聖都燃ゆ その1
「矢だ、矢をもっと持って来るんだ!」
甲冑に身を固めた兵が胸壁上で慌ただしく往来する中、一人の小男が怒声を上げていた。小男、と呼ぶには小さすぎるかもしれない。その男の背は140センチにも満たず、手足も短いドワーフの様であった。
「とにかく一匹づつボウガンで一斉に狙うんだ。よし、今度はあいつだ!」
周りの兵を10人程集めると、上空を旋回する降下猟兵を指差す。ガチャガチャと兵たちがボウガンに矢をつがえてめいめいに狙いを付け、引き金に指をかけようとする。
「待て、待て!勝手に撃つんじゃないぞ。俺の指示を待つんだ……」
小男が指揮刀であるサーベルをふり回しながら兵たちを静止する。降下猟兵が旋回を終えようとしたまさにその時、指揮刀を振り下ろすと同時に男の声が響いた。
「今だっ!撃てっ!!」
ビュンビュンと一斉に矢が空へ放たれる。一直線に、一点に向かって打ち込まれた矢の嵐に襲われ、降下猟兵はハリネズミになって地面に墜落していった。
「よし、よくやった!次もこうやるんだ。できるな?」
「りょ、了解であります。」
満足げに小男が頷くと、兜に赤い羽根をつけた現場の指揮官らしき男が兵たちをまとめ始める。
当初こそ、空からの奇襲を受け、大混乱に陥った聖都ヴェストファーレンであったが、今や戦闘の趨勢は変わりつつあった。それも、この一人の小男が戦場を駆け回って戦闘を指揮している所に大いに依っている。
「ルクレール閣下!また、このようなところに……!」
一人の若い兵士が駆け寄ってくる。甲冑ではなく粗末な革鎧を着込み、手斧を小脇に抱えている。
「ジャンか……。俺はまだ将官じゃないんだ、閣下は止めろ。」
迷惑そうによせ、と手を振る。
「第一、家名で俺を呼ぶなと何度言ったらわかるんだ。それでは父上と区別がつかん。」
そう言いながら、小男は次の現場に向かおうと支度しているようであった。
「では、ベルトラン公……、指揮所にお戻りください。」
「くどいな、お前。だから使えないと言われるんだ。」
ベルトランは迷惑そうに答える。
「お言葉ですが閣下……、いえ、ベルトラン公……、あなた様はこの聖都の守備隊長です。その守備隊長がーー」
「守備隊長が城壁を守っていてはおかしいか?」
話にならない、そんな雰囲気を言外に込め、ベルトランは続ける。
「近衛第一連隊は聖都を守護しなければならない。貴様は指揮所で優雅にワイングラスを揺らしながら兵に死ねと言うつもりか?」
ベルトランはジャンに詰め寄る。だが、すぐに主人の剣幕に目の前の若い従者は困惑しているのに気づく。
ああ、またやってしまった。
こいつは上に言われたことを俺に伝えに来ただけなのだ。
「……すまない、戦場で気が立っているのだ。お前に言っても仕方がないな。」
そういって従者を慰めてやる。
「だが、俺にはこの聖都を守る義務があるのだ。」
ベルトラン・ルクレール——、聖王騎士団、近衞第一師団・第一連隊連隊長の職にあった。近衞は聖王騎士団随一のエリートをそろえた聖都周辺に駐屯する精鋭部隊である。その中でも近衞第一連隊は聖都守備隊と共同で聖都の防衛全般を担当し、連隊長はその責任者である。
だが、彼の見た目はその精鋭集団の長としてはいささか不自然であった。140センチに満たない身長と手足の短さはお世辞にも戦闘力が高そうには見えない。
実際、彼は血筋を使って4人しかいない近衞の連隊長の中でも最高位とされる第一連隊の連隊長になったと言われていた。彼の父親のペタン・ルクレールは聖王騎士団の総帥にして、聖王国随一の貴族だった。ルクレール家の小鬼、彼自身、裏でそういわれているのをよく知っている。
だから、俺は誰より前線に出ねばならない。
ベルトランはそう自分に言い聞かせるように魔族の攻撃に立ち向かっていた。自分に戦闘力は殆どない、そう分かっているのに怒号と血しぶきが降る最前線で指揮を執っている。だが、肝心要の聖都守備隊首脳陣や、自分以外の連隊長は安全な巣から出てこようとはせず、現場の兵士に「死守せよ」としか言わない。
おぞましい連中だ。魔族よりもおぞましい……
ベルトランは心の中で吐き捨てた。




