聖都燃ゆ その6
「分からない!どうやって止めるの!?」
七海を中心とした緑の波は周囲を圧し、聖都の一角を森に変えつつあった。
草が芽吹き、蔦が這い、木々の枝が伸びていく。まるで何百年もの時を一気に進めるかのように緑化が進行していく。
「へ、陛下……ご慈悲を……」
クルトは完全に自由を奪われ、その運命は今やまな板の上の鯉だ。ギリギリと蔦がその首を締め付ける。
「分からない……」
七海はそう呟くことしかできなかった。
ザンっ、と空中で大きな風切り音がしたかと思うと、クルトを覆っていた植物が粉々になる。
「はぁっ、はぁっ……」
クルトは肩で大きく息をすると、空を見上げた。
「だらしないなぁ、叔父上は。ボクがいなかったらミンチになっているところだったね。」
いたずらっぽく笑うその声の主はジークフリートであった。だが、笑う彼自身、身体中に傷を負っており、満身創痍であった。
「おお、ジーク!!助かったでしょう!!」
大げさな身振りで礼を言うと、クルトの目の前に大きな火龍が降り立つ。クルトはすぐさまその背に飛び乗ると飛び上がった。
「ジーク、その様子ではあなたの方もうまくいかなったのでしょう?」
ジークフリートを上から下まで眺めると、クルトは残念そうに言った。
「まぁね。あちらのプリンセスはボクらのプリンセスと違って自分の魔力を完璧に制御していたからね……」
「どういう意味でしょう?それは私が未熟な姫に不覚を取ったと言いたいのでしょう?」
クルトが食って掛かるとジークフリートが苦笑する。
「やだなぁ、叔父上……ボクはそんなつもりないよ。でも、この有り様だよ?きっと大公には叱られるよね。」
ジークフリートの言葉にクルトはあたりを見回す。南側に展開していた降下猟兵たちは追い散らされ、飛竜に捕まったり、自らの傷ついた翼で命からがら聖都から離脱し始めていた。
「なんということでしょう!?誇り高き我軍が撤退命令もなしに逃げ散るなど……」
「ボクが撤退命令を出しといたよ。」
衝撃を受けるクルトに更に衝撃が襲う。
「な、な、なんということでしょう!?上官の許可もなく……」
「叔父上、身動き取れなかったでしょ……」
「うっ……」
「このまま戦い続けたら、ボクらはジリ貧だよ。奇襲だったのに南側は混乱も少なく、立ち直りが早かった。ボクらのお姫様はあんな状態だし、ここは撤退しないと……」
「……仕方ありません。ここは退きましょう……」
クルトは火龍の上に姿勢を正して規律をすると、恭しくお辞儀した。
「陛下、今日はこの辺りで失礼致します。また、いずれお迎えに上がるでしょう。」
火龍が尾を翻すと、それを追うように降下猟兵たちが空高く撤退していく。
だが、一方で七海の魔力の暴走は止まっていない。
「どうして……どうしてこんな……」
七海は空を見上げて嘆くことしかできない。その空も七海が作り出した高い木々によってずいぶんと低く感じる。
「……マ、マスター……、落ち着いて……」
ふと、七海の頬に滑らかで、ほんのりと冷たいものが触れた。腐り落ちそうになっていたステラの右腕であった。
「ステラさん!」
「マスター……私はもう大丈夫……」
そう言って、ステラは七海の髪を撫でる。
「だから、マスターも……もう大丈夫なんですよ……」
ステラがにっこりと微笑むと、七海は安心したようで、肩が下がり、脱力した。
「良かった……」
七海の目からぼたぼたと大粒の涙が流れ、七海はその場に崩れ落ちた。
一帯を覆っていた魔法陣は消え、森の成長もいつの間にか止まっている。
聖都は静けさを取り戻したのだった。
聖都への魔族襲撃事件はここで終了。
次話からようやく魔王、聖王がどういうものか、少しづつ書いていこうと思っています。




