戦うということ その1
新章2話目となります。
ちょっと憂鬱な展開となりますがついてきてくれると嬉しいです。
——どうしてこんなことになったのだろう……
私は本当に……こんなことが平気で出来る人たちの王様なんだろうか
七海の目の前には幾つもの冷たくなった、つい数日までは笑顔で過ごしていたであろう人々が横たわっていた。
国境の街、ケッセルドルフ——街、といってもそれは一個の要塞であった。
平原の中央部に忽然と赤茶けたレンガを積み上げて築かれた背の高い建物が現れる。
ケッセルドルフ城——通称、王冠要塞だ。
ケッセルドルフは一辺が500メートル程でしかない小さな街だ。
だが、10メートルほどもある背の高い壁が四方を囲み、四隅に防御用の塔が付属している。
街の中央部には物見用の尖塔が築かれ、周囲を見渡すことができた。
平原のど真ん中の丘に王冠を被せたような外観であることから王冠要塞と呼ばれている。
——聖都を脱出して3日。
ホークたち一行がケッセルドルフを寂しそうに見上げる村に着いたのは、陽が地平線に掛かる頃であった。
「ず、随分と空が赤いわね……」
馬上のクリスが空を見上げて言った。
聖都を脱出した翌日から、クリスは馬に乗るようになった。
「馬くらい、簡単に乗りこなせるわよ!」
クリスはホークにそう言い放って白馬を一頭奪ったのだが、最初はうまく乗れなかった。
「アンタ、アタシは王様なのよ!?ちょっとは言うこと聞きなさいよ!」
そう言って馬の手綱を引くのだが……馬の耳に念仏といったところだった。
「ちょ、ちょっと、笑ってないでアンタたちが何とかしなさいよ!!」
終いには怪我をさせまいと取り囲んでいたホークや兵隊たちにまで怒鳴り散らし始める。
「誰なんだ、あの女の子は?」
「きゃんきゃん、うるさい子犬みたいだな……」
兵士たちが馬のたてがみを掴んで振り落とされまいと奮闘するクリスを見て笑う。
「なんや、お前ら知らんのかいな。アレが我らが聖王国の女王様やで」
アラウデが遠巻きに見ている兵士たちにそっと耳打ちする。
「ええっ!?あの方が聖王陛下っ!?」
「昨夜、大隊長が聖都から少女を拉致って来たというのは聞いたけど……まさか陛下とは——」
「それよりも、俺は大隊長が勇者になったとか聞いたぞ?」
馬に振り回されるクリスを横に兵士たちが集まり始めた。
「せや、せや。我らが大隊長どのは勇者様なんやで」
にたり、とアラウデが笑うと、彼女の中隊の兵士を中心に輪ができていた。
「ま、本当か!?じゃぁ、俺たちは聖王・勇者ご一行様ってことか。燃える!」
若い兵士が拳を握りしめ、感動に打ち震える。
「お、おい、待て。大隊長は陛下を拉致したんじゃないのか?追われる立場なんじゃ……」
一人の兵の言葉でその場が凍りつく。待ってましたとアラウデが受ける。
「せやな。あのロリコン、ついに辛抱たまらんようになって、陛下を拉致りよった。
ウチらはその片棒を担がされて——」
「おい……聞こえてるぞ」
アラウデの後ろでホークが仁王立ちになっている。
ばつが悪そうにアラウデは後ずさりした。
「な、なんや、おるなら、おるって言いなや!」
「アラウデ、面白がって、兵士たちに変な噂を流すなよ……」
朝起きてから隊内はアラウデが適当に言った噂が蔓延しており、ホークはいちいち訂正して歩かねばならなかった。
聖王の命令で、魔族と交渉に行く——
これが、ホークが大隊に説明した事の顛末だった。
——だが、誰も聞きやしねぇ……
ホークは頭を抱えていた。
聖都に赴く際、ホークは七海とシグナスを連れて行った。
そして、真夜中に隊に戻ってきたときにはステラとクリスを連れて帰った。
結果だけ見ると、聖都に行って少女二人を拉致って帰ってきたことになる。
風の旅団は辺境第十師団の一部隊であり、れっきとした聖王騎士団の一員だ。
だが、土台は傭兵の集まりだ。
他の師団では 「騎士様」かもしれないが、旅団のひとり一人はただの「荒くれ者」だ。
だから、こういう噂が間違った方向に行くのも当然の流れだった。
「隊長は胸のデカい女二人を王宮から誘拐って、囲い始めた」だの——
「大隊幹部の女連中では飽き足らず、ハーレムを作る気だ」だの——
「きっと最後にはシグナスにも手を出す」だの、言いたい放題だ。
「……死んでもらえますか、ロリコン」
マイナなどは会うなり地面に唾を吐きかけて一瞥もくれなかった。
「姫さん、馬ってのはこうやって乗るんだ!」
騎士にはない気さくさで、騎兵の一人がクリスの馬に自分の馬を横付けして手本を見せる。
「お前っ、そうやって取り入って昇進させてもらうつもりか!」
「俺の方がコイツらより馬を乗るのは上手い!」
「いや、俺は教えるのがうまいんだ!」
あっという間に人と馬の塊ができる。
「ちょ、ちょっと、いっぺんに言われてもわかんないわよ!」
顔を真っ赤にして、必死に馬を操ろうとするクリス。
「そうだ!姫さん、飲み込みが早いじゃないか」
「あ、アンタ達、アタシが馬に乗れないからってバカにしてっ!!」
クリスは囃し立てられ、自分が見世物になっているように感じた。
「おお、勇ましいじゃねぇか!さすが我らが聖王陛下っ!」
「それ、聖王陛下万歳!」
「ばんざーい!」
終いには笑い声混じりでの万歳合掌だ。王宮の貴族達では考えられない下世話さで、騒々しく万歳コールが続く。
ワイワイとやっている内にクリスは馬を乗りこなすだけでなく、あっという間に大隊の人気者になってしまった。




