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夜会 その2

「これ、おいしいです!」

七海は目の前に広がるごちそうに幸せを噛み締めていた。

「本来なら、どっさり肉を出してやりたいところじゃが、修道院は肉食が禁じられておるのでな。七面鳥で我慢しておくれ」

ヘルマンが申し訳なさそうに言う。

「全然、平気です!こんなおいしい料理初めて!」

七海は七面鳥の足を握りしめ、飴色にローストされたその表面にかじりついた。



「七海、このマッシュポテトも美味しい……」

シグナスはマッシュポテトの皿を抱え込むようにして食べていた。

「人間の料理というのはこんなにも美味しいのですね!」

ステラは目を見開き、テーブルの上におかれた色とりどりの料理に感銘を受けているようであった。

「ステラ、魔人はこういう料理は食べない?」

「ああ。我々、魔族は人間の言うような”料理”といった手の込んだことはしない」



魔人の食事は素朴というか、生肉をそのまま食べたり、干し肉を齧る程度らしい。

調味料は塩ぐらいのもので、ほとんど味付けをしない。

だからなのか、ステラが一際引かれる料理が食卓にあった。


「何なのですか!?この甘い物体は!?」


そう言いながらパクパクと手づかみで一切れ、二切れと食べていった。


「ステラさん、これはアップルパイって言うんですよ」

「さ、さくさくしていて、それでいて中身は果物が……」

「このリンゴは普通のリンゴとは違う……。酸味の強い品種を使用している。

それを丁寧に煮詰め、コンポートにしている。

時にアップルパイの具はリンゴジャムのようにふにゃふにゃに煮詰めたものもあるが、これは違う。

シャキシャキとした食感が残っている……」

シグナスが無表情に料理を分析し始める。

サテラとは反対に小さな口で一口、二口とついばみ、その度に魂が抜けるような表情をしていた。

「たしかに、私もこんなおいしいアップルパイは初めてかも!

さっくりしたパイ生地も美味しいけど、その上にぱりっとしたキャラメルっぽいコーティングされているのがいいよね!」

「七海、さすがいいところに目を付ける。

これは焼いているときに一回釜から取り出して、砂糖とはちみつを煮詰めたキャラメルをかけているに違いない。

なんと手間のかかることを……」

「これが砂糖という奴か……これは……人を駄目にする麻薬だな……」

既にステラは5切れ目に手が伸びようとしていた。



女が三人集まれば(かしま)しい、とはよく言ったものだった。

食卓を囲んだ3人の会話は弾んだ。

七海にはこちらの世界に来て、心から笑うことができた初めての機会かもしれなかった。



「こんな風にみんなでわいわい食事をするなんて、すっごく久しぶりな感じがする」

何気なく、七海がそんな言葉をつぶやく。

「七海、七海の世界ではみんなで食事をしない……?」

「そう言う訳じゃないけど……私にはお母さん以外の家族がいないから……って!?」

七海は自分の呟いた言葉に自ら驚きを覚えた。


——記憶が戻ってる。


私のお父さんは……小さい頃に亡くなって……

お母さんは毎日遅くまで仕事をしていて、家ではほとんど一人で食べることが多かった……



「ほっほっほっ、前の世界での記憶が戻ってきているようじゃの」

不意にヘルマンが七海に語りかける。

「転生前の記憶は徐々に戻る。何事も焦らぬことじゃ。」

「……はい」


「マスターも、片親なのですね。私には物心つく頃には母親は亡くなっていました」

ステラが七海を気遣うように同じような境遇であることを告白した。

「私の母親は人間です。だから、私は半分魔人、半分人間の出来損ないと魔族の中で言われることが多かった……」

「ちょっと待って。そんな暗い話、今はいらない」

シグナスがそこに割って入った。



「シグナスは両親とも戦争で死んだ。どちらの顔も覚えていない」

暗い話がいらない、そう言ったシグナスの話が一番重そうだ。

「だけど、今はこうして七海と、ステラと笑って話している。」

そう言うと両手の人差し指を口角に当てて押し上げてみせた。

「だから、そんな小さなことは今は忘れるべき」



——小さなこと、か……



シグナスに言われて、不思議と不安がなくなっていた。

そうだ、今夜は小さなことは忘れよう。



「ヘルマンさん、アップルパイおかわり!」

最後の一切れをつまんで自分の皿に載せると七海が元気よく手を挙げる。

「わ、私も!」

「……シグナスも」

「ほっほっほっ、それでは取ってくることにしよう」



修道院でのささやかな夜会はほのぼのと続くのであった。


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