大脱走! その10
「ホント、サイテー……」
クリスは今置かれている状況に嫌気がさしてきた。悪臭漂う下水の脇をひた進んでいる。
「ちょっと、本当にこっちで合ってるんでしょうね?」
恨めしそうに先を行くホークに声をかける。
「ああ、下流に行けば外に出られるはずだ」
聖都の地下に流れる下水道はびっくりするほど大きなものであった。
城の真下は広大な空間になっており、天井の高さは10メートルはあろうかという大空間だったのだ。
聖都には大きな川が流れていることから、排水設備はしっかりとしたものが作られているらしい。
下水道は流れている水こそ汚いが、メンテナンス用の通路部分は下水から十分な高さが取られており、ジメジメ湿っているという以外はそれほど汚くはない。
だが、クリスは不満だった。
ドレスが汚れる。
何より気に入らないのは湿った地面から跳ね上がる泥がドレスの裾を汚すことだった。
逃げ出すのだし、ドレスなどどうだっていい——そうは思いつつも、やはり惜しい。
「このドレス、高かったんだろうなぁ……」
思わずそう呟かずにはいられなかった。
「……待て、誰か来る」
ホークたちは真っ直ぐに太い本流沿いに外を目指していた。
その本線に合流する曲がり角を前に、ホークが立ち止まった。
耳をすますと、湿った靴音が幾つかこちらに向かってくる。
狭い空間に反響しあって靴音が何人のものであるかはわからなかったが、一人でないことだけはクリスにも分かった。
「……」
ホークは背中の短剣に手を伸ばすと壁にぴったりと張り付いた。
反対の腕でゆっくりと壁側に身を寄せろ、という合図をクリスに送る。
カツ、カツ、カツ、カツ
足早な靴音がすぐそこまで近づく。
スッと影が壁から出てきた瞬間、ホークはその影に飛びかかった。
ガチャンという金属音と重量のある物体が地面に落ちる音が聞こえる。
ホークは影に覆いかぶさると左手で体を押さえつけ、右手の短剣を首元に添えると、通路に響き渡る声で叫んだ。
「武器を置けっ!さもないと、こいつの首が体と離れることになるぜ!?」
最初の人影に続いて出てきた影は二つ。
相手は三人か……たとえ近衛兵でも三人なら俺一人でなんとかできる。
敵も突然の襲撃にあっけにとられたのか、動くことができないようだ。
残響がゆっくりと消え、あたりが静寂に包まれる。
「ス、ステラさん!」
静けさを破ったのはまだあどけない、どこかで聞き覚えのある声だ。
「……ホーク、落ち着いたほうがいい」
ポツリ、と影の一つが呟いて近づいてくる。
「お、おい、勝手に動く……な?」
近づいてきた人影が携帯用のランプを掲げる。そこにはよく見知った顔があった。
「シグナス——ってことは、そっちは七海か?」
「うむり。ちなみに、ホークがおっぱいを揉みしだいているのはステラだ」
ステラ——というと、七海の保護を依頼してきた魔人の女——か。
ん?おっぱい?
ホークはふと自分の左手に柔らかな感触があることに気づく。
視線を下にやると冷ややかな視線でこちらを見る美少女が一人……
「……君、いい加減その手をどけてくれないか?」
バツが悪そうにステラは横を向いたまま言う。
「わ、悪ぃ。わ、わざとじゃないんだ。お、お前らがいきなり出てきたから」
そそくさと、覆いかぶさるステラの体から離れた。だが、周りが全員女子ということもあり、視線が痛い……
「いきなり押し倒したのはそっち……。ホーク、意外と鬼畜……」
またも、ポツリと確実に心を抉る発言をするシグナス。
「ステラさん……大丈夫?」
七海は地面に倒れたステラに駆け寄り、手を差し伸べる。その手を取って立ち上がると、ステラは微笑んで言った。
「はい。大丈夫ですよ、マスター」
そして、その笑顔はこちらにも向けられる。
「揉まれたところで減ったりしませんから……」
駄目だ……目が笑っていない——
減らない。確かにステラの胸は豊満だった。
ふわふわだった。
ふと、七海の視線がその二つの大きな球体に注ぎ込まれているのに気づく。
七海がふっと顔を上げる。
頬は真っ赤で、目には涙を溜めているような風だった。
「——ホークさんって……そういう人だったんですね……」
——ちょっとーっ、七海さん!?なに、その結論!?
ジャリッ
硬い石造りの地面を踏みしめる靴音。
後方からただならぬ殺気にホークは戦慄した。
「ヘンタイっ!」
そこには腕を組んで、仁王立ちとなったクリスの姿があった。
「ヘンタイっ!」
「い、いや……クリス?こ、これは不可抗力だろ?」
「いい?大事なことだから三回言うわよ。
この、どヘンタイ!!」
——ああ、本当に今日はツイていない……
本話はここまで。
次回からは場面を城外に移します〜




