないが、21世紀に入るころにはつぶれてしまった。

 もうずっと不景気だから、街の空気が晴れたことはない。実際、海側には工場地帯があって、風向きが悪いと製紙工場や火力発電所の淀んだ空気が流れてくる。それにキレたやつが猟奇的な事件や連続殺人事件を起こしたりもする。風が吹いたら桶屋がってのと逆なのがこの街なんだ。昔えらい人が光ある限り闇もまたあるといったように、闇に差す光もあるってわけで、正義の味方(コスプレ野郎)が現れて犯人を捕まえたりもした。もう消されたけど一時はユーチューブに動画まで上がってた。淀んだ街にも一時の清涼剤。

 おれの名前は百瀬翔。とある進学校に通っている。親戚の人らは立派なもんだってほめてくれたが、地方都市だからタカが知れてる。おれだって頑張ればついていけるくらいだ。それでも毎年片手で数えられるくらいは現役で東大なんかに入る。この辺りじゃ最もマシなところ。

 学校はガリ勉ばかり。でもこの街では、みんな勉強に打ち込むか、そのフリをして趣味に打ち込むかしかない。それだって最低限の勉強くらいする。みんな疲れ切っていてゾンビみたいにヨタヨタ通学してる。勉強を諦めると、ここでずっと暮らしていくハメになる。ゲームオーバー。

 クワガタの養殖工場で選別落ちした時みたいに無惨に処分されないから、ここでだらだら生きていくって選択肢もあるがそんなのは嫌だ。耐えられない。

 だからここで部活に打ち込むなんてのは狂気の沙汰。部活で進学するならここより都合のいい私立がある。カネで選手を買ってくるくらい力を入れてるとこ。そんな環境だから、この学校にはインハイの県予選を勝ち抜けるやつなんてここ何年もいなかった。箱庭ゲームの閉じた世界に、プログラムのバグで突然変異が生まれることはないけれど、現実には起こりえる。それが戌井詩織。快挙。校舎に垂れ幕が下がるくらいの。。

 戌井は一年の時、飛び魚みたいなバタフライで県予選を勝ち抜いた。なのにインハイ出場を辞退した。

 どうしてって聞いたら、

「別に」

 とにかく彼女は黙りこくって理由をいわなかった。インターハイで結果を出せば、それだけで大学進学が決まり、奨学金だってもらえる。理解不能。彼女の引き締まった身体は日差しと塩素に焼かれてひどく煤けていた。そんなになるまで熱中し、練習していたのは何だったのか。

 しつこく絡んでようやく、「めんどくさいから」と言った。

「逆にめんどくさいだろ。周りが絡んできて」

「あんたは勝敗がわかりきったゲームを続けるほど忍耐強かったっけ?」

 なるほど。勝つことがわかりきってる雑魚戦ほど退屈なものはない。そんなわけないか。その頃は、負け戦をしない主義か、相変わらずヘンなやつって思った。

「普通、全力を尽くしてどのくらいまで行けるか試すだろ」

 彼女は黙りこくっていた。瞬き、鼻をすする、涙。

 彼女が泣いているのを見るのは初めてだった。鬼の目にも涙とまではいわないが、いつもはガチなアスリートとしてくそまじめすぎるくらいだったのに、いきなり女の子みたいなことされても。。

「ごめん。言い過ぎた」

「うるさい」

 居たたまれない。

「泣くなよ」

「うっさい」

 おれは両手を広げて、

「なんならおれの胸を貸してやろうか?」

「ダメ」

 彼女は涙を拭い立ち去った。

 ダメって何だ。意味の分からない女だぜ。


 彼女はその件以来、学校で孤立している。うるさかった取り巻きも綺麗に消え失せた。ガラケーにはストラップや人形やらをじゃらじゃら付けてたくせに、スマフォになったらさっぱりしたヤツみたい。

 それを苦にするような繊細なヤツだと思っていなかったが、彼女は学校をさぼりがちになった。おれたちの家が近かったせいで、連絡役を押しつけられる事になった。幼なじみって最高だよな。

 おれは好きこのんでめんどうな役を押しつけられたわけではない。そんなことになると知っていたら、しれっと呼び出しを無視していただろう。

 ある日若くて美人の担任――佐藤先生に進路指導室とやらに呼びつけられた。先生はシンプルなブラウス、短くないスカートとキッチリした格好のくせに、足下は安っぽいスニーカーでアンバランス。どうせ校内ではきつぶす上履きだしって事らしい。

 先生は戌井の出席日数や進学の問題についてとうとうと語った。もちろんプライバシーの問題のない範囲でだ。先生の危惧はなるほどもっともだった。おれは神妙な顔しで頷いた。そうしている内に先生は目に涙を浮かべる。そして戌井が自分に心を開いてくれないと言う。ああ無力な私。泣けるね。別におれにだって開いてくれていない。

 わざとらしい泣き落としだったらよかったのに。それならおれも調子を合わせて受け流せた。うちの先生は生徒に対してまじめすぎる。鼻水がでるくらいマジで泣いてた。

 おれはマジ泣きを切り捨てるほどタフではない。先生に逆らうと内申書に悪い影響を与えるってのもあるだろ。やれるだけやってみますと答えるしかなかった。ホント学生ってツライ。

 先生はおれの手を取り「ありがとう」と言った。涙がぽたぽた落ちた。

 おれは立ち上がって先生を引き寄せハグをする――それが許されそうな雰囲気だったが、そんな甲斐性はない。


 先生にくどくど説明されたことを要約すると、戌井とコミュニケーションをとって学校へ来るようにすすめて欲しい、ということだった。訪問の口実として進路調査のプリントを渡された。

 あの後だから気が進まないが、あいつが何をしているのが不安を覚えないでもない。

 とぼとぼと自宅前を通り過ぎてちょっといくと、こぎれいなアパートの前に引っ越し屋のトラックが止まっていて、せっせと家財道具を下ろしていた。アパート側面の出窓が開いて、髪の毛の長い女が顔を出した。彼女は沈みかけた日差しにさえまぶしそうに目を細める。おれの視線に気付くと小首をかしげて微笑みを浮かべた。見とれるくらい美人。彼女は引っ越し屋に合図して作業を始めさせた。引っ越しにはずいぶん中途半端な時期だ。めずらしい。

 おれは戌井の家へと向かった。次の角だ。

 彼女の家はとてもデカい。祖父は武道を嗜んでいたそうで、立派な日本式家屋の脇にちょっとした武道場がある。庭の池には今も色鮮やかな鯉がゆったり泳いでいるはず。

 門前にインターフォンがついていて安心した。昔はそんな物はついてなかったのだ。

 腕を伸ばすと、

「何か用?」

 横合いから声を掛けられた。

 戌井はハイテクっぽいランニング用のシャツに、ジャージ素材のハーフパンツ、足下は高そうなシューズだ。よくよく見ると、頭の上から下まではぐっしょり濡れていた。暑さにイカれて池にでも飛び込んだか。

「ちょっと走ってきただけ」

「ちょっと……?」

 実際どれだけ走ったらこんなに汗をかけるんだ。おれならその前にぶっ倒れそう。

「それで?」

「先生がちゃんと学校来いってさ」

 別に心配して来たわけじゃないってアピール。

「ふーん、で?」

「でって?」

 おれは察しが悪い。冷たく帰れっていわれるかと思っていたせいもある。

「普通こういう時ってさ、幼なじみならではの気遣いとかあるでしょ」

 にこにこ顔で歩み寄って来る。おれはずざりと音を立てて引く。こういう風に弄ってくる女は昔から苦手だが、おれだっていい加減慣れるさ。

「汗臭いから寄るなよ」

「悪かったね」

 彼女は傷付いたって感じで視線を外し、不意におれに組み付こうとした。おれはさっと身をかわし、彼女は無様に地面に転がった。見え見えのタックル。おれでもかわせるくらい。

 濡れた衣服に土埃が吸い付いてひどくきたない。

「いじけて寝込んでるかと思ったら意外と元気そうで安心した」

「よけるなよ」

「はいはい。よけなかったら質問に答えてくれた? くれないだろ。聞いてもどうせはぐらかすばかりだからめんどいなっていう」

 この間みたいに地雷を踏みたくないしさ。

「じゃあ何しに来たんだよ」

「先生がお願いっていうから断れなくてさ」

「なんだよそれ」

「何か考えとかあって休んでんでしょ ?だったらおれがどうのこうの言ってもしょうがないし。ご自由にどうぞっていう」

「ふん。分かってるじゃん」

「じゃあそう言うことで。じゃあな」

 おれは手を振った。

「あそうだ。これ進路調査表な。先生が渡してくれって」

 おれは鞄から出したクリアファイルを押しつけた。

 戌井はちょっとむっとしていたが、おれは気付かないフリで、

「まぁなんか用件があったら学校でってことで」

「めんどい」

「ちゃんと学校来いよな。中卒とか悲惨だぞ」

「はいはい」

 イラつきの混じった生返事からして登校は期待できないな。


◇2


 翌日、戌井は登校しなかった。

 翌々日になると、おれは既にあいつのことは忘れていた。

 いつものようにスマフォでネットを見ながらの登校。あまりに暑くて汗をかかないように足取りをゆるめた。のろのろと日陰を渡っていたら遅刻してしまいそうだ。

 通りの角に来ると、右手から華奢な感じの女子が飛び出してきた。俺たちはぶつかって方々に尻餅をついた。

「――ッ」

 おれたちは同じようにうめき声を上げた。

 つやつや。のロングヘアが風になびく。俺の肩にでもぶつけたのか、顔を手のひらで押さえていた。

 あらま、大丈――ふと気付いた。それが見えていることに。

 ゆったりとくずれた体育座り、スカートの影、か細い足の間に白いトライアングル。

 おれは眉をひそめ、あわてて立ち上がった。

 朝から女の子にぶつかってパンツ見せられるなんてラブコメみてぇだ。モテ期、来るか? 来るわけがない。

「大丈夫か?」

「はい」

 と澄んだ声で女は応えた。

 彼女はおでこをさすりながら顔を上げた。

 整った顔立ち――でもどこかで見たような。

「ごめんなさい。ぶつかっちゃった」

「俺の方こそゴメン。避けれなくて」

「うーうん。わたしが急いでいたせいなの。ほんとごめんなさい」

 彼女は立ち上がって照れ笑いを浮かべると、ぱたぱたと駆けていった。

 ようやく思い出した。一昨日引っ越してきてた人だと。もっと年上の雰囲気だったが高校生だったのか。ということは転校生か。

 登校時に女子がぶつかってきてパンツを見せて、実はそいつが転校生だった。天文学的な確率。おれのクラスへの転校生ではないだろう。

「どーっん」

 そんな思案をしていたとき、後ろから突き飛ばされよろめいた。

「――いって」

 俺は振り返って戌井に抗議の声を上げた。

「おはよ。なーに朝から女の子にパンツ見せられてるのー?」

「はぁ?」とりあえずとぼけて、「つうか来たのかよ」

 売り言葉に買い言葉みたいな。

「来たら悪かった見たいに言うな。別におとといあんたが来たからってわけじゃないよ、念のため」

「あっそう」

「あのさぁ、彼女はたぶんわざとパンツ見せたよ」

「どうしてそう考える?」

「わかんないかなー。やれやれコレだから男子は……」

 戌井は笑って行ってしまった。

 あんなに可愛い子がわざとパンツを見せるわけがない。もいわざとだとしたらいろんな意味でやばいだろ? 有り得ない。

 グズグズしてたら遅刻だ。おれは戌井を追って学校へ向かった。


 昇降口で上履きをつっかけて廊下に出ると、クラスメイトの鈴木とかち合った。

 特に親しくはないが、よほど最新のネタを共有したかったらしい。

「よう。転校生来るらしいぜ?」

「……? マジで?」

「マジマジ、今さっき職員室で見てきたから」

 おれは平静を装って、

「へぇ……女だろ、髪の毛このくらいの」

 手刀で鎖骨の辺りを横に切った。

 鈴木は瞬きして、

「……なんだ外から見えてたのか。超可愛かったぞ」

「いや、エスパーしただけ。実際、男か女なんて二択だし、大半がこのくらいか、おかっぱの二択だろ。コールドリーディングみたいなもん」

 おれは自分に言い聞かせた。

 鈴木は納得の声を上げて足早に教室の方へと向かった。さっそく転校生の話を広めに行ったのだろう。

 朝ぶつかった女の子が転校生って実際にありえるのか? 現実味がなさ過ぎて夢見てるみてぇだ。半笑い。気になってしょうがないので、転校生があの女と本当に同一人物なのか確かめようと思い立ち、職員室へと向かう。

 そこで、職員室の方から戌井が現れた。

「転校生の噂でも確かめに来たの?」

「そういうお前はどうなんだ」

「んふふ。ホームルームのお楽しみに取っておいたら? まぁそんなに気になるならどうぞ。もうチャイム鳴るけど」

 戌井は脇にどいて道を開けた。

 そう言われると、そこまでマジになるほどのことじゃない。仮に転校生だったらどうだっていうんだ。馬鹿らしい。ただの偶然。おれは教室に戻ることにした。戌井がその後に続いてきた。

「なぁ、どうして彼女がわざとぶつかったと思ったんだ?」

「簡単なことだよ。人間同士がぶつかった場合、お互いに尻餅をつくのはけっこう条件が厳しい。だから誰かの企みなんじゃない? なんなら試してみる?」

「イラねぇよ」

 彼女はさっさか行ってしまった。

 企み。でも何のために。偶然って考えたほうが現実的だ。

 おれはうんうん頭を捻りながら階段を上がった。教室に入る前からざわつきが感じられた。転校生が来ると伝わっているんだから無理もないか。

 教室には6行×6列の机がある。おれの席は最後列の廊下側から3行目で、左の4行目に戌井が突っ伏している。ちなみに右は空席だったが、机が追加されていた。

 鞄の中身を机につっこんでいるうちにチャイムが鳴った。ガラガラと扉が開けられ、佐藤先生が静かに入ってきた。

 クラス中の視線が戸口に集中したが、少なくともおれの席からは誰も見えなかった。先生が教壇に立つと、もったいぶったように教室を見回して、

「今日はずいぶんと騒がしいな」

「センセ、早く」

「ふふ。当番」

 呼びかけに応じて当番が号令をかけ挨拶が行われた。相変わらずキッチリした先生。

「さて、今日は新しい生徒がこのクラスに加わります」

 教室の喧噪が一層高まった。

 またしてもクラス中の視線が戸口に集まった。

「入って」

 ドアをすっと開けて、肩ぐらいまでの髪の毛が見えた。歩くにつれ髪に覆われていた彼女の頬、瞳が露わになった。間違いなく今朝の女の子だった。

「じゃあ自己紹介をお願い」

「はい。ちょっと北の方からきました」

 転校生はチョークを取って、しっかり整った字を書き上げた。上手い。慣れない黒板では字形が崩れる物だけど、手本をそのまま写したように正しいバランスだ。

 黒板には雉岡千佳と書いてあった。

「きじおかちかです。よろしくお願いします」

 クラスの皆が喝采で歓声で応えた。

「仲良くしてあげてください。じゃあ質問タイム。はい稲葉」

 早速女子が手を挙げていた。

「戌井さんはどこの部活ですか?」

「帰宅部です。運動は得意じゃないので」

「よければソフト部へどうぞ」

「勧誘か? 次は鈴木」

「スリーサイズを教えてください」

 なるほど彼女の肢体は豊かなラインを描いている。

「えーと」

 彼女は顔を真っ赤にして戸惑いを露わにし、どうしようって感じで担任に目線を送った。

「性的な質問はNG。時間もないんで次でラスト」

 教師が誰に当てようかと思案する間も、戌井はやわらかな笑みを浮かべたまま教室を見回していた。堅さを感じさせない振る舞い。この年頃の女にしては落ち着いている。良いところのお嬢さんかな。

 あまりじろじろと見てたせいか、雉岡と視線がかち合った。彼女は目をきょとんとさせ、顔を真っ赤にした。

 まいったな。俺は何となく視線をハズした。

「ほんじゃ百瀬」

「はぁ? 手上げてねぇし」

 おれはびっくりして半ば立ち上がって答えた。

「いいから質問は?」

「えーとじゃあ趣味とか」

「もっとおもしろい質問はないの?」

 くすくす笑い。くっそ。

「あ、じゃあ代わりにいいっすか?」

 戌井が挙手した。満面の笑み。おれの視線に気付いてしらーっとこっちに笑みを向けた。不気味すぎる。。

「じゃあ戌井」

「はい。今朝」そこで俺を指さし、「こいつを押し倒してパンツ見せてたけど、あれはどういうつもりだったの?」

 空気が冷気でぴしっと固まる。クラス中がばらばらにリアクションして静寂は砕け散った。動物園みてぇだ。

「そ、そんなことしてません!」

 雉岡さんは声を張り上げて否定した。顔真っ赤。

 おれは何考えてるんだと溜息ついて戌井を見たが、戌井は決然とした表情で雉岡を見つめていた。え、マジ?

「おい、お前マジかよ?」

 前の席の石田が振り返って問い詰めてきた。

 クラスが一瞬でしんとしておれに注目した。おれはちょっと気圧されながら、

「そんなわけないだろ。ちょっとぶつかってこけただけだ」

「パンティーは!? パンティーは見えたの!?」

 遠くの男子が叫んだ。

「問題はそこじゃないんで」戌井が割り込む。「わたしはわざと見せたんじゃないの? って聞いてるんだけど」

 戌井を見つめるクラスメイトはみな、こいつ何言ってんだって感じ。おれだってそう。彼女が本当に故意に見せたのだとしたら驚きだ。全然そんな風に見えない。でも、だとしたら、何故?

「わたしはそんなヘンタイじゃありません!」

 雉岡はちょっとかすれた声で言う。目に涙を浮かべてうつむき加減。転向初日からちょっとかわいそう。

「おまえそのへんにしとけよ」

「格好つけるなよ。お前だって聞きたいでしょ。聞いてあげてるんだから。ちょっと黙っててくれる?」

 聞きたくても実際に聞いたりしねぇよ。クレイジー。ここで訊いたって彼女が認めるとは思えなかった。

「はいはい、そこまで」先生が手を叩いて割り込む。「時間切れってことで、後は休み時間にでもどうぞ。雉岡は、後ろの空席を使って。分からない事は隣の人に聞いてね」

 雉岡は先生に促され、机の間を通って席までたどり着いた。途中視線が合ったが、彼女は曖昧な笑みを浮かべ小さく頭を下げると、視線を外して自分の席に着いた。

 着席を見届けて先生は、

「はい。今日は他に伝達事項はありません。当番」

「きりーつ」

 当番が号令をかけてホームルームが終わった。

 戌井はおれを睨み付け、舌打ちして出て行った。こいつの態度にはおれも閉口。

 しんとしていたクラスの空気はすぐに活気を取り戻し、元気な女子が転校生に殺到してわいわい。ああうるさい。

 おれはうざったい男子の粘着を無視して教室を出た。戌井を追いかけ、話を聞くためにだ。


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