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理由

 コン、コンと、扉を叩く音がひっそりとした闇に響く。その音は周囲に聞かれないように遠慮がちなものであった。


「入れ──」

 内側からの招きに応じて男が部屋の中に入る。奥の机に人の姿はない。

「少佐、頼みたいことがある。」

 声の方に視線を向けると、フレデリックが窓に身を乗りだし、星を眺めていた。

 既に夜が更けて何時間も経っている。わざわざ深夜に呼びつけたからには余程の事情があるのだろう。


「ある荷物パッケージを拾いに行ってもらいたいの」

 壁際にチェスカがいた。彼女は腕を組み、真剣な目でこちらを睨んでいた。

「くれぐれもこの件は他言しないように──」

 言えば、命はない。そんな冷たい言い方だった。


「大尉、了解した。それより──荷物パッケージとは、どんな物でありますか?」

 男は軍人らしい口調で上官フレデリックに問う。

「”物”ではない。人間……しかも、少女だそうだ。」

 フレデリックの言葉に困惑する。少女を拉致する、ということだろうか。もとより傭兵であるからにはその手の荒仕事の経験がないわけではない。

「了解しました。場所とその少女の特徴を教えていただけないでしょうか。」

「それはワシにも分からん。今夜、この先の森に一人の少女が現れるということだけが分かっている。」

 どういうことだろうか、なんとも歯切れが悪い。第一、こんな深夜に森の中を少女が一人徘徊するなど、ありえない事だ。

 ──魔族との国境であるあの森に……


 フレデリックの言葉に、彼は押し黙ることしかできなかった。暫時の静寂が部屋を包む。

 その静寂を破ったのは、聞きなれない女性の声であった。


「今夜、一人の少女が転生し、この世界へやってくる。」

 突然の気配を感じ、反射的に剣の柄に手を伸ばす。ガチっと鍔鳴りの音が響いた。

「落ち着け……、彼女は敵ではない。今のところ……な。」

 フレデリックが低い声で注意をすると、彼は緊張を解いた。

 先ほどまで誰もいなかった机の前に彼女は立っていた。


「少女を魔族に渡してはいけない……」

 

 金色の髪が風にそよぐと、月明かりに照らされ、光の粒が舞う。

 

 天使──というやつか……

 

 彼はその美しさに目を奪われた。

 

「彼女が本作戦の協力者だ。」

 フレデリックは星を眺めたまま、背を向けたまま言い放った。

「コードネーム”星”(ステラ) ──魔人だ……」



 魔人、という言葉にホークは戦慄した。



「ホークさん?」

 目の前に七海の顔があった。視線を地面に落としていたこともあってか、上目遣いで覗き込まれている。


 昨夜は七海を探して歩き回っていた、とは答えられない。

 それはチェスカに厳重に口止めされているからな……


「大方、酔っ払って森に迷い込んだのだろう。そういうことは前に何度もあった。宴会の後、森に迷い込んで捜索隊が5日間探し回ったこともある……」

 シグナスが冷たい目でホークを見る。

「おい!それは言いすぎだろ……。あの時は2日で発見されてるだろうがっ!」

「遭難はしてるんだ……」

 七海は呆れたが、昨夜のホークの強さは酔っ払っていたようには思えない。


 ちょっと散歩に出てただけさ、と笑うホークに七海は違和感を覚えた。

 

 私を助けてくれた時、ホークさんは重装備だった……

 今、周りにいる兵士の人たちは剣を一本持っているだけという人ばかり。

 野営地キャンプからふらっと散歩に出るのに鎧を着込んで、剣やナイフを何本も持つものなのかな……

 

 ひょっとして、ホークさんは私があそこにいるって知ってた!?

 そういえば──ステラさんもタイミングよく助けてくれたし……

 

 もしかして、みんな知ってるのかな……?

 私が──魔王なんだって……

 

 七海は漠然とした不安を感じずにはいられなかった。



七海以外は転生が起こることを知っていた。


問題はそれが荷物パッケージなのか、魔王なのか。

少なくとも、旅団側には判断材料がない。


次回はその辺りについて描きます。

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