夜会 その5
「お呼びですかな?聖下」
冷たい大理石の床にコツコツと乾いた音が響く。
夜会のメイン会場の奥まった一角に二人の男が顔を合わせる。
聖下、そう呼ばれる男は教皇であるセラスである。
もう一方の男の名はペタン・ルクレールという。
聖王騎士団・騎士団長にして聖王国の元帥——つまり、この国の最高軍事指導者である。
「ああ、元帥。今日、君のご子息は素晴らしい働きをしたと聞いたのでね。
陛下に代わり、お礼申し上げる」
「ありがとうございます。ですが、それは武人として当たり前のこと。
今日は街にかなりの損害を出してしまいました。まだまだ、精進させねばなりますまい」
ペタンは無表情に答えた。
事実、彼は今日の戦闘後、ベルトランを呼びつけて損害の多さについて叱責していた。
「さすが元帥、ご子息にも手厳しいようだ」
「……」
無言の時間が流れる。
「……私を呼びつけたのはそのようなお世辞を言うためではありますまい?」
ペタンが冷静に、言葉を慎重に選びながらセラスに水を向ける。
「ふふ、察しがいい。実は、東部の国境付近に魔族の一軍を発見したと報が入ってね。対処を頼みたい」
「ほう、私のところにはそのような報告は入っておりませんが」
「私は今年、魔王が再臨すると読んで聖教騎士団の先遣隊を国境付近にバラまいていたのだ」
だから、早期に発見することができた。セラスはそう言いたいようであった。
「敵兵はケッセルドルフを包囲できる程の兵がいるようだ。そうだな、およそ四千といったところか。」
ケッセルドルフは魔族と人間との国境にあたる要塞都市である。
国境と言いつつも聖都からは30キロ程度しか離れていない。
聖都は聖王国の中でもかなり東よりに位置していた。
大昔の聖魔戦争で魔族から奪ったヴェストファーレンを魔族と常に戦うという決意のもとに首都としたためであった。
ヴェストファーレンとは魔族の元々は言葉で「西の最果て」という意味であり、これが逆に聖王国に取っては東の最果てとなっている。
「四千とは大軍ですな。しかも、再臨直後に近衛直下の防衛拠点を狙うとは」
通常、魔族の大規模侵攻は魔王が再臨しない限り、あり得ない。魔族は人間と違い、普段は結束力がないと思われていたからだ。
これだけ速く動くということは魔族も教皇同様に今年再臨すると睨んでいたということか。
近衛師団は聖都及び、国境を中心とした近郊都市を守備するための軍隊である。
ケッセルドルフはその都市の一つだが、平時はわずかな守備隊が駐屯しているにすぎなかった。
「貴公を呼んだのは他でもない。この危機への対応をお願いしたい。」
「近くにあるのは近衛師団のみですな。しかし、近衛の兵を裂けば聖都の防備が薄くなってしまいます……」
「聖都の防衛は聖都守備兵と聖教騎士団が協力すれば当座は凌げるであろう」
「それはつまり、近衛第一連隊を救援に向かわせろということですかな」
ペタンは教皇の言葉から即座にその意図を読み取った。聖都防衛は近衛師団の中でも第一連隊の役割だ。
「さすがは元帥だ。先の聖戦での巧みな用兵術を思い出すよ」
「これはこれは、聖教騎士団を率いて魔族を蹴散らしていった聖下に褒められるとは光栄ですな」
そう言うとペタンは賑やかな夜会の会場に踵を返す。
「——聖下、先の大戦以降、聖王騎士団は定数が半減しております。戦局によっては聖教騎士団に助力を乞うかもしれませんな……」
ペタンは背中を向けたままセラスに言う。
「そのときは遠慮なくいって欲しい。私自ら騎士団を率いて魔族と戦おう」
セラスはその言葉に鷹揚に答える。ペタンはその言葉には無言でその場を立ち去った。
「シュナイダー大将は夜会に出席していたな?」
ペタンが冷たい大理石の廊下で歩みを進めながら、傍らの側近に問いかける。
「はっ。ご出席されております」
「北方第五師団をすぐに聖都近郊に派遣するように伝えておけ。」
「かしこまりました」
指示を受けた側近が素早く敬礼すると夜会の会場へ向けてかけていった。
「ジャン、貴様は明朝、馬鹿息子を連れてケッセルドルフに向うのだ。近衛第一連隊は一個大隊五百を残してすべて派遣する。」
「……はっ。」
「あの馬鹿に今夜は飲み過ぎるなよ、と伝えておくのだぞ。」
ベルトラン付の従者であるジャンに息子への命令を伝える。
「我が西方第二師団を聖都に呼び寄せるとするとどれくらいかかる?」
「西方自由都市軍での反乱が一向に収まりません。今、1個師団も裂くのは難しいかと……」
側近の一人がペタンに対し申し訳なさそうに応えた。
ペタン率いるルクレール家は聖王国でも特に豊かな西方地域に地盤を持つ大諸侯であった。
彼個人が抱える軍は聖王国最大規模であり、領国に3個師団と近衛師団の計4個師団となる。
しかし、領国である西方においてここ数年、反乱が頻発していた。
その反乱というのはいわゆる宗教反乱のようなもので、裏では聖教会とつながっているという噂が絶えない。
「フン、あの狐め……」
冷たい大理石に唾を吐くとペタンは夜会へと戻っていった。
「ふふ、ミカエル、あの狸の慌てる顔を見たか?」
セラスは傍らにいる騎士に語りかける。
「表情には出しませんでしたが、かなり焦っているのではないかと……」
「だろうな……」
満足げにセラスは微笑む。
「時に、聖下。どうやら荷物を発見したようです」
「ほう……どこにある?」
「修道院に匿われているようです」
ミカエルがセラスに耳打ちをする。
「やはり、な。聖王騎士団には食わせ物が多くいるらしい」
そう言ってセラスは立ち上がった。
「そちらの対処はガブリエルに任せるのだ。今度は抜かるなよ?」




