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戦うということ その2


「空が——燃えている……」

 馬車の窓から七海はその光景を見ていた。

 チラチラと黄色い光が舞っている。

 鼻腔を刺激する焦げた臭いが、それが夕焼けでないことを改めて認識させていた。



 今夜は近くの村で宿を取ろう。ホークのその言葉に七海は胸を撫で下ろした。



 ——ようやく、ベッドで眠れるんだ。



 聖都を出て三日目——まる二晩野宿をしていた。

 野宿とは言っても、野営用のテントを張り、毛布にくるまって寝ることは出来た。

 だが、現代の日本からやってきた七海には、一時でもベッドに横になれた修道院が懐かしく思える。



「止まれ!全隊止まれっ!!」

 兵士の怒号でただならぬ事態が起こったのだと気付く。


「……ステラさん」

 不安げに見上げると、ステラはにっこりと微笑み返す。

「大丈夫、何があってもマスターは私がお守りします」


 そうこうしているうちに周囲の張り詰めた空気はいつしか和らいでいることに気づく。

 だが、それとは裏腹に重苦しい空気が周囲に漂い始めた。

 火の勢いが弱まり始めたのか、焦げ臭さをより感じるようになってきた。

 外が気になるが、馬車の窓からはよく見えなかった。



 ——外がどうなっているか確かめなきゃ



 何かに突き動かされるように、七海は馬車の外に出ようとすると、その手をシグナスが掴んだ。

 行かないほうがいい、そう言いたいのか、うつむいて首を振っている。


「大丈夫、シグナス……私は——私は、見ないといけないことだと思うから……」

 そう言うとシグナスは七海の手を離した。膝を抱え、その場にうずくまってしまう。

「マスター……ここはもう戦場(いくさば)のようです——その……」

 ステラも見ないほうがいい、と言いた気であった。

 精一杯の笑顔で振り返り、意を決して七海は外に出た。


 ケッセルドルフの周囲は平原ということもあって、麦畑が広がっていた。

 今の時期であれば、青々とした麦の葉が平原を埋め尽くしていたことであろう。

 その緑を縫うようにして所々に農家が身を寄せ合うように村を作っていた。


 ケッセルドルフが包囲されたのは再臨祭の三日前だという。

 魔族との最前線——とはいえ、聖王国軍が魔族軍と戦うのは聖魔戦争が始まってから、と決まっていた。

 聖魔戦争は魔王が転生してから魔族軍が集結するため、国境とはいえ常駐している守備隊の数はせいぜい300人といったところだ。

 いくら頑強な要塞であってもこの人数では周囲の住人を保護するのに人員を割けなかった。

 その結果、周囲の風景は一変した。畑という畑、村という村は焼き払われ、黒焦げの大地にポツンと立つ赤茶けた城が寂しげにそびえる。


 七海は焼き払われたばかりの名もないような小さな村の広場にひとり、立っていた。

 まだ燃えきらず、くすぶる建物を前に黒い塊が積み重なっている。



 ——キモチワルイ……



 いくつもの黒い塊が人の形をしているのに気づくのに、それほど時間はかからなかった。




 ——どうしてこんなことになったのだろう……

 私は本当に……こんなことが平気で出来る人たちの王様なんだろうか



 七海は目の前の光景に吐き気を覚え、うずくまる。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い……

 込み上げてくる吐き気とは裏腹に、吐くことはできなかった。

 それどころか、涙すら出て来ない。



 ——本当は、私は、こんな光景を望んでるのかもしれない

 私は、こんな酷いことをする魔族の王様なんだ……



 村の広場には教会があった。

 積み重なる焼け焦げた黒い(むくろ)は教会があった場所に積み上がっていた。

 魔族たちはひとり一人を殺すのが面倒になったようだ。

 教会に住民を集めて閉じ込め、鍵をかけると火を放った。


 鉄の扉は重く閉ざされ、人々は生きたまま焼かれた。

 必死になって扉を破ろうとしたのか——

 扉を必死に叩き続け、助けを請うたのか——

 彼らの願いは叶えられなかった。

 外側に向かって倒れた扉に群がるように、どす黒い塊が折り重なっていた。

 

「おい、大丈夫か?」

 ホークの優しげな声が聞こえた。

「……だ、大丈夫……です」

 言葉だけは大丈夫、と返したが、うずくまったまま立つことができなかった。

「無理するな……女子供にはキツい光景さ」

 ホークは羽織っていた短な外套を七海にかけてやる。

「悪いな……今夜も野営になる。夜は冷えるから……暖かくしておくんだ」

 そう言ってホークは後悔する。

 地面も赤黒く焼けてしまった村の中は熱気で満ちている。

 今夜は寝苦しい夜になりそうだった。


「大隊長、魔族の兵を一名捕らえました」

 まだ火のくすぶる教会を前にする二人の元へ、兵士が報告に来た。

「——生かしてあるのか?」

 一瞥もせず冷たく言い放つホークを横に、七海はようやく涙が流れるのを感じ、安堵した。


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