大脱走! その2
今日はこれで何度目だろう?
クリスはぼんやりと天井を眺めている。
実際のところ、今日ベッドから見上げる天井はこれで三つ目だ。
夜も更けてきたが、部屋の中は昼間のように明るい。
部屋には燭台が置かれ、それが蛍光灯のように白い光を放っていた。
「あれは魔術の一種だよ」
枕元で丸まっている白いイタチがクリスの視線に気づいたのか答えた。
「シロっ!?アンタ、いつの間に……」
「僕は君のいるところどこにでもいる。普段は君の影の中に隠れているけどね。」
そう言ってクリスの顔の横にできた影から出入りしてみせる。
「器用ね」
クリスは一瞥も与えず右手を目の前に広げ、掌をまじまじと見つめた。
魔族の襲撃の際、この手のひらは何もない空間に魔法陣を作り出し、無数の刃を生み出した。
「何も変わってないわよね……」
ひっくり返して手の甲を見る。
「ここに紋章とかあったらかっこいいのになぁ」
左手の人差し指で甲を何気なくなぞってみる。そこには触り慣れた柔らかい肌があるだけだ。
ふと爪が伸びているのが気になった。
「——爪切り、出てくるかしら?」
頭の中で爪切りのイメージを思い浮かべる。
すると、手の甲に小さな魔法陣が浮かび上がり、青白い先攻とともに小さな爪切りが姿を現した。
「ふっふーん、便利ね♪」
「そ、そんなことに魔力を使わなくても……」
シロが呆れ顔でため息をついた。
「うるさいわね。人間は怠けるために技術を磨くもんなのよ」
クリスは起き上がるといそいそと爪を切り始める。
「クリス、夜中に爪を切ると親の死に目に会えないって言うよ」
「へぇ……この世界でもそんな迷信があるんだ?」
「ないよ。僕は半分君の記憶から作られているんだ。だから、君の世界の常識もわかる。
つまり、君のことを分かってあげる者はこの世界で僕しかいないんだ」
得意げに言うと、もふもふした尻尾を立てた。
「その割にはアタシのこと、ぜんっぜんっ、分かってないわね」
イタチを無視ししてクリスは片足を太ももに載せ、足の爪を切り始める。
「ちょ、ちょっと、そんなことないよ!」
「じゃぁ、次にアタシがやることを当ててみなさいよ」
シロの方を見ず、クリスはもう片方の足の爪に取りかかる。
「ふふっ、簡単なことさ。君は……君は切った爪を捨てるためのゴミ箱を取りに——」
「ぶーっ!不正解っ!」
答えを遮って爪切りをシロの眉間に投げつけた。
「正解はイタチの頭に投げつける、でした」
「ひ……ひどい……ひどいよ……」
爪切りはいい具合にシロの眉間に噛み付いていた。
ベッドから立ち上がり、ぐっと背伸びをする。
今は何時ぐらいだろうか。
ふと、窓を見る。
王城でも上層階にあたる部屋からは城下町を一望することができた。
夜中だというのに明るい。
時折そよぐ風が心地よかった。
—–気持ちいい……
窓から顔を出すと長い髪が風にたなびく。
——!?
ふと気配を感じて横を振り向くとそこには見知った顔があった。
「——アンタ、そんなとこで何やってるの?」
「よ、よぉ。奇遇だな。俺も夜風に当たっていたんだ」
すぐ横の壁にホークが張り付いていた。
ここ……ビルの10階以上の高さがあるわよね……?
すぐに下を覗くと目眩がするような高さであることに気づく。
ホークの足下を見ると、短剣が突き刺さっている。それを足場にここまで来たようだった。
なんて手間のかかることを……
「何やってるの?」
「だ、だから夜風に……」
「……ヘンタイ。アタシの部屋に忍び込もうっていうんでしょ?」
「いやいやいやっ!お前の部屋だなんて今初めて知ったから!」
短剣が刺さっている進路を見ると、明らかにこの部屋に向って真横に並んでいた。
何が目当てかはさておき、この部屋へ侵入しようとしていたのは明らかだった。
「ダレカー、ココニヘンタイガイマスー」
「ちょ、やめろ!どんだけ苦労してここまで俺が来たと思ってやがる!」
壁に張り付いたまま、悲痛な叫びがこだまする。
だが、夜更けに壁に張り付くその姿は変態以外の何者でもなかった。




