世界の理(ことわり) その5
「魔王?……七海が?」
「えっと、それは……」
シグナスがきょとんとした表情で七海を見つめる。
「サテラが、魔神……?」
サテラとシグナスは初対面であった。シグナスは七海の魔法が暴走したところからの記憶しかないようで、状況が飲み込めていない。
「あの戦闘を全て見ていた……。そういうことですね?」
落ち着いた口調でサテラが問いただしたが老人はただ微笑むだけだった。
「ち、違います!私は魔王なんかじゃない!」
七海が珍しく声を荒げる。
ビクッとシグナスが肩を竦めた。
「ほっほっほっ、では、あの途方も無い魔力をどう説明すればよいかの……」
「そ、それはーー」
「それは、七海が聖王様、だから」
横からシグナスが入ってきた。目がキラキラと輝いている。
「……途方も無い魔力。……とんでもない治癒術。……それに、七海は異世界から来た。……だから、聖王に決っている」
屈託のない笑顔と七海を信じる素直な言葉が、七海に突き刺さる。
「シグナス、私は……」
「……七海?」
「ごめんなさい!この人の言うとおり……。私は……私は――魔王なの……」
七海の告白にシグナスは数秒固まった。だが、すぐにニコニコした表情に戻っていく。
「……そう。七海は魔王……なんだ。……だから、あんなすごい魔力。……納得した」
うん、うん、と頷いて得心した様子ですらある。
「え?あれ?シグナス??私……魔王なんだよ?」
「……それはさっき聞いた。」
「いや、だから――魔王は人間の敵なんでしょ?あなた達は魔族と戦ってるんでしょ!?」
「……七海は、シグナスを敵だと思う……?」
「ううん、そんなことない!私はそんなこと考えもしない!!シグナスは……大切な友達だもん……」
シグナスの口から敵という言葉が出たことに七海はショックを隠せなかった。必死に違うと否定する。
だが、シグナスの答えは七海の心配をよそに、ひどくあっさりとしたものだった。
「なら、無問題」
あまりにも無表情に問題無いと断言するシグナスに、逆に七海が焦り始める。
「ちょ、ちょっと、シグナス!?わかってる?私は魔王なのよ?」
「……理解してる」
「魔王は人間の敵……なのよね?」
「……多分、そう」
「じゃぁ、私はシグナスのーー」
「……シグナスは……七海の味方」
シグナスが表情も変えずに言う。
「……七海の敵が人間なら、シグナスの敵も人間」
「シグナスは……人間じゃないの……!?」
「……もちろん、シグナスは人間。……疑いようのない事実」
ああ、もう訳がわからない。
七海は混乱し始めた。
私は人間の敵で、シグナスは私の味方で……でも、人間のシグナスは人間の敵?
「ぷっ」
横でおとなしく聞いていたサテラが思わず噴出す。
「あはははっ……。マスターも、シグナス殿も面白すぎます。ふふっ、ふふふふっ……」
「ちょっ!?サテラさんまで……」
「マスター、私は勿論、マスターの味方です。私は魔族ですが、マスターの敵であれば魔族と戦います。先ほどのように、ね。」
えっと、サテラさんは魔族だから、人間の敵で……
私の味方だから、魔族とも戦う……
って、あれ……?
「もう、訳がわからないよ!」
ガンッ――
頭を抱えて取り乱すと、再び頭上のランプに激突する。
「あぅっ……」
「……んふふ。……七海、ドジっ子」
ニマニマとシグナスが七海を見ている。
「つまり――二人は種族など、関係ないというわけじゃな」
老人が語りかけると、二人は大きく頷いた。
「……七海は、七海。魔王でも、聖王でも同じ。私の友達だから」
うつむき加減でいうと、ほんのりと頬が赤く染まっていた。
「私はマスターと血の契約を結びました。私はマスターのために戦い、マスターを守ります」
サテラがはっきりと言う。
「もちろん、そんなものがあろうとなかろうと、私はマスターの味方ですけれど」
「シグナス、サテラさん……」
七海の涙腺が緩む。
「貴方は素晴らしい仲間をお持ちのようだ」
老人が優しげに呟く。
「おじいさんは……どうして、私の味方をしてくれるんですか……その――」
「人間なのに、かのう?」
「はい……」
七海は素直に答えた。目の前の老人はずっと笑顔を絶やしていない。
少なくとも敵意はない。七海の目にはそう映る。
「全てを敵か、味方か、という2つで考える癖があるようじゃの」
ほっほっほっ、と軽快に笑う。
「世の中はそれほど単純ではない。のう、シュバルツ――」
老人は部屋の隅の暗闇に向かって語りかけた。




