表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/101

夜会 その1


「――陛下、陛下」

どれくらいの時間がたったのだろう。

普段の生活では聞きなれない言葉で誰かがアタシを呼んでいる。


きっと目を開けたらそこには、いつも通りの部屋なんだ。

小学校に入るときに買ってもらった小さな机。

枕元でブルブルとアラームを震わすスマートフォン。

アタシは、眠い目をこすりながらスヌーズボタンを押して二度寝するんだ――


「陛下っ!」

そんな、空想とは裏腹に目を開けるとそこには見慣れた端正な顔があった。

ガブリエルがクリスを起こそうと、クリスに覆いかぶさるような恰好で肩を揺さぶっている。

「ち、近いわよっ、馬鹿っ!」

クリスが目を見開くと同時に、その小さな足がガブリエルの端正な顔に深くめり込んだ。


「まったく……起こし方ってものがあるでしょう?」

「も、申し訳ございません」

蹴られた衝撃で鼻血でも出たのか、ハンカチで顔を押さえながら、ガブリエルは続けた。

「今夜は夜会が開かれます。」

「夜会?」

「聖王陛下の再臨をお祝いするパーティーが開かれるのです」

「パス!」

「パスって……そういうわけにはまいりません!」

自分の想定外の回答に、ガブリエルは慌てる。

「聖王陛下自身が夜会に参加されないなど、前例がございません」


端正な顔に冷や汗が幾筋も浮かんでいる。彼の慌てる様がクリスのサドっ気をくすぐった。



——もう少し、意地悪してあげなくっちゃ。



「前例がないなら、アタシが作ってあげる」

悪戯っぽくウインクしてみせる。

「夜会には聖王国の重臣や聖教会の幹部がお見えになるのですよ。教皇聖下ももちろん——」

「だから?アタシには関係ないわ」

クリスに冷たくあしらわれたガブリエルは雨に濡れた子犬が家に入れてくれとせがむように懇願した。

「お願いです、陛下。陛下はこれから聖王国を治めるお人なのです。上に立つものとしての品格をお持ちください」

「なによそれ?それはアタシに品格がないっていいたい訳?」

「そ、そのようなことは……」



クリスはだんだんと目の前のイケメンをなじるのが楽しくなってきた。

このいかにも清廉とした顔つきの騎士は自分に与えられた仕事をこなそうと必死なのだろう。

いや、仕事という枠を超えて、国や王に仕えなければならないという使命感に燃えている。

その姿勢は、ほんの小娘にすぎないクリスにも十分に理解できた。



——だから、気に入らない。

決められたことだから、決められたようにやる。

そんなのつまらない。



「もういい、アタシは寝るから。あっち行って」

そう言うと枕に顔を埋める。ふかふかの羽毛が詰まった枕に文字通り埋まった。

「へ、陛下……」

ベッドサイドでガブリエルはうなだれる。うつむいて何事かブツブツとつぶやいた後、彼は精一杯の笑顔でクリスに話しかけた。

「……や、夜会のお召し物はそれは大層きれいなドレスなのですよ!」

声が半音高くなっている。その姿はもはや痛々しい。


「聖王国でも最高のシルクを使って作られたものです」

クリスは枕に顔を埋めたままニヤニヤしていた。



ガブリエルは今どんな顔で女子中学生(アタシ)の機嫌を取っているのだろう。

——想像するだけでゾクゾクする。



「それと、王冠ではなく、ティアラをつけていただきます。

台座は世界で最も軽く、頑丈で、希少なミスリルという金属でできているのです。

ミスリルで鍛えられた鎧を着るのが我々騎士には最高の名誉なんですよ!」



——この男、こんなおしゃべりだったのね……



「ティアラにはダイヤやエメラルドといった宝石がちりばめられているのは言うまでもありません!

ほら、陛下、参りましょう。

女性にとって美しいドレスとアクセサリーを身につけるのは、騎士が鎧と剣で身を固めるのと同じく、素晴らしい気分になれますよ!」

ガブリエルはとにかくなんでも「騎士」と結びつけなければ気が済まないようであった。

端正な顔立ち、スラリとした高身長、生真面目な性格とどこまでも従順な態度だが、面白みがない。



「いや」

クリスはガブリエルを一刀両断する。

ガブリエルは再びうなだれた。

「もしや……今日の陛下は月のものなのですか!?」

「シネ!」

ガブリエルが言うや、クリスは枕を投げつけた。



「いい?アタシは今日はもう疲れたの。だから、構わないで」

「そ、そんな……」

ガブリエルはほとんど涙目になっていた。

「大体、アンタ、あれだけアタシのこと閉じ込めておいて……」



ぐぎゅるる〜〜



突如、部屋に低い音が響く。

とたんにクリスは耳まで赤くなった。



「陛下、夜会には豪華なお食事がございます!」

敵将の首を取ったかのごとく、嬉々とした声が上がる。

「……い、今のは違うのよ!」

「宮廷料理人たちが自慢の腕を振るった料理が陛下を待っております!」

「だ、だから、違うって……」

「陛下はスイーツはお嫌いですか?

聖王国の一と呼び声の高いパティシエの作るケーキを食べてみませんか?

陛下に食べていただけないと生菓子ですので腐ってしまいます」

「そ、そう。腐ってしまうの……た、食べないと……もったいないわね。

べ、別にケーキが食べたいから行く訳じゃないんだからね。」



渋々、という体でクリスはベッドから降りた。

そう言えば、あの騒ぎのせいで、朝から何も食べていなかった……

「いけばいいんでしょ?」

「ありがとうございます、陛下っ!」



甘いもの、それは異世界においても最強の兵器のようだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ