魔神 その1
「ぐぁっ!」
鈍い呻き声とともに虚空から血が噴出す。
ホークの首元にナイフを持つ手が現れると、だらんと垂れ下がり、そのまま崩れ落ちていった。
「ちょ…なんだよ、今の……?」
殺される寸前だった、はっきりとそう感じ取り、いやな汗が張り付く。
「姿を消せる魔人もいる、というわけよ。」
ステラは立ち上がり膝の泥を払う。
「これは貸しにしておいてあげるわ、傭兵さん。」
そう、すれ違い様にホークの耳元に囁く。
「ちょ、ちょっと待てよ、俺だって助けただろ!?貸し借りゼロじゃないのか??」
「あら、私が助けてほしいなんていつ言ったかしら?」
「それは……」
「ステラさんっ!!」
ホークが言葉を次ぐ前に二人の間に七海が走りこんできた。
そのままステラに抱きつくと、また泣き出してしまう。
「よかった、ステラさん無事なんだねっ……!よかった……」
ステラは母親のように優しく七海の頭を撫でる。
「そちらもご無事でなによりです」
おもしろくない。
非常におもしろくない。
真横で繰り広げられる百合色の世界にホークは腹が立っていた。
命がけで守ってやったってのに、ただ働きの上、無視と来たもんだ。
どういうことだよ、これは……
不満たらたらで二人の様子を眺めていたホークだが、ふと、疑問を口にした。
「ねーちゃん……、いや、ステラといったか……、アンタも妙な格好してんな」
ホークは上から下へとステラの姿を眺める。
ステラはボディラインがくっきりと分かるスーツを着ていた。灰色のボディスーツは首元まで覆われ、足先から指先まで繋がっているように見える。足元はブーツのような形状となっているようだ。
「なによ、人を嘗め回すように見て……イヤラシイ」
ステラは170cmほどと女性にしては長身で、その服装がスレンダーな体型を浮き立たせている。
「スレンダーと言やぁ、聞こえがいいが、要するに幼児体型ってことだよな……」
「な・ん・で・すって!?」
ステラの金髪が怒りのせいか横に広がり宙に漂っている。
「あれ、今声に出てたか?」
ステラの剣幕にホークはたじろいでいる。
「ぷっ……、あはは……」
二人のやり取りを見ていた七海が笑い出す。
「マスター?」
「なんだよ、そんな面白かったか?」
「面白いよ!でも、なんか安心したのかな……」
七海は安心と笑みから零れた涙をぬぐい、目いっぱいの笑顔を見せた。
「ほう、それは重畳ですな」
不意に低い声が辺りに響いた。
ビリッとした緊張があたりの空気を一瞬で変えていた。
「何だ?この感じ……さっきのやつらとは違うな」
ホークは剣を構えた。
おかしなことにカタカタと剣先が震えている。
こんな感じは一度も味わったことがなかった。
「……ホークといったな?」
ステラが虚空を凝視したまま真横のホークに話しかける。
「不本意だが仕方ない……。
その方を連れて逃げてほしい。ここは私が引き受ける。」
「ステラさん?どういうこと?」
「それは……」
刹那、ステラの身体は宙を舞った。
自らの能力で飛んだのではなく、何かに弾き飛ばされるようにして地面に叩きつけられる。
「かはっ…」
「いかん、いかんなぁ……。よりによって人間の手に我らのリトル・プリンセスを託そう等と……気でも触れたのかね?」
虚空からそれは浮かび上がった。
禍々しい黒い光を放つ人の形をした悪意の塊が、である。
「……くっ、ゼップ……貴様が追手だったか……」
「お、おい、ステラ、どういうことだ? まさか魔神ゼップじゃないだろうな?」
虚空から現れた禍々しい存在から目を離すことができず、また、恐怖からなのか歯をカタカタと鳴らしながらホークが問う。
ステラが答えるより早く、目の前の闇が答えた。
「おや、こんな人間にまで我が名が知られているとはな。
その通り、魔神六将がひとり、ゼップ様だ。
もっとも、それを知ったところでこれから死ぬゴミには関係ないがね。」
2013.07.09 少々改稿しました