魔神 その3
「ほう、人間風情が魔神である私に剣を向けるか……」
ゆっくりとゼップはホークを見据える。
闇の底に吸い込まれる様なその瞳の色は虚無そのものであった。
馬鹿野郎、何でとっとと逃げない。
たった今会ったばかりの女二人に命をかける理由があるのかよ……
しかも、状況は絶望的ときている。
剣がカタカタと音を立てている。
知らぬうち、恐怖から身体が小刻みに震えていた。
対するゼップは余裕の構えであるというのに。
「先ほどの威勢の割りに、もう恐怖で声も出ないのはないかね?」
ゼップが掌を前に突き出す。
黒い光が来る、ステラとの戦いで何度か見せた例の術だ。
一瞬の閃光とともに黒い光が虚空を駆け抜ける。
そこにホークの姿はなかった。
身体をひねってかわすと一気にゼップとの距離をつめる。
「うぉぉぉっ!」
低い姿勢のまま下から切り上げるがゼップはひらりとその身をかわす。
魔人との戦いで見せたようにホークは決して弱くない。
むしろ、人間としてはチート級の強さであるといってよいだろう。
にもかかわらず、何度斬りつけてもゼップにはあと数センチ届かない。
「はぁ…はぁ…」
さすがに息が上がってきやがった……化け物め……
ギッと睨むとゼップは余裕の笑みを浮かべている。
「どうした人間?それで終わりか?」
「いや、ちょっと身体が冷えていたんでね……軽い準備運動さ……」
よし、減らず口だけはまだ叩ける。
身体を動かしているうちに恐怖も薄れてきた。だが、問題は勝利の糸口がまったく見えないということだ。
何とかして懐に飛び込まないとな、こちらの武器はこの剣だけだ……
「アンタこそ、言うほどじゃねぇな」
そう言って、ホークはだらんと剣を持つ手を下げる。
「なんだと?」
「逃げるばかりで攻撃してきやしねぇ。大方、動いてる間は撃てないんだろ?」
不適に笑みを浮かべて相手を挑発する。
「アンタの攻撃なんてこちらも見え見えなんだよ! まっすぐ心臓を狙いやがれ!」
そう言い放つとドンと左胸を叩いて見せた。
「……見え透いたことを……よかろう、その身体、風通しをよくしてやろう。」
そういってまた掌をこちらにかざす。
先ほどとは違い、黒い光の塊がゆっくり大きくなっていくのが見える。
オイ、オイ、オイ……なんで挑発してんだよ……
しかも、さっきより範囲の広い攻撃が来そうだ……
考えろ、考えろ、どうすれば懐に入れるか……
チッ、またガチガチ歯が鳴り始めやがった。
怖い。めちゃくちゃ怖いぜ。
だが、ここを乗り切らなくては俺も命がない。
ホークは覚悟を決めたようだった。
光が放たれるよりも先に動く。
「貴様、動かないと言っただろうが!?」
ゼップが光を放つ。それは一瞬ではなく、あたりを薙ぐように浴びせかけられた。
「馬鹿正直に真に受けてんじゃねーよ!」
ホークは姿勢を低くし、滑り込むように突きを繰り出した。
手ごたえはあった。生暖かい感触が剣先から伝わる。
だが、それはゼップが右腕を犠牲として剣を掴んだだけであった。
「死ね!このゴミめ!」
ホークの剣は掴まれており、自由が利かない。ゼップの左の掌が怪しげに光る。
ザンっ!
次の瞬間、ゼップの左腕が空を舞っていた。
ホークは腰に水平に刺していた山刀を片手で抜き放ち、それを斬り落としたのである。
「これで……どうだっ!」
そのまま返す刀を下からゼップの顎に突き立てた。
夥しい紫色の液体があたりに飛び散る。
猛烈な力で振り払われたホークは数メートル先の地面に叩きつけられた。
「はぁ、はぁ……。くそったれ!魔神がなんだってんだっ!」
ホークは叩きつけられた痛みにこらえながら勝利を確信し吼えた。
だが、次の瞬間に見たのは自らの身体から吹き上がる赤い血飛沫であった。
2013.07.09 少々改稿しました